死人帖(しびと・ちょう) ― the Last 'R'ule ― #56



「僕が殺したんだ」


「エッ!?


「死人帖でネ」


「こ、殺したって。 死火璃はお前の恋人じゃネェのか? 愛してなかったのか?」


「・・・」


「死火璃は心からお前の事愛してたぞ。 その死火璃を・・・。 お前ホントに殺したのか?」


「あぁ、殺した」


「どぅやって?」


「こぅ書いたのさ。

 悪野死火璃。

 200?年■月■日、ピストルを持った暴漢に誘拐され、芽芽有公園内の名欧美術館1階特設会場に軟禁される。

 そこで恋人に電話を掛けさせられ、恋人をそこへ呼び出す。

 4時15分、ピストルで撃たれて死亡。

ってネ。 つまり美空スズメが発砲、その弾が悪野死火璃に命中。 事は全て計算どおり。 死人帖の命ずるまま」


「フ〜ン。 死人帖の命ずるままネェ」


「あぁ。 でも、ホントはネ、苦竜」


「何だ?」


「この部分なんだヶど」


そう言ってレイは、今、苦竜に言って聞かせた死人帖に書き込んだある部分を指摘した。


「今言った 『ピストルを持った暴漢』。 この部分なんだヶど、ここをこうじゃなくって “二冊以上の死人帖に同じ人間の名前が書かれた場合、一番先に書かれたものが優先される” という死人帖の先鞭性(せんべんせい)が同一死人帖でも通用するのかどぅかを試すため、 『美空スズメ』 って書いても良かったんだ。 実際、そぅしてみようかなっとも思ったんだ」


「ナゼしなかったんだ?」


「下手にそんな事して、もし同一死人帖には先鞭性がなく、美空スズメが死火璃を名欧美術館1階特設会場に軟禁した時点で心臓麻痺で死のうものなら、大変だ。 死火璃もその時点で死ななきゃなんなくなる、それも心臓麻痺で。 美空スズメ以外の人間に死火璃がピストルで撃たれる可能性なんて殆(ほと)んどゼロに近いんだからネ、今の日本では。 更に、死火璃がもし僕に電話を掛けた後に死んだらそれこそ厄介だ。 その場に僕が顔を出す事になるんだからネ、状況を知らない僕が。 そして、当然それは R の耳に入る。 となれば、 R は間違いなく僕をラーだと確信する。 つまり僕にとって最悪の状況が待っている。 そぅいう事さ」


「フムフム。 成る程成る程」


「それにこのままでも試せる事が有ったし」


「ン!? どぅいう事だ? 何が試せるんだ?」


「それはネ、苦竜。 これとさっき言った美空スズメに関して書いた部分を読み比べると分かるのさ」


「読み比べると? どの部分だ?」


「あぁ。 先ず、さっき言ったように美空スズメは発砲するとは書いてあるヶど誰を撃つとは書いてはいない。 『・・・手元が狂い狙った相手には当たらない方向へ向け発砲』 って書いたんだからネ。 そして死火璃には単に 『ピストルで撃たれて死亡』 とのみ。 つまり誰に撃たれるかは書かなかった。 しかし現実は・・・。 知っての通り」


「ウ〜ム。 な〜る(成る程)。 言われてみればその通り。 ・・・。 だがょー、レイ」


「ウン!?


「良くまぁ、色々考え付くなぁ、お前。 ほとほと感心しちまうゼ」


「まぁネ。 アッ!? そぅそぅ。 それともう一つ、ついでだから教えて置いて上げるょ」


「何をだ?」


「ナゼ僕が今日という日を選んだか分かるかい?」


「適当に決めたんじゃネェのか?」


「違うょ。 今日を選んだのもチャーンと計算の内だったんだょ」


「どぅいう?」


「今日、■月■日はイベントの中日(これは “なかび” と読んじゃいます。 “ちゅうにち”では有りませヌ : 作者)だったからさ。 だから会場はガランドウ。 人っ子一人なし」


