死人帖(しびと・ちょう) ― the Last 'R'ule ― #51



「レーイ!!


悪野死火璃が美空スズメの腕を振り払って特設会場に入って来たレイの元へ駆け寄ろうとした。

しかしそれをスズメが許すはずがなかった。



(グィッ!!



素早く反応し死火璃の肩に回している左腕に力を込め、死火璃の動きを封じると同時にそれまでスッゲー意味有り気にポケットの中に突っ込んでいた右手を出した。

その右手にはリボルバーが握られていた。

その銃口を死火璃の腹部に突き当てた。

この動きをスズメは一瞬にしてやってのけた。

流石(さすが)有能な元 FBI 捜査官、美空スズメの真骨頂だ。


「ウッ!?


一瞬にして動きを封じられた死火璃が呻き声を上げた。


「死火璃ー!!


立ち止まってその一瞬の光景を目の当たりにしたレイが右足を半歩前に出し、身を乗り出すようにして死火璃の名を呼んだ。

今、レイとスズメ、死火璃の距離はおおよそ15メートル。

しばしその状態でレイとスズメが睨(にら)み合った。

先に口を開いたのはスズメだった。


「日神太陽!! この娘を助けたければ白状なさい!!


「何をだ?」


「フン。 決まってるゎ。 あなたがラーだという事をょ」


「僕がラーな訳ないだろ」


「いいぇ。 あなたがラーょ。 間違いないゎ」


「・・・」


「ナゼ黙るの? いいゎ、あなたがその気なら・・・」


そう言って美空スズメが手にしているリボルバーを死火璃の腹部から右コメカミに移動させ、突き付けた。

そして続けた。


「この娘が死ぬだけょ」


レイが言った。


「仮に僕がラーだったとしても死火璃には関係ないだろ」


「いいぇ、あるゎ」


「?」


「この娘があなたの恋人だからょ。 あなたにとってのこの娘は、わたしにとっての岩清水霊寺だからょ。 だからあなたが素直に自分がラーだと認めないならこの娘は死ぬのょ」


「止めろ!! 死火璃には手を出すな!!


「ならラーだと認めなさい!!


「違うって・・・。 何回言ったら分かるんだ」


「そぅ。 あくまで白を切り通す気ネ。 ならいいゎ。 見てなさい。 今この娘の頭を打ち抜くから。 いぃい? わたしは本気ょ」


そう言って美空スズメは死火璃を抱いている左腕に、



(グィッ!!



っと力を入れ、右手首を若干反し、死火璃の右コメカミに押し当てているリボルバーを垂直から水平に変えた。


このやり取りをモニター越しに見ていた日神がデブリン達に向かって言った。


「大変だー!! オィ!! 急いで所轄に連絡」


「ハィ!!


日神達はこの突然の出来事にパニックになっている。

しかし、

宇崎だけはジッとモニターに見入ったままだ。

その宇崎が見入っているモニターの中ではまだ会話が続いていた。



スズメが言った。


「それとも日神太陽。 いや、ラー。 わたしを殺してみる。 そぅすればこの娘は助かるゎ。 そぅょ。 この娘を助けたければわたしを殺せばいいのょ。 いいゎ。 教えて上げるゎ、わたしの本当の名前。 アナタは名前と顔が分かれば殺せるはずょネ。 わたしの本当の名前は・・・み・・・そ・・・ら・・・す・・・ず・・・め」 


レイは心の中でそれを復唱した。


『みそらすずめ』


スズメが続けた。


「みそらのみは、美しいの美。 そらは、大空、青空の空ょ。 そしてすずめは、カタカナでス、ズ、メ。 これがわたしの本当の名前ょ。 さぁ!! ラー!! やってみなさい!! わたしを殺してみなさい!!


「・・・」


「どぅしたのラー? わたしを殺さなければこの娘は死ぬのょ。 この娘を見殺しにする気? さぁ!! ラー!! わたしを殺しなさい!!


その時、特設会場内に喧(やかま)しい反響音が響き渡った。



(カンカンカンカンカン・・・)


(タタタタタ・・・)



その反響音は明らかに特設会場に向かって来るのが分かった。

音を通じてそういう “気” が伝わって来たのだ。

こういった事は日常生活で誰もがしょっ中経験しているはずだ。

誰かが自分に向かって駆け寄って来る時、その気配を感じる事が。

今がそれだった。


その突然の反響音にスズメの体が無意識に反応した。

レイから目を切り、辺りをキョロキョロ見回した。

その行動は元 FBI 捜査官だったスズメが取った危機への条件反射だった。

つまり状況が状況なだけに耳慣れない音・・・聞いた事のない音・・・しかもそれが明らかに自分達に向かって来ている。

そのためそれに対し身の危険を感じてしまったのだ。

これが何事もない平時だったら、 “チョッと注意” 程度だったろう。

しかしスズメは今、自分の命を懸けた捨て身の戦いをしている真っ最中だ。

それもラーという途轍(とてつ)もない相手と。

一瞬たりといえども気の抜けない相手と。


よって必要以上に敏感にこの音に反応してしまった。

そして、それがこの勝負の明暗を分けた。



(グィッ!!



