死人帖(しびと・ちょう) ― the Last 'R'ule ― #81



『マズイ・・・』


レイは考えていた。


ここは日神家レイの部屋。

時は、ミーシャが身柄確保された日の夜。


『あの態度を見れば分かる。 100%、宇崎は僕をラーだと断定した。 死人帖の秘密をミーシャが喋ったら全て終わりだ。 どぅする? ミーシャを殺すか? 今ならまだ間に合う。 否、もぅ白状しているかも知れない。 だが、僕がミーシャを殺せば翠旻に僕が殺される。 それどころかミーシャが捕らえられたというだけで既に僕を逆恨みしているはずだ。 それだけでも僕を殺しかねない。 仕方ない、ミーシャを救い出し、同時にこの窮地を逃れるためだ。 苦竜と目の取引をして全員殺すか? 否、それは軽率だ。 まだ早い。 やってはダメだ、そんな事。 僕の寿命を縮める訳には行かない。 新世界の神となる僕の寿命を。 ウ〜ム。 どぅする。 翠旻と連絡さえ取れれば・・・。 そぅすれば何か策が思いつくかも知れない。 だが、翠旻は片時も離れずミーシャに憑いている。 だから無理だ。 ウ〜ム。 何か良い案は・・・? ウ〜ム』


レイの思考は空回りしていた。

何もいい策が思い浮かばぬまま。


だが、


そうしている間もミーシャの取調べは続いているのである。

それも容赦なく。


勿論・・・











宇崎によって。







つづく






死人帖(しびと・ちょう) ― the Last 'R'ule ― #82



「殺してー!!


突然、ミーシャが叫んだ。


ここはラー事件対策本部ビル内、余海砂監禁室。

身柄確保から3日後の事だ。

それまで執拗(しつよう)な宇崎の追及にもひたすら黙秘を続けていたミーシャだったが。


「もぅ我慢出来ない。 殺してー!! 早く殺してー!!


コレを見て紅一点の佐波(すけ・なみ)刑事が珍しく宇崎に食って掛かった。


「限界ょ!! もぅこれ以上・・・。 あの娘この3日間、ろくすっぽ食事もしてないのょ」


恐らく母性本能がそう言わせたのだろう。

これ以上見てはいられなかったのだ。


日神も言った。


「二十歳そこそこの女の娘には無理だ。 これでは厳しすぎる。 もぅ極限状態なんだ」


再び佐が。


「それにしてもなんて根性のある娘。 こんな状態で3日間も。 私ならとっくに・・・。 でも、もぅ限界ょ。 これ以上見ていられないゎ」


「・・・」


宇崎はそれを黙って聞いていた。

そして何を思ったのか、手元のマイクのスイッチを入れた。

そしてミーシャに話し掛けた。

もちろん加工された声で。


「余海砂。 聞こえるか?」


その問い掛けに答えたのか?

それとも他の誰かに語り掛けたのか?

ミーシャが普通の調子で言った。


「殺して」


そして再び大声を張り上げた。


「お願い!! 殺してー!!


宇崎が聞いた。


「それは自分が第二のラーだと認めたという事か?」


それまで興奮状態にあったミーシャが、ここで初めて宇崎の問い掛けに答えた。


「違う!! 第二のラーなんて知らない」


ここまでは宇崎に。

だが、その後は別の誰かにミーシャはこう言った。

自分の直ぐ隣にいる誰かに。

誰もいないのに。


「もぅ、こんなの我慢できない。 死んだ方がいい。 さぁ早く。 早くわたしを殺してー!! アナタなら直ぐわたしを殺せるでしょー!! 早く殺してー!!


