死人帖(しびと・ちょう) ― the Last 'R'ule ― #116



『ハッ!?


日神は驚愕してその場に凍て付いた。

恐怖の余り言葉を出せずに。


だが、


次の瞬間、



(バサッ!!



ノートを放り投げ、


「ゥ、ゥワァアァアァーーー!!


悲鳴を上げ、尻餅をついた。

血走った目は瞬(まばた)き一つせず、宙の一点を見つめている。

その状態のまま恐怖に戦(おのの)きながら後退(あとずさ)りを始めた。


「ば、ば、ば、化け物ーーー!! ぁわぁわぁわぁわ・・・」


と意味不明の言葉を呟きながら。


もしかしてチビッてるかも?


目隠しされている高田馬場清美を除く全員がそれを、


『何事だ!?


という表情で見つめている。


日神の投げ出したノートは丁度アンチャン松山の足元に落ちていた。

松山がそれを拾い上げた。

そして日神が見つめている一点に視線を向けた。

すると今度は・・・松山だった。


「ゥ、ゥワァアァアァーーー!! ば、ば、ば、化け物ーーー!! ぁわぁわぁわぁわ・・・」


そう悲鳴を上げ、日神と全く同じリアクションを取った。


アンチャンもチビッてるかも?


次に、宇田生がそのノートを拾った。


「ゥ、ゥワァアァアァーーー!! ば、ば、ば、化け物ーーー!! ぁわぁわぁわぁわ・・・」


前二人と同じ事をした。

チビッてるかも?


更に、相河が。


「ゥ、ゥワァアァアァーーー!! ば、ば、ば、化け物ーーー!! ぁわぁわぁわぁわ・・・」


やっぱチビッてるかも?


そして佐が。


「ゥ、ゥワァアァアァーーー!! ば、ば、ば、化け物ーーー!! ぁわぁわぁわぁわ・・・」


きっとチビッてるかも?


まるでビデオテープでも見ているように5人が全く同じリアクションをしたのだ。

因(ちな)みに紅一点の佐はパンツルックだった。

だから残念ながら 否 幸いにして下着を見られる事はなかった。

尻餅ついてオマタ開いても。(チビッてたらそのチビリパンツ見たいかも・・・ : 作者)


その5人のリアクションを見て宇崎が、余裕のヨッチャンこいたフリして言った。


「どぅやらそのノートに触れると何か見えるらしいですネ」


って。


そして、佐が投げ出したノートの端っこを右手人差し指と親指のみで摘み上げた。

いつものようにだ。

それから前5人が尻餅をつきながら見上げている一点を見た。


『オッ!?


一瞬、宇崎の顔が引き攣った。

しかし尻餅はつかなかった。

流石(さすが)は宇崎。

前5人とはリアクションが一味違う。

チョッとだけ驚いた。

つーフリをした。

でも、アンヨは恐怖でプルプルだったのだが。


「無理しちゃってコノ〜」


ってトコだ。


宇崎が続けた。


「し、死神。 ホ、ホントにいた・・・」


その場には自分だけでなく他に6人いた所為(せい)と、曲りなりにも言葉を発した事で少し落ち着いたのだろう。

その瞬間、宇崎はある事を思い出していた。

それは、第二のラーがさくらんテレビを通じて送って寄越したメッセージだった。


『ン!? ノート!? ・・・。 ハッ!?


そして、



(ゴクッ!!



