死人帖(しびと・ちょう) ― the Last 'R'ule ― #126



宇崎は考えていた。


『ナゼだ? ナゼ、日神太陽はこの部屋から出ようとしない? 一日中、殆(ほと)んどここにいっぱなしだ。 そしてわたしから目を離さないようにしている。 まるでわたしに死人帖の検証をさせないため監視しているかのようだ。 否、それだけじゃない。 それが何のためか理由は分からないが、わたしを、このわたしを見張っている』


同時に日神太陽も考えていた。


『宇崎。 今、お前に姿を消されたらお前の死を見届ける事が不可能になる。 ましてその死人帖と共に姿を消されでもしたらそれこそ厄介だ。 死人帖が消えたのにその所有権を僕が持っているため、僕と共に翠旻がここに残ってしまう。 それはマズイ』


ここはラー対策本部ビル23階司令室。

先日、レイを訪ねて来たミーシャが死人帖の切れ端をレイの右手の甲に



(チッ!!



ってして、帰ってから4、5日程経ったある日の事だ。



その時、


「た、大変です、局長!!


それまでパソコンのディスプレイを見ながら何やら作業をしていた佐が、日神に声を掛けた。


「ン!? 何だ? どぅした?」


「はい。 又ラーの裁きが。 ラーの裁きと思われる殺人が始まりました。 昨夜だけでも16人。 それも高田馬場清美が死んだ後に報道された者達ばかりが・・・」


宇田生が言った。


「どぅいう事だ? これは」


相河が。


「新たなラーか」


松山が。


「あぁあ。 なんてこったい」


レイが言った。


「つまり死人帖はもぅ1冊存在する。 宇崎の言った通りだ」


そして翠旻に聞いた。


「違うか? 翠旻」


翠旻が答えた。


「さぁ、どぅかな。 私が関知しているのはその死人帖だけだ。 それ以外のノートの事は知らん」


だが、翠旻は考えていた。


『あのもぅ1冊の死人帖。 新たなラー。 ミーシャだ。 ミーシャしかいない。 苦竜がミーシャに憑いていた以上あの死人帖は今ミーシャの手に。 当然ミーシャは既に記憶を取り戻しているはず。 しかも寿命が更に半分に。 つまり苦竜と目の取引を・・・。 クッ!? なんて事だ!?


その時、宇崎が誰に言うでもなしにボソッと言った。


「余が開放された途端ですネ」


その言葉にレイが直ぐに反応した。


「ま〜だそんな事を・・・。 宇崎。 ミーシャは長い事ズ〜っと第二のラーとして疑われて来たんだ。 しかしそれは間違いだった。 それは死人帖の13日ルールでハッキリした事じゃないか。 それに仮にもしミーシャが第二のラーだったとしても、開放されてこんな直ぐ又ラーの裁きを始めると思うか? ミーシャはそれ程バカじゃない」


