死人帖(しびと・ちょう) ― the Last 'R'ule ― #11



日神太陽(ひがみ・レイ)は震えていた。

自らの目と耳を疑っていた。

たった今目撃したニュースを見て。

そして慌てふためいてダイニング・ルームを飛び出した。


ここは日神家1階ダイニング・ルーム。

先程レイが、死人帖に “三岡智弘” の名を記して程なくの事である。

夕食のためレイはここへ降りて来ていたのだった。


レイには妹がいた。

その名を日神左右(ひがみ・さゆう)といった。

現役女子高生だ。

当然、スカートは短い。

パンツが見えそうな位。


母もいる。

その名は日神幸子(ひがみ・こうこ)だった。


当然いるはずのレイの父の姿はそこにはなかった。

その日は残業で早く帰れなかったからだ。


左右と幸子がレイに呼びかけた。


「お兄ちゃん!! どしたの?」


「レイ!! 何そんなに慌てて。 ご飯の支度できたわょ」


時は夜7時過ぎ。


「・・・」


レイは無言のまま階段を一気に駆け上がって2階の自分の部屋に飛び込んだ。

顔が真っ青だ。

そして死人帖を拾い上げた。

それは机の上に無造作に置かれていた。

パラパラと素早くページをめくった。


『ハッ!?


として手を止めた。


止めたページに見入っている。



(プルプルプルプルプル・・・)



体の震えが止まらない。


ナゼか?


それは、その死人帖と書かれたノートのそのページには、ハッキリとこう記されていたからだった。


“三岡智弘”


と・・・


日神太陽(ひがみ・レイ)の字で・・・











シッカリと。。。







つづく







死人帖(しびと・ちょう) ― the Last 'R'ule ― #12



次の日の午後。

大学の帰り。


レイは迷っていた。

昨日拾ったノートを交番に届け出るべきかどうかを。

それを考えながら歩いていた。

踏切(ふみきり)に差し掛かった。

遮断機が下りている。

そこで立ち止まった。

電車はまだ来ない。


何気なく線路を挟んだ反対側を見た。


『アッ!?


レイは驚いた。

偶然とはいえ、なんという運命の悪戯(いたずら)。

そこには昨日夕時、酒場で見た凶悪犯・渋歩ッ歩丸 由紀夫(しぶポッポまる・ゆきお)とその仲間2人の姿があったのだ。

その3人も遮断機が上がるのを待っていた。

だが、ただ待っていたのではなかった。

午後まだ早い時間にも拘らず、既に一杯気分の千鳥足だった。

何か訳の分からない事を喚(わめ)き散らしている。


こうだ。


渋歩ッ歩丸が大声を上げた。


「解散、解散、解散だーーー!! 日本を売るゾーーー!! 解散だーーー!!


一緒にいた他の2匹の渋歩ッ歩丸 由紀夫の腰巾着で太鼓持ち、国瓜低能電波芸者(くにうり・ていのう・でんぱげいしゃ)の滓谷誠彦(かすや・まさひこ)と武田t豚s滓顯(たけだ・tぶたs・かすあき)もこれに習った。


「そうだ、そうだ、解散だーーー!!


「日本を売るため解散だーーー!!


他の通行人達が浴びせる軽蔑、侮蔑、蔑(さげす)みといった不快な視線を一切無視して、というよりそれに全く気付かず、自分達のバカさ加減を見事なまでに理解出来ず、渋歩ッ歩丸達は騒ぎまくっていた。


レイは見つめた。

3人の真ん中にいる渋歩ッ歩丸の顔を。

まるで記憶という名の印画紙にその顔を焼き込むかのように。

メモリーと命名された小箱の中にその顔を叩き込むかのように。

そして徐(おもむろ)にショルダーバッグを右肩から下ろした。

中から “あの” ノートを取り出した。

パラパラっと何枚かページをめくった。

何も書いてないページを開いた。

胸ポケットから万年筆を抜き出した。

それからもう一度渋歩ッ歩丸の顔を見た。

まるで本人確認でもするかのように。

そしてそのページにハッキリとこう書き記した。


『渋歩ッ歩丸 由紀夫』


と。


それから40秒が過ぎた。

電車はとっくに通過していた。

当然、遮断機も既に上がっている。


だが、


レイは先程の場所から一歩も動く事なく、愕然として立ちすくんでいた。

そのままある一点を、息を飲み、瞬(まばた)き一つせず信じられないという表情をしてジッと見入っている。

レイの見つめるある一点。

そこにあったのは恐るべき光景だった。

あの渋歩ッ歩丸 由紀夫が心臓を抑えて身を激しくくねらせ断末魔の苦しみを味わっていたのだ。


「ゥー、ゥー、ウーン」


最後に一声唸って、



(ガクッ!!



