死人帖(しびと・ちょう) ― the Last 'R'ule ― #156



We were ・・・」



その黒人女が不良に語ったのは以下のような内容だった。



そこは2002年の真夏の南極大陸で、その黒人女はその名を 『ヒラメー・クリキントン』 といい、白人の夫 『ズル・クリキントン』、それに仲間10数名と南極観測隊を組織し南極観測に来ていた。

そして無事観測を終え、帰路、先程のマザーエイリアンに遭遇し隊は全滅。

ズルは頭をあの二重の口に吹き飛ばされて既に死亡。

他も全員同様の手口でやられ、ヒラメーは尻尾の強打を受け倒れ込んだのだった。



だが、


それは表向きの話に過ぎなかった。



― 事実は ―


そこは2002年の真夏の南極大陸で、その黒人女はその名を 『ヒラメー・クリキントン』 といい、仲間10数名と南極観測隊を組織し南極観測に来ていた。

しかし彼女達がそこに来た本当の理由は、白人の夫 『ズル・クリキントン』 と共にそれまでに得た不正蓄財を南極に設けた自らの組織の秘密基地に隠すためだったのだ。

即ち、一緒に来た仲間達というのは実は配下のギャング達。

そしてヒラメーとズルは配下のギャング達10数名と共にそれらを隠し終え、帰路先程のマザーエイリアンに遭遇し隊は全滅。

ズルは頭をあの二重の口に吹き飛ばされて既に死亡、手下達も同様の手口でやられ、ヒラメーは尻尾の強打を受けて折れ込んでいた。



だったのである。











丁度そこへ不良がやって来たという訳だ。







つづく






死人帖(しびと・ちょう) ― the Last 'R'ule ― #157



「ところで、何しに来た?」


不意に不良が外道に聞いた。


外道は予想外の不良の問い掛けにチョッと驚いた。

反射的に聞き返していた。


「な、何しに来た? 何しに来ただと?」


「あぁ、そぅだ。 何しに来た?」


「お前を連れ戻しに来たに決まってんだろ」


「余計なお世話だ」


「・・・」


「フン。 頼みもしない事を」


「・・・」


不良の相変わらずの高ビーぶりに外道は言葉が出なかった。

その外道に不良が聞いた。


「だが、ここへ来た以上、事情は知っているな」


「あぁ」


R とやらはどぅなった?」


「 精子 生死保留のまままだ生きている」


「ン!? 生死保留のまま?」


「そぅだ。 お前が無事生還するまで R の生死も、死神、死人帖の消滅も全て保留のままだ」


「やはりそぅか。 思っていた通りだ」


「だから俺がお前を迎えに来た。 グズグズしている暇はないゾ、不良。 ところでここは何処だ?」


不良が答えた。


「どぅやらここは真夏の南極のようだ。 地球のな。 この女が今そぅ言った」


そして不良は今聞いた事を掻(か)い摘(つま)んで外道に告げた。


聞き終えて、外道が納得行かないという表情で聞き返した。


「だが、ここがもし地球の南極なら200222日以降、あの大トカゲがどこかで目撃されているはずだ。 しかしそんな噂は聞いた事がない。 ここはホントに地球なのか?」


「あぁ、地球だ。 恐らくな。 だが、俺達の生きている 否 今となっては生きて “いた” というべきか。 あの地球とは若干異なる」


「どぅいう事だ?」


「レイヤー(層)だ」


「ン!? レイヤー?」