思わず唾を飲んだ。

そのメッセージとはこうだったからだ。


『・・・わたしは “目(め)” を持っています。 だから来てくれれば直ぐに分かります。 わたしが第二のラーである事はその時お互いのノートと死神を見せ合えば確認出来ます・・・』


これを思い出し宇崎は考えていたのだ。


『そぅか。 このノートを持った者がラー。 そして今、目の前に死神がいる。 とすれば・・・。 あの時第二のラーが言っていた “目” とは正に “死神の目” の事。 この死神の目を持ったラーは顔だけで人が殺せる。 だがあの時、確か第二のラーは “お互いのノート” と言っていた。 そぅ、確かに “お互いのノート” と・・・。 ならばノートは1冊ではなく2冊。 2冊存在している事になる。 ダ、ダメだ。 これで終わりじゃない。 あと1冊。 あと1冊死人帖は残っているんだ・・・』


その時、その宇崎に近寄りレイが言った。


「僕にも触らせてくれ」


って。


そして宇崎の手からノートを取った。

その瞬間、


「ヒグァー!! ゥアァアァアァアァアァアァアァアァーーー・・・!!


レイはノートを両手で握り締め、悲鳴を上げた。

だが、そのリアクションは前6人のそれとは全く違う物だった。


如何(どう)違うのか?


レイは死神の姿に驚いていたのではない。

思い出していたのだ。

自分がかつて死人帖を使っていたという事を。

そして失われていた死人帖を使っていた時の記憶全てが、瞬時にして甦って来ていたのだ。

その記憶の復元の衝撃のあまりの強さに耐え切れず、上げた悲鳴だった。


今レイが手にしているノートこそは死神・苦竜が人間界に持ち込み、レイが拾ったあの 『死・人・帖』 だったのである。

レイは一旦その死人帖の所有権を放棄し、巡り巡って再び自らの元へ戻って来るよう画策していたのだった。

それこそが “あの時” レイの立てた作戦だったのだ。

死神・翠旻がミーシャにノートの所有権を放棄させ、レイの前にその姿を現したあの時に・・・


そのため、たったの今までそのノートに関する記憶を全て失っていた。

そして今、レイの思惑通りその死人帖が終に手元に戻って来たのだった。

レイには、そのノートを手にしている間だけかつての記憶が甦っている。

そぅ、手にしている間だけ。

ナゼなら、そのノートの所有権は今、目の前でアイマスクを掛けられ手足を押さえ付けられている高田馬場清美が持っているからだ。

もし、今この瞬間、手にしている死人帖の所有権を取り戻さなければそれを手放した途端、折角思い出した記憶の全てを再び失ってしまうのである。


『ン!?


宇崎がレイの変異に気付いた。


「ダイジョブですか、レイ君?」


レイは何とか気持ちを整えて答えた。


「あぁ、大丈夫だ。 いきなりあんな物を見たせいで・・・」


「そぅですネ。 あんな化け物を見たら誰だって驚きます」


「あぁ」


だが、


その時レイはこう思っていたのだ。


『良し!! 計画通り!?


と。


ナゼか?


レイはこうも考えていたからだ。


『そぅだ。 あとはこの死人帖を手にしたまま高田馬場清美を殺せばいい。 それもこの死人帖は使わずに。 そぅすればコレの所有権は自動的に僕に戻る。 そして記憶は二度と消えない。 全ての準備は記憶を “捨てる” 前に整えておいた。 あとは実行あるのみ。 それが済めば、例えこの死人帖がどんなに厳重に監視され保管されていようと関係ない。 否、厳重に監視されていればいる程好都合。 宇崎と僕が一緒にいる時、この死人帖に誰も指一本触れる事なく宇崎が・・・死ぬ。 そぅさ。 次に、あれさえ無事に済めば全ての片が・・・付く。 あのもぅ1冊の死人帖。 アレをミーシャがもぅ一度手にすれば・・・手にしさえすれば・・・そぅすれば全ての片が・・・付く』











と。







つづく





死人帖(しびと・ちょう) ― the Last 'R'ule ― #117



解説しよう。


今、レイが手にしている死人帖の秘密を・・・


こぅだ。 (#83参照)



死神・翠旻がミーシャに死人帖の所有権を放棄させたあと、レイの元へやって来た次の日の早朝まだ暗い内、日神家近くの公園での事。

レイと、苦竜と翠旻の間でこんなやり取りがなされていたのだった。


先ず、ミーシャから預かり、そのミーシャが所有権を放棄したためレイが新たな所有者となった翠旻の死人帖を翠旻に差し出してレイが言った。


「この死人帖の所有権を放棄する」


死人帖を受け取った翠旻が驚いた。


「ン!? 放棄!?


