死人帖(しびと・ちょう) ― the Last 'R'ule ― #111



高田馬場清美は焦っていた。

タイムリミットまで残り40分。

このマンションからさくらんテレビまで平日でも30分、夜間の今なら20分足らず。

今から車を飛ばせば20分弱でスタジオ入り出来る。


『残り寿命の半分・・・か。 しかしアイツにバラされたら私は終わり。 ・・・。 もぅ、それしか・・・他に・・・方法は・・・。 ウム』


清美が覚悟を決めた。

そして見えない誰かにこう言った。


「翠旻!!


「何だ?」


「取引・・・。 取引ょ。 死神の目をちょうだい」


その独り言をモニター越しに見ていたレイが言った。


「取引!? 取引って何だ? それに死神の目って言ったぞ」


宇崎も言った。


「死神? 死神? 死神? ・・・。 も、もしやさっきから盛んに言ってるスイミンとは・・・。 死神の名前!?


再びレイが。


「死神・スイミン? 死神って殺傷能力の事じゃなかったのか? 死神? ホントにそんな物が・・・」


宇崎も再び。


「もぅ少し様子を見ましょう」


モニターの中の清美が徐(おもむろ)に顔を上げた。



(ギラン!!



その目が異様に輝いた。

不気味な程異様に・・・


清美が立ち上がった。


モニター越しにそれを見て宇崎が言った。


「あぁ、高田馬場が部屋を出ますネ」


そしてワタセの方を向いた。


「ワタセ」


「はい」


「モニターを高田馬場の車に仕込んだカメラに切り替えてくれ」


「はい」


次に、佐に向かって。


「相河さんに連絡して下さい。 高田馬場がマンションを出ますと」


「はい。 分かりました」


日神が宇崎に聞いた。


「我々はどぅする?」


「はい。 恐らく高田馬場清美はさくらんテレビに向かうつもりでしょう。 それがハッキリするまでここで待機。 分かった時点で出発です。 下の駐車場にモニターを積み込んだダッジバンを用意してあります。 それに乗り込んで高田馬場を追跡。 この時間、さくらんテレビならここから10分もあれば行けます」


「ウム 分かった」


日神が頷いた。


暫らくして佐に相河から無線連絡が入った。


「はい。 ・・・。  はい。 ・・・。 はい」


佐が宇崎に言った。


「相河から今、連絡が入りました。 高田馬場はさくらんテレビ方面に向かった模様です」


「やはり」


宇崎が言った。


そして振り返った。

日神とレイを見た。

二人も宇崎を見た。

宇崎が椅子から立ち上がった。


「では、出発しましょう。 行く先はさくらんテレビです」


そしてワタセに命じた。


「ワタセ」


「はい」


「高田馬場の車に仕掛けた監視カメラの映像をダッジバンのモニターに切り替えてくれ」











と。







つづく






死人帖(しびと・ちょう) ― the Last 'R'ule ― #112



(キキキキ、キーーー!!



信号が青に変わったので発進し掛けた車が急ブレーキを掛けた音だ。

猛スピードで真っ赤なフェアレディ Z が赤信号を突破して来たからである。

ハンドルを握っているのは高田馬場清美。

清美は我武者羅(がむしゃら)にさくらんテレビを目指していた。

1分1秒を争うからだ。

しかし運悪くそれを目撃した白バイがあった。

たまたまその夜は、付近でひき逃げ死亡事故が発生したため数台の白バイ、パトカーが巡回捜査していた。

その内の1台にその信号無視の現場を見られてしまったのだった。



(ゥ〜、ゥ〜、ゥ〜、ウーーー・・・!!



サイレンを上げ、白バイが清美の車を追った。

いかに清美の車がフェアレディ Z だったとはいえ、やはり公道では白バイには適わない。


アッ!?


という間に追いつかれた。

白バイの停止命令を受け、清美は道路の左側に車を止めた。

白バイ隊員が清美の車に近寄った。



(コンコン)



隊員が窓ガラスを軽く叩いて言った。


「窓を開けなさい」


清美が運転席側の窓ガラスを下ろした。

隊員が清美に話し掛けた。


「スピード違反に信号無視ネ。 免許証見せて」


清美は動こうとはしない。

白バイ隊員はチョッとじれた。


「ハィ!! 免許証!!