「ほぅ〜」


「それともぅ一つ。 そしてコッチの方が今回の計画には重用だったんだヶどネ」


「何だ? まだ何かアンのか?」


「あぁ、ある。 それは、今日があの片津巡査の当番日だったからさ」


「エッ!? あのオッサンも計算に入れてたのか?」


「勿論さ。 証人が必要じゃないか、今回の事件の。 それには警察官が一番だからネ。 そのため彼の当番日を前もってチャーンと調べておいたのさ。 と、言うのも。 あの片津っていう巡査はネ、苦竜。 この辺りじゃ超有名人なんだ。 警察官のクセに勤務中にも拘(かかわ)らず、靴を履かずに下駄を履いてるって。 そしてここで事件が起こればあの巡査が来るに決まってる。 なにせあの交番はこの美術館の直ぐ側に有るんだからネ。 スズメにワザワザ R に連絡させたのはこのためでも有ったんだ。 なんと言ってもこの美術館に彼の下駄の音は最高の効果音だからネ。 案の定、美空スズメはあの反響音に反応して半狂乱になった」


「へぇ〜。 そこまで計算してたのか。 全くお前ってヤツは。 ・・・」


苦竜は呆れ返った。

それから、


「しっかし、レイ。 お前・・・」


ここまで言って、苦竜にしては珍しく思わせ振りな態度を取った。

そして最後に一言こう付け加えた。


「悪魔!? ・・・だな」


だが、即座にレイが言い返した。


「いいゃ、苦竜。 僕は悪魔なんかじゃないょ」


「じゃぁ、何だ?」



(キッ!!



レイが苦竜の目を見据えた。

そしてこう言い切った。


「神さ!!


と。


それを聞き苦竜は思った。


『やっぱあの死人帖!? コイツに拾ってもらって正解だ!!


更に・・・











『人間って・・・おもしれぇ!!







つづく






死人帖(しびと・ちょう) ― the Last 'R'ule ― #57



「父さん!!


レイが立ち上がって、側を通り掛った日神に声を掛けた。


ここは名欧美術館出入り口脇にある階段。

日神は現場検証のため名欧美術館の中を行ったり来たりしていた。

その日神を呼び止めたのだ、こう言うために。


「父さん。 僕は絶対にラーを許せない。 ラーが直(じか)に死火璃を殺したわけじゃない。 でも、死火璃が死んだ直接の原因はラーだ。 ラーにある」


「まさか、美空スズメがお前をラーなどと勘違いするとは・・・。 死火璃さんには可哀想な事をした」


「あぁ。 その通りさ、父さん。 僕は間違ってもラーなんかじゃない。 だから尚一層ラーが憎い。 ラーをこの手で捕まえたい。 だから父さん、頼みがある」


「何だ?」


「僕を捜査本部に、ラー対策の捜査本部に入れてくれ」


「捜査本部に・・・」


「そぅだ、父さん。 捜査本部だ」


「ウ〜ム」


「頼む父さん。 僕を捜査本部に入れてくれ」


「・・・」


日神は言葉に詰まった。

レイの過去における的確なアドバイスにより幾多の難事件を解決したという実績と、最愛の恋人死火璃がレイ目の前で殺されたというこの悲惨な状況、そして日神尊一郎の持つ局長であり捜査本部長という権限をもってすれば日神レイを捜査本部に入れる事は決して難しい事ではない。

だが、やはり相手が相手なだけに日神は即答出来なかった。

躊躇したのだ。


だがその時、


声がした。


「歓迎します!!


と。


反射的にレイと尊一郎が声のする方を向いた。

その声は続いた。


「始めまして、レイ君。 わたしが R です」


宇崎だった。

宇崎がいつの間にかその出入り口からホールの中に入って来ていたのだ。

そして続けた。


「聞く所によるとレイ君はこれまでその的確なアドバイスで幾つもの難事件を解決に導いたそうですネ。 どぅかその優秀な頭脳をわたしにお貸し下さい」


その宇崎の言葉で日神尊一郎の腹が決まった。

レイを捜査本部に入れようという。


「良し。 いいだろう」


レイに一言そう言い、日神尊一郎はホールに入って来た宇崎の側に寄った。


「ならばその前に、ラーだと疑った事をレイに誤れ」


宇崎の耳元でそう言い残してその場を離れた。


後に残されたレイと宇崎。

二人は黙ったまま見つめ合っている。


否、


睨み合っていた。

と言った方が正しい。


なんとなれば、



(ポリポリポリ・・・)



宇崎が左手にシリアル食品の袋を持ち、右手親指と人差し指で中味をチョコっとっつ摘み上げ、如何(いか)にも俺はチャーンと分かっちゃってんだゼっー感じで、ジッツに思わせ振りにそれを口の中に入れ、咀嚼していたからだった。


その袋にはこう印刷されていた。


Gerroggu's コーンフレーク』


と。。。


勿論・・・











チョコ味である。







つづく






死人帖(しびと・ちょう) ― the Last 'R'ule ― #58



(ヒラン、ヒラン、ヒラン、ヒラン、ヒラン、・・・。 バサッ!!



