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「あのね、ポチ」


「ニャー」 (なんだいアリス)


「アタシね。 今度ね。 会社辞めようと思ってるんだょ」


あぁ、知ってるょ。

さっき、ママさんに話してんの聞いてたょ。


「実はね、ポチ」


ん?


「アタシね。 会社辞めて独立するんだょ。 イラストレーターになるんだょ」


「ニャー」 (会社作んのか?)


「お家で仕事するんだょ。 こないだアタシが担当した本書いた先生がね。 ほら、先週すき焼きしたょね。 あのすき焼きのお肉くれた先生だょ。 ポチも食べたょね、あのすき焼き。 あのお肉くれた先生がね」


すき焼きって、あの俺様を急性アルツ君にした、あの高級和牛か?

あれくれたヤツか、先生って?


「あの先生がね、アタシが描いたイラスト凄く気に入ってくれてね。 お友達の作家の先生たっくさん紹介してくれたんだ。 そしたら、仕事の依頼が一杯来ちゃってさ。 会社の人達み〜んなビックリしちゃってね。 大変だったんだ。 それでね、みんながね、折角だから引き受けたらって勧めてくれたんだょ。 アタシもやって見ようかな、って思うんだ」


フ〜ン。


「でも、それするとね。 今の仕事と両立出来なくなっちゃうんだ。 だから思い切って会社辞めて独立しちゃおうかな、って考えてるんだ。 ポチ、どう思う?」


そっかー。

そういう理由かぁ。

だったら良いんじゃねぇか、

独立しても。

会社辞めても。

チョッと安心したぜ、それ聞いて。

それにアリスが家で仕事するようんなったら、いつも一緒にいられるしな。

アリスの好きにして良いんじゃねぇか。


「ポチも賛成してくれるよね」


「ニャー」 (うん。 俺様、賛成だぜアリス)


ここで一つ補足だ。


実は、アリスは絵が上手い。

それも半端じゃなく上手い。

アリスは高校生の時、美術部に入っていた。

その時の顧問の美術の先生がアリスの進学の時、担任でもないのにわざわざ家庭訪問して来て、


「お宅のお嬢さんの絵の才能は素晴らしい。 美大に進んで本格的に勉強されたなら、もしかすると大変な事になるかもしれませんょ、良()い意味で。 幸いお嬢さんは学年トップの成績ですし、東京芸大も決して夢ではないと存じますが」


等と、余計なお節介を焼いた位だ。

その位アリスの描く絵は素晴らしい。

実際、この我輩もかつてアリスの絵のモデルになった事がある。

というより無理矢理(むりやり)させられたのだが。

出来上がった我輩の絵を見た瞬間、身の毛がよだった。

思わず飛びのいて、


『シャー!!


なんぞと、威嚇の声を上げてしまった位だ。

恥ずかしい話だが、その時我輩は自分がどんな姿をしているか知らなかった。

そして単なる絵のはずなのに、今にも飛び出して来そうな位その絵に描かれた我輩はリアルであった。

つまり、

アリスの描いた我輩は絵であって絵でなかったのだ。


『生きていた』


という事だ。


いゃ〜、あん時ゃホ〜ント、ビックリこいちまったぜー。

な〜んせ、いきなりだったもんな〜。

アリスが、


「ほら」


って、描き上げたばかりの絵を我輩の目の前に差し出したのは。

それ見てビックリこいたのなんのって。

今にも絵の中の 『いわゆる我輩』 が飛び出して来そうで。

まぁ。

あん時ばっかりは実に、ジッツリこいたぞ。

今まで忘れてた、すっかり。


しかし、欲のないアリスは画家になりたいなんぞという気はさらさらなく。

『絵を描く事』 その物が好きなだヶであった。

アリスの描きたい絵は本格的な絵よりもむしろ、 『いわさきちひろ』 が描くような絵なのである。


そしてアリスがなりたいのは絵本作家。

そぅ。

『絵本作家になる事』

それがアリスの夢だった。

だから、大学も4大ではなく短大を選んだのだ、学年トップの頭を持ちながら。

それは早く社会に出て経験を積み、良い絵本を描きたかったからに他ならない。

選んだ学部も美術系ではなく英文科だ。

というのも、アリスの描きたい 『題材』 が、ギリシャ神話や旧約聖書といったヨーロッパ系の物だったからだ。

そして英語を大学で、独学で外国語をいくつか勉強していた。

時々、何やら訳の分からない言葉で話しかけられてチンプンカンプンだった記憶がある。


アリスはオットリした性格の子だ。

だから一見ボーッとしているようにも見える。

だが、

今回の様な話を聞くとアリスはアリスなりにチャ〜ンと考えてたんだなぁ、と思う。

これにはチョッと驚きだ。

アリスってボーッとしてるようでも、ホントは賢い子だったんだ。

凄く嬉しいぞアリス、俺様。


「そろそろ出よっか、ポチ。 チョッとのぼせちゃった。 頭、ボーッとなっちゃった」


「ニャー」 (うん)


やっぱりアリスは、ボーッとしていた。




29 完