死人帖(しびと・ちょう) ― the Last 'R'ule ― #166



足りなかった。


それだけでは不充分だった。

今の不良の体力では全てのトカゲを焼き尽くす程の大炎城結界を張り巡らす事は不可能だった。

勿論、その不良の背後から不良に向け、外道も持てる全エネルギーを発してはいた。

不良援護のためだ。


しかし、


それだけではパワーが足りない。

外道はそれを良く承知していた、今の不良と自分の限界を。

だから止(や)めてはいなかった。

だから阿尾捨法(あびしゃ・ほう)を止めてはいなかったのだ、外道は・・・その時。


「ウ〜ム」


再び外道が念を込めた。



(スゥ〜)



善道が消えた。

一瞬不良の姿に戻った。


「ウグッ!!


又しても不良が呻き声を上げた。

苦しそうだ。

いつもは感情を殆んど表に出さない不良の顔が苦痛で醜く歪んでいる。



(バタッ!!



不良がタンクの上に倒れ込んだ。


だが、


次の瞬間、



(スゥ〜)



再び不良が先程同様マリオネットのように真上に引き上げられた。

立ち上がった時には姿も変わっていた。

今度は女だ。

不良の姿が女に変わっていたのだ。

その姿を見て、


『ハッ!?


外道はショックを受けた。

一瞬外道は阿尾捨法を中断しかけた。

それは懐かしさ故だった。

その時、外道はこう思っていたのだ。


『お、おふくろ!?


と。


そぅ。


外道は不良に母・破瑠魔死頭火の霊を降ろしたのである。

暫(しば)し、外道と死頭火は見つめ合った。

だが、それはホンの束の間の出来事だった。

しかし、外道の “時間” は止まっていた。


「フッ」


不意に死頭火が外道に微笑みかけた。

そして、優しく満足そうに一言こう言った。


「外道、立派になりましたネ」


これを受け、


「カーさま」


そう叫んで外道は懐かしい母・死頭火の胸に飛び込みたかった。


だが、今の外道にそんな余裕などない。

感傷に浸っている暇など全くなかったのだ、今の外道には。

全ての想いを打ち捨て、雑念を振り払い、


「ウ〜ム」


外道は三度(みたび)念を込めた。

すると、



(クルッ!!



死頭火が外道に背を向けた。

大火炎に向かったのだ。

大火炎に正対した時には、既に死頭火、右手を剣印に結び、それを下唇に置き、目は半眼。

そして、


 南無・一目連大神(なむ・いちもくれん・だいじん)

 南無・一目連大神(なむ・いちもくれん・だいじん) 

 南無・一目連大神(なむ・いちもくれん・だいじん) 

 

 ・・・


と、咒(じゅ)し始めていた。


突然、



(ピュー!!



風だ!!


死頭火の咒に呼応するかのように風が吹き始めた。

善道が張った大炎城結界の中に風が。

それは何処(どこ)からともなく吹き始めていた。

死頭火と外道の周りを回転している。



(ピュー!! ピュー!! ピュー!! ピュー!! ピュー!! ・・・)



回転している風が徐々に広がり始め、



(ビヒュー、ビヒュー、ビヒュー、ビヒュー、ビヒュー、・・・)



激しく勢いを増した。


次の瞬間、



(クヮッ!!



死頭火が目を見開いた。



(キッ!!



前方、大火炎を睨(にら)み付け、右手剣印を下唇から離し一旦左肩に押し付けた。

そして、


「キェィ!!


甲高(かんだか)い気合一閃、大火炎に向け一気にその剣印を切り上げた。


瞬間、



(ブァアァアァアァアァアァーーー!!



風は突風に変わる。

変わった風は、



(メラメラメラメラメラーーー!!



内部から大炎城を押し広げ、周囲のトカゲを焼き尽くす。



(ゴォオォオォオォオーーー!!



一気に炎は大地を覆い。

全てのトカゲを消し去った。


外道の作戦勝ちである。


破瑠魔善道が 『秘術・大炎城結界』


そして、


破瑠魔死頭火 『秘技・神風流れ』


コンビネーション・ワーク勝利の瞬間だった。











しかし、・・・







つづく






死人帖(しびと・ちょう) ― the Last 'R'ule ― #167



「グハッ!!