今、天から一冊のノートが地上に舞い落ちた。


見慣れぬ装丁の黒っぽいノート。

サイズは大凡(おおよそ) A4 判。

表紙にはスペイン語らしき単語で


Cuaderno de Muerte ” (死人帖)


の文字が銀で箔押しされていた。


その地上に舞い落ちたノートの側では、地面に倒れ込んでオネェ座りをしている全身黒ずくめのカッコで、超ミニスカートを穿いた美少女が呆然としてある一点を見つめている。

その美少女のパンツは見えていた。

黒だった。

時は夕暮れ。

だから黒よっか白の方がいいに決まっている。

それに黒いパンツって見えてもアンマ嬉しくネェーんだょなぁ、ブルマー見てるみたいで。

しか〜〜〜し、残念ながらその少女の見えているパンツの色は黒だった。


ウ〜ム。


チョッとなぁ。。。


その美少女の視線の先には一人の如何(いか)にもって感じの、もろスッケベそうなオッサンがうつ伏せになって倒れている。

そのオッサンの呼吸は既に停止していた。

脈も打ってはいない。

既に死んでいたのだ。

死因は急性心臓麻痺。

しかし、その少女のパンツを見たそのショックで死んだのではなかった。

突然死だった。

まるで死人帖にその名を書かれた者が死ぬような。


!? 死人帖に・・・?


そぅ。


そのオッサンは死人帖に名前を書き込まれたのだ。

ある1匹の人間の娘(むすめ)に恋した死神の手によって。

そしてその死神は、その名を・・・


『嫉妬(シット)』


といった。


嫉妬が恋した娘。

それは今黒いパンツを惜しげもなく人前に晒しながら、そこでオネェ座りをしているその美少女だった。

もっとも、今その美少女の側に人気(これは “ひとけ” って読んじゃいますょん、 “にんき” じゃなくって)は全くなく、折角のその黒いパンツを見られる心配も同様全くなかったのだが。