「あぁ、放棄する。 これでその死人帖の所有権は翠旻に戻った。 そぅだな?」


翠旻が答えた。


「その通りだ」


「死神同士の死人帖の交換は可能だ。 違うか?」


「いいゃ、違わない」


「なら、それを苦竜に上げてくれ」


「ン!? 苦竜に? どぅいう事だ?」


「ミーシャを助けるため、そのためにだ!! 僕を信じろ!!


「あぁ、分かった」


翠旻が手にしたばかりの死人帖を差出し、苦竜がそれを受け取った。


「ホレッ!!


「アィョ!!


って。


翠旻がレイに聞いた。


「これでいいのか、日神太陽?」


「あぁ、いい。 これでソレの所有権は苦竜に移った」


翠旻が相槌を打った。


「そぅだ」


今度は苦竜に向かってレイが言った。


「苦竜。 ソイツを又人間界の地に落として僕にくれ」


「ヘッ!? ナゼ?」


「いいから・・・」


「分かった」


苦竜が翠旻からもらったばかりの死人帖を地面に投げ落とした。


「ホィッ!!


って。



(パサッ!!



それをレイが拾った。


「これで又、この死人帖の所有権は僕に移った」


苦竜が怪訝そうにレイに聞いた。


「オィオィ、レイ。 ナ〜ンにも変わっちゃいないだろ。 ナ〜ンにも。 一周しただけで」


レイは笑った。


「フッ」


って。


そして言った。


「そぅ思うかい、苦竜? でもネ。 これが意味を持つ時が来るのさ、必ず」


それからレイは、それまで自分が使っていた苦竜からもらった方の死人帖を苦竜に差し出して続けた。


「そしてだ、苦竜。 頼みがある」


「何だ?」


「このノートにウソのルールを書き込んで欲しいんだ」


「ウソのルール?」


「そぅ。 僕が作ったウソのルールをネ」


「チョ、チョッと待ってくれ、レイ」


そう言って苦竜は翠旻に聞いた。


「コレにウソのルール書いてもナ〜ンも起こんネェょな。 死にゃしネェょな、俺?」


「あぁ、大丈夫だ。 そんな規則はない」


チョッと安心して苦竜がレイに聞いた。


「アィョ。 何書きゃいんだ?」


「これさ」


そう言いながらレイは、ポケットからメモ用紙を取り出し、苦竜に手渡した。

そのメモを見ながら苦竜がブツブツ言った。


「えぇ〜っと、なになに? フムフム・・・」


そして何やら死人帖に書き込んだ。


「ホィッ!! 書いたゾ、レイ。 これでいいのか?」


ノートを広げて、今、自分が書き込んだ嘘のルールをレイに見せた。

ソレを覗き込み、間違いがないのを確認してレイが言った。


「良し。 なら今度はその死人帖を苦竜に返すから翠旻にあげてくれ」


「アィョ。 あげりゃいんだな、あげりゃ。 良くわかんネェけど」


「あぁ、いずれ分かるさ」


苦竜が翠旻に死人帖を手渡した。


「ホレッ!!


「ドスコイ!!