宇田生がこれに続いた。


「レイ君の言う通りだゾ、宇崎。 あれだけやって何も出て来なかったんだ。 余の事は忘れるべきだ」


松山も。


「一度そのノートを使った者は13日以内に次の名前を書き込まなければ死ぬんだろ? ミーシャミーシャは生きているじゃないか」


相河も。


「ウム。 宇崎は少し、自分の推理に固執しすぎじゃないのか?」


宇崎が素直に認めた。


「そぅですネ」


だが、本音はこうだった。


13日ルール・・・か? 先日、あの死怒原 源太(しどはら・げんた)という名の白バイ隊員が死んだ。 おそらくは高田馬場清美の犯行。 しかし、高田馬場と死怒原とは初対面だったはず。 それとも面識が有ったのか? 否、監視カメラで見たあの状況からするとそれはない。 そぅだ。 高田馬場が死怒原の名前を知っていたという事はあり得ない。 それでも死んだ。 ナゼか? 名前を知ったからだ。 でも、どぅやって・・・? 目だ。 高田馬場が出掛けに口にした “死神の目” だ。 それを持つラーは顔を見ただけで人を殺せる。 名前が見えるからだ。 そしてその目を持たない第一のラーが日神太陽、余海砂が目を持つ第二のラー。 これは間違いなかったはずだ。 しかし京東大学でわたしは余に素顔を晒した。 だが、わたしはまだ生きている。 ナゼだ? ナゼわたしを殺さなかった? 日神太陽も余海砂もラーとは無関係だったのか。 否、そんなはずはない。 間違いなく二人はラーだったはずだ。 とすればわたしを殺さなかったんじゃない。 殺せなかったんだ。 死人帖にわたしの名前を書き込む時間がなかったからだ。 そして監禁中に二人の能力(ちから)が他に移り、同時に余はわたしの本当の名前を忘れてしまった。 これが二人の監禁を解く前の状況だ。 そして余解放後直後、新たなラーの裁きが始まった。 それは余海砂が第二のラーであり、人を渡るラーの能力が再び余に戻ったと考えれば一つを除いて全てが解決する。 そぅ、一つを除いて・・・13日のルール、これを除いて全てが・・・。 監禁中、二人はたったの1度も死人帖を使ってはいない。 それどころか触れる事さえ出来なかった。 これはわたし自身が確認している。 もし二人がかつて一度でも死人帖を使っていたのなら、13日以上名前を書き込まなかったら死ぬというルールによりとっくの昔に死んでいるはずだ。 だが、死んではいない。 それどころかピンピンしている。 ウ〜ム。 13日のルール!? やはり鍵はコレだ』



(クルッ!!



宇崎が日神尊一郎のいる方に顔を向けた。

気配を感じ反射的に日神も宇崎の顔を見た。

宇崎と目が合った。

宇崎が言った。


「日神さん」


「何だ?」


「死人帖の検証をしたいと思います」


「検証!? どぅやって?」


FBI に掛け合います。 そして即日執行が決まっている死刑囚を2名用意させます。 そのうちの一人にもぅ一方の名前を書かせ、その時から数えて2週間、即ち14日間以上生存していれば死刑を免除する。 という司法取引をします」


「チッ!! 相変わらず人の命を軽く考えるヤツだな。 ダメだ。 それはわたしが許さん」


「ナゼですか?」


「そんな事は断固許されるべき事ではないからだ!! わたしは絶対に認めんゾ、そんな事」


日神は異常なほど頑(かたく)なに死人帖の検証を拒んだ。


その姿は、


日神尊一郎の持つ刑事魂。

加えて正義感。

それらから考えると全く意外だった。

本来ならむしろ次のような展開になって然(しか)りだったからだ。


「宇崎。 死人帖の検証をしよう」


日神が宇崎にそう提案した。


「死人帖の検証?」


「そぅだ。 死人帖の13日ルールの検証だ。 余海砂解放直後のラーの復活。 偶然と言えば言えなくもないが話が出来過ぎている。 やはり13日ルールは検証する必要がある。 全ての責任はわたしが・・・このわたしが取る。 だからやってみよう」


「分かりました日神さん。 FBI に掛け合ってみます」


「あぁ。 頼む」


・・・・・・・・・・と。


しかし、現実はその全く逆だった。


ナゼか?


その理由は簡単だ。


13日ルールの検証をする事』


これはイコール


『我が子日神太陽を疑う事』


を意味する。


だが、


日神はこれまで3度、宇崎に言われるがまま自分の息子である日神太陽がラーであるか否かを疑ったり試したりした。

それも短期間の内に・・・3度。


先ず、一週間に亙(わた)る自宅の監視カメラ及び盗聴マイクによる監視。

次に、第一のラー容疑者としての21日間の監禁。

最後に、自分の車の中での空砲発射。


これらである。


従って、本音を言えばこれ以上もう我が子である日神太陽を疑いたくはなかったのだ。

否、本音というよりも無意識に、或いは潜在意識においてと言った方が正しいかも知れない。

つまり、

日神尊一郎は識閾下(しきいきか)でもうこれ以上我が子日神太陽を疑いたくは無かった。

そのため人権意識が強く全面に出て、人の命の軽重という考えが本来持っていたはずの正義感、刑事魂といった物を鈍らせて仕舞ったのだ。

それが死人帖の検証に断固反対するという態度で顕れた。

それも人命を尊重するという一見正論のような形で。

これに酔う事によって自らの持つ正義感、刑事魂といった物との間に生ずるギャップを中和してしまったのだ。

又、人の命の軽重を問うこの発言の持つ説得力は、他4名の刑事達にも何ら不自然さを感じさせなかった。


だが、日神はそれが後になって後悔しても仕切れないような結果を生む事になろうとはその時全く気付いていなかったのである。

その自らの言動が、宇崎にある重大な決心をうながす事になろうとは・・・その時はまだ・・・何も・・・


「そぅですか。 ダメですか」


日神の頑(かたく)なな拒絶反応に対し、殆んど何時(いつ)も感情を顔に出さない宇崎が珍しく残念そうな表情を浮かべて言った。


「あぁ。 ダメだ」


「では、仕方ありません。 諦めます。 違う手を考えます」


そして宇崎はしばらく考えこんだ。

それから何か閃いたのだろうか?