死火璃は何事かという表情でレイから目を切り、回りをキョロキョロ見回しているスズメに気付き、その一瞬の虚(きょ)を突(つ)きスズメの体を突き飛ばし、自分の肩にガッチリと回してあるスズメの腕を振り払った。

同時に、レイに向かって走り出した。

当然ダッシュだ。

こう叫びながら。


「レイー!!


反射的にレイも又、死火璃に向かって走り始めていた。


「死火璃ー!!


一瞬の虚を突かれ、


『ハッ!? し、しまった!?


死火璃に逃げられたスズメは焦った。

というのも、スズメにとって死火璃はレイに対する単なる人質ではなく、ラーに担保する命綱だったからだ。


それが今、自らの一瞬の不注意で手の中からスルリと抜け落ちたのだ。

スズメはパニクった。


と、











そこへ・・・






死人帖(しびと・ちょう) ― the Last 'R'ule ― #52



「止めろー!!


「銃を捨てろー!!


!?


喚(わ)めきながら二人のオッサンがその特設会場の中に飛び込んで来た。

オッサン達は制服を着ていた。

それも警察官の。


そぅ。


その二人は、この美術館脇にある 『こちら轄四角(かつ・しかく)芽芽有(がめあり)公園前派出所』 じゃなくって 『芽芽有公園前交番』 の巡査で、所轄(しょかつ)から連絡を受け、即、この会場に駆け付けたのだった。


一人は、その名を 『片津 頓智鬼(かたつ・とんちき)』。

(『とんちき』 は本来、 『頓痴気』 と書きます。 が!? “これ” を!? パクらせて頂いた “あの”!? 超有名漫画の原作者であらせられる秋本治先生の博識に敬意を表し、頓知の鬼と言ふ意味で、あえて 『頓知鬼』 って書いちゃいますた : 作者)


もう一人は、 『中川家 一(なかがわけ・いち)』。


といった。


中川家は何でこんなカッチョいいヤツがお回りなんだ!? って言いたくなっちゃうぐれぇお回りっぽくないヤツだった。


一方、片津は何でこんなゴッツイヤツがプロレスや K-1の選手じゃねぇの? って聞きたくなっちゃうぐれぇやはりお回りっぽくなかった。


しかもこの片津ったら、


ナ、ナント!?


お回りのクセに靴を履いておらず、その替わり下駄履きだった。

そして、先ほどのカンカンいう喧(やかま)しい反響音の正体はこの下駄の反響する音だったのだ。


このオッサン達が飛び込んで来た時、レイと死火璃はお互いに向かってダッシュしている最中だった。(覚えてる?)

レイはスズメ向きに、死火璃はスズメに背を向けて。


スズメは焦っていた。


『ハッ!? し、しまった!!


それもパニクった状態で。

しかも元 FBI 捜査官。

こんな状況で体が反応しないはずはない。



(スゥ〜)



そぅ。


スズメは銃を構えていたのだ。

死火璃を助けようと、自分の方に向かって来るレイに向け。











条件反射で・・・







つづく






死人帖(しびと・ちょう) ― the Last 'R'ule ― #53



「アァー!?


「アァー!?


「アァー!?


 ・・・


その場に居合わせたレイ、二人のオッサンお回り、そしてモニターを見ている日神達、宇崎とワタセを除く全員が一斉に驚きの声を上げた。


その瞬間、こういう音がその特設会場に響き渡っていたからだ。



(バギューン、バギューン、バギューン)



と3回。

リボルバーの発射音が。


スズメが発砲したのだ。

レイに向けて。


しかし、レイは倒れなかった。

それどころか、


「死火璃ー!!


前より一層大きな声を上げ死火璃に向かってダッシュしていた。

背中と胸からタップリと真っ赤なチチ じゃなくって 血を流して床に倒れこんでいる死火璃に向かって。

まるで背後からピストルで撃ちぬかれ、その銃弾が背中から胸を貫通してしまったかのように血を流している死火璃に向かって。



(ドクドクドク・・・)



その血は止まらない。

否、溢れ出している。


そぅ。


スズメは誤って死火璃を撃ってしまったのだった。

手元が狂ったのだ。


!?


手元が狂った?


