死人帖(しびと・ちょう) ― the Last 'R'ule ― #96



「お疲れ様でした」


清美が出歯亀に言った。

ここは 『産時のアナだ!』 モニタールーム。

放送後の反省会終了直後の事だ。

清美が出歯亀に挨拶してモニタールームを出ようとした時、


「オィ!!


出歯亀が呼び止めた。

清美が立ち止まった。

振り向いた。

出歯亀が言った。


「清美。 今日のコメ良かったゾー。 お前この頃変わったなぁ。 華が出て来たょなぁ、華が・・・。 さっき上から、お前をアンカー(キャスターの事)にどぅだって話が出て来ちまってなぁ。 まぁ、今後ともよろしく頼まぁ」


出歯亀の意外な褒め言葉を聞き、清美の相好(そうごう)が一気に崩れた。


「はい。 有難うございます」


「あぁ、頑張ってくれ」


その時、モニタールームの出入り口付近から声が聞こえて来た。

錯乱の声だった。

錯乱はこう言っていた。


「出歯亀さ〜ん。 殺虫剤撒いてくれません事〜? この頃小蝿(こばえ)が五月蝿(うるさ)くて・・・」


小蝿とは暗に高田馬場清美を指していた。


そぅ。


錯乱は清美に当て付けがましく嫌味を言ったのだ。



(スタスタスタ・・・)



錯乱が清美に歩み寄った。

そして長身の清美を下から見上げて、今度は嫌味を直接言った。


「清美〜。 人には夫々(それぞれ)役目があるのょネェ。 アナタの役目はなぁ〜に?」


ここまでは普通に女の娘同士が気さくにお話するように。

ここから先はエッラそうに鬼婆の形相に一転させ。


「誰もアンタのコメントなんか聞いちゃいないのょ!! フン!!


(実写版のこの辺りの台詞回し、上原さくら、チョッといいんジャマイカ・・・? チョビっと見直しちまったワチキであった)


一瞬、その場の雰囲気が険悪になりかけた。

すかさず出歯亀が割って入った。


「まぁまぁ、錯乱。 もぅいいだろ。 な!? さ、帰ろ帰ろ」


そう言いながら、清美を下から睨み付けている錯乱の肩を抱き、モニタールームから連れ出した。

その二人の後ろ姿をジッと見つめている清美であった。


胸に一物秘めて・・・











『名前書いちゃおっと』 って・・・







つづく






あけましておめっとーさん


本年もまた・ヨ・ロ・ピ・コ


っつーことで・・・




死人帖(しびと・ちょう) ― the Last 'R'ule ― #97



上原錯乱は全く知らなかった。

死人帖なる物の存在を。


全く知らなかったのだ。

世に名前を書くだけで人を殺す事の出来るノートが存在するなどという事を・・・何も・・・全く。


しかもその恐るべきノートを高田馬場清美が所有している事など、全く預かり知らなかったのである。

だから、人前で清美に恥をかかせたり罵倒するような真似が平気で出来たのだ。

それもこれまでに幾度となく。

そして清美はそれらに耐え続けて来ていた。

しかし、人間の我慢にも限界という物がある。

当然、清美にも。

そして先程の番組終了後、反省会の後(あと)、終に高田馬場清美に我慢の限界を超えさせるような嫌味を言って仕舞っていたなどという事を、その時、上原錯乱は夢にも思っていなかったのである。



(バタン!!



錯乱が車のドアを思いっきり叩き付けるように閉めた。

ここは錯乱の住むマンション近くの道路。

そして道路が大きくカーブし始める場所。

しかもカーブは緩やかにではあるが殆(ほと)んど90°近く曲がっている。

時は深夜。

従って、人通り、車の行き来は殆(ほと)んどない。


上原錯乱は、そこまで出歯亀の車に乗って来ていた。

二人は車を止め、車内でしばし話込んだ。

主題は勿論、高田馬場清美の事だ。

錯乱は 『産時のアナだ!』 チーフ・プロデューサーの出歯亀に高田馬場清美を番組から降ろすように頼んでいたのだ。

だが、出歯亀は首を縦に振らなかった。

否、振れなかったと言った方が正しい。

というのも、この頃の清美の取材が実に的確に的(まと)を得ているため、番組スポンサー及び局の上層部から清美が高い評価を受け始めていたからだった。

その清美の的確さとは、清美がマークした犯罪者が次々と取材中にあるいは本番中に死亡するという物だった。

当然、それらは放映される。

つまり死の実況中継だ。

この確度が高ければ高いほど、死の実況中継が多ければ多いほど、視聴率は鰻上(うなぎのぼ)りに上がって行く。

そして今や、高田馬場清美の注目度は上原錯乱を凌ぐ勢いになっていた。

否、既に凌いでいた。

これに危機感を抱いた錯乱は、出歯亀に番組から清美を外すように迫った。

しかし、清美の人気がある程度のラインを既に超えていたため、最早出歯亀には清美を番組から降ろす事は不可能となっていた。

とすれば、当然、錯乱の要求を出歯亀は飲む事が出来ない。

その結果、二人は口論となり、怒り狂った錯乱は車を飛び出した。

特に錯乱は出歯亀の言った次の一言にカチンと来たのである。


「今時、プロデューサーの俺と寝て、番組取ろうなんてのはオメー位だょ」


これが上原錯乱のプライドを逆撫(さかな)でしたのだ。



(スタスタスタスタ・・・)



おケツを振り振り、道路の真ん中を憮然とした表情で歩いて行く上原錯乱。

全く振り返ろうとはしない。



(ガチャ!!