って。


今度は翠旻に向かってレイが言った。


「翠旻」


「何だ?」


「その死人帖をさくらんテレビ 『産時のアナだ!』 のレポーター・高田馬場清美にあげてくれ。 ただし、 『今日よりキッカリ2週間後の■年■月■日から凶悪犯を裁き始める事』 という条件を飲ませておくように」


「ン!? ナゼそいつに?」


「あぁ、それはネ。 高田馬場清美は本人がそれに気付いているか、いないか分からないが、あの女の報道姿勢を見る限り、かなりの “ラー崇拝者” だからさ。 それにアイツはバカじゃない。 あの報道を見ていると、あの女のラーを追う追い方にはラーの発想に近い物を感じる。 それもかなり。 ラーの代役にはラーと同様の傾向を持った者でなければならない。 今のラーとその代役の傾向が違い過ぎるのはマズイ。 でなければあの宇崎は欺けない。 そぅいう意味でラーの代役に高田馬場はうってつけなんだょ。 だからさ」


「・・・」


翠旻は黙っていた。

苦竜から手渡された死人帖を繁々(しげしげ)と見つめている。

イマイチ、言われた言葉の意味が理解出来なかったからだ。

そんな翠旻にレイが約束と同時に提案した。


「それをすればミーシャの開放を約束する。 全く開放される気配がなければ僕を殺せ。 それならどぅだ?」


翠旻は黙って聞いていた。

それからレイに聞き返した。


「いいだろう。 しかしナゼ? ナゼ、コッチの死人帖でなければならない?」


「簡単さ、それには苦竜が英語で書いた使用法が載っている。 それにもしそれがミーシャの使っていた方だったとすると、翠旻は他の人間にそれを渡す気は起こらないだろ? 違うか」


「あぁ、その通りだ。 起こらない」


「だが、違えば起こる」


「あぁ、起こる」


「だからだ。 又、そのノートからは僕の指紋や筆跡といった僕につながる物は何も出ないようにしてある。 ましてミーシャに関する物は全くだ」


そのやり取りを横で見ていた苦竜が言った。


「な〜る(成る程)・・・」


って。



(ギン!!



レイが翠旻の目を見据えてキッパリとこう言い切った。


「ミーシャを助けるためだ!! 他に方法はない!!


翠旻が答えた。


「良し分かった、日神太陽!! ミーシャが今のままではお前も危ない。 だからお前のその必死さも頷ける。 いいだろう。 ミーシャが助かるのならお前の言う通りにしよう」


そして翠旻は、



(バッ!!



その背中に生えている不気味な翼を広げるとそのまま何も言わず、振り返ろうともせず、



(バサッ!! バサッ!! バサッ!! バサッ!! バサッ!! ・・・)



その場から飛び立って行った。


それを見届けてから、苦竜に向かってレイが言った。


「これで翠旻は高田馬場清美に憑いていなくてはならない。 そして僕があの死人帖を再び手に入れようとする事は想像出来たとしてもそれ以上の事は無理だ。 何も分からない。 これから僕がしようとしている本当の事をネ」


「本当の事? 本当の事って何だ?」


「今に分かるょ」


「今にネェ? フ〜ン!? ま、いっか。 ・・・。 ところでレイ」


「なんだい?」


「ソッチの死人帖はどぅすんだ? そのまま持っとくのか?」


「いいゃ。 仕舞う」


「ン!? どこに」


「ここに」


そう言ってレイは地面を指差した。


「ヘッ!? ここにって・・・。 オィオィ、レイまさか・・・」


「あぁ、そのまさかさ。 ここに埋めるんだ、コレはネ」


「う、埋めるって・・・? 埋めてどぅすんだ?」


「いずれミーシャが掘り出す事になる。 僕の計算ではネ。 そして苦竜がミーシャに憑く。 翠旻に変わってネ」


「ウ〜ム。 イマイチ良くわかんネェけど。 ま、レイが言うんならそぅいう事になりそうな気がする」


「あぁ、なるんだょ。 そぅいう事に」


「フ〜ン」


「実はネ、苦竜。 僕はこれから監禁されに行くつもりなんだ、宇崎の所へ出向いて」


「エッ!?