おかしい。

現役を退いたとはいえスズメはホンの数週間前までバリバリの FBI 捜査官だったはずだ。

辞めてから既に何年も立っていたというなら話は別だが。

この至近距離でそのスズメの手元が狂うなどという事が本当に起こりうるのか?

いかにパニクっていたとはいえ。


だが、


実際、それは起こった。

起こってしまったのだ。


「死火璃ー!!


レイがしゃがみ込み、倒れている死火璃の体を抱き起こした。


「レ・・・イ・・・」


力なくレイの目を見て死火璃が言った。

しかしそれが最後だった。



(ガクッ!!



死火璃の体から力が抜けた。

死んだのだ、死火璃は。


「死火璃ー!! 死火璃ー!! 死火璃ー!!


レイが死火璃の遺体をそのまま抱きしめて叫んだ。


そして顔を起こして、



(キッ!!



スズメを睨み付けた。


「何でだょー!! 何で死火璃を撃った!! 何で死火璃を・・・」



(グィッ!!



死火璃を抱く手に力を込めた。

もう一度死火璃を強く抱きしめた。

そして叫んだ。


「死火璃ー!! 死火璃ー!! 死火璃ー!!



(プルプルプルプルプル・・・)



小刻みに体を震わせながら、愕然として、信じられないという表情で、スズメがレイと死火璃の遺体を見つめている。


その時、それまで予期せぬ出来事を目の当たりにしていたため、その場で固まっていた例の二人のオッサンお回りが、


『ハッ!?


と我に返り、慌てて銃を抜き、



(カンカンカンカンカン・・・)


(タタタタタ・・・)



パニクって顔が引き攣っているスズメの元へ走り寄り始めた。


スズメ最早限界。

手にしたリボルバーの銃口を自らの右コメカミに当てた。


「止めろー!! 止めるんだー!!


片津が大声で怒鳴った。

だが、それが間違いだった。

片津の声はデカイ。

否、デカ過ぎた。

超デカ過ぎ。

およそ人間の物とは思えない程だ。


そのため本来生死 否 制止するために使うはずの台詞(せりふ)の 「止めろ」 があまりの声のでかさのため逆にスズメの背中を押す結果となってしまった。


そぅ。


パニックに陥って如何(どう)していいか分からない人間を、人間の物とは思えないほどデカイ声で怒鳴(どな)っちまったんだから。


次の瞬間、



(カチッ!!