ワタセを呼んだ。


「ワタセ」


「はい」


「たのみたい事がある。 わたしと一緒に来てくれ」


二人はしばらく部屋を出た。











その間も新たなラーの裁きの報告は続いていた。







つづく






死人帖(しびと・ちょう) ― the Last 'R'ule ― #127



それから何の進展も見せぬまま一週間が過ぎた。

相変わらずラーの裁きは続いている。

だが、

ナゼか宇崎はノートの検証には全く固執しなくなっていた。


ここはラー事件対策本部ビル23階司令室。



(スゥー)



部屋のドアが開いた。



(スタスタスタ・・・)



静かに日神が入って来た。

司令室内会議用センターテーブルに歩み寄った。

テーブルを挟んだ反対側にポツンと一人宇崎だけが座っている。

今は甘い、甘〜いショートケーキを食べながら何時(いつ)ものように椅子の上にウンコ座りだ。

少し離れた所にレイ、宇田生、松山、相河、佐、そしてワタセが。

皆夫々に何らかの作業をしている。

レイ、佐、ワタセの3人はコンピューターを見つめ、宇田生と相河は立ったまま小声で何かを話し合って、そして少し皆から離れた所で松山も立ったまま真剣に何かを手帳に書き込んでいた。

宇崎とワタセを除く全員が一斉に日神を見た。

そして、その時の日神の表情の為(な)せる技だったのだろうか?

理由は分からないがその場に一瞬、奇妙な緊張感が走った。

それを受けるかのように日神がナゼか宇崎にこう話し掛けた。


「宇崎。 捜査は行き詰まった。 打開するためだ、仕方がない。 不本意ではあるが死人帖の検証をしてみよう」


それも思いっきりウソ臭〜い顔して。。。

しかもホンの一週間前はアレほど猛反対したにもかかわらずだ。

その舌の根も乾かぬ内に・・・だ。


その日神に顔を向け、表情を全く変えずに宇崎が返事をした。


「そぅですか。 やっていただけますか」


「あぁ」


このやり取りを聞き、ワタセを除く全員がセンターテーブル付近に集まって来た。

宇崎がワタセに命じた。


「ワタセ。 大至急 FBI に連絡を取ってくれ、死刑囚を二人用意するように」


「はい」


宇崎は食べ掛けのショートケーキを脇にあったサイドテーブルの上に置き、急いで椅子から立ち上げると司令室据付の資料棚から関東地区全域の A 全サイズの地図を取って来て、それをセンターテーブル上に日神から見て正面向きに広げ、再び元の椅子の上に座った。

勿論ウンコ座りなのは言うまでもない。

日神達は立ったままその地図を覗き込んだ。

宇崎がその地図を使い日神に説明を始めた。


「日神さんには先ず、車でここ横田基地まで行って頂きます。 そこから米軍の軍用ヘリでこの厚木基地まで飛んで頂きます。 そこで米軍の特別チャーター便でワシントンまで送ってもらう事になります。 これらはワタセが全て手配します」