不良が吐血した。

貯水タンクの上に倒れ込んだ。

外道の阿尾捨法(あびしゃ・ほう)に耐え切れなかったのだ。


当然だ。


外道の百歩雀拳に傷付き、今、又、その身に半端じゃない霊格を降ろされたのだから。

それも一気に二人。

破瑠魔善道と破瑠魔死頭火の達人二人。

しかもそれだけではなかった。

夫々(それぞれ)が秘術、秘技を行なったのだ。

どちらも果てしないエネルギーを必要とする秘法を。


「不良!?


外道が不良に駆け寄った。

抱き起こした。

不良は死んではいなかった。

気を失っているだけだった。

しかし、一刻を争う事は医術の心得のない外道にもハッキリと分かった。


『急がねば!!


外道は焦った。

もうトカゲの心配はない。

だが、

今、外道達のいる所は貯水タンクの上。

高さはどんなに低く見積もっても15メートルはある。

先ず、ここを下りなければならない。

上った時は、縮地法で不良を担いで跳んだ。

外道は下る時も同じ事をしたかった。

しかし出来なかった。

外道のエネルギーも既に底を突いていたのだ。

しかも、これから意識のない不良を連れて異次元を超えなくてはならない。

そのためには殆んど残っていないエネルギーを、もうこれ以上ムダには使えない。

外道は考えた。

そして何を思ったか、着ていたシャツを脱ぎそれを破こうとした。

しかし、そのシャツは春物だったが仕立てのシッカリした物だった。

如何(いか)に外道とはいえ、そう簡単に素手で破く事の出来る代物ではなかった。


『クッ!? ダメだ、手ではムリだ。 何か・・・』


外道は辺りを見回した。

すると例の大男の槍がもう1本残っているのが目に入った。

不良が持っていた方だ。

それを拾い上げた。

どんな金属で出来ているのだろうか?

プレデターの槍は重さが殆んど感じられない程軽く、しかしその切味(きれあじ)には信じられない物があった。

世界の刀剣の中で最も良く切れると言われている日本刀に匹敵、否、それ以上だった。

名刀・正宗に優るとも劣らぬ切味だったのだ。

それを使い外道はシャツを切り裂き、それを縄に結った。

そして右膝を突き、身長1メートル90、体重75キロの不良を背負った。

それから今結った縄で不良の体を自分の体に縛り付けた。

多少のグラグラ感はあったが、そんな事を気にしている余裕はなかった。

その格好で外道が貯水タンクを下り始めた。

貯水タンクには階段もなければ梯子も付いてはいなかった。

タンクは直径約10メートルの金属製の円柱。

そのタンクから矢倉の鉄骨まではタンクを形作っている鉄板をまるでスパイダーマンのようにへばり付いて下りなければならない。

幸いその鉄板には所々固定用のボルトがあった。

そのボルトを頼りに何とか矢倉の鉄骨に辿り着いた。

そこからはタンクの時程の苦労はなかった。

とはいえ、力なく外道の体に縛り付けられている不良を背負っているのだからその大変さは計り知れない。

外道は不良を背負ったまま10分近く掛けて無事下まで下りる事に成功した。

だが、

その疲労感たるや半端ではなかった。



(ドサッ!!



不良を背に負ぶったまま外道が地面に倒れ込んだ。


「ハァハァハァハァハァ・・・」


外道の呼吸が粗い。

地面に倒れこんだまま5分程休んだ。

何とか呼吸を整えた。

再び、不良を背負ったまま外道は立ち上がった。

そして歩き始めた。


ヨロヨロと。


空間の亀裂目指して。











そこに来た時とは逆に・・・







つづく





死人帖(しびと・ちょう) ― the Last 'R'ule ― #168



「雪さん!! シッカリして下さい!! 雪さん!!