鈍い金属音が一発、その芽芽有公園内にある名欧美術館1階特設会場中に響き渡った。


片津の大声に背中を押されちまったスズメが、終に引き金を引いてしまったのだ。


リボルバーの・・・











銃口を自らの右コメカミに当てていた・・・







つづく






死人帖(しびと・ちょう) ― the Last 'R'ule ― #54



「済まん。 レイ」


日神尊一郎が息子レイの元に近寄ってそう言った。


ここは名欧美術館出入り口奥のホール脇にある階段。

レイは既に特設会場を出てその階段に腰掛けていた。

うな垂れ、両手で頭を抱え込んで。


「・・・」


レイは黙っていた。

その姿を少し見つめてから、それ以上何も話し掛けずに日神は特設会場へと向かった。


名欧美術館は完全封鎖され一般客は全て外に出されていた。

特設会場では10数名の刑事、鑑識係、警察官といった警察関係者による現場検証が行なわれている。

当然、この中には片津と中川家もいた。

相変わらずの大声で片津が刑事の事情聴取を受けている。

中川家はただ 「ウンウン」 片津の言う事に同意しているだけだった。


美術館の中は関係者達が右往左往していたが、不思議な事にレイの周りには誰一人寄り付こうとはしなかった。

レイが日神局長の息子と知ってか知らずかは分からないが。

ひょっとしたらレイの出すオーラがそうさせていたのかも知れない。

だから先ほどからレイがブツブツと独り言を言っている事に気付いた者は誰もいなかった。


そぅ。


レイの独り言に・・・気付いた者は・・・誰も。


レイはこう言っていたのだ。


「美空スズメは僕が殺したんだょ・・・」


と。


あたかも側(かたわら)に誰かがいるかのように・・・











見えない誰かが・・・







つづく






死人帖(しびと・ちょう) ― the Last 'R'ule ― #55



「とんだ災難だったなぁ、レイ。 でもまぁ、お陰で美空スズメが死んでくれて良かったかもなぁ。 結果オーライってヤツか。 ククククク・・・」


レイ以外誰もその姿を見る事の出来ない死神・苦竜が、レイの隣に座ってそう話し掛けた。


「いいゃ、苦竜。 結果オーライなんかじゃないょ。 これは」


「ン!? どぅいう事だ?」


「美空スズメは僕が殺したんだょ、苦竜」


「エッ!? お前が? どぅやって?」


「死人帖に名前を書いたのさ」


「いつだ? 書いてるトコ見なかったゾ」


「昨日さ。 昨日書いたんだ。 



 美空スズメ

 自殺

 200?年■月■日、 R に連絡を入れ芽芽有(がめあり)公園内にある名欧美術館1階特設会場に盗聴器と監視カメラを設置させる。

 翌■日午後4時15分、銃弾6発入りのピストルを持ち、ラーの正体を暴くため自らがラーだと疑っている者の恋人を誘拐。

 名欧美術館1階特設会場に連行。

 そこで恋人に電話を掛けさせ名欧美術館に呼び出させる。

 再度、その事を R に連絡。

 恋人が現れたところで口論となる。

 その最中、自分に向かって来る者達の足音を聞き、人質を取っている事を忘れ驚きうろたえる。

 そこで「止めろ」という言葉を聞く。

 それに反応してピストルの引き金を引こうとするが、手元が狂い狙った相手には当たらない方向へ向け発砲。

 その直後、精神錯乱状態になり再び「止めろ」と言われ、その言葉に反応し手にしたピストルで頭を打ち抜き死亡。



ってネ。 そぅ書き込んだのさ」


「へぇ〜。 そんな事してたんだ」


「あぁ」


「でもょ。 いつ、どぅやって美空スズメの名前を知ったんだ?」


「フッ」


ここでレイは含み笑いを浮かべた。

そして苦竜に聞き返した。


「フフフフフ。 知りたいかい?」


「あぁ、知りたい」


チョッと間をってからレイが続けた。


「失敗したんだ」


「エッ!? 失敗?」


「あぁ、そぅさ。 美空スズメは失敗したんだ。 僕に自分が岩清水霊寺のフィアンセだって白状したのはネ、失敗だったんだ」


「ナゼそれが失敗なんだ?」


「岩清水霊寺が死んだ時の事覚えてるかい、苦竜」


「あぁ、覚えてるぜ。 ハッキリとな」


「あの時、美空スズメが岩清水に駆け寄っただろ」


「ウ〜ム。 そぅ言えばそぅだったな」


親指と人差し指で L 字を作りそれで顎を抑えて苦竜が言った。


「あの時、美空スズメが封筒を持ってたのに気付いたかい?」


「ン!? そんなモン持ってたのか?」


「あぁ、持ってたんだ。 そして岩清水を抱き起こした時それを横に置いたのさ」


「へぇ〜。 封筒ネェ。 だが、それと美空スズメの名前とどぅ結び付くんだ? 封筒に名前でも書いてあったのか?」


「いいゃ、名前は書いてはなかったょ、美空スズメの名前はネ。 でも、あの封筒には印刷されていた物があったんだ。 それも大きく。 あの距離からでも見える位大きくネ」


「印刷されていた物? 大きく?」


「セント・ポール守谷(もりや)教会って、印刷されてたんだょ、あの封筒には」


「あぁ。 それでかぁ、この間あの教会行ったのは。 何しにあんなトコって思ってたが」


「そぅさ。 そこで岩清水霊寺の友人だって言って聞き出したんだょ、美空スズメの名前をネ。 教会は思っていた以上にオープンで、何でも教えてくれたょ。 それに世間知らずの神父など騙すのは簡単だったし。 『苦情 否 九条を守れ』 ナァ〜ンって看板掛けてたから尚更さ。 バカでなきゃそんな看板掛けないからネ、教会に。 いやしくも聖職者を語って置きながら政治に口出しするなんてバカのやる事だからネ。 で。 案の定バカなヤツだったのさ、その神父は」


「そぅか、そんな事やってたのかアソコで。 俺様は外にいたんで全く知らなかったゼ、お前が個人情報守ろうともしないバカな神父に美空スズメの名前聞き出してたなんてな。 何せ死神にとって教会は最も苦手な場所だからなぁ、全く。 でもょ。 さっき、もしあの片津とかいう巡査が 『止めろ』 って言わなかったらどぅするつもりだったんだ?」


「僕が言ったさ。 ・・・。 端(はな)っからそのつもりだったんだヶど、彼が替わりに言ってくれたんだ。 それだけだょ」


「フ〜ン。 でもょ。 お前も一つ大きなミスを犯したな」


「ミス? ミスなんか犯しちゃいないょ。 僕は完璧さ」


「いいゃ、犯した」


「どんな?」


「死火璃だ」


「・・・」


「死火璃の死だ。 あれがミスじゃなかったら一体何だったんだ? ン!? 違うか?」


「フッ」


再びレイが笑った。

そして思わせ振りにこう言って苦竜の眼をジッと見つめた。


「死火璃はネェ、苦竜」











それから一言こう付け加えた。







つづく