「そぅか。 分かった。 手配よろしく頼む」


「はい。 お任せ下さい」


ワタセが宇崎に声を掛けた。


「宇崎。 死刑囚の手配が出来ました」


「良し。 だったら次は米軍の手配を頼む」


「承知しました」


「お聞きの通りです、日神さん」


「あぁ。 流石だ。 やる事が早いな」


「はい。 有難うございます」


そこへレイが割って入って来た。


「父さん」


「何だ、レイ?」


「父さんが行くなら僕も一緒に行くょ。 父さんが心配だ」


「何だそんな事か。 なら心配は無用だ。 少々頼りないが松山達も一緒だ」


それを聞き松山がぼやいた。


「た、頼りないって局長」


宇田生がそんな松山を冷かした。


「頼りない。 ホントの事だろ」


松山が言い返した。


「僕は射撃の腕は確かなんですょ。 麻生タロちゃん位・・・」


今度は相河が、右手親指を立て、人差し指を伸ばし、残り三指を曲げてピストルの形を作り、その人差し指の先を自分の右コメカミに当てて冷かした。


「ならコッチはどぅだ、コッチは。 頼りになるのか? ン!? 頼りに・・・」


って。


松山が言葉に詰まった。

それを見て宇田生がチャチャを入れた。


「相当頼りない。 タロちゃんと違って・・・」 (タロちゃんは頼りがいが有るっていう事ょん : 作者)


って。


レイが憮然とした表情でこのやり取りを見つめている。


その時、いつもの椅子に座ったまま電話を掛けていたワタセが宇崎に言った。


「宇崎。 駐留米軍との話が付きました。 直ぐにでも飛び立てます」


「良し」


宇崎が日神の方に向き直った。


「聞いての通りです。 準備完了。 いつでも OK です」


「では、これから直ぐに出発する」


そう言って日神は宇田生達に命じた。


「宇田生、相河、佐、松山。 直ちに出発する。 いいか?」


その4人が一斉に返事をした。


「ハィ!!


「ハィ!!


「ハィ!!


「ハィ!!


宇崎が予め用意してあったのだろう、死人帖運搬用の2ヶ所ダイヤル式鍵付きのジュラルミン製ケースを日神に手渡した。

そのケースには大きくロゴが入っていた。


AMATEX


って。


日神はセンターテーブルの真ん中に透明プラスチック製のケースに入れられて置かれている死人帖を、ケースの蓋を開け、取り出し、ジュラルミン・ケースに入れ、それの鍵を掛けた。

そしてズボンの後ろポケットから手錠を取り出すと、片一方を自分の右手首にはめ、もう片一方をケースの取っ手に付けた。

盗難防止のために。



(カチャ!!



ケースに手錠が掛かった音だ。

この音があたかもその切っ掛けででもあったかのように、日神を含む5人全員の顔が引き締まった。


それから日神は如何(いか)にも何か隠しちゃってるょんつー顔こいて、



(チラッ)



何か物言いたげな顔でジッと自分を見詰めているレイを見て言った。


「大丈夫だ。 心配するな」


って。


そして徐(おもむろ)に右半身(みぎはんみ)の斜(はす)に構え、右眉を吊り上げ、



(ギン!!



って、又々、久しぶりに一発ガン飛ばして宇崎に言った。


「では宇崎。 行って来る」


って。


レイは不満そうな表情で5人の後ろ姿を見送った。

5人が部屋を出て直ぐ、ワタセも後を追うように部屋を出て行った。

部屋には宇崎とレイだけになった。


顔を引き攣らせ、睨(みら)み付けるような眼差しでレイが日神達5人とワタセが出て行ったドアをジッと見詰めている。

その時レイは、こう思っていたのだ。











『マズイ』







つづく






死人帖(しびと・ちょう) ― the Last 'R'ule ― #128



この一連のやり取りを見ながら、死神・翠旻は考えていた。


『どぅするつもりだ、日神太陽? 死人帖の検証が行なわれたら、お前の作ったあの偽のルールがバレテしまうゾ。 そぅなれば、・・・』


そして気付いた。


『ハッ!? ミーシャ!!


更に、


『真っ先にミーシャが疑われ、捜査の手が及ぶ。 そしてもし、ミーシャの部屋から死人帖が見つかるような事があればミーシャは終わりだ。 極刑(きょっけい)が待っている。 だが、わたしの目に見えているミーシャの寿命と日神太陽の寿命の長さを考えれば二人とも直ぐに死ぬという事はない。 ならば極刑ではなく長い監獄生活になるのか? あるいはこの危機を無事乗り切るのか? ウ〜ム。 どぅなんだ日神太陽』


と。


その時、不意に宇崎がレイに話し掛けた。


「二人だけになってしまいましたネ」


これを受け、相変わらずセンターテーブル用の椅子の上にウンコ座りしたまま、今は甘い甘〜い水飴を盛んに嘗めている宇崎にレイが聞いた。


「何を企んでいる?」


「・・・」


宇崎は何も答えなかった。

無表情で水飴を嘗め続けている。

だが、その目は確(しっか)りとレイの目を見据えていた。


今、そこにはレイと宇崎と死神・翠旻の二人と一匹の他、誰もいない。


レイと宇崎は睨(にら)み合った。

互いの腹の中を探ろうとしているのが一目で分かった。

しばしの沈黙があった。

そしてその沈黙を破ったのは宇崎だった。


「もぅ直ぐここへ余海砂がやって来ます。 今、ワタセが迎えに行ってます」


「エッ!?


