第2話



「おはよぅ」


「あらパパ。 今日、早いのねぇ」


「うん。 アリスの声で目が覚めた」


当家の主の登場だ。

名前は 『田原武(たはら・たけし)』 45歳。

都内にある小さな企画会社の取締役らしい。

が、何の会社かは良く分からない。

何年か前 “バイアグラ” で一儲けしたと自慢していたが、ブームが去ってからはさっぱりらしく最近は名刺やハンコ、それに印刷物をブローカーでやっているらしい。

又、今流行の自費出版も請け負っているとの事だが、怪しい会社だ。


性格はお人好しでのんびりしている。

アリスはこの性格を受け継いだようだ。

血筋は争えない。

良く書画を好む風流人だ。

勿論、自分でも描く。

無類のカラオケ好きで、歌は玄人裸足(くろうとはだし)だ。

大酒のみでもある。


ついでにママさんの紹介もしておこう。

名前は 『田原明子(たはら・あきこ)』 同じく45歳。

結婚前は女性なら誰でも一度は憧れる。

あの “スッチー” だ。

男も違う意味で憧れるが。


性格はしっかり者だ。

というより、かなり気が強く、ヒトの話に耳を貸さない。

早い話、頑固者である。

それに亭主以上に大酒のみだ。

ただし、悪(わり)ぃがこれをばらした事は内緒にしておいて頂きたい。

心証を害したくない。

というのも、我輩のおまんまはこのヒトがくれるからだ。


この二人の馴れ初めがどうだったかは、分からない。

我輩がこの家に来た時にはすでに子供が二人も居たのだから。

アリスの歳を考えると結婚後20年以上経っていると思われる。

まぁ、猫の目から見ても “似合いの夫婦” ではある。

もっとも、性格が逆ならもっと良()いんだが。


会話もこんな感じだ。


「ポチ又、煮干の頭食わなかったのか?」


「そうなのょ」


「妙な猫だ。 普通食うょなぁ〜」


「多分ね。 私、猫飼ったの初めてだから分かんないヶど」


!?


パパさんなんか言いたげにこっち見てるぞ。


「おい、ポチ。 ちょと来い」


「ニャー」 (ン? なんだなんだ? ナンカくれんのか?)


「良し良し、いい子だいい子だ、ここに座れ。 な、鼻をこっちに向けてみろ。 な、こっちだこっち。 良〜し良〜し。 いい子だいい子だ」


!? 何すんだ? 


!? オレ様の鼻をパパさんの尻につけて。


なんだなんだ?


!? 何すんだ?


「ブッ!!


「フミャー!!」 (ク、クッセー!!


へ、屁ーかけやがったー!!


「ヨッシャー!! 狙い通りー。 命中ー!! ウム。 今日も元気だ屁が臭い。 な〜んちゃって。 ワハハハハハ」


「アハハハハハ。 パパそんな事したらポチが可哀そうよ。 アハハハハハ」


ブヘッブヘッブヘッ。


チ、チッキショー!!


へ、屁ーかけやがってー!!


ブヘッブヘッブヘッ。


な、なんてクセー屁だ!!


チ、チッキショー!!


い、一瞬飛びのくのが遅かったぜー。


!?


め、目にしみる。


ブヘッブヘッブヘッ。


「どうだポチ? いい臭いだろー? なんつったて昨夜(ゆんべ)、焼肉食ってっからなー、焼肉をー。 どーだ〜? ニンニク効いてんだろー、ニンニクー。 隠し味は生姜ってかー。 ワハハハハハ」


『ワハハハハハ』 じゃねーだろ 『ワハハハハハ』 じゃ。


!?


め、目まいがする目まいが。

き、気が遠く遠〜くなって・・・。


「わ!? やだ、パパくさぁ〜い。 換気扇回ってるから臭いがこっちに来るでしょ。 しょうがないヒトなんだから〜、全く。 ほんとポチもいい迷惑ょねぇ。 ねぇ、ポチ。 ・・・。 ウン!? ポチ!? ・・・? あら、パパ。 大変!! ポチ痙攣してるわょ」


「どれどれ。 お!? ホントだホントだ。 ポチのヤツ気絶してるぞ。 ウ〜ム。 焼肉砲の威力は凄い!!


「そんな事感心してる場合じゃないでしょ。 ほら、ポチポチ」


「動いてないなぁー、死んだのか? こら、ポチ!! 屁ぐらいで死ぬな」


「ふざけないでょパパ。 ホントにパパのおならは臭いのょ。 アリスなんかこないだ 『パパのおならはリーサルウエポン』 って言ってた位なんだから」


「リ、リーサリウエポンって・・・!? こらぁ、ポチ!! しっかりせんかー!!


なんだなんだ?

遠くから声が。


!?


遠くから。


「ビクッ」


ファ〜、ア〜。 あー、良く寝た。


!?


パパさんとママさんの顔がこんな近くに。

なんだなんだ?

ナンカあったのか?


「あ!? 動いた動いた。 生きてる生きてる。 良かったなぁーママ。 ポチのヤツあくびしてるぞー」


「まったく、パパは悪ふざけが過ぎるんだから」


『動いた』 だの 『生きてる』 だの 『悪ふざけ』 だの・・・。

ナ〜ンカあったみたいだな〜。

何だ〜、何があった〜?

ウ〜ム、思い出せない。

何だ〜、何があったんだ〜?

ウ〜ム。

我輩は猫だ。

猫は記憶力が悪い。

だから残念ながら何も思い出せない。

もっともそのお陰で生きて行けるっちゃー、生きて行けるんだが。

いちいちなんでも覚えてたら、とてもじゃないが精神的に参っちまうからな、きっと。


「お!? そうだ。 ママ、頼みがあるんだが聞いてくれるか?」


「ン? ナ〜ニ、頼みって」


「うん。 今夜はカレーにしてくれないか?」


「別に、良()いヶど。 どして?」


「うん。 明日は “カレーライス砲” を試して見たい」


「アハハハハハ。 もう、パパったら。 いい加減にしなさい。 アハハハハハ」


!?


なんだなんだ?

カレーライス砲って何だ?

何の話だ?


!?


なんか気になるぞ。


!?


お、教えてくれ、何だ〜?

ス、スッゲー気になるぞ、何だ〜?


「あーあー。 うるせーなぁ〜、朝っぱらから。 ポチがどしたって〜。 ポチが〜」


ま〜た一人、妙なヤツが出て来やがった。

んでもって、こいつの登場で舞台は第三ラウンドに突入する事になる。




2話 完