死人帖(しびと・ちょう) ― the Last 'R'ule ― #171



「ゥ、ゥ〜ン」


「ヌッ!? 意識が戻ったのか、不良?」


外道が不良に聞いた。

それは不良を背負った外道が、貯水タンクを離れてから程なくの事だった。

雪の生命反応を感じ取る事の出来ない外道は、記憶ではなく直感を頼りに恐らく亀裂が有るであろうと思われる方向に向かって僅(わず)かばかりだが歩き始めていた。

しかし、暫(しば)らく歩いてはみたもののやはり亀裂のある場所を見つける事が出来ず、否、それどころか東西南北の方位すら掴めず、そのままその場で立ち往生していた。

そして念を飛ばし、雪の反応を探し続けていたのだった。

相変わらず不良を背負ったままでだ。

勿論、自らの体に不良の体を縛り付けた状態だったのは言うまでもない。

それは方向を掴んだ時、即、次の行動に移れるようにという思いからだった。


不良が聞いた。


「ン!? ここは?」


二人の周りは、見渡す限り一面焼け野原。

何処(どこ)を向いても皆同じ光景だった。

大炎城結界の残した痕跡だ。

逆に外道が不良に聞き返した。


「亀裂のある場所が分かるか?」


「亀裂のある場所か? いゃ、分からん」


「覚えてないのか?」


「覚えているも何もない。 あの時、俺はお前のあのエネルギー波に吹き飛ばされ、気付いた時にはもうここにいたんだからな。 そぅいうお前こそどぅなんだ、覚えてないのか?」


「あぁ、俺もお前に付着した俺のエネルギーを追ってあの亀裂に飛び込んだ。 そして異空間の中お前を追った。 そして気が付いたら、いきなりアレだ。 位置を確認している暇はなかった」


「そぅか」


「どぅやら俺達は迷子になっちまったようだ。 亀裂が見つからん以上はな。 しかしここでぼやいていても仕方がない。 探すしかない」


「俺を降ろせ」


「大丈夫か? 歩けるのか?」


「あぁ」


外道が不良を地面に降ろした。

不良は自力で立とうとした。

だが、



(バタッ!!



ムリだった。

まだ、とても自力で立っていられる程、回復してはいなかったのだ。


「待ってろ」


そう言って外道は今来た道を引き返した。

引き返した先は貯水タンク。

直ぐに戻って来た。


「これを杖代わりにしろ」


そう言って持って来た物を不良に差し出した。

それはあの大男の槍だった。

外道が突き刺したトカゲに刺さっていた方だ。

トカゲは燃えカスに変わっていたが、一体どんな金属で出来ているのだろうか、槍は何ともなってはいなかった。

外道が不良を抱え起こした。

不良が槍を杖代わりにして立ち上がった。

黙ってジッと外道の目を見つめた。

そして言った。


「破瑠魔。 目を閉じろ。 そしてあの時の事を思い出せ」


「ン!? あの時の事?」


「亀裂に飛び込んで、初めてこの世界に来た時の事だ」


「何のために?」


「いいから、言われた通りにしろ」


『何かあるな!?


そう直感して外道は目を瞑り、重磐外裏の空間にあった亀裂からこちらに飛び込んで来た時の事を思い起こそうした。

しかし、その記憶はなかなか甦っては来なかった。

心身共疲れ切っているため上手く集中出来ないのだ。

暫らく心がアチコチフラフラしていたがやっとある一点・・・外道が始めてこの世界へ来た時の一点に集中出来るようにナントかなった。


その一点とは、勿論、あの大トカゲと大男の戦いの場面である。











その瞬間・・・







つづく






死人帖(しびと・ちょう) ― the Last 'R'ule ― #172



(ズボッ!!



左手で槍を杖代わりにしてやっと立っているはずの不良が、いきなり背後から右手手刀を外道の後頭骨直下、俗言う “盆の窪(ぼん・の・くぼ)” に打ち込んだ。


否、


打ち込んだように思えた。


「ヌッ!? な、何をする気だ?」


外道が振り返ろうとした。


「動くな!!