レイは驚いた。

しかしそれ以上にレイの横にいた翠旻が驚いていた。


『な、何を考えている、宇崎?』


と思いながら。


目敏(めざと)くレイは翠旻のその表情を見逃さなかった。


宇崎が続けた。


「わたしはもぅ一度、余に素顔を晒(さら)すつもりです」


レイが聞いた。


「ン!? 素顔をさらす!? どぅいう事だ?」


「はい。 余海砂は間違いなく第二のラー。 そして今、ラーの裁きを下しているのはその余。 だからわたしは余に素顔を晒すのです。 そして余がわたしの名前を書こうと死人帖を出した所を押さえます」


「ま〜だ、ミーシャを疑ってるのか? ・・・。 まぁ、いい。 仮にミーシャが第二のラーだとしても死人帖を持って来るはずないだろ」


「いいえ、余は必ず死人帖を持ってここへ来ます」


「ナゼそぅ言える?」


「わたしを殺す絶好のチャンスですから。 余がこのチャンスをミスミス逃すはずはありません」


「だが、コッソリ隠れて書いたらどぅする」


「その心配は無用です。 このビルには満遍なく監視カメラがセットしてあります。 カメラに死角はありません」


ここまで宇崎が言った時、玄関のエントランスに入って来る二つの影が映った。

その影の主は、勿論ワタセとミーシャだ。

それを見て宇崎が言った。


「あぁ、来たようですネ。 これからエレベーターに乗りますネ」


ここでレイはモニターを見るためにユックリと体を入れ替えた。

そしてその動きを利用して、不自然にならないよう注意しながら翠旻に後ろを向けた。

その体勢で思いっきり翠旻を意識して、つまり宇崎に語りかけながらその実、翠旻に言い聞かせるように後ろ姿で言った。


「良し!! 分かった、宇崎。 ミーシャが死人帖を出したら、即、身柄確保だ」


翠旻は驚いた。


『な、何を言うんだ、日神太陽!?


そして、レイの魂胆・・・レイの本当の狙い・・・に、その時初めて翠旻は気が付いた。


『ハッ!? そ、そぅいう事か!? コイツはわたしが間違いなくミーシャを助けると確信しているんだ。 そのためには、わたしは宇崎の名前をわたしの死人帖に書き込まねばならない。 それは同時にわたしの死を意味する。 宇崎や他の者達がわたしの姿を見た事の始末をどぅ付けるのかと思っていたが・・・。 ま、まさかここまで考えていたとは・・・。 わたしが死に、宇崎が死ねばコイツの思惑通りに全てが上手く行く。 しかも今となってはわたしがコイツを殺してもミーシャは助からない。 ミーシャが助かる方法はただ一つ・・・。 宇崎が死にわたしが死ぬ。 それだけだ。 だが、日神太陽。 あのノートはどぅする? 日神尊一郎達が持って出たあのノートは? アレが検証されてしまえばお前だって・・・? 否、それは余計な心配か? コイツの事だ既に何か手立てを考えてあるのだろう・・・』


その時レイも考えていた。


『どぅした翠旻。 早くやれ。 お前がミーシャを助けるのは分かっているんだ。 そぅすればお前も死に、宇崎も死ぬ。 それで “計画その2” は完了だ。 その後、ここから持ち出された死人帖を取り返す。 宇崎さえ死ねば簡単だ。 父を含めてあの5人を手玉に取る事位、造作もない。 だが、時間がない。 死人帖を取り返す時間が。 だから早く宇崎を殺せ。 早くコイツの息の根を止めるんだ翠旻』



(ズサッ、ズサッ、ズサッ、・・・)