「その状態でこの死人帖の所有権を放棄する。 そぅすれば死人帖に関する記憶は一切なくなる。 つまり僕やミーシャからは何にも出て来ない。 当たり前さ。 記憶もノートもないんだ。 出る訳がない。 そしてある日突然、今日からキッカリ2週間後ラーの裁きが復活する。 だが、僕達は監禁されたまま何も出来ずにいる。 しかもそれを宇崎達みんなが見ている。 つまりラーは別にいる。 みんながその証人だ。 そぅなれば宇崎は僕達を開放せざるを得ない」


「あぁ、そぅなるだろうな。 しかし、あの宇崎がいくら開放したからと言ったって、お前達を素直に自由にするとは思えんがなぁ、俺には。 それにいくらお前が賢いとはいえ、記憶のないお前がこの死人帖をどぅこぅするのは無理なんじゃネェのか?」


「いいゃ、苦竜。 その心配は無用さ。 僕はネェ、苦竜。 もし、監禁中に死人帖の記憶を失ったら自分がどぅいう行動を取るか、良〜く考えてみた。 何度も何度もシュミレーションしたんだ。 そして確信した。 必ず僕はラーを追うってネ。 監禁は苦痛だ。 そしてそれ以上に恥辱だ。 いかに自分から言い出したとはいえ、その苦痛と恥辱を僕に与える原因を作ったラーを僕が許すはずがない。 僕のプライドが絶対にラーを許さないってネ。 だから僕は必ずラーを追う。 しかも奇しくもさっき苦竜が言ったネ。 宇崎は素直に僕達を自由にはしないだろうって」


「あぁ、言った」


「そこがこの作戦の狙い目なのさ」


「ン!? 狙い目? どぅいう事だ?」


「分からないかい?」


「あぁ、分かんネェ」


「僕と宇崎は一緒にラーを追う事になる。 追って追って追いまくる。 間違いなくそぅなる。 そして、いつか必ず高田馬場清美に辿り着く」


「ホントかぁ? ホントにそんなに上手くいくんかぁ?」


「あぁ。 上手くいく」


「フ〜ン。 そんなに上手く・・・? ま、お前が上手くいくって言うんなら、上手くいくのかもな・・・。 アッ!? でもょ、レイ。 仮に上手くいったとしても、死人帖の所有権を取り戻すためにゃぁ、宇崎よっか先に死人帖を取り返さなきゃなんネェんじゃネェのか? ダイジョブなのか? チャンと出来んのか?」


「それが出来れば最高さ。 だが、それは難しいだろうネ。 なにせ相手はあの宇崎だ。 しかし後先同時(あと・さき・どうじ)は関係ない。 僕は、今、翠旻が持って行ったあの死人帖に触れる事が出来ればそれでいいんだ。 触れる事さえ出来ればネ。 そして触れている間に高田馬場清美が死ねばいい。 それでこの計画は完了だ。 そしてその2に移る」


「その2?」


「そぅさ、計画その2さ」


そう言ってレイは、再び笑った。


「フッ」











って。







つづく





死人帖(しびと・ちょう) ― the Last 'R'ule ― #118



「ま、その2の事は取り敢えず置いておこう」


レイが苦竜に言った。

そして左腕を上げ、左手首にはめてある腕時計を苦竜にアピールしながら続けた。


「僕はネ、苦竜。 1日の内ほとんどこの腕時計は外さない。 寝ている時だって着けている事もある。 もっとも風呂に入っている時や手を洗う時にはもちろん外すけどネ」


「ン!? 何だ? 突然どした?」


「この腕時計の話をしてるんだょ」


「その腕時計がどしたんだ?」


「この腕時計はネ、苦竜。 特別な時計でネ。 大学合格祝いとして、家族みんなからのプレゼントなんだ。 父さん、母さん、そして雅裕からのネ。 だから僕はこれが壊れるまで買い換えるつもりはないんだょ。 否、壊れてもし続けるかも知れない。 その位大切な物なんだ、僕にとってこの腕時計はネ」


「だから何だ?」


「細工がしてあるのさ。 この腕時計には」


「ヘッ!? 細工?」


「あぁ。 この分針用のイボを間(ま)を置かず、こぅやって連続して4回引っ張る」


そう言いながらレイが腕時計の分針用のイボを4回引っ張った。



(カチッ!! カチッ!! カチッ!! カチッ!!