声が聞こえた。

ミーシャだけに・・・こう。


「ミ、ミーシャ。 まさか?」


声の主は翠旻。

ミーシャが所有権を持つ死人帖に憑く死神・翠旻であった。

だからミーシャ以外そこにいる者達の目には全く見えない。

勿論、声も聞こえない。

その翠旻が続けた。


「私に殺してくれと・・・?」


「そぅ。 殺して」


「・・・」


翠旻は黙っていた。

ミーシャをジッと見つめたまま。


「もぅダメ。 我慢出来ない、殺して」


「ミーシャを殺すぐらいなら・・・日神太陽を殺す。 ヤツさえいなければ、ヤツさえいなかったらこんな事には・・・」


「ダメダメ、わたしを殺して」


翠旻は思った。


『ミーシャ。 それほどまでにあいつの事を・・・』


「どうせミーシャはあの時 (ストーカー、枝・・・屁田野幸男に襲われた時) 死ぬはずだった・・・」


モニター越しにミーシャを見ていた宇田生がボソッと言った。


「あの時って、小西滓に両親を殺された時か?」


相河が答えた。


「えぇ、恐らく・・・」


それを受けるように松山も言った。


「なんか可哀想ですょネ、この娘(こ)・・・」


モニターの向こうではミーシャが必死で翠旻に頼んでいた。


「今死んでもわたしは幸せ。 若くて奇麗なうちに・・・わたしを殺して・・・」


翠旻がミーシャに優しく話し掛けた。


「考えてみれば私が死人帖をやったばっかりに・・・。 ゴメンょ、ミーシャ」


「そんな事どぅでもいい!! 早く殺してー!! アナタが殺してくれないのなら、自分で・・・!!


モニターを見ていた宇崎が叫んだ。


「マズイ!! 舌を噛むつもりだ!! ワタセー!!


慌ててワタセが監禁室の中に飛び込み、ミーシャに猿轡(さるぐつわ)を掛けた。

間一髪、間(ま)に合った。

後一瞬遅ければミーシャは舌を噛んでいた所だ。


タイミングはそれ程・・・











微妙だった。







つづく






死人帖(しびと・ちょう) ― the Last 'R'ule ― #83



「翠旻!?


苦竜は驚いた。


ここはレイの部屋。

ミーシャが必死に翠旻に殺してくれと頼んでいたのとほぼ同時刻だ。


「エッ!?


突然の苦竜の声にレイが反応した。

そして振り返った。

いつの間にかそこに翠旻の姿があった。

翠旻の憑く死人帖の所有権をミーシャが持っている以上、そのミーシャが所有権を放棄するか死なない限り片時もミーシャの側を離れる事の出来ないはずの翠旻の姿が。


「日神太陽。 ミーシャはお前に渡した死人帖の所有権を放棄した」


「ミーシャが所有権を?」


「そぅだ。 私が放棄させた。 ミーシャは私が逃がしてやると言うと首を横に振った。 もしお前とミーシャ以外姿を見る事の出来ない私がミーシャを逃がせば、自分には普通にはない特殊な能力があるのが宇崎にバレ、お前の足を引っ張る事になると思ったんだろう。 そして精神的に限界が来ると私に殺してくれと頼み始めた。 口封じのためだ。 お前のためにだ。 ミーシャはお前を守るため、口封じのため自分を殺してくれと私に頼んだのだ。 そんなミーシャを私は殺せない。 その苦しみからミーシャを救い出す方法はただ一つ。 死人帖の所有権を放棄する事。 それだけだ。 そぅすれば死人帖に関する記憶を全て失い・・・当然お前がラーだという記憶もな・・・ミーシャの口から秘密が漏れる心配はなくなる。 だが、お前への愛情は失われない。 そぅ教えてやり、 『死人帖の所有権を放棄し、後は全て日神太陽に任せろ』 と促(うなが)すとミーシャはニッコリ笑って頷(うなづ)き、そのまま気を失った」


「そぅだ、翠旻。 それでいい。 僕もそれ以外に方法はないと思っていた。 それをどぅやってミーシャか翠旻に伝えたらいいか考えていた所だ。 死人帖に関する記憶を全て失った以上、ミーシャを釈放させる手立てがない訳じゃない」