「そぅだ。 レイヤーだ。 これは俗に 『パラレル・ワールド』 として知られている空間だ。 しかしそれは世間一般で言われているように相対する二つの空間だけではなく、実際は幾重にも重なる多重層をなしているのだ。 分かり易く言うとこういう事だ。 我々人間は世界を物質として理解している。 しかし本来、俺達の世界もこの世界も全てはエネルギーで形成されているのだ。 だが、人間はエネルギーを物質に置き換えて世界を見る。 そぅしなければ生きて行けないからだ。 しかしその本質を突き詰めれば全てはエネルギーだという事が分かる。 そしてそのエネルギーは幾多の層(レイヤー)を形成し、刻々と変化を遂げているのだ。 このレイヤーを空間と理解しても良い。 そこには無限の可能性がある。 例えば、今二人の人間がいるとする。 仮にそれを A B としよう。 この A B が決闘をして、その結果 A B に勝ったとする。 だが、同時に別の空間では、 A B に敗れるという事も起こりうるのだ。 それが空間の多重性だ。 今日、本来いるはずのないお前がここにいて、俺達の世界には存在していないあの大トカゲを倒すという事が起こりえたのもこの空間の多重性故だ。 否、空間の多重性の持つ可能性故と言った方が良いか。 事実、仮にお前があの大トカゲに敗れたとしても、あの大トカゲの存在は俺達の世界には何の影響も及ぼさない。 ナゼならあの大トカゲはこの世界にしか存在していないからだ。 俺達のいた世界には存在してはいなかったのだからな。 同様にあの3匹の大男もこの世界に存在する物であって、俺達の世界には存在していなかった物だったのだ。 つまり簡単に言えばこぅいう事だ。 ここはエネルギー的には俺達の住んでいた地球と全く同じ地球だが、世界を形成しているレイヤーが違う。 だから俺達のいた地球には存在していなかった大トカゲや大男達が存在し、戦った。 その結果はお前が変えてしまったが、だからといって俺達のいた地球には何の影響も及ぼさない。 そしてこぅいう世界に出入りできるのは俺達のようなあの空間の亀裂を見る事の出来る、即ち、エネルギーをエネルギーとして見る事の出来る人間のみに許される。 という事だ。 どぅだ、分かったか」


「あぁ、何となくな。 何となく分かったような気がする。 ならば、不良。 一刻も早くここを出て俺達の本来いるべき世界に戻ろう。 さもなくば何時まで経っても R とやらの命は保留のままだ」


「あぁ、そぅだな」


外道は辺りを見回した。

先程の大男達が使っていた槍のような武器を探したのだ。

そして2本見つけた。

1本が女の側に、もう1本は顔を吹き飛ばされ倒れている大男が握っていた。

1本を不良に手渡し、もう1本を自分が持った。

杖代わりである。


「肩を貸す。 歩けるか」


「なんとかな」


外道が不良に肩を貸した。











その時・・・







つづく





死人帖(しびと・ちょう) ― the Last 'R'ule ― #158



「スゥ〜、フゥ〜、スゥ〜、フゥ〜、スゥ〜、フゥ〜、・・・」


二人の背後から奇妙な呼吸音が聞こえた。


「ン!?


外道が振り返った。

その瞬間。


「シャー!!


鋭い金切り声を上げ、外道達に何かが飛び掛って来た。

外道が不良の体を突き飛ばし、自らは体を翻(ひるがえ)してこれを避けた。



(ドサッ!!



大きな音を立ててそれが着地した。

同時に、



(クルッ!!



振り返った。


「ヌッ!?


外道は驚いた。

それは先程外道に倒された大トカゲと全く同じ形をしたトカゲだったからだ。

もっとも、サイズは大トカゲより遥かに小さかったのだが。

と言っても、その身の丈は優に3メートル以上あり、外道を見下ろしている。

そして次の瞬間、


「シャー!!


再び鋭い金切り声を上げ、そのトカゲがジャンプして外道に襲い掛かって来た。

その図体から考えると信じられない速さでだ。

そしてあの奇妙な手が外道の顔面を捕らえようとした正にその時、



(ズブッ!!



外道が手にしていた槍でトカゲの首を下から刺し貫いた。



(ドサッ!!