不良が外道を一喝した。



(ビクッ!!



流石の外道も一瞬、動きが止まった。

恐ろしいまでの不良の気迫だった。

外道は思った。


『クッ!? 一体コイツの何処にこんな力が残っていたんだ・・・』


不良が語気荒く外道に言った。


「余計な事は考えるな。 お前はあの亀裂の事だけ考えていればいいんだ」


「・・・」


「後は全て俺がやる」


「・・・」


「俺を信じろ」


「あぁ、分かった」


外道が押されている。


『ン!?


突然、外道は項(うなじ)に風を感じた。

同時に、



(スゥー)



意識が遠くなった。

そして、



(ガクッ!!



深い眠りに落ちた。


しかし外道が項に感じた物、それは風ではなかった。


「スゥ〜〜〜、フゥ〜〜〜、・・・」


不良の呼吸する息だった。


その時、不良孔雀。

一点を見つめた目は既に半眼。

呼気、吸気は静かに深く、無念無想。



(ピカッ!!



瞬間、不良の全身が輝く。



(モァモァモァモァモァ・・・)



空間が歪む、不良の周りの空間が。

まるで真夏の蜃気楼のように。



 ・・・



そぅ。


終に不良が勝負に出たのだ。

初めて人前で、そして失敗すれば最後になるであろう心霊ドクター・不良孔雀、その秘めた能力発揮の瞬間である。











命を懸けた・・・







つづく






死人帖(しびと・ちょう) ― the Last 'R'ule ― #173



(ブヮーーー!!



外道は全身に凄まじい風圧を感じた。

目を開けようとした。

だが、

出来なかった。

体を動かそうとした。

それも無理だった。

体の自由が利(き)かないのだ。


まるで、

うたた寝をしていて眼が覚め、否、眼が覚めたはずなのに起きようとしても起きる事が出来ない。

それどころか瞼(まぶた)を開く事すらままならない。

ならばと動こうとしても動けない。

もがく事さえも許されない。

当然声も出せない。

だが、意識はチャーンと目覚めている。

そういった事が時々起こるものだ。

俗に言う金縛りの一種である。

今の外道の状態はそれに良く似ていた。

外道の意思に反して全く体の自由が利かないのだ。


そういう時は、焦るものだ。


流石の外道もそうだった。

状況が状況なだけに尚更だった。


外道は声にならない唸(うな)り声を上げた。

必死に体をよじろうとした。

しかし無駄な抵抗に過ぎなかった。

身動き一つ出来ない、否、それどころか指一本動かせないのだ。


その時、


「破瑠魔!!


不意に不良が外道の名を呼んだ。

すると、

恰(あたか)もそれが起爆剤ででも有ったかのように、



(スゥー)



自然に外道の目が明いた。

たった今までのアレは一体何だったのだろうか?

そう思える程、いとも簡単に。

そして何の苦もなく目前の光景に目の焦点も合わせられた。


瞬間、


外道は愕然とした。

目の前で信じられない事が起こっていたからだ。

一言も発する事が出来ず、外道はその眼前でたった今起こっている信じられないシーンを見つめた。

と言うより、目を切る事が出来なかった。



その信じられないシーンとは・・・



「ゥオォオォオォオォオォオォオーーー!!


身の丈2メートル50は有ろうかという大男が胸を刺し貫かれて吠えた。

その大男は昆虫を思わせる顔、河童に似た体をしていた。

その大男の胸を刺し貫いた物は、尻尾だった。

その尻尾の本体はまるでトカゲのようだった。

しかもその大きさが半端じゃない。

恐らく30メートル位の立端(たっぱ)が有る。

その大トカゲが尻尾を巻いて、今し方それで胸を刺し貫いた昆虫を思わせる顔をした河童に似た体の大男を自らの顔の側に近付けた。

大トカゲは大男を食うつもりなのだろうか?