「ならば日神太陽。 ミーシャは自分の命を捨ててまでお前を守り通そうとしたんだ。 必ずミーシャを助け出せ!! いいな。 さもなければ私はお前を殺す」


「あぁ。 分かった。 しかし翠旻。 ナゼだ?」


「ン!? 何がだ?」


「ナゼそこまでミーシャに肩入れする?」


「あぁ、そんな事か。 訳は簡単だ」


「簡単?」


「そぅだ、簡単だ。 わたしは嫉妬との約束を守っているだけだ」


「嫉妬? 約束?」


「そぅだ。 死神・嫉妬との約束だ」


レイが苦竜に聞いた。


「苦竜は知っているのかい、その死神・嫉妬を?」


「あぁ、知ってるゼ。 ヘンなヤツだ」


「ヘンなヤツ?」


「あぁ、死神のクセに人間に肩入れしてた奴だ。 今はどぅしてるかは知らないが・・・」


ここまで言って苦竜の顔色が変わった。


「ハッ!? ま、まさか嫉妬のヤツが肩入れしてたのは?」


間髪(かんはつ)を入れず翠旻が認めた。


「そぅだ。 ミーシャだ。 余海砂だ。 嫉妬はズッーとミーシャを見続けていた。 死神界からな。 特別な感情を持って」


苦竜が翠旻に聞いた。


「特別な感情って愛情の事か?」


「あぁ。 嫉妬はミーシャに恋をしていたのさ。 そしてミーシャの寿命が尽きた時、嫉妬は死神としてしてはいけない事をしてしまったんだ」


今度はレイが聞いた。


「どんな?」


「ミーシャはストーカーに襲われて死ぬ運命だった。 枝・・・屁田野幸男とかいう男にだ。 この屁田野にダガー・ナイフで刺されて死ぬ運命だったのさ。 だが、その運命は変わった。 嫉妬が変えたんだ。 死人帖を使ってな。 ミーシャが屁田野に刺される寸前、嫉妬は死人帖に屁田野幸男の名前を書いた。 もちろん死んだょ、屁田野は。 ミーシャをナイフで突き殺す前にな」


レイが聞いた。

怪訝そうな顔をしている。


「それのどこが死神としてしてはいけない事なんだ、翠旻?」


翠旻が感慨深げに答えた。


「死神は恋に 否 故意に死人帖を使って人間の寿命を延ばしてはいけないのだ。 それをやっちゃオシマイなのさ」


「ン!? 意味が・・・。 もっと分かるように言ってくれ」


翠旻が徐(おもむろ)に言った。


「ある人間を守るため、故意に死人帖を使った死神は・・・死ぬ」


レイが苦竜に聞いた。


「本当かい、苦竜?」


「否、俺も初めて知った」


苦竜が翠旻に聞き返した。


「そんな事があるのか?」


「私もその時初めて知った。 嫉妬が死んだその時にネ。 そぅさ、嫉妬は死んだのさ。 跡形もなく消えてなくなったんだょ、枝・・・屁田野幸男を殺した瞬間。 後に残った物は砂さ、砂だけさ。 変わり果てた嫉妬のネ。 嫉妬の体はボロボロに崩れ落ち、砂に変わってしまったんだ。 私に 『余海砂を頼む』。 たった一言、そぅ言い残して」


レイは呟(つぶや)いた。


「人間を守った死神は・・・死ぬ・・・か」


そして翠旻に向かって言った。


「美しい話じゃないか、翠旻」


レイがそう言ったその瞬間、



(スゥ〜!!



翠旻が右手を上げた。

ゴツゴツの人差し指をレイの鼻先に向けて突き出した。

そして言った。


「日神太陽。 もう一度言う。 必ずミーシャを助け出せ!! いいな。 さもなければ私はお前を殺す」


「あぁ。 分かったょ、翠旻。 僕に考えがある。 だがその前に確認しておく」


「何をだ?」


「ミーシャが所有権を放棄した以上、あの死人帖の所有権は僕にある。 それでいいんだな」


「あぁ、こうなった以上、あの死人帖はもうお前の物だ。 それをお前が望むならな」


「そぅかいそぅかい。 なら、もう一つ確認しとかなくっちゃ」


レイはそう翠旻に言ってから、今度は苦竜に聞いた。


「死人帖を死神に返したらその所有権はどぅなるんだい、苦竜?」


「本人の意思で返すんだから死神に戻るんじゃネェのかな、多分」


横から翠旻が付け足した。


「しかし、死人帖はそれに憑く死神にしか返せない」


レイが翠旻に聞いた。


「でも、一冊でも持っていればそれまで関わった全ての死人帖の記憶は消えない。 で、いいのか?」


「そぅだ」


レイは考え込んだ。

そして独り言を呟(つぶや)いた。


「二冊とも失えばそれまでの全ての記憶が消える。 その記憶を戻すためには、自分の使った死人帖の所有権を再び得るか、又は、例え所有権はなくとも嘗(かつ)て使った事のある死人帖であればそれに触れれば全ての記憶が戻る」


その独り言を聞き、翠旻がレイの考えを訂正した。


「いいゃ、違うょ。 日神太陽」


「エッ!?