そんな隊員の顔を繁々と見つめながら清美が言った。


「死怒原 源太(しどはら・げんた)」


って。


隊員はチョッと驚いた。


「エッ!? なんで俺の名前を」


そして清美の顔を改めて見つめた。


「アッ!? アンタ!? テレビ出てる人でしょ。 えぇ〜っとナントかっていうテレビのキャスター。 えぇ〜っと、ナンテ言ったけ? アッ!? でも、何で俺の名前を?」


隊員がそう言い終わった時には、既に、清美はバッグの中から1冊のノートを取り出し、空白ページにキッチリと 『死怒原源太』 と書き込んでいた。

書き終えると直ぐにそのノートを再びバッグに仕舞い込んだ。

そして右手人差し指で死怒原源太の鼻っ面を指差し、こう言った。


「お前はもぅ・・・死んでいる」











って。







つづく






死人帖(しび と・ちょう) ― the Last 'R'ule ― #113



(キキキキキッ!!



一 旦、僅かにバックしてから清美が猛スピードで車を発進させた音だ。


「こら待てーーー!!


怒鳴り声を上げ死怒原源太が白 バイでその後を追った。


アッ!?


という間に、再び死怒原が清美のフェアレディに追いついた。

既に再び閉められた 窓越しに源太が叫んだ。


「止まりなさい!!


だが、清美はそんな事はお構いなし。

源太に一瞥をもくれる事なく、 更にアクセルを踏み込んだ。

源太もアクセルを回そうと右手に力を入れようとした。


だが、


その時、



(ド クンドクンドクン・・・)



源太の心臓が大きく脈打った。

次の瞬間、



(キューン!!



源 太の心臓が突然収縮した。

心臓発作だ。



(ドカッ!! ガガガガガ・・・!!



白バイが高速のま ま横転した。

源太が凄まじい勢いで道路にふっ飛んだ。



(ゴロンゴロンゴロン・・・)



道路の上を 源太の体が何回転かして止まった。

源太の体には動く気配が感じられなかった。

即死である。

それも横転したショックによるものでは なく、心臓発作によるものだった。


そぅ。


清美は死人帖を使ったのだ。

そして全く動ぜず、振り返る事もなく清美は その場を立ち去っていた。

後に横転した白バイと死怒原源太の遺体を残したまま。


しか〜し、


その状況を克明に目撃 していた者が一人いた。

たったの一人だったが、間違いなくいた。

相河刑事だ。

相河は宇崎の命令で清美を付けていたのだ。

も ちろん覆面パトカーで。

相河は清美の後を追いながらマイクを手に取った。

スイッチを入れた。

そして言った。


「こ ちら相河。 こちら相河。 本部どぅぞ」


宇崎が出た。


「本部です」


相河が言った。


「たっ た今、スピード違反の高田馬場の車を追っていた白バイが走行中に転倒。 現場は首都高速××付近。 恐らく隊員は即死と思われるが存命の可能性も捨てきれ ぬ。 当方無理ゆえ、速やかに救護の手配をされたし。 繰り返す。 白バイ転倒。 首都高速××付近。 直ちに救護の手配されたし」


「分 かりました、相河さん。 車に仕掛けた監視カメラの映像だけではそこまで断言出来ませんでしたが、しかし今の連絡でハッキリしました。 高田馬場清美は顔 を見ただけで殺せるラーに変貌した可能性があります。 これからは顔を見られないよう充分注意して下さい」


「了解!!


そ う言って相河は、もう一段アクセルペダルを踏み込んだ。











高田 馬場清美を追うために・・・







つづく





死人帖(しびと・ちょう) ― the Last 'R'ule ― #114



(キキキキ、キッ!!



高田馬場清美が車のブレーキを踏み込んだ。


ここはさくらんテレビ局の駐車場。



(バタン!!



車のドアを勢い良く閉めて、清美が特別番組放送中のスタジオを目指した。

それがどこかは清美には分かっていた。

画面に映っていた背景がいつも自分が使っているスタジオと同じ物だったからである。



(スタスタスタ・・・)



逸(はや)る気持ちを押さえ、清美は早歩きで目指すスタジオに向かった。

不思議な事に誰ともすれ違う事はなかった。

いつもなら深夜とはいえ結構な人数の出入りがあるはずなのだが。

もっとも今の清美に取って、それが不思議な事だと考えている余裕はなかった。

全くなかったのだ。

たった一つの事しか頭にない今の清美に取ってみれば・・・

せ・・・監獄由人という偽名を使った男を殺すという事しか頭にない今の清美に取ってみれば・・・


終にスタジオの扉の前まで来た。

扉の取っ手に手を掛けた。



(スゥー)