終に、渋歩ッ歩丸が動かなくなった。

呼吸をしている様子も見られない。


死んだのか?


とすれば死因は?


“心臓麻痺” の症状に非常に良く似ているようだが?


愕然としてそのシーンを見つめるレイ。

呼吸すら出来ずにいる。

まるで恐ろしい何かに魅入られて金縛りにでもあっているかのようだ。


ナゼか?


それは渋歩ッ歩丸の死に方が、書いてあった通りだったからだ。

レイがついさっき渋歩ッ歩丸 由紀夫の名を記した・・・


『死人帖』 に。


英文で。


こう。











“・・・ (to) die of heart attack.”







つづく







死人帖(しびと・ちょう) ― the Last 'R'ule ― #13



『き、決まりだ、死人帖!! ほ、本物だ!!


心の中でレイは叫んだ。

無意識にそのノートを両手で確(しっか)りと抱きしめていた。

まるで大切な何かを守るかのように。


それからユックリと歩き始めた。

だが、その目は一点を見つめたまま切る事はなかった。

その視線の先には渋歩ッ歩丸。

倒れたまま既に全く動かなくなっている渋歩ッ歩丸 由紀夫(しぶぽっぽまる・ゆきお)の姿があった。

仲間のはずだったあの2匹の腰巾着(こしぎんちゃく)で太鼓持ち、国瓜低能電波芸者(くにうり・ていのう・でんぱげいしゃ)の滓谷誠彦(かすや・まさひこ)と武田t豚s滓顯(たけだ・tぶたs・かすあき)は気を動転させ、渋歩ッ歩丸を見捨て、既にその場を立ち去っていた。


まぁ、イザとなったらこんなモンかな?

売国人(ばいこくんど)のやる事は・・・


通行人達が立ち止まって周りを取り囲んでいる。

レイは震えながらユックリとしかしガッチリと死人帖を抱き抱え、渋歩ッ歩丸の倒れている道路の反対側を歩き続けた。

目線を、全く切る事なく渋歩ッ歩丸の遺体に向け続けて。


レイは一旦立ち止まった。


その死体の丁度真横だ。

そこは自動車を通すために道幅を広くしておかなければならないため人がおらず、野次馬に邪魔されずに渋歩ッ歩丸の姿がハッキリと見えた。


「ウッ!!


急に吐き気を催(もよお)した。

レイは息を止め、左手で確(しっか)りとノートを抱き抱え、再び右肩に掛け直していたバッグを落とさないように注意して、右手で口を抑え、渋歩ッ歩丸の死体を見つめた。



(プルプルプルプルプル・・・)



体の震えが止まらない。

無理もない。

直接手を下した訳ではない。

間接的にとも言えない。

ただチョッと・・ホンのチョッと・・そぅ・・ホンのチョッとだけ・・ノートに・・死人帖に・・名前を書いただけだった。

ただそれだけで二人の人間が死んだのだ。


殺人の恐怖。

殺されるのも恐ろしいが、殺すのも・・・


レイは既に二人の人間を殺していた。

それもたった二日間で。

それまで大した悪さなどした事のなかった普通の人間がだ。

ただ、成績優秀でホンのチョッと正義感が強いだけの普通の大学生がだ。


いかに間接的だったとはいえ。

今、レイは人を殺した。

そして殺人者が味わう・・殺人者だけが味わう・・苦悩と恐怖のどん底にいた。



(プルプルプルプルプル・・・)



体の震えが止まらない。


それは当然の結果だった。











それまで大した悪さなどした事のない普通の大学生にしてみれば・・・







つづく


参考 : 上記、国瓜低能電波芸者の滓谷誠彦(かすや・まさひこ)に言葉の響きが、ナゼかチョビッとだけど似ている・・・勝谷誠彦さまの異常言動は 『 勝谷誠彦様の華麗なる脳みそ http://blog.livedoor.jp/manguhsai/ 』 さんに詳しいです。







死人帖(しびと・ちょう) ― the Last 'R'ule ― #14



『この死人帖で世の中を変えてやる!! このノートはもう、僕の物だ!!


レイは決心した。


既にレイは、殺人者の味わう苦悩と恐怖を克服して 否 それらに打ち勝っていた。

最早、そのノートを手放す気はサラサラなくなっていたのだ。


そして・・・



― ここは日神家の2階、レイの部屋 ―



レイはそれまで座っていた椅子から立ち上がった。

ドアに近付きノブを回し、部屋を飛び出すとそのまま一気に階段を駆け下りた。



(ガチャ!! キィー!! バタン!!