パンツを見せていたからと言っても、その少女は別に露出症だった訳ではない。

その倒れ込んでいるオッサンに襲われたのだ。

オッサンはストーカーだった。

そしてその黒いパンツの美少女にその気がないと知るや、逆切れしてその娘(こ)を殺そうとしたのだった。

可愛さ余って憎さ百倍というヤツだ。


だが、死神・嫉妬の手によりたった今死んだ。


黒いパンツの美少女は何がなんだか訳が分からぬまま放心状態で地面に座り込み、パンツを見せながら、そして自らは呆然とそのオッサンを見つめていたのである。


その美少女はその名を・・・











余 海砂(あまり・ミーシャ)といった。







つづく






死人帖(しびと・ちょう) ― the Last 'R'ule ― #59



「着きました」


ワタセが愛車ジャガー XKR Convertible_LHD のエンジンを切ってレイに言った。


ここは完成したばかりの宇崎が建てたラー対策本部ビルの前。

地上23階、地下2階、その屋上には2台のヘリが外部から見えないように格納されている。

一見、何処(どこ)でも見られそうな目立たない高層ビルだった。

だが、

その内部は何重ものセキュリティに守られ、設置されているコンピューターは現時点で世界一早いスーパーコンピューターだった。

又、

5階から20階までは各階ごとに4室のプライベートルームになっていて日神達がそこで寝泊りしても全く問題ないようになっている。

これは仮に捜査員が60人に増えたとしても全員カバー出来る部屋数だ。

そして地下1、2階が駐車場。

当然、その駐車場には相当数の車を止める事が出来る。


このビルは、ラーが日本にいると宇崎が断定した時点で建設が開始されていた。

それもかなりのスピードで。

これからも宇崎のこの事件の解決に対する並々ならぬ決意と覚悟の程が見て取れる。


それまで賃貸マンションにあった全ての機材並びにラーに関する資料はこの完成仕立てのビルに既に搬入完了していた。


レイはそのビルに案内されたのだ。

宇崎の命を受けたワタセによって。


「これが R が私財を投じて新に建てたラー対策本部用の建物です」


「・・・」


レイは言葉が出なかった。

ただこう思う意外に。


『ナント凄いな。 こんな物まで建ててるとは・・・』


そぅ。


今、レイは改めて R の色々な意味での恐ろしさを感じ取っていたのだ。


一刻も早く殺さなければならない R の・・・


ワタセが網膜認識用のカメラの前に立ち、両目をかざした。

カメラがワタセの網膜を認識した。

次に、右手を静脈並びに指紋感知器の上に置いた。

感知器がワタセの右手の静脈と指紋を同時に感知した。

最後に8桁の暗証番号を入力した。

4桁ではなく8桁である。



(ガラガラガラガラガラ・・・)



地下駐車場に入るための電動シャッターが上がった。

ただ駐車場に入るだけでもこれだけの手順を踏まなければならなかった。


次はエレベーターだった。

車を降り、レイはワタセの案内でエレベーター前まで来た。


そこにはやはり先程と全く同じセキュリティシステムがあった。

網膜認証、静脈・指紋認証、8桁の暗証番号といった。

ただし、8桁の暗証番号は先ほどの番号とは別番号だった。



(ピンポン)



エレベーターが来た。


二人が乗り込んだ。

ワタセが23番を押した。

目指すはこのビルの最上階だった。

如何(どう)やらそこが司令室になっているようだ。



(ピンポン)



エレベーターが止まりドアが開いた。


ワタセがエレベーター脇にある据付金庫に今度は4桁の暗証番号を入力し、それを開けた。

そして言った。


「携帯電話や無線通信器などはここにお入れ下さい」


レイがポケットから携帯電話を取り出し、言われたようにその中に入れた。

そこから少し歩いた突き当たりにドアがあった。

このドアはエレベーターを降りると直ぐ正面に見える。


そこもやはり先程同様、網膜、静脈・指紋、そして8桁の又違った暗証番号の入力が求められた。



(スルスルスルスルスル・・・)



引き戸式のドアが静かに開いた。

勿論自動ドアだ。


二人が2、3歩足を踏み入れた。

ワタセが言った。


「宇崎。 日神太陽さんをお連れしました」


中にいた者達全員が一斉に振り返った。

日神尊一郎を除く5人だ。

日神はその時、本庁に行っていてその場にはいなかった。


「レイ君」


「レイ君」


「レイ君」


「レイ君」


「レイ君」


5人がレイに声を掛けた。


「宇田生さん、模木さん、相河さん、松山さん、佐さん」


レイが5人に挨拶した。

レイとこの5人とは既に顔見知りだったからだ。


しかし、一人宇崎だけがレイに背中を向けたまま1人掛けのソファーの上で相変わらずウンコ座りして、テーブルの上で詰め将棋ならぬ詰め西洋将棋・チェスをしていた。

(ホ〜〜〜ント、、、コイツがミニスカートの可愛い女の子だったらなぁ・・・)

これは遊んでいるのではなく、こうして宇崎は常に頭を動かしているのだ。

回転が鈍らないため常に脳に刺激を与えているのだった。

その間も、宇崎は甘い物を食べ続けている。

今は板チョコだ。


R は、作者がこれを書きながらコイツ絶対糖尿だょナって思う位糖分を取り続けている。

ハッキリいって気持ち悪い位だ。

作者はかつて一般的なコーヒーカップにほど良く入っているコーヒーに普通サイズの角砂糖なら、


「8個入れなきゃコーヒーじゃない!!


そう言ってその通り8個入れて飲む人間を知っているが、ソイツがその角砂糖8個入りコーヒーを満足げに飲んでいる姿を見て、


『コイツは変態だ!?


!?


思った事があった。

事実そうとしか思えなかったのだ。


そして、


その通りー!! ソイツは変な奴だった!!