トカゲが地面に倒れ込んだ。

だが、

外道も一緒に倒れ込んでいた。

トカゲの重さを支え切れなかったのだ。


そぅ。


そのトカゲはどんなに少なく見積もっても体重200キロ以上あった。

それがジャンプして来たのだから堪(たま)ったもんじゃない。

その重さと勢いを支え切れずに外道も又、一緒に地面に倒れ込んでしまった。

外道の顔の真ん前にトカゲの顔が有った。

死んでいるように見えた。

外道が立ち上がろうとした。

その瞬間、



(ガチン!!



そのトカゲも又あの口の中から飛び出す一回り小さな、しかし頑強な小口を打ち出した。

やはり大トカゲ同様、気持ちの悪い涎(よだれ)と共に。

狙いは勿論外道の顔面。

しかし後僅(あと・わず)か。

その小口が外道の顔面を捕らえるには後ホンの僅か距離が足りなかった。

外道が鼻先数センチという所でかわしていたのだ。


「フゥ〜。 危ない危ない」


外道が安堵の声を上げた。

立ち上がり、トカゲに刺さったままの槍を引き抜いた。

そして先程トカゲの攻撃をかわすために地面に突き飛ばした不良の下に歩み寄った。


「大丈夫か?」


そう言って手を貸して不良を立たせた。


だがその時、


『ハッ!?


『ハッ!?


二人は驚いた。



「スゥ〜、フゥ〜、スゥ〜、フゥ〜、スゥ〜、フゥ〜、・・・」


再び、あの呼吸音が聞こえたからである。











しかも・・・







つづく





死人帖(しびと・ちょう) ― the Last 'R'ule ― #159



「い、1匹だけじゃなかったのか!?


外道が思わず口走った。


そぅ。


今、外道と不良の周りには信じられない数のトカゲの群れがあったのだ。

それがグルっと自分達を取り巻いている。

勿論、襲い掛かるつもりで。



(ジリ、ジリ、ジリ、ジリ、ジリ、・・・)



トカゲ達が間合いを詰めて来た。

そしてその中の1匹が飛び掛かって来た。

恰(あたか)もそれが合図ででも有ったかのように残りも一気に襲い掛かって来た。

そしてそれらが外道と不良に飛び付いた・・・はずだった。

だが、

一番初めに飛び掛って来たトカゲが辺りをキョロキョロ見回している。

そこに当然あるはずの外道と不良の姿がなかったからだ。

突然、二人が消えた。


!?


消えた???


縮地法・・・か?


外道が再度、不良を抱き抱えて縮地法を使ったのだ。

外道はトカゲが飛び掛って来た時、一瞬早く不良を抱き抱え先程の貯水タンクの真上まで跳んでいたのだった。

タンクの上で身を伏せ、二人は息を殺して目配せをした。

このままここで静かにしていてトカゲ達をやり過ごそう。

そうアイコンタクトした。

トカゲ達は相変わらず辺りをキョロキョロ見回し、外道達を探していた。

その仕種からやはり高い知能を持っている事が窺(うかが)われた。

そして終にその内の1匹が頭を上げた。

遠くを見たのだ。

貯水タンクを。

そこが怪しいと睨んだのである。

それに釣られ他のトカゲ達も貯水タンクに気付いた。

そして地面を踏みしめる鈍い足音と共に、



(ズサッ、ズサッ、ズサッ、ズサッ、ズサッ、・・・)



貯水タンクに近付いて来た。

タンクを取り囲んだ。

外道と不良は上からその様子を窺っていた。

そして不良が小声で言った。


「最早これまでだ。 奴等が気付いた。 1匹2匹なら兎も角、あの数では到底(とうてい)勝ち目はない。 しかしお前だけなら何とかなる。 だから破瑠魔お前だけでも逃げろ。 俺がいると足手まといになるだけだ」


「フン。 バカを言うな。 そんな真似が出来ると思っているのか」


「バカはお前だ。 こんな所で犬死するな」

 