(タタタタタ・・・)



「母さん。 チョッと出かけて来るょ」


レイが言った。


「エッ!? そろそろ夕飯の時間ょ」


そう言いながら幸子がキッチンから出て来た。

エプロンで両手を拭(ふ)いている。


「ウン。 チョッと本屋に行って来たいんだ。 7時には戻るから」


「そぅ。 じゃ、夕飯は7時ね。 左右(さゆう)もそろそろ帰ってくる頃だし」


「ウン。 じゃ、チョッと行って来るね」


「行ってらっしゃい」


レイは嘘をついた。

向かった先は本屋ではなかった。

レイは全く違う場所に向かったのだ。

それはあの場所。

あの運命の場所。

レイの運命を決定的に変えてしまったあの場所。

そぅ。

死人帖を拾ったあの場所だった。


レイは立ち止まった。


ここはあの場所、運命の場所である。

そして死人帖の落ちていた辺(あた)りを見た。

何もなかった。

周(まわ)りを見回した。

どこも変わった様子はなかった。


「ムダ足だったか。


つー、まー、りー、・・・


『無駄ーーー!! 無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!


足だったか」


レイがボソッとそう呟き、その場を立ち去ろうとした。

そして何気なく顔を上げた。


その瞬間、


『ハッ!?


レイは絶句して、その場で固まった。

恐怖に顔が引き攣(つ)っている。

息を止め、驚愕の表情を浮かべ、目は宙の一点を見つめていた。

瞬(まばた)き一つしない。

出来ない。


しばしその状態が続いた。

沈黙の状態が・・・10秒位か?


レイがユックリと呼吸を始めた。

わずかだが余裕が出たようだ。

それともその状況に慣れたのか?


そして一言こう言った。


「し、死神・・・か!?


そうだ!!


レイの眼前には世にも不気味な化け物がジッとレイの眼を見つめながら 否 のぞき込みながら立っていたのだ。

それも目と鼻の先で。

しかも足は地に着いてはいない。

空中浮遊だ。

背中には大きなコウモリの持つような羽が二枚生えている。

恐らくそれで宙を舞うのだろう。

身長は大凡(おおよそ)4メートル。

肌の色は浅黒く、その姿形は人間に似ていた。

逆立った真っ黒な長い髪。

ロングブーツを履き、着ている服は痩せた体にピッタリとフィットしている。

肩にだけボンボンのような、しかし鋭い羽毛。

それら全てが真っ黒で、 “ DAIGO (ダイゴ)” のようなロッカーを思わせる。

真っ黒いベルトのバックルは銀色で髑髏(どくろ)の切れ込みが入っていた。

所々にサイズは違えど同じく黒い髑髏の装身具。

低い大きな鼻は天井を向き、口は耳元まで裂けている。

ギョロっとして飛び出した真ん丸な眼球と分厚い唇がより一層その顔を不気味に見せていた。

加えて大きく真横に飛び出した耳。

耳たぶは全くない。

その全くない耳たぶから無理やりピアスされたハートの耳飾が垂れ下がっている。

それが気持ち悪さを増幅していた。

痩せて長い手足。

手は大きく、まるで瘤(こぶ)のように節くれ立った指は異様に長い。

その上更に不自然に長く尖った(とが)った爪。

手の色は浅黒い顔色と違い真っ黒だ。

まるで烏の足のように。


その化け物が、



(ニヤッ!!



笑った。


そして、


「ギャー!! ハハハハハ・・・」


突然、大声で笑いながら 否 絶叫しながらと言った方が正しいか?

そのコウモリのような羽を、



(バッ!!



広げ、宙を舞い始めた。

それもレイの目を見つめたまま。

レイに自分の宙に舞う姿を誇示してでもいるかのように。

恐らくそれがその化け物が自らの喜びを表現するための手段なのだろう。

一頻(ひとしき)り舞ってから再び元の位置に戻って化け物が言った。


「そうだ!! 死神だ!! 名前は 『苦竜(クリュウ)』 その死人帖(しびとちょう)の落とし主だ」


と、日本語で。

レイの右肩に掛けてある死人帖の入ったショルダーバッグを右手のあの不気味な指、その人差し指で指差して。


「ぼ、僕を殺しに来たのか?」


反射的にレイはそう口走っていた。


「そう思うか?」


「・・・」


レイは答えなかった。

事実を知る事の恐ろしさに言葉が出なかったのだ。


「安心しろ、今は殺さん。 ・・・。 だがいずれ。 俺がお前の名前をその死人帖に書く事になる。 普通はな。 そしてその時、お前の寿命は尽きる」


「・・・」


やはりレイは何も言えなかった。

死神のいった言葉の意味が理解出来なかったからだ。


代わりに、



(ゴクッ!!