だが、宇崎の糖分の取り方はそれ以上だった。

もっとも宇崎本人に言わせると、


「頭を使えば糖尿にはならない。 ましてや、太ったりなど絶対にしない」


!?


そうだ。


レイが静かに宇崎に近付いた。

宇崎はチェスの駒を見つめながら次の一手を考えているようだった。

横からレイがその駒の一つを摘んで、次の一手を打った。

即座に宇崎がそれに対する次の一手を。

更にレイがその次を。


 ・・・


レイが宇崎の対極に座りいつの間にか二人はチェスの対局を始めていた。











互いの腹を探り合いながら。







つづく






死人帖(しびと・ちょう) ― the Last 'R'ule ― #60



「宇崎・・・か!?


先ずレイが切り出した。

顔は上げずにチェスの盤を見つめたままで。


「・・・」


宇崎は黙っていた。

やはり、顔は上げずにチェスの盤を見つめたまま。


「偽名か。 ラー対策用の・・・」


ここで始めて宇崎が、顔は上げずに口だけを開いた。


「よくお分かりですネ。 どぅして分かりましたか?」


「簡単さ。 ラーが殺しに必要なのは名前と顔。 この二つだからさ」


「その根拠は?」


「根拠なんて必要ない。 ラー事件を時系列で考えて行けば自然と出て来る結論じゃないか」


ここで少し会話が途切れた。

無言のまま二人はチェスの駒を動かした。

今度は宇崎が切り出した。

相変わらずチェスの駒を見つめたまま。

レイの顔を見ずに。

こう。


「レイ君が・・・ラーなんじゃないですか?」


「ン!? 僕がラー?」


レイも宇崎の顔は見ず、チェスの駒を見つめたまま聞き返した。

二人共、互いの顔を見ようとはしない。


「そぅです。 レイ君がラーです」


「何で僕がラーなんだ?」


「レイ君なら日神さんのパソコンにも、あるいは警察庁のコンピューターにも簡単に入り込めると思ったからです」


「だから僕がラー? チョッと短絡的過ぎやしないか?」


「えぇ。 ですから FBI に手配してレイ君を尾行させました」


「フゥ〜」


ここで初めてレイが顔を上げ、一瞬宇崎に目をやり、それから宙を見つめ、溜め息をついた。

それも実にワザトらしく。

そして再び、目線をチェスの駒に落とした。


「それでか。 何となく付けられてる気がしてたょ。 で、尾行してた人は僕をナント?」


ここで今度は宇崎が手を止め、顔を上げた。

俯(うつむ)きがちにチェスの駒を見ているレイを見つめた。

そして言った。


「死にました」


俯いたまま宇崎を見ずに、レイが聞いた。


「死んだ?」


「はい。 殺されました。 ラーに」


「殺された? ラーに?」


ここでレイが顔を上げた。

初めて二人の目があった。


「それで僕がラーだと」


「いいぇ。 それでレイ君を疑った訳ではありません。 しかし候補者には入りました。 だからレイ君の部屋に監視カメラと盗聴器を仕掛けさせてもらいました」


「オィオィ。 監視カメラに盗聴器って・・・。 日本でそんな事」


ここまで言ってレイは周りを見回した。

いつの間にかこの二人の会話に惹(ひ)かれ、ワタセを除く5人が側に集まっていたからだ。


「それは父さん。 いや、日神も知ってたんですか?」


レイと目が合った宇田生が無言でそれを肯定するように頭を縦に何度か振った。

替わりに宇崎がレイを見て答えた。


「非常事態ですから」


再び、レイが宇崎の目を見据えて聞いた。


「で!? 僕がラーだという証拠が出た。 そぅなのか?」


「いいぇ。 残念ながら証拠は出ませんでした。 レイ君がラーだという証拠は・・・。 でも」


「でも?」


「レイ君がリンゴが好きだという事は分かりました。 それも異常な程。 外出する度に持って出てましたから、時には一度に何個も」


「リン・・・!? あぁ、確かにリンゴは好きだ。 異常な程かどぅかは分からないが。 で、それ以外に出た物は?」


「何も」


「なら、もぅ僕がラーだと疑う根拠は崩れたんじゃないのか」