亀谷が盛んに雪に呼びかけている。

ここはヘリコプターの中。

運転するのは上崎左京。


「左京さん!! 病院。 まだっスかぁ」


「もう少しです」


「冷たいっスょ、雪さんの体。 ダイジョブなんっスかね? 死んじゃいないようっスヶど。 一応脈もあるし、呼吸もしてますから。 ヶど、冷たいっスょ、雪さん。 ホント、ダイジョブっスかね?」


「下血が酷かったですからネェ、それで体温が下がったのでしょう」



(ババババババババババ・・・)



ヘリは病院を目指していた。

目指す病院には既に無線で連絡済だった。

それも警察庁トップの佐伯長官経由で。

従って、第一級の救急医療班が到着を待ち受けている手筈になっていた。


「しっかし、左京さんがヘリの免許持ってて助かりましたっスょ」


「いいぇ、持っていませんょ」


「へ!? む、無免許?」


「はい」


「い、いんっスかぁ、無免許で運転しちゃって?」


「非常事態ですから」


「ま、まぁ、そぅいやそぅっスヶど・・・」



(ババババババババババ・・・)



「あぁ、アソコですネェ。 見えてきましたょ、亀谷君」


亀谷がヘリの窓越しに地上を見下ろした。


「あぁ、ホントだホントだホントだ」


亀谷が再び、雪に呼びかけた。


「雪さん!! 雪さん!! 雪さん!! 病院、もぅ直ぐっスからね、頑張って下さいょ。 死んじゃダメっスょ!!


と、未だ意識の戻らない雪に。

その時、雪は昏睡状態だったのだ。


一方、


外道は雪のエネルギーを探っていた。

来た世界に戻るためにだ。

雪の生命エネルギーのみが外道を元いた空間に導けるのだ。


だが、


外道は混乱していた。


『ヌッ!? おかしい!? 雪に反応がない』


そして立ち止まった。

方向が見えないのだ。

雪という方向が。


そぅ。


その時、外道は道標(みちしるべ)を失っていたのである。











雪の生命反応という道標を。







つづく





死人帖(しびと・ちょう) ― the Last 'R'ule ― #169



「ここで気象の情報をお知らせ致します・・・」


テレビのモニターには脳天気なお天気オジサンの意地悪 良純(いじわる・よしずみ)が映し出されている。


ここは病院内のロビー。

上崎と亀谷は椅子に座ってテレビを見ていた。

雪を運び込んだ直後の事だ。

その雪は今、集中治療室に運び込まれ面会謝絶となっている。

集中治療室の前で待っていても良かったのだが、反って落ち着かなかったため二人はロビーで待つ事にしたのだった。

ロビーには32インチ程の液晶テレビが据え付けられていて、夕方のニュースをやっていた。

その番組内のお天気情報。

そして訳知り顔でお天気情報クッチャべってんのは、脳天気オッサンの・・・意地悪 良純だったのである。


良純がほざいた。


「ここで気象の情報をお知らせ致します。 ただ今、九州地方に接近中だった季節外れの超大型台風1号が進路を北に変え、本日夜半、近畿地方に上陸する恐れが出て参りました。 この台風の規模はかつてない大規模な物で注意が必要です。 又、今後の台風の予想進路は本土上陸後そのまま北上を続け、深夜には東海、関東地方を直撃する見込みです。 どうぞ、戸締りなどを怠らず、夜間の外出にはくれぐれもご用心下さい。 では、 CM の後はスポーツ。 そして再びニュースとなります。 ・・・」