「あぁ、そぅだ。 犬死なんかしやしないさ。 勿論、お前もな。 俺はお前を生きたまま連れて帰ると言ってここへ来たんだ。 だから何としてもお前を生きたまま連れ帰る。 お前が死ぬのはその後だ。 死神を殺してからだ。 いいな、あの死神はお前が責任を持って殺せ。 その後なら好きに死ね」


そうしている間、何匹かのトカゲがタンクの鉄骨を登り始めた。

外道は口では不良を助けると言った物の、成す術はなかった。

その時、外道はこう考えていたのだった。


『百歩雀拳は直線技。 よってこの数相手では使っても意味がない。 今必要なのは波紋状に広がる技だ。 ウ〜ム。 どぅすれば・・・』


そぅだ。


例えどんなに強がってみた所で今の外道に成す術はなかったのだ。

既にエネルギーを使い果たした今の外道には。

仮に今、百歩雀拳を放てたとしてもそれは直線技、自分達をグルっと何重にも取り巻いているこの何十匹、否、何百匹いるか分からないトカゲ達全てを倒すのは不可能。

今必要なのは波紋上に広がる技。

かと言って、外道に波紋上に広がる念力技はない。

仮に有ったとしても、二度の百歩雀拳と4回の縮地法で外道のエネルギーは既に尽きて果ていた。

加えてこの窮地を脱出するために必要な技の心得はない。

そして手負いの不良は歩くのがやっと。


即ち、


この状況下で既に外道、万策尽きていたのだ。


ここを以って終に、


怨霊バスター・破瑠魔外道、


心霊ドクター・不良孔雀、


絶体絶命・・・











か?







つづく





死人帖(しびと・ちょう) ― the Last 'R'ule ― #160



「ン!?


外道が消えた空間の亀裂を見つめていた雪が、小首を傾(かし)げた。

大河内が雪の異変に気付いた。


「如何(いかが)なされました、雪様? 何か不審(ふしん)な事でも?」


空間の一点をジッと見つめたまま雪が叫んだ。


「先生が危ない!!


「エッ!?


「アタシ行かなきゃ」


突然、雪が亀裂目掛けて走り出した。

素早く亀谷が雪に跳び付いた。


「ダ、ダメですょ、雪さん!! 行っちゃ!!


慌てて雪の後を追った上崎も亀谷に手を貸して雪を押さえた。


「そぅです、雪さん!! ここにいて下さい。 破瑠魔さんのご命令です」


「ダメー!! 先生が先生が先生が・・・。 アタシ行かなきゃ、助けに行かなきゃ」


雪が二人を振り切ろうともがいた。

凄まじい力だった。

亀谷も上崎も手を振り切られないのがやっとだった。

その二人に抱き付かれたまま雪が亀裂目掛けて進んで行く。

大の男二人を引きずってだ。

凡(およ)そ女性の、それも女子高生の、もうチョッとで、あともうホンのチョッとでパンツが見える濃い赤のチェック柄の短〜〜〜いスカートを穿いた女子高生の力とは、とても思えなかった。


そこへ、今度は大河内が加わって二人に手を貸した。


「雪様。 何卒、ここにお留まり下さい。 雪様にもしもの事が有ったら、わたくしめ、破瑠魔様に会わせる顔が。 ですから雪様、何卒ここに・・・」


3人がかりで雪をその場に押し止めるのがやっとだった。


「ダメー!! 先生が危ない!! センセー!! センセー!! センセー!! ・・・」


必死の形相で雪が叫び続けている。

顔面蒼白だ。

外道の窮地を雪はその天性の直感で感じ取ったのだ。

今の雪に二心なし。

有るのは外道を助けたい一心のみ。


「センセー!! センセー!! センセー!! ・・・」


雪は叫んだ。

外道の身を案じ。

空間に向かって。

亀裂に向かって。

その先に、間違いなく外道のいる空間の亀裂に向かって。

外道を助けたい一心で・・・


「センセー!! センセー!! センセー!! ・・・」


と、繰り返し何度も・・・











一途(いちず)に・・・







つづく