クルリと後ろを向き、静かに翠旻が歩き始めた。


『やれやれ。 やっとやる気になったか。 そぅだ、翠旻。 早くやれ。 そして計画その2を完了させろ』



(ズサッ、ズサッ、ズサッ、・・・)



翠旻は壁を通り抜け隣の部屋に移動した。

宇崎がそれに気付いた。

そしてその後ろ姿を水飴を嘗めながら不思議そうな表情をして見送った。

相変わらずウンコ座りのままで。

翠旻は隣の部屋に移動し、自らが所有している死人帖を何処(どこ)からともなく取り出した。

それを広げながらこう呟(つぶや)いていた。


「日神太陽。 お前はあの時から・・・わたしが人間を助けた死神は死ぬという事を教えてやったあの時から・・・こうなる事を考えていたんだな。 わたしが必ずミーシャを助け、そして・・・。 クッ!? 何てヤツだ!! 人間のみならず死神をも殺そぅとするなんて。 ・・・。 いいだろう日神太陽。 思惑通りにしてやろう。 だがこのノート、そしてどぅやって取り戻すつもりかは知らないが日神尊一郎が今持っているあのノート、この二冊はお前にはやらないょ、絶対に。 ・・・。 ミーシャ!? 日神太陽はあんなヤツだ。 だが今、お前を守れるのはアイツしかいない。 いいかいミーシャ、お前の命は嫉妬の命。 そして新たに加わるわたしの命。 だからこれからの人生。 この翠旻と嫉妬の分まで大切に生きるんだょ」


そして翠旻は、



(サラサラサラ・・・)



今広げた死人帖に何かを書き込み始めた。


その直後、翠旻が苦悶の表情を浮かべ、苦しみ始めた。


「ゥゥゥゥゥ・・・」


立ったまま身悶(み・もだ)え、喉から声を絞り出して苦しんでいる。



(パラパラパラ・・・)



翠旻の体が崩れ始めた。

その足元にはその残骸と思われる粗い砂が溜まり出した。

徐々に形を失って行く翠旻の体。


そのまま無情にも時は刻まれる。


そして十数秒。

終に翠旻の体は消えた。

この人間界から消え去った。

最後にただ一言、こう言い残して。


「ミーシャ!? 幸せになるんだょ!!


後にはザラザラとした翠旻の残骸と思われる粗い砂と一冊の死人帖が、その部屋の冷たい打ちっ放しのコンクリートの床の上にコンモリと残っているだけだった。


更に次の瞬間、



(ボッ!!



翠旻がたった今使い、翠旻の残骸の砂と共に有った死人帖から青白い炎のような物が上がった。

死人帖が燃えている。

真っ赤なではなく、青白い炎を上げて・・・


そして1分。


死人帖が燃え尽きた。


この瞬間終に、

その所有する死人帖と共に死神・翠旻が永久の眠りについたのである。


・・・・・・・・・・ミーシャのために。



その時、モニターには23階に到着したワタセとミーシャが乗ったエレベーターのドアが開く所が映し出された。

そしてドアが開き、二人が降り掛けた。











だが、・・・







つづく






死人帖(しびと・ちょう) ― the Last 'R'ule ― #129



「ワタセ!?


ワタセとミーシャが乗ったエレベターのドアが開く所が映し出されているモニターを、椅子の上にウンコ座りして見詰めていた宇崎が身を乗り出して叫んだ。



(バタッ!!



胸を・・・心臓付近を・・・右手掌(みぎて・てのひら)で押さえ、モニターの中のワタセが床に倒れ込んだのだ。

ワタセは床の上で数秒間、悶(もだ)え苦しみ、終に動かなくなった。

モニターの中のワタセの倒れ込み方は、死人帖による心臓発作と全く同じだった。

宇崎は何がなんだか分からないという表情でモニターに見入っている。

と言うのも、ミーシャが死人帖を使った形跡が全くなかったからだ。

一方、レイは平然と見つめていた。

こう思いながら。


『いいゾ、翠旻、上出来だ!! ソイツまで殺(や)ってくれるとは・・・』


宇崎は焦っていた。


だが次の瞬間、



(ドクン!!



今度は宇崎自身の心臓が激しく1回脈打ったようだった。

そして、



(ガタン!!