そして続けた。


「すると、底が飛び出るんだ」


その瞬間、



(カチャ!!



腕時計の底板がスライドして出て来た。


「ホラッ!! こぅやってネ。 こぅなるように細工してあるんだ」


「ほぉ〜」


苦竜が L 字型にした右手親指と人差し指を顎に当てて感心して言った。


「器用だろ、苦竜? 僕は」


「あぁ、確かに。 器用なもんだ」


「で、ここに死人帖の切れ端が仕込んである。 それと針も一緒にネ。 これで高田馬場清美を殺すのさ」


そう言ってレイはその底板に仕込んである死人帖の切れ端と裁縫用の針を苦竜に見せた。

ソレを見て苦竜が聞いた。


「な〜る(成る程)。 しかし、そんなに上手くいくんかぁ? 第一、あの宇崎がそれに目を付けたらどぅすんだ?」


「大丈夫。 流石の宇崎もこんな細工には気付かない。 気付く訳がない。 このイボを4回引っ張るなんて事にネ」


「だが、腕時計自体を疑って分解したらどぅする」


「その心配は無用さ」


「・・・?」


「父さんがそんな分解なんて事、許さないからさ。 絶対にネ。 当たり前だ。 自分達がワザワザ買って来た物なんだから、コレは。 だから分解される心配もない。 全くネ」


「成る程成る程」


「そして僕は監禁される前、手荷物を預ける時、真っ先にコレを出す。 あえて宇崎に注目させるためにだ。 ハッキリと一度見られていながら、その時疑われなかった物ほど安全な物はないからネ。 如何(いか)に宇崎と言えどそれは同じさ」


「・・・」


苦竜は黙って聞いていた。


「そして監禁を解かれた時、例えこの腕時計の細工の記憶を完全に失っていたとしても必ず僕はこの腕時計をはめる。 そして高田馬場清美を追う。 否、その時にはもう高田馬場清美が死人帖の所有者である事は忘れているか? だからラーを追う。 追って追って追い詰める。 そして捕まえる。 その時、そばに宇崎がいようがいまいが関係ない。 僕はこの腕時計を着けたまま死人帖を手にする事になる。 必ずそぅなる。 必ず・・・」


「ほぉ〜。 大した自信だなぁ」


感心したような、チョッと小馬鹿にしたような調子で苦竜が言った。


だが、その時のレイにはそんな事は如何(どう)でも良かった。

第一、苦竜の言葉など全く耳に入ってはいなかったのだ。


深く思いを巡らしていたからである。


こぅ。


『そぅさ。 必ずその時は来る。 間違いなく・・・否・・・絶対にだ』


と。











解説 お・す・ま・ひ







つづく






死人帖(しびと・ちょう) ― the Last 'R'ule ― #119



宇崎は考えていた。


『死神、ノート、どちらも有った。 第二のラーが言った通りだ。 なら、もぅ1冊。 もぅ1冊ノートは存在する。 間違いなく存在する。 ならば何処(どこ)に。 ・・・』


ここはさくらんテレビ内のスタジオ。

高田馬場清美を取り押さえ、宇崎達が死人帖の存在を知ったその直後の事だ。


その時、



(バッ!!