「ゥオォオォオォオォオォオォオーーー!!


再び大男が吠えた。

断末魔の叫びのようだった。


それを見て、


『な、何だ、これは?』


たった今、重磐外裏の空間の亀裂を通り抜けてやって来た外道が思った。


 ・・・



という物だった。


そぅ。


外道は今、初めて自分がこの世界にやって来た時の出来事を今度は傍観者としてそれを見ていたのだ。

つまり、目の前で大トカゲ(マザー・エイリアン)と昆虫顔の大男(プレデター)との対決シーンを見つめている自分の姿を遠目から見つめていたのだ。


何が何やら分からぬまま外道は呆然として、マザー・エイリアンの尻尾に胸を刺し貫かれ断末魔の叫び声を上げているプレデターを見つめている自分を見つめていた。


その時、


「破瑠魔!! アレだ!! アレを見ろ!!


外道の直ぐ後ろから不良の声が聞こえた。



(クルッ!!



外道が振り返った。

不良がいた。

だが、そこに本来なら自分を見下ろしている筈の長身の不良の姿はなかった。

それまで体を支えていた槍を左手で握り締めたまま、地面にうつ伏(ぶ)せになって倒れ込んでいたのだ。

不良は必死の形相で自由になる方の右腕を伸ばし空間を指差していた。



(プルプルプルプルプル・・・)



その右腕が震えている。

極度に衰弱した不良にとってそれがやっとだった、右腕を伸ばすのが。

その状態で、再び不良が言った。


「破瑠魔!! アレだ!! アレを見ろ!!


外道は不良の指差す先を見た。











すると・・・







つづく






死人帖(しびと・ちょう) ― the Last 'R'ule ― #174



そこに亀裂が有った。

あの亀裂が・・・




解説しよう。



ナゼ外道達は亀裂の有る場所に到達出来たのだろうか?


これを知るには不良の特殊能力を知る必要が有る。

不良には外道のような剛の技はない。

つまり不良は外道のような強力な念力波は出せないのだ。


だが、


替わりに外道にはない柔の技を使う事が出来る。

その技の特徴を一言で言い表すと、


@ 他人の思考の中に入る能力


と、


A テレポーテーション能力(しかしそれは、短い距離の瞬間移動という外道の縮地法とは異なり、一瞬にして時空間を超越する能力)


この二つだ。


先程、自らの盆の窪に不良が手刀を打ち込んで来たと外道が錯覚したのは、不良がこの@の能力(ちから)を発揮したためだった。

不良は自らのエネルギーを盆の窪を通して外道の脳に打ち込んだのだ。

そして人間の記憶中枢である大脳辺縁系(だいのう・へんえんけい)の海馬(かいば)並びに扁桃核(へんとうかく)にそのエネルギーの触手を伸ばし、外道の記憶に入り込み、外道が初めてこの世界に入って来た時の状況を読むと同時に不良自身も又その疑似体験を持った。

つまり、外道のこの時の記憶を共有したのだ。


次に、そのエネルギーの触手を側頭葉に入り込ませそこに軽い放電を起した。

そうする事によって外道の思考内に再認の追想錯誤(ついそうさくご)、俗に言う 『デジャ・ヴ(既視感)』 を誘発し、それに焦点を当てた。

つまり、狙いを定めたのだ。


最後に、Aの能力を発揮し、空間の多重性を利用してこの狙いを定めた外道の記憶の中の世界、即ち、外道が初めてこの世界に来た瞬間の記憶の世界に肉体と共に “ワープ” したのである。

勿論、外道を伴って。



ここで不良が初めてこの世界に入って来た時の状況も解説しておこう。


R 救助の相談を受けた時、先ず不良が考えた事。

それは死神殺し、即ち、死人帖のキャンセルだった。

そのためには如何(どう)したら良いか。

即座に不良は異次元空間への脱出を思い付いた。

そのヒントになったのが、かつて偶然発見したこの重磐外裏の不思議な亀裂だった。

もし、不良がこの亀裂の存在を知らなかったなら今回のこの方法は思い付かなかったかも知れない。

だが、

幸か不幸か?