扉は音もなく静かに開いた。

息を殺し、足音を立てないよう充分注意しながら清美がスタジオに入って来た。

誰もいない。

モニタールームにもだ。

しかし今の清美にそれが不自然な事だと思う精神的余裕など全くなかった。



(ドクンドクンドクン・・・)



清美の心臓が高鳴った。


『は、早く。 一刻も早く、殺さねば』


清美の頭の中はそれだけだった。



(ヒタヒタヒタヒタヒタ・・・)



清美が二人の男の影に迫った。

そしてカメラに映らないよう慎重に、二人の人間が対座しているシルエットが映っている衝立の中を覗き込んだ。


その瞬間、


「エッ!?


清美が大声を上げて驚いた。

二つのシルエットはマネキンだったのだ。











その時・・・







つづく





死人帖(しびと・ちょう) ― the Last 'R'ule ― #115



(バッ、バッ、バッ、バッ、バッ、・・・)



一斉に、10数台有るスタジオの強力なライト群が一点に向け照射された。

その一点とは、もちろん高田馬場清美だ。

照射されたライトのあまりの光量に一瞬清美は眩惑させられた。


突然、



(タタタタタ・・・)



数人の男が清美に襲いかかった。

全員フルフェイスのヘルメットを被っている。

フェイスガードは濃いスモークのプラスチックで出来ていた。

清美に素顔を晒(さら)さないためだ。


アッ!?


という間に清美は床に押さえ付けられた。

後ろ手に手錠を掛けられると同時にアイマスクも掛けられた。


「アッ!? ウグッ!? クッ!?


清美は抵抗しながら何か口走った。

否、口走ろうとした。

が、

突然の事に言葉にならずただ呻くだけだった。


清美がアイマスクに遮られ何も見えないのを確認してから、全員がヘルメットを取った。

日神尊一郎、宇田生数広、相河周知、松山桃太、佐波の5人だった。

そこへ後からユックリとレイと宇崎が歩み寄って来た。

ワタセを除く全員の姿がそこにあった。

レイは、日神尊一郎達同様フルフェイスのヘルメットを被っていたが、宇崎だけはヘルメットではなくなぜかお多福(お・たふく)のお面を被っていた。


如何(どう)やら宇崎はシャイなヤツなんかじゃなく、ホントは目立ちたがり屋だったのだ。


それともウケを狙ったのか???


「まぁ!? 宇崎 の!? お茶〜目さん」


って、そう言って欲しかったのだろうか?


その目立ちたがり屋のお茶目な宇崎が、床に押さえ込まれている高田馬場清美に問い質(ただ)した。


「高田馬場清美。 否、ラー。 どぅやって人を殺して来た?」


床に押さえつけられてはいたが、平然と、余裕のヨッチャンで清美がお惚(とぼ)けこいた。


「さぁ? 何の事かしら?」


横からアンチャン松山が嘴(くちばし)を突っ込んだ。


「惚けたってムダだ!! お前がラーだって事は分かってんだゾ!! 素直に白状しろ!!


「アナタ達が勝手にそぅ思ってるだけでしょ。 ドコにそんな証拠が・・・」


再び宇崎が。


「証拠ならある」


尻をめくったか?

清美が鼻先三寸でせせら笑って聞き返した。


「フン。 ど〜こにぃ?」


平然として宇崎が言い返した。


「我々はズッとお前を監視して来た」


「エッ!?


「もぅ一度聞く。 どぅやって殺した」


「・・・」


「言いたくなさそうですネ。 ならば言いたくなるようにするだけです」


「クッ!?


一瞬清美は唇を噛んだ。

だが、直ぐに緩めた。

観念したのだろうか?

素直に白状する気になったようだ。


だが、


それでも言い方は決して素直ではなかった。

清美は半ばやけっぱち気味にこう言ったのだ。


「ノートょ」


「ノート?」


「そぅょ、ノートょ。 顔を知っている者の名前を書くとソイツが死ぬノートょ。 バッグの中に入ってるゎ」


日神が足元に転がっていた清美のバッグを拾い上げ、中から1冊のノートを取り出した。



(ガシッ!!



って、掴んで。

こう言いながら。


「コレか?」


その時、日神は背後に何者かの気配を感じ取った。

そして振り返った。











その瞬間・・・







つづく