って。。。


これを聞き、亀谷がぼやいた。


「今頃、台風っスかぁ。 どぅなっちゃんてんっスかネ。 まだ春先ですょ、春先。 今は」


上崎が答えた。


「異常気象としか言いようがありませんネェ」


「そぅ、それ。 それなんっスヶどネ。 異常気象、異常気象って、なんか毎年言ってないっスか? おんなじ事」


「そぅですネェ、言ってますネェ」


そこへ、いい男なんだヶど時々悪役やる、矢沢永吉似の俳優っぽい医師がやって来た。

今回、佐伯長官の手配で雪の専任担当医となった鶴見区 辰吾(つるみく・しんご)だった。

それに気付き、上崎と亀谷が椅子から立ち上がった。


亀谷が聞いた。


「先生。 雪さん、どぅっスか?」


鶴見区が口ごもった。


「それが・・・」


「エッ!? な、なんかヤバイんっスか?」


上崎も聞いた。


「どぅなのでしょう? 雪さんは?」


鶴見区が重い口を開いた。


「今、あの患者さんには緊急輸血が必要です。 なにせ出血が酷く」


「じゃぁ、輸血お願いしまっスょ」


亀谷が上崎の同意を求めた。


「ネ、左京さん」


上崎も言った。


「はい。 お願い致します」


「それが・・・誠に・・・申し上げ難いのですが・・・」


「なんっスか、先生。 ハッキリ言っちゃて下さいょ」


「それがですね。 あの患者さんの血液型は AB 型の Rh− なのです」


「あ、じゃ、その AB 型の R なんとかってのをお願いしまっス」


「ところがこの AB 型の Rh− は2000人に1人という大変珍しい型で、備蓄が殆んどないのです。 今、日赤血液センターに確認した所、生憎(あいにく)本州には在庫が全くなく僅かに九州にあるとの連絡が入りました」


「きゅ、九州!? 九州ですかぁ?」


「はい。 で、一応取り寄せる手配はしたのですが・・・」


今度は上崎が聞いた。


「どぅされました?」


「はい。 現在の気象状況が状況なだけに空の便はムリ。 陸の便も今現在滞(いまげんざい・とどこお)っていて列車は運休、様子見状態という連絡が入りました。 当然、海上輸送は全く不可能。 なにせ相手が台風ですから、それも超大型の。 車も危なくて出せないとの事です」


「じゃ、じゃぁ、雪さんは?」


「はい。 もし血液が届かなければ、患者さんはもって今夜一晩・・・。 あるいはもぅ少し・・・。 ウ〜ム。 いつまで持つかは・・・?」


「そ、そんなぁ!? せ、先生!? な、なんとかなんないんっスか?」


「血液がない以上・・・何も・・・」


「そ、そんなぁ、先生!! 何とかして下さいょ!! お願いしまっスょ!!


亀谷が鶴見区を拝んで続けた。


「これ、この通り!! ネ!! この通り!! お願いしまっスょ!!


「・・・」


鶴見区は顔を背け、無言のまま答えられなかった。

血液がない以上、手の施しようがないのだ。


そこへ、



(タタタタタタ・・・)



女性看護士が慌てふためいてやって来た。


「先生ー!!


その姿を見て鶴見区よりも先に亀谷が看護士に聞いた。


「な、なんっスか? ゆ、雪さんどぅかしたんっスか?」


「い、いえ、違います。 列車が、列車が走るそうです。 台風の進路が変わったので。 でも、鈍行、特急のみで新幹線はこのまま運休だそうです」


鶴見区が聞いた。


「で、血液は?」


「はい。 センターの方が直に持って特急に乗り込んだそうです」


「じゃ、もぅ・・・」


「はい。 出発したそうです」


ここで上崎が割り込んだ。


「その特急の名前はなんと?」


「はい。 寝台特急・フジヤマだそぅです」 (寝台特急・富士は本年3月廃止ンなっちゃったので適当なの作っちゃいますたぁ。 doblog 壊れなきゃ、間に合ったのにぃ・・・プンプン : 作者)


それを聞き、上崎はその場を少し離れた。

そして携帯を取り出した。



(ピッ、ポッ、パッ、・・・)



何処(どこ)かに電話を掛けた。

こう言っていた。











「長官。 大至急、燃料を満タンにした最新鋭大型ヘリを1台こちらに回して下さい」







つづく





死人帖(しびと・ちょう) ― the Last 'R'ule ― #170



「どしたんっスか? 左京さん。 ヘリって? それも最新鋭の大型って?」


携帯のやり取りを聞いていた亀谷が上崎に聞いた。


「はい。 一応、何か有った時のためにと思いまして」


「何かって、何っスか?」


「何かです」


「あ、そ。 そっスか」


素っ気無い上崎の答えに、若干不満げに首を振りながら亀谷が続けた。


「あ、でも、ヘリならあるじゃないっスか、さっき乗って来たヤツが」


「有りますネェ」


「アレじゃダメなんっスか?」


「はい。 ダメですネェ」


「な、何でっスか?」


「あのヘリにはもぅ燃料が殆んど残ってませんから」


「そ、そっスか」


上崎の煮え切らない答えにチョッと苛(いら)ついた亀谷であった。











その頃・・・







つづく