「触れればじゃない。 触れている間は・・・だ」


「ン!? それは・・・」


「所有権を持たない死人帖に触れて記憶が戻るのは、それに触れている間だけだ。 手を離せば又、元通り記憶を失う」


「そぅか。 触れている間だけか」


「あぁ、触れている間だけだ」


「フッ。 それだけ確認しておけば充分だ」


レイは含み笑いをしながら言った。

勝算ありの含み笑いだ。

そして苦竜に話し掛けた。


「だったら苦竜」


「ン!? なんだ?」


「サヨナラだ」


「ヘッ!? サヨナラ?」


「そぅさ、明朝早くにネ。 明朝まだ暗い内に僕と苦竜はサヨナラするのさ」


「どぅいう事だレイ?」


「朝になれば分かるょ」


そう言ってから、再びレイは笑った。


「フッ」


って・・・



そして翌朝まだ暗い内。

日神家近くの公園に怪しい三つの影があった。

人間の物と思われる影が一つに、形は人間に似てはいるがそれより遥かに大きい二つの影だった。

それらの影の主は、1人と2匹と表現出来そうだった。


その公園はとても広く、中には深くて大きな森がある。

殆(ほと)んど森林と言ってもいい程だ。

そこは昼間でもまず人気(ひとけ)がない。

その森の中にその1人と2匹が入って行った。

しばらくして立ち止まった。

そこで1人と2匹がなにやらボソボソ話し込んでいる。

1人が2匹の内の1匹に向かって言った言葉が聞こえた。

こう言っていた。


「この死人帖の所有権を・・・放棄する」


と。


その1匹は死人帖を受け取った。


そして、



(バッ!!



その背中に生えている不気味な翼を広げるとそのまま何も言わず、振り返ろうともせず、



(バサッ!! バサッ!! バサッ!! バサッ!! バサッ!! ・・・)



その場から飛び立った。

1人と1匹を後に残して。


残った1匹が1人に声を掛けた。


「オィ、レイ!? お前一体・・・何に考えてんだ?」


と。


そぅ。


後に残った1人は、日神太陽。

1匹は、死神・苦竜だった。


とすれば、先程その場から飛び立ったのは・・・


勿論、死神・翠旻である。


苦竜がぼやいた。


「あ〜ぁ。 まさか “あの” 死人帖の最後が土の中に捨てられる事になるとはな・・・」


それを聞きレイが苦竜に言った。


「それは違うょ苦竜。 アレは土の中に捨てたんじゃなくて隠したんだ。 だから “あの” ノートを捨てるのは・・・次に僕が 『捨てる』 と言った時だ。 いいかい苦竜。 次に僕が 『捨てる』 と言った時には、その前後に関係なく、 “あの” 死人帖を捨てると言う意味だ」