突然それまで全く動かなかった化け物が動いた。

飛び上がったのだ。

そしてそのまま宙に留まった。

その状態で全員を見下ろして言った


「人間ょ、良く聞け!! 私の名は翠旻。 お前達人間の死を司る死神だ。 ・・・」


全員の目が翠旻に注がれた。

日神の目も、宇田生のも、松山のも、相河のも、佐のも。

もちろん宇崎の目も。


翠旻が続けた。


「お前達が今触ったノートはわたしのノートだ。 この死神・翠旻のな。 それはその名を死人帖といい、それに名前を書かれた者は・・・死ぬ。 必ずだ。 そしてわたしの死人帖に触った者のみがわたしの姿を見る事が出来、わたしの声を聞く事が許される。 今、わたしのこの目にはお前達の名前と寿命とが見えている。 お前達全員のな。 つまりお前達の寿命はこのわたしの手の内にあるという事だ。 だから、くれぐれもわたしを怒らせない事だ。 いいな。 このわたしを怒らせるな」


全員が固唾を飲んで死神・翠旻を見つめていた。

全神経を翠旻の一挙手一投足に集中している。

全員の神経が一所(ひとところ ; 同じ場所の意)にだ。

当然、レイも。

だが、レイの神経だけは違う一所(ひとところ ; ある場所の意)だった。

今こそ死人帖の切れ端を使う絶好のチャンスだったからだ。

そしてレイはそのチャンスを逃さなかった。

その時レイの右手は、左手首付近に近付けられていた。

そして、その辺りから小さな音が聞こえたような気がした。



(カチッ!! カチッ!! カチッ!! カチッ!!



という、小さな音が4回。


そぅ。


ジャスト4回!!


レイは今、左腕にはめていた腕時計の分針用のイボを引っ張ったのだ。

間を置かず連続して、



(カチッ!! カチッ!! カチッ!! カチッ!!



と・・・











4回。







つづく





死人帖(しびと・ちょう) ― the Last 'R'ule ― #120



「ヒグァ!! ゥゥゥゥゥ・・・」


突然、両手首を後ろ手に手錠を掛けら、床に倒れ込んでいた高田馬場清美が苦しみ始めた。

激しく身をくねらせ苦悶の表情を浮かべている。

全員がそれに気付いた。

レイを残して全員が清美を取り囲んだ。


「ヒグァ!! ゥゥゥゥゥ・・・」


もんどりうって苦しむ高田馬場清美。

苦痛に耐える唸り声を上げながら床の上を転げ回っている。

それを6人が心配そうに見つめていた。

だが、

1人レイだけは左手でシッカリとノートを掴み、同じ場所に立ち尽くしたままだった。

そして静かに右手で左手首にはめている腕時計の底板を、



(カチッ!!



元の位置に戻した。


そぅ。


レイは底板に仕込んでおいた死人帖の切れ端に、それと一緒にやはり仕込んであった針で自らの左手小指指先(ひだりて・こゆび・ゆびさき)を差し、そこから出て来た血でその針を使って 『高田馬場清美』 と書き込んでいたのだった。

後は、今、レイが持っている死人帖を高田馬場清美の死の瞬間手にしているか、あるいはこのまま死ぬまでの40秒間持ち続ければ良いだけだった。


レイは考えていた。


『あと40秒だ!! このままこのノートを持ったまま、あと残りわずか40秒。 それまで、それまでこのノートを持ち続けるんだ。 何が有ろうと持ち続けるんだ・・・。 だが、なんと長い・・・。 時がこんなに長く感じられるなんて。 一生で一番長い40秒だ・・・。 クッ!? 焦るな・・・。 このままだこのまま持ち続けるんだ、このノートを・・・。 高田馬場清美が死ぬまで・・・。 あとわずか・・・。 あとほんのわずかだ』


と。


その時、


「ゥゥゥゥゥ・・・。 ウッ!?


終に清美が事切れた。


それを見た瞬間、レイの全身から



(スゥ〜)



っと、力が抜けた。

人生で最も長い “40秒の緊張” から開放された瞬間だった。

レイは誰にも悟られないように注意しながら、ホッと溜め息をついた。

そして思った。


こぅ。











『良し!! 計画その1完了!!







つづく