宇崎はウンコ座りの状態から姿勢を全く変える事なく、椅子の上から司令室の床に落っこちた。


「ゥゥゥゥゥ・・・」


右手で心臓付近を押さえながら宇崎が苦しみもがき始めた。

その宇崎を上から見下(みお)ろし見下(みくだ)し、宇崎を中心として時計回りにユックリと歩きながらレイが言った。


「チェックメイト!!


と。


そして立ち止まった。


「フフフフフ・・・」


含み笑いを浮かべている。

そのレイの右足にしがみ付き、顔に苦悶の表情を浮かべて宇崎が聞いた。


「し、死神を使ったのか!?


含み笑いを止め、レイが答えた。


「翠旻はなぁ、宇崎。 メスの死神なんだ、情の深〜い・・・」


「日神太陽。 やはりお前がラー・・・」


「あぁ。 しかしなぁ〜。 残念だったょ、宇崎。 お前の名前だけはこの僕が書き込みたかったんだがなぁ。 直(じか)に・・・この手で・・・」


レイは一旦ここで言葉を切った。


「フフフフフ・・・」


再び、含み笑いをした。

そして勝ち誇って一言こう付け加えた。


「ブァ〜カ(馬鹿)!!


宇崎が喘(あえ)ぎ喘ぎ言った。


「私は、間違っては・・・い・・・な・・・か・・・っ・・・」



(ガクッ!!



宇崎の体から力が抜けた。

宇崎 否 R は死んだ。

終に R は死んだのだ。


連戦連勝、百戦百勝、かつて如何(いか)なる難事件をも全て解決し、一度たりとも敗北を味わった事のなかった世界一の名探偵 R が、終に敗れ去ったのである。


この瞬間、新世界の神・ラー対世界一の名探偵・ R の究極の知能戦に決着が付いた。

軍配はラーに上がった。


世界一の名探偵 R ここに・・・堕つ!!


それを見届けてから、レイは部屋を出た。

廊下に出ると直ぐそこにエレベーターがある。

ミーシャが立っていた。

ミーシャは呆然とワタセを見詰めている。

何が何だか全く分からなかったのは宇崎だけではなかったのだ。

ミーシャもだった。


「ミーシャ!!


そのミーシャにレイが声を掛けた。


「レーイ!!


ミーシャがレイに駆け寄った。

そして抱きついた。


「終わったょ、ミーシャ。 終わったんだ。 これで全て」


「ホント? ホントなの、レイ」


「あぁ、ホントさ。 宇崎は 否 R は、たった今僕が始末した。 勝ったんだょ、ミーシャ。 僕は勝ったんだ」


ミーシャがレイを抱く手に力を込めた。


「良かったぁ、良かったぁ。 レイが勝ってくれて」


レイが言った。


「だが、まだやる事が残っている。 ここでチョッと待っててくれ」


そう言って、レイはミーシャの体をソッと遠ざけた。

そして司令室の隣の部屋に入って行った。

先程、翠旻が入った部屋だ。

レイは静かに床を見た。

そこには黒い燃えカスとなった、恐らく死人帖と思われる物の残骸とコンモリと盛られた粗い砂の山があった。

その砂の山は翠旻の変わり果てた姿だった。

レイはしゃがんだ。

その死人帖の燃えカスと思われる物を指先で摘んだ。

それは直ぐにポロポロと崩れ落ちた。


「僕に使わせないために・・・か。 でも、いい。 良くやってくれたょ、翠旻」


そう言い残してレイは部屋を出た。

ミーシャが待っていた。


「ミーシャ。 死人帖を持って来たか?」


「ウン」


ミーシャがバックの中から死人帖を取り出して、


「はい」


レイに差し出した。

それを受け取り、レイはエレベーターに向かった。

ミーシャも後に従った。



(チン!!



二人の乗ったエレベーターが止まった。

そこは1階だった。

二人はフロアーに出ると、そこに置いてあったテーブルに着いた。

レイは直ぐに、先程ミーシャから受け取った死人帖をテーブルの上に乗せ、まだ何も書き込まれていないページを開いた。

胸ポケットから万年筆を取り出した。

そして何か書き込み始めた。

ミーシャは黙ってそれを見ていた。











だが次の瞬間、・・・







つづく






死人帖(しびと・ちょう) ― the Last 'R'ule ― #130



ミーシャの顔が引き攣った。


たった今レイが書き込んだ文字を読んだのだ。

声を出して・・・こう。


「ひ・・・がみ・・・そん・・・いち・・・ろう」


そして言った。


「日神尊一郎って・・・お父さんだょネ?」


「あぁ。 そぅだ」


「エェー!? お、お父さん殺しちゃうの!?