「はい。 でも、レイ君なら盗聴器や監視カメラの目を欺くのは容易かと・・・」


ここまで話が進んだ時、それまで黙ってこのやり取りを聞いていたアンチャン松山が我慢し切れず宇崎を罵(ののし)った。


「オィ!! いい加減にしろょ、宇崎!! アソコまでしておいて・・・」


デブリン宇田生もこれに続いた。

だが、宇崎にではなくレイに。


「レイ君。 我々は誰もレイ君をラーだなんて思っちゃいないょ。 宇崎だってレイ君がラーだという可能性を否定できないから疑ってるんだ。 そぅだろ、宇崎?」


「いいぇ。 宇田生さん。 あの FBI 捜査官達が追っていた容疑者の中でレイ君が一番ラーのイメージに近いからです」


ここまでは宇田生に向かい、次にレイに視線を移して、宇崎が続けた。


「それに死んだ美空スズメも独自に岩清水捜査官の足取りを辿りレイ君に到達しました。 わたしがレイ君の事を何も教えていなかったにも拘らずにです」


これを聞き、再び松山が宇崎を罵倒した。


「宇崎!! レイ君はなぁ、その美空スズメに最愛の恋人、悪野・・・悪野死火璃さんを殺されたんだゾ!! しかも目の前で。 お前も見てたろ。 あの時レイ君が何かしてたか? 何もしてなかったろ、怪しい事は。 それでもまだレイ君を疑うのか?」



(ギン!!



珍しく宇崎が鋭い目付きで松山に一瞥をくれた。

別ににらみ付けた訳ではなかったが、


「ウッ!?


一瞬、松山が怯(ひる)んだ。

その松山に言った。


「ラーは死の時間を操れます。 お忘れですか? あの時レイ君が何もしていなかったからといってレイ君の疑いは晴れませんょ」


再び向き直って宇崎がレイに聞いた。


「ラーはレイ君。 そして美空スズメと悪野死火璃さんを殺したのも・・・」


我慢し切れず松山が宇崎に飛びかかろうとした。


「お前なぁ!!


宇田生達が松山を押さえた。

そんな松山にレイが諭すように言った。


「いいんですょ、松山さん。 捜査の第一歩は先ず疑う所からです。 宇崎のやっている事は間違いではありません」


そして宇崎を見た。


「で、僕がどぅやって美空スズメと死火璃を?」


宇崎は上半身を仰けに反(そ)らせた。

天井を見上げた。

そして言った。


「それが分からないんです。 それさえ分かれば・・・」


レイが聞き返した。


「なら、何のために美空スズメと死火璃を?」


即座に宇崎がレイの目を見つめて答えた。


「同情を引くため。 同情を引き、この捜査本部に入るため。 レイ君の警察庁に対する過去の実績、並びに今回の事件。 つまり死火璃さんの死。 そして日神さんの持つ権限。 これだけ有れば充分この捜査本部に入る動機、理由が成立しますし入れます」


「この本部に入る目的は?」


ここで宇崎はチョッと間を取った。

レイの目を見つめたままだ。

そして言った。


「わたしを殺すため」


「フッ。 面白い発想だな。 チョッと飛躍し過ぎだが」


「はい。 わたしもそぅ思います。 でも、いい機会ですから」


「と言うと?」


「ここにいる皆さんに聞いてもらえるいい機会ですから。 もし、わたしが不自然に死んだら。 その時は、・・・。 その犯人はレイ君。 そして同時にレイ君がラー・・・だと。 それを言って置くいいチャンスですから」


「じゃぁ。 宇崎が死に、僕がラーだとしたら僕はどぅなる?」


宇崎が上体を起し下目使いにレイを見据えこう言った。


「残念ながらレイ君は・・・死刑!! です」


と。


ここで5人の顔が引き攣った。

今にも宇崎に飛び掛りそうだった。

その空気を読み、レイが5人を見回して言った。


「いいんですょ、皆さん。 宇崎の疑いは僕自身で晴らしますから」


5人が思い止まった。

それを聞き、宇崎が言った。


「本音を言わせてもらえば、わたしもレイ君がラーじゃなければいいと思っています」


その宇崎の視線を受けながら、静かにレイがチェスの駒を動かした。

再び顔を上げた。

改めて宇崎を見つめた。

含み笑いを浮かべた。

そして言った。


「チェックメイト」


と。











その時・・・







つづく