あるいは運命の悪戯か?

不良はこの空間の亀裂の存在を知っていた。

しかもこの亀裂は皮肉にも、かつて妖(あやし)の女・雪が破瑠魔覚道率いるその一族によって仕掛けられた女切刀呪禁道禁断の秘術・小重裏虚(しょう・えりこ)の術を破った時に生じた亀裂の名残(なごり)だったのだ。

そして上崎の依頼を引き受けると直ぐに、不良は再びこの地を訪れ亀裂の再チェックをした。

しかし、自分がそこに出入りするにはその亀裂はあまりにも小さ過ぎた。

不良が出入りするためにはそれを広げる必要が有ったのだ。

しかし、不良にそんな能力はない。


ここで外道の登場となる。







つづく





死人帖(しびと・ちょう) ― the Last 'R'ule ― #175



そこで不良はかつて出逢った事のある破瑠魔外道の存在を思い出した。

不良が外道と接触した期間はホンの数日では有ったが、それでも不良は外道の底知れぬパワーとその潜在能力を見抜いていた。

そしてその外道の力を借りる事によって亀裂を広げようと考えた。

即ち、外道の念力波なら間違いなく亀裂を広げる事が出来るに違いないと踏んだのだ。

しかし、

如何(いか)に強大とは言え、平常心で放つ外道の念力波に果(は)たして亀裂を広げるような真似が出来るか否か、不良には確たる勝算がなかった。

とすれば、必要なのは外道全力の念力波という事になる。

何としても外道には全身全霊を込めた念力波を打たせなければならない。

そこで不良は一計を案じた。

それが雪の拉致である。

不良は直接雪と会った事はなかった。

しかし不良の “見る” 能力(ちから)はその存在を知っていた。

外道最愛のフィアンセ・雪の存在を。

これはイコール、外道最大の弱点でも有った。

そこを不良は突いたのだ。

外道の眼前で雪を拉致し、外道にそれを追わせるという作戦である。

しかし不良は外道の恐ろしさが半端ではない事も良く承知していた。

そのため羽柴秀吉の執事・大河内順三郎に、事前に自分が調合した痺れ薬を一服盛らせる必要が有った。

幸い外道と大河内は顔見知りであり、大河内は外道の全幅の信頼を受けていた。

結果、事は全て不良の計画通りに進行した。

又、

不良が上崎達に命じた時、5分前にこだわった訳は計画の遂行に緊張感を保たせるため全てはギリギリで行なう必要が有ったからだった。

上崎と亀谷が雪を拉致し、それを一服盛られた外道が、薬が効いている間は大河内の車で、効果が弱まってからは縮地法で空間を切り裂いて追う。

次に、雪の拉致を不良自身が引き継ぎ、それを外道に遠目から見せ、今度は自分を追わせ、追って来る外道と自分と亀裂との位置関係を見定め、本気で雪を殺しに掛かり、その殺気を外道に悟らせ、外道の百歩雀拳を誘発させ、それを待つ。

しかも、この時には既に外道に盛った一服の効果が完全に切れていなければならない。

こういった全ての条件を勘案した結果が、不良死亡予定時刻5分前だったのだ。


そして終に運命の時は来た。


「百歩雀拳!! 哈(ハ)ーーー!!


不良の本気の殺気を感じた外道が、あの恐るべき百歩雀拳を放った。

それは雪を守るため、外道渾身(こんしん)の念力波だった。



(ビキビキビキビキビキ・・・)



強大な外道のエネルギー波が不良を襲った。

その最先端が不良の体に触れた。

不良が吹き飛んだ・・・かに見えた。


だが実は、


この瞬間・・・











外道のエネルギーが不良の体に触れた正にその時、・・・







つづく