生唾を飲み込んだ。


「それがルールだ。 しかしそれは今ではない。 ズーっと先だ。 もっとズーっとな。 だから心配するな」


「あぁ」


やっと一言そう言えた。

『あぁ』と一言。

やっと・・・そぅ。


だが、それで落ち着いたのだろうレイの気分転換は早かった。

もう普段通りだ。


「それより、どうだ? 気に入ったか? 死人帖は・・・?」


「あぁ。 気に入ったょ。 とっても」


そう言いながらレイはショルダーバッグを肩から下ろし、中から死人帖を取り出した。

それを素早く、



(パッ!!



死神・苦竜の前に広げて見せた。











それを見た苦竜は・・・







つづく







死人帖(しびと・ちょう) ― the Last 'R'ule ― #15



「オッ!?


死神・苦竜は驚いた。


『もう、こんなに・・・』


レイが広げたページには何十人という数の犯罪者の名前が既に書き込まれていたからだ。

苦竜が言った。


「今まで人間界に何冊か死人帖が出回った事は知っている。 だが、ここまでやったのはお前が初めてだ。 並じゃぁ、ビビってここまで出来ない。 それが普通だ」


「あぁ。 怖かったさ、初めは・・・。 だが、克服した。 そうだ!! 僕はその恐怖に打ち勝ったんだ!! あぁ、そうさ。 僕は打ち勝ったんだ、その恐怖に。 だから後悔なんてしてないょ。 しかし、死神が来た以上・・・。 僕は? 僕はどうなる?」



(ニヤッ!!



苦竜が不気味に笑った。

まるでレイの反応を楽しむかのように。

それから言った。


「いや。 俺はお前に何もしやしないさ。 さっきも言ったようにな。 第一そのノートは・・・。 一旦人間界の地に触(ふ)れた死人帖はそれに最初に触(さわ)った人間の物となる。 つまりその死人帖は既にお前の物だ」


「僕の物?」


「あぁ、そうだ。 その所有権は今はお前が持っているって訳だ。 だからお前の好きに使え。 但し、所有権がお前にある以上、その死人帖に憑く死神である俺は、一度お前の前に姿を現したからにはこれからはもう片時もお前の傍からは離れられない。 嫌なら所有権を放棄するか捨てればいい。 そうすれば又誰かが拾い、所有権はソイツに移る。 そうなれば俺も一緒にソイツに憑く事になる。 それもルールだ」


「つまり僕達は離れられないって事かい? 僕が死ぬか、あるいは所有権を放棄しない限り」


「その通りだ」


「なら、僕はこれまで通りという訳だ?」


「そうだ。 ま。 しいて言うなら、そのノートを使った人間はソイツだけにしか分からん苦悩を味わう事にはなるがな。 しかしどうやらそれもお前には無関係のようだ。 それからついでに一つ教えておく、俺の姿はそのノートに触った者だけにしか見えないし声も聞こえない。 だから滅多なヤツには触らせるな」


「分かったよ。 ェーっと、く・・・」


「苦竜(クリュウ)だ」


「そうそう、苦竜苦竜。 分かったょ、苦竜。 誰にも触らせないょ。 ・・・。 あぁ、そうだ!? 自己紹介が遅れたね。 僕の名前は・・・」


「日神太陽(ひがみ・レイ)」


「な〜んだ知ってたのかぁ? でも、どうやって」


「フッ」


苦竜は苦笑した。

そしてレイの目を繁々と見つめてこう言った。


「俺は死神だぞ。 曲りなりにも神の端くれだ」


「あぁ。 な〜る(成る程)」


即座にレイは納得し、


「フッ」


釣られるように苦笑した。

しかし、それも束(つか)の間だった。

すぐにレイが真顔になり苦竜の目をジッと見据えた。

それから聞いた。


「もう一つだけ聞きたい事がある」


「何だ?」


「ナゼだ? ナゼ僕を選んだ?」


「『ナゼ僕を選んだ?』。 『ナゼ僕を選んだ?』 だと? ククククク。 俺はただそのノートを落としただけだ。 そして拾ったのがお前だった。 それだけだ。 それ以外に何がある。 ククククク・・・」


「あぁ、そうかいそうかい。 そういう事かい」


「ククククク・・・。 あぁ、そうだ。 そういう事だ」


「だが、それが答えなら・・・。 もう一つ聞かなきゃならなくなっちゃったじゃないかぁ」


「何をだ?」



(スゥーーー。 フゥーーー)



ここでレイは大きく深呼吸をした。

間(ま)を取ったのだ。











そして・・・







つづく