ドアを開け、車から一歩足を踏み出し、出歯亀が錯乱に声を掛けた。


「オィ!! 待てょ、錯乱!!


聞こえているにも拘らず、それを全く無視して歩き去ろうとする錯乱。

おケツ、プルンプルンだ。

出歯亀が遥か先行く錯乱のおケツ じゃなくって 後ろ姿に向かって大声で怒鳴った。


「戻って来いょ、錯乱!! そんなトコ歩いってっと危ネェぞ!! 聞こえネェのかょ、錯乱!!


相変わらず出歯亀を全く無視して立ち去ろうとする錯乱だった。(おケツ、プルンプルン)


だが、


次の瞬間、出歯亀の顔が恐怖で引き攣った。



(ゴトゴトゴトゴトゴト・・・)



大型トロリーだ。

それが反対側から大きくカーブしながら錯乱に向かって近付いていた。

出歯亀のいる場所からはそれがハッキリと見えた。

しかし不運にも植木が目隠しとなり、錯乱のいる位置からではそのトロリーは全く見えない。

増してや、怒りで頭に血が上っている錯乱にはなお更だった。

しかし車は見えなくても音は聞こえる。



(ゴトゴトゴトゴトゴト・・・)



トロリーの上げてくる音に錯乱が気付いた。

錯乱は道路の中央で立ち止まった。

そして顔を上げた。


『ハッ!?


錯乱の顔が引き攣った。

目は血走り、アドレナリン全開だ。

錯乱に向かって超スローモーでトロリーが接近して来る。

これは全開のアドレナリンのなせる技だった。

一瞬、実際のスピードより遥かに遅く、場合によっては止まって見える。

というアドレナリンの・・・

しかし体は動かせない。

全く意志が働かないのだ。

完璧な金縛り状態。



(ゴトゴトゴトゴトゴト・・・)



しかしトロリーは容赦ない。

そうしている間も接近して来る。


ここで、


運転手が錯乱に気が付いた。



(ププー!!


(キキキキキ・・・!!



クラクションを鳴らし、急ブレーキを掛けた。











しか〜〜〜し・・・







つづく






死人帖(しびと・ちょう) ― the Last 'R'ule ― #98



「真に残念なニュースをお知らせしなければなりません」


テレビカメラに向かって高田馬場清美が殊勝な面持で言った。


ここはさくらんテレビ報道スタジオ。

そしてこれはその日の 『産時のアナだ!』 本番開始第一声だった。

清美は全身黒ずくめの喪服姿。


そぅ。


上原錯乱死亡によるキャスター変更劇だ。

二代目キャスターは勿論高田馬場清美。

当然、清美の座っている場所は中央メイン・キャスター席。

その冒頭の挨拶がこれだった。

清美は続けた。


「昨日深夜。 この番組の前キャスター上原錯乱が帰宅途中、交通事故に遭い死亡致しました。 後任は僭越ながらこの私(わたくし)高田馬場清美が勤めさせて頂きます。 その一番初めの仕事が上原錯乱前キャスターの死亡という真に残念なニュースになるとは・・・。 ウッ!? ・・・」



(ツゥー!!



一滴、清美の頬を涙が伝わった。

これが女の恐ろしさだ。

今の清美に取って、錯乱の死ほど嬉しい物はない。

しかし、腹の中とは裏腹。

平気の平左(へいざ)で頬を濡らせるのである。

しかも昨日の夜、清美は帰宅するや否や取る物も取敢(とりあ)えず、真っ先に机の中に隠し持っている “ある” ノートを取り出し、空きページを開き、こう書き込んでいたのだった。