「フ〜ン。 そぅか。 『捨てる』 だな」


「あぁ、そぅさ。 間違えないでくれょ」


苦竜が納得して頷いた。


「あぁ、分かった」


と。


そぅ。


残りもう1冊の死人帖。

それはその場所に穴を掘り、レイの手によってそこに埋められたのである。


ある計画のためにレイが・・・











2冊有った内の1冊を・・・







つづく






死人帖(しびと・ちょう) ― the Last 'R'ule ― #84



「知ってる〜? コレって犯罪だょ〜。 ストーカーさ〜ん」


先程からさかんにミーシャが宇崎に呼び掛けている。


ここはラー事件対策本部ビル23階司令室。


「ストーカーさ〜ん!! ネェ、ストーカーさ〜んってばぁ。 聞いてる。 今止めれば誰にも言わないし許してあげるからさぁ。 ネッ!? ストーカーさ〜ん」


その映像を見ながら佐が言った。


「さっき目覚めてからズッとこの調子ょ」


松山がそれを受けた。


「一体どぅいうつもりなんだ?」


宇田生も言った。


「ま〜るで人格変わっちまったなぁ、この娘」


相河も。


「何があった? 何でこぅなっちゃったんだ?」


宇崎は考えていた。


『これはどぅいう事だ? この人格の変わりようは一体・・・?』


そして手元のマイクのスイッチを入れた。


「余海砂」


「やっと返事してくれたネ。 ストーカーさん」


「眠り込む前まで黙秘を続け、その上 『殺せ!!』 とまで言っておきながら、今更何だ? 何の悪あがきだ?」


「何に言ってんの? ミーシャを眠らせてここ連れて来たのストーカーさんでしょ」


「・・・」


宇崎は黙った。

ミーシャの変貌ぶりに付いて行けなかったのだ。

ミーシャが宇崎をコバカにしたように言った。


「アッ!? そっか!! 『オィ、余海砂。 このおじさんがなぁ〜、このおじさんが〜取調べしちゃうゾ〜〜〜。 エヘッ、エヘッ、エヘッ、・・・』 ってしたいんだ。 いいょ、1回位なら。 目隠しとって自由にしてくれたら1回位いいょ。 させて上げるょ、取調べごっこ」


その言葉を聞き宇崎は思った。


『ウッ!? お、おじさん!? わたしがおじさん?』


って。


その時、そのミーシャのふざけた態度に松山が反応した。


「と、取調べごっこぉ!?


そして宇崎のマイクを横取りして大声でほざいた。


「こ、これは取調べごっこなんかじゃない!! 取調べだ!! 我々は警察だ!!


ミーシャが言い返した。


「警察がこんな事する訳ないじゃん。 世間知らずのアイドルだってその位の事知ってるょ。 ストーカーさん」


それを聞き松山は急に意味不明の怒りが込み上げて来た。


「コラー!! 余ー!! いい加減にしろー!! ふざけるんじゃないー!!


「ヒッ!?


ミーシャの顔が恐怖に引き攣った。

当然だ。

まだ年若い女の娘が目隠しされ、拘束衣(こうそくい)で雁字搦(がんじがら)めに縛り上げられた上、脅しを掛けられたのだから。(オマタもキュってされてるし・・・)


「こ、怖い!! もぅ止めてー、こんな事すんの!! もぅ止めてー!! 助けてー!! 助けてー!! 誰か助けてー!! ここから出してー!!


更にミーシャは続けた。


「そ、そぅだ。 トイレ。 トイレ行きたい。 トイレトイレ」


今度は佐がマイクを取りなだめるように話し掛けた。


「さっき行ったばかりじゃない」


「ウ、ウンチ。 今度はウンチ。 ウンチした〜い。 アッ!? そぅだ!! さっきはおしっこするとこ見れたでしょ。 今度はウンチだょ、ウンチ。 ウンチ見れるょ。 ミーシャがウンチするトコ見れるょ、ストーカーさん。 見たいんでしょ、ミーシャがウンチするトコ。 このド変態!!


宇田生が言った。


「ド、ド変態って・・・。 ま、確かに余がウンチする所は見たい」


相河が続いた。


「ウン。 俺も見たい」


松山も首を縦に振った。


「ぼ、僕も見たいっス」


佐が呆(あき)れ果てたという表情をして3人をたしなめた。


「何を言ってるんですか!! 不謹慎な!! これは遊びじゃないんですょ!! 局長からも何か言ってやって下さい」


「否、言う事は何もない。 ハッキリ言おう。 わたしも見たい」 (ハ、ハッキリ言おう。 ワチキも見たい。 エヘ、エヘ、エヘ。。。 だょなぁ、今これ読んでる オス の読者諸君!! 見たいょなぁ〜、戸田恵梨華がウンチするトコ。。。 エヘ、エヘ、エヘ。。。 メス の読者は知らんヶど・・・ : 作者)


日神の言葉を聞き、佐がチョッとヒスった。


「オ、オスの読者まで じゃなくって 作者まで じゃなくって 局長まで・・・。 まぁ、なんて破廉恥な!!


このおじさん達のお茶目なやり取りを全く無視して宇崎がミーシャに聞いた。


「余。 日神太陽を知っているか?」


「知ってるに決まってんじゃん。 彼氏なんだから」


「何処(どこ)で知りあった?」


「テレビ局。 さくらんテレビのホールにいるトコ見て一目惚れしたの。 それでネットで住所と名前調べてミーシャの方から押しかけたの・・・悪い?」


宇崎は思った。


『あれだけ頑(かたく)なに黙秘していたのに・・・。 今度はあっさり認めるのか・・・。 訳分からん』


って。


だがこれで、その時宇崎が如何(いか)に混乱していたかが窺われる。

例えどれ程ネットが便利になったとはいえ、名前も住所も分からない、有名人でもなんでもない特定の個人をそう簡単に割り出せるはずはない。

いくらレイが温泉卓球界ではソコソコ有名だったとはいえだ。

本来の宇崎なら、即、


『おかしい!?