「あぁ。 仕方がない」


そぅ。


その時、レイは死人帖にこう書き込んでいたのだ。


 日神尊一郎


 死人帖を持ったままラー対策本部ビル1階まで急ぎ引き返し、持っている死人帖を 「返してくれ」 と言葉に出した者に返す。

 その直後、全く苦しむ事なく死亡。


と。


更にこうも。


『宇田生数広』 (うたき・かずひろ)


『相河周知』 (あいかわ・しゅうち)


『松山桃太』 (まつやま・ももた)


『佐波』 (すけ・なみ)


と、これらは名前だけ。


ミーシャが続けた。


「でも、お父さんなんだょ。 何で? 何でお父さん殺しちゃうの?」


「いいから、黙っててくれょ、ミーシャ。 仕方がないんだ。 これも新世界を作るためなんだ」


「だってぇ、・・・」


「いいかい、ミーシャ。 僕はもう後戻り出来ないんだ。 否、僕達はだ。 僕達はもう後戻り出来ないんだょ。 分かるだろ、ミーシャ。 犯罪のない新たな世界を作り上げるために、これは止むを得ない事なんだ。 もぅ、こぅするしかないんだ。 だからこれ以上何も言わないでくれ」


「でも〜、・・・」


「僕だってこんな真似はしたくはなかったさ。 でも、もぅ手遅れなんだ。 こぅしなきゃなんないんだ」


「何で?」


「僕の父さんはネ、ミーシャ。 死人帖検証のため、今アメリカに向かってる途中なんだ。 分かるかい? それが何を意味するか」


「?」


「あれが検証されると、僕が苦労して立てた計画が全て水の泡になってしまうんだ。 折角、晴らす事の出来た疑いが覆り、再び僕達は疑われる事になってしまうんだ。 そのためにはどぅしてもあの死人帖を取り戻さなければならない。 そのためにはこれを・・・」


流石のレイもここで一瞬言葉を飲んだ。

当然である。

如何(いか)に直接手は下さないとはいえ、実の、そして大好きな父親を殺す羽目になってしまったのだから。

少し間を取ってからレイが続けた。


「やらなければならない。 絶対にだ。 こぅするしか他に方法はないんだ」


「・・・」


ミーシャはただ黙ってレイの目を見詰めていた。


「・・・」


レイも黙った。

それ以上何も言えなかったのだ。

レイは黙ったまま死人帖のたった今自分が書き込んだ文字を見詰めていた。

ミーシャも目をそこに落としたまま黙っている。


今、二人に出来る事は他には何もなかった。

そうやってこれから起こるであろう事を、ただ待つ事しか。


「・・・」


「・・・」


そのまま静かに時が過ぎ去った。











そして・・・







つづく





死人帖(しびと・ちょう) ― the Last 'R'ule ― #130の補足



【補足】


宇崎が死に、翠旻も死んだ今、あえて日神尊一郎達を殺してまで死人帖を取り返す必要があるのか?

例え、13日ルールが覆ったとしても宇崎亡き今、レイならば上手くやれるのではないか?


誰しもが抱く疑問である。


だが、それでもレイは最愛の実父・日神尊一郎並びに宇田生達4人を殺しに掛かった。


ナゼか?


それはレイは第二の R の出現を恐れたからである。

未来に過去 否 禍根(かこん)を一切残したくはなかったのだ。

つまり自分とラーの接点を可能な限り排除して置きたかったのである。

『堤防も蟻の一穴』

を恐れての事だ。


そしてこれまでレイが首尾一貫して行なって来たように今回も又、

“やる時は徹底的にやる”

“中途半端は許さない”

の信念の元、この状況下で既に R を殺し、今又、日神尊一郎を殺さねばならない以上、その関係者達も全員葬り去らねばならなくなったのだ。


そぅ。


終に、レイが最後の勝負に出たのである。


その中に実の父親を含む、13日ルールに疑問を抱く者達全員を殺すという。。。







補足 お・す・ま・ひ