 上原錯乱

 ■年■月■日■時。

 道路の車線中央付近を歩行中、交通事故に遭う。

 顔は衝突の衝撃で醜く潰れ、激しく道路に打ち付けられ全身骨折。

 即死。


と。


そしてテレビで清美が告げた上原錯乱死亡事故の状況はこれと全く同じ、寸分違わぬ正確さだった。

清美は何食わぬ顔でしおらしく涙を流しながら、この事故状況の書かれたメモをテレビカメラに向かって読み上げたのだ。


正に、


『げに恐ろしきは女の怨み』


である。



だ、 か、 ら、


世の男性諸君・・・


女の恨みは買っちゃダメょん、、、











絶対に。。。







つづく






死人帖(しびと・ちょう) ― the Last 'R'ule ― #99



高田馬場清美は今や飛ぶ鳥を落す勢いだった。

正に時の人となっていた。


と言うのも、清美が手掛ける事件の犯人がカメラの前で次々と死亡して行くのである。

それも前にも増して。

前キャスター上原錯乱の時にレポーターとして犯人を追っていた時以上に。


あの時も清美がインタビューしようとした時点でカメラの前で死んで行く犯罪容疑者は結構いた。

月に2、3人の割合で。

だが、今では週に1人は必ず死ぬと言っても良い程になっていた。


最早、


『高田馬場清美に狙われた犯罪容疑者は皆死ぬ』


と言われるまでになっていたのだ。



その高田馬場清美は今、自宅マンションにいる。

時は深夜。

総革張りの豪華な3人掛け高級ソファーに横たわっていた。

仰向けになり両手で一冊のノートを大事そうに抱きしめている。

その状態で誰かと話をしているようだった。


こんな感じでだ・・・


「ネェ、翠旻」


「何だ?」


「ナゼ、ラーは私を選んだの?」


「それはお前が一番良く分かっているはずだ」


「一番良く分かっているなら聞かないゎ、こんな事。 ネェ、ナゼ?」


「それはお前の取材ノートが教えてくれるだろう」


「私の取材ノート?」


「あぁ、そぅだ」


「意味分か〜んない。 分かるように言って」


「お前が取材のために追った犯罪容疑者の選び方は、ラーが裁きを下そうとする容疑者にピタリと符合していたのだ。 それはお前も良く知っているだろう。 お前の取材ノートの犯罪者及び犯罪容疑者リストの殆んど全てがラーの裁きに遭っていたのを」


「えぇ」


「犯罪者は当然の事ながら、それ以外のこれまでお前がリストアップして来ていた、限りなく黒に近いが証拠不十分で不起訴になった連中、あるいは、明らかに法を犯しているにも拘らず、その法の目を掻(か)い潜りやはり証拠がないために司法が全く手を付ける事の出来なかった奴等。 それはお前がもしラーだったらコイツ等は決して許さない。 そぅ考えて選んでいたはずだ」


「えぇ。 その通りょ」


「奇しくもお前のその考えとラーが裁きを下す基準とは恐ろしいほど良く似ている。 ラーはお前のそこを評価したんだ」


「つまり私はラーの相棒?」


「その通りだ」


「でも、翠旻?」


「何だ?」


「ラーは今どぅしてるの? この間言ってたゎょネ。 ラーは今この死人帖を使えない状況にあるって」


「あぁ、言った」


「それってどんな状況?」


「それは言えない。 だからその死人帖をお前に託したとしかな」


「そぅ。 言えないかぁ。 でも、いいゎ。 ラーが私を選んでくれた。 それだけで充分」



(ガバッ!!



不意に清美が立ち上がった。

そしてノートを抱き抱えたまま、



(ツカツカツカ・・・)



机に近付いた。

椅子に座り、パソコンのスイッチを ON にした。

机の上に持っていたノートを広げた。

空きページを開いた。

しばらくしてパソコンが起動し、使える状態になった。

ディスプレーを見つめて、ファイルをクリックした。

ディスプレー上にリストが展開した。

それを見ながら清美が広げたノートの空きページに何やら書き込み始めた。

人の名前のようだ。

クリックして開いたファイルは、如何(どう)やら清美がリストアップした犯罪者並びに犯罪容疑者名簿のようだった。

それを見ながら死人帖に犯罪者達の名前を書き込んでいるのだ。


そぅ。


こうして今日も又、ラーの裁きが・・・始まったのである。











第一のラーの “相棒” の手によって。。。







つづく






死人帖(しびと・ちょう) ― the Last 'R'ule ― #100



「フゥ〜」


宇崎の溜め息だ。


ここはラー事件対策本部ビル23階司令室。


宇崎はいつも通り、甘い物を食べながら部屋の隅っこに置いてあるソファーの上にウンコ座りしてボンヤリと床の一点を見つめていた。

今、食べている甘い物はプリンだ。

しかし、その目に生気がない。

それがいつもと違っていた。

その宇崎の姿を遠目から見て宇田生が囁(ささや)いた。


「宇崎のヤツすっかり鬱(うつ)んなってんなぁ」


相河がそれに同意した。


「あぁ、全くだ」


松山も。


「レイ君の疑いが晴れちゃったからですかネェ」


佐が。


「えぇ、たぶん」


 ・・・


こんなやり取りが繰り広げられている。



一方レイは、別の部屋でパソコンに向かっていた。

表情が真剣だ。

必死に何かを追っているようだった。

先程から全く手を休めようとせずキーボードを叩き続けている。

グラフを打ち出しているところを見ると、今使っているソフトはエクセルか?

否、打ち出しているのは三次元立体図形だ。

もっと複雑なソフトかもしれない。



(カチャカチャカチャ・・・)



その手は一向に止まりそうもない。

そんなレイの直ぐ脇にはミーシャが寄り添っている。

レイと違ってミーシャは幸せそうだ。

当然だ。

愛(いと)し愛(いと)しのレイと二人っきりでいられるのだから。

しかも誰にも邪魔されず。


同じ部屋で・・・


ただし、











監視付きの。。。







つづく