と気付いたはずだ。

だが、

気付かなかった。

それ程この余海砂の変化が劇的だったのだ。

これには又、今回の事件が宇崎がかつて経験した事がない程、難解な物だった事も影響していた。

つまり如何(いか)に優秀とはいえ、連戦連勝、百戦百勝、戦えば必ず勝って来た、それも圧勝で・・・そういう負けを全く知らない人間のこれが弱さなのだ。


『どぅいう事だこれは・・・』


宇崎は何とか頭を整理しようとしていた。

冷静に一から考えを纏めようとしていたのだ。


その時、



(ポーポ〜、ポポポ、ポポポポ、ポッ、ポッ、ポポッ、ポ〜〜〜。 ・・・)



宇崎の携帯がなった。

着メロは、相変わらず鼬(いたち)後輩の 『ギゴホン(五本木)』 だ。


宇崎がズボンのポケットに手を突っ込み携帯を取り出した。

発信元を確認した。

そして、


「もしもし・・・ン!?・・・はい・・・はい・・・はい・・・はい・・・。 分かりました。 ワタセが迎えに行きます。 ン!?・・・はい、大丈夫です・・・はい、入れます・・・そうです・・・はい」



(ピッ!!



宇崎が携帯を切った。

そして日神に言った。


「レイ君からです。 今ここに来ます」


「レイが?」


「はい」


ワタセに命じた。


「ワタセ、レイ君を迎えに行ってくれ」


「はい」


ワタセが部屋を出た。

宇崎は、廊下を出てエレベーターに乗り込み、入り口ドアでレイを迎え入れ、再びエレベーターに乗り込んだワタセのモニターに映る姿を目で追った。


それを見届けてから今度は佐に指示を出した。


「ビデオカメラ、オンのまま余海砂の映っているスクリーンをシャットダウンして下さい」


「はい」


佐が言われた操作をした。


その時、



(スゥー!!



司令室のドアが静かに滑るように開いた。

ワタセに連れられてレイが入って来た。


先ず、日神がレイに言葉を掛けた。


「レイ」


それから、


「レイ君」


「レイ君」


「レイ君」


「レイ君」


これは宇崎を除く残り4人の声だ。

宇崎だけはレイに背を向けていた。

その宇崎の背後にレイが近寄り、言葉を掛けた。


「宇崎。 電話でも言ったが」


ここでレイは一呼吸置いた。

そして続けた。


こう・・・











「僕がラーなのかも知れない」







つづく






死人帖(しびと・ちょう) ― the Last 'R'ule ― #85



レイが言った。


「僕がラーなのかも知れない」


日神が驚いてレイに詰問した。


「バ、バカな!? な、何を言ってるんだ、レイ!?


レイが答えた。


「父さん。 間違いなく宇崎は世界一の名探偵だ。 その世界一の名探偵が、今、僕をラーだと疑っている」


ここまでは日神に向かって、

そして、


「そぅだろ宇崎?」


と、宇崎に向かって。


「はい。 疑っています」


宇崎はそう答えた。

だが、心の中ではこう思っていた。


『否、疑ってなんかいないさ。 日神太陽。 お前がラーだ』


レイが続けた。

宇崎は黙ってそれを聞いている。


「僕は、 FBI 捜査官岩清水霊寺が追っていた者の内の一人。 その僕に第二のラー容疑の掛かった余海砂が接近して来た。 これは逃れられない事実だ。 宇崎が僕を疑うのは無理もない。 もし僕が宇崎なら同じ事を考えるだろう。 それに僕は、悪い奴は・・・犯罪者は死んだほうがいいと思っている。 それが世のため人のためだと本気で考えている。 今回の事で目が覚めた。 父さん。 僕がラーなのかも知れない。 ただその自覚がないだけで・・・」


再び宇崎は思った。


『ン!? 自覚がない・・・? なるほどな・・・そぅ来たか?』


レイが続けた。


「否、それだけじゃない。 僕の中には、ソイツ等が例え犯罪者じゃなくとも、こんなヤツは死んだ方がいい。 そぅ思う人間は腐るほどいる。 それだけでも充分ラーに成り得る」


横から松山が嘴を突っ込んで来た。


「レ、レイ君。 それは誰でも同じだ。 僕にだってこんなヤツ死んだ方がいいと思える人間は沢山いる。 否、そんな事思うのは日常茶飯事だ。 でも、だからといってホントに殺したりはしない。 違うかレイ君? それに一週間レイ君達を観察したあの時、レイ君の知らない犯罪者が間違いなく死んだんだ。 それは監視カメラが証明している事なんだ」


今度は相河が嘴を挟んだ。


「い、否。 レイ君には悪いが、アレはレイ君が自宅にいる時間だけに限られていた。 もしかして外出時に何らかの方法で・・・。 という事も考えられなくはない」


松山が食い下がった。


「でも、相河さん。 あの中にはレイ君が在宅時に初めて報道され、レイ君がその情報に全く触れる前に死んでいった者達もいたじゃないですか。 じゃぁ、あの者たちは一体どぅやって? その説明がつきますか?」


「ウッ!? ま、まぁ、そ、それは・・・」


「レイ君は無実です。 監視カメラがそれを証明しました」


「いいんですょ、松山さん。 松山さんの気持ちは嬉しいし有り難い。 でも、 このままでは僕自身が納得出来ないんです。 宇崎にも疑われ、自分自身でも無自覚の殺人者という思いに悩まされ・・・。 だからこれらをハッキリと払拭(ふっしょく)したいんです。 僕は」


宇崎は考えていた。


『仮に今、日神太陽を拘束したとして、前回監視カメラの時のように日神太陽の知りうる事の出来ない犯罪者がもしも死んだとしたら・・・。 その時は、日神太陽がラーであってラーでない。 狙いはそれか? 否、そぅなれば日神太陽以外にラーが存在する事になる。 と、すれば・・・わたしの中でも日神太陽がラーであるという考えが崩れ去って行く。 100%ラーに間違いないラー以外に別のラー存在してしまう。 そしてそっちが真のラー。 ウ〜ム』


宇崎が言った。


「分かりましたレイ君。 イマイチ話の展開が気に入りませんが、いいでしょう」


そして日神を避け、相河に言った。


「日神太陽の両手足を縛り余海砂とは別の監禁室に入れ看視。 それもたった今からです」


日神が宇崎に食って掛かった。


「宇崎!! 監禁などもっての外だ!! レ、レイがラーであるはずが・・・」


「いいんだょ父さん。 僕もその方が」


「し、しかしレイ」


「否、 いいんだ。 僕もそぅしたいんだ。 そぅする事によって僕は自分の中に潜む自分がラーではないかという思いを断ち切りたいんだ」


「レ、レイ!?


レイが宇崎に向かって言った。


「宇崎」


「はい。 何でしょう?」


「僕が間違いなくラーではないと宇崎が確信するまで、例えどんな事になろうと絶対に僕を解放しないでくれ」


「分かりましたレイ君。 でも私がそれを確信するまでどれ程の時間が必要になるか分かりませんょ。 覚悟しておいて下さい」


「あぁ、もちろんその覚悟だ」


そう言ってレイは、財布、手帳、万年筆、ハンカチといったそれまで身に着けていた小物を、今、宇崎が棒付きキャンディーしゃぶりながらウンコ座りしている椅子の直ぐ横にあるテーブルの上に置いた。

宇崎の鋭い視線を受けながら左手首に嵌めていた腕時計から始めて。

あえて宇崎とは目を合わせず、一通り全部。

レイが真っ先に外したその腕時計を日神は複雑な思いで見つめていた。

なぜならそれは、大学合格祝いとして自分と妻・幸子、そして娘・雅裕の3人でレイにプレゼントした物だったからだった。


レイが所持していた小物を全てテーブルに載せ終わったのを見て、宇崎が相河に向かって言った。


「それでは相河さん。 レイ君を監禁室へ。 お願いします」


と。


こう思いながら、


『何を企んでいる日神太陽。 それともこれが本心なのか? まさか本気で自分の中のラーの影に怯えているのか?』


と。


だが、


理由の如何(いかん)は如何(どう)あろうと。

ここを以って、第二のラー容疑者・余海砂のみならず、第一のラー容疑者・日神太陽の監禁取調べが・・・











終に開始される事となったのである。







つづく