死人帖(しびと・ちょう) ― the Last 'R'ule ― #191



(ピタッ!!



上崎が立ち止まった。

既にかなりの距離を歩いたにも拘(かかわ)らず、中々、山道に出ないからだ。


『クッ!? 方角は間違ってはいないはずだ。 なのに・・・』


上崎は思った。

そして静かに目を瞑り、上空から最後に見た下界の情景を正確に思い起こそうとした。

天性の頭脳、持ち前の記憶力を駆使して。

すると、心の中にハッキリとヘリが墜落する直前見た景色を思い浮かべる事が出来た。


『ウム。 間違いない。 やはりこの方角だ』


気を取り直し、引き締め直して上崎は山林の中を国道目指して進んだ。

それまでの気象状況を考えるとウソのように明るく周囲を照らす月明かりと、左手に持った懐中電灯だけを頼りに上崎は正しいと思う方向に向かい、一歩一歩足場を確かめながら進んだ。

山林の中である以上、当然そこは山だ。

とすれば、斜面を登るか下らねばならない。

だが運悪く、そこは特に傾斜のきつい急斜面だった。

下りも楽じゃないが、登りは更に辛い。

そして上崎は登りを選んでいた。

上崎の記憶の中の地図がそのルートを選べと告げていたからだ。

しかし腰には重たいケースをぶら下げている。

それが歩く度に腰から太ももにかけてドスンドスンと跳ねるように当たり、歩き難い。

加えて右手は使えない。

しかも、踏み固められた道にはまだ出てはいない。


『それが見つけられれば・・・』


そう思いながら上崎は急いだ。

ただし、今の上崎なりにであるのは言うまでもない。

右腕を負傷している今の上崎なりにである。



(ピタッ!!



再び、上崎は立ち止まった。

耳を澄ませた。

音を感じたかったのだ。

車、音楽、出来れば話し声といった物、全てを。

人の気配を感じる音なら何でも良かった。

しかし、何も聞く事は出来なかった。

ただ、ひたすら静寂あるのみ。

虫の鳴き声すらない。

当然だ。

今はまだ春先なのだから。

再び気を引き締め直し、上崎は歩き始めた。

どの位歩いてからだったろうか?



(ズキズキズキズキズキ・・・)



それまで痺れていただけの右腕が、突然痛み始めた。


『クッ!? マズイ!! 急がねば・・・』


しかし一度痛み始めると、


それが気になるせいなのか?

あるいは本当にそうだからなのか?

それともその両方か?


その内のどれかは分からないが、



(ズキズキズキズキズキ・・・)



痛みが激しくなった。

そして急激に増して行く。

終に、それは激痛へ。

上崎は焦った。

如何(どう)にもならないと分かってはいても、状況が状況なだけに焦らざるを得なかったのだ。


不安、孤独、腕の痛み。

それらと戦いながら・・・


そして一刻を争う雪の輸血。(この時点で上崎はまだ、雪に不良の血液を輸血している事を知らない)

それを思いながら・・・


上崎は歯を食い縛って、正しいと思う方角を目指した。











すると・・・







つづく






死人帖(しびと・ちょう) ― the Last 'R'ule ― #192



『み、道だ!!


パッっと上崎の表情が明るくなった。

目の前に極めて細いが確かに山道と言える物に出くわしたからだ。

それもそれまでの急勾配の道なき道とは違う傾斜の緩やかな山道に。


『やった。 終に出た。 わたしは間違ってはいなかった。 この道だ。 今度はこの道を・・・。 ン!?


一瞬、上崎は戸惑った。

出くわした道を登るべきか下るべきか、再び迷ったからだ。

静かに上崎は目を閉じた。

もう一度先程思い浮かべた情景を心に描いた。

そして確信した。


『目指す方角はこっち・・・のはず。 と、すれば・・・下りだ!! 間違いない、下りだ!! この道を下って行きさえすれば必ず・・・』


上崎の気持ちが一気に晴れた。

すると不思議な事に右腕の激痛がホンのチョッとだが、和らいだような気になった。

正に 『病は気から』 である。


上崎は先を急いだ。


それまでとは全く違い、如何(いか)に細くとも道はやはり道だった。

歩くペースが全く別次元だ。

もっとも、それまでは急斜面の登りではあったのだが・・・


上崎は一気にその山道を下った。


すると、



(バリバリバリバリバリ・・・)



オートバイの音だろうか?


激しいエンジン音が耳に入った。


『出る!! もぅ、その先は国道だ!!


上崎は確信した。

腕の激痛は相変わらずだったが、勇気も百倍だった。

上崎は立ち止まった。

ベルトを緩めて血液ケースを外した。

一旦、ケースを地面に置き、ベルトを締め直した。

左手で懐中電灯と血液ケースの取っ手を持った。


そして、



(タタタタタタタタタタ・・・)



早足と言うより、殆んど駆け足で国道目指した。

今や上崎、国道に出さえすればの一心である。


「ハァハァハァハァハァ・・・」


上崎の呼吸が粗い。



(ズキズキズキズキズキ・・・)



腕の痛みは相変わらずだ。

それでも上崎は止まろうとはしない。

上崎、今や雑念なし。

一心のみ。











手にした血液を届けねばの・・・







つづく






死人帖(しびと・ちょう) ― the Last 'R'ule ― #193



『この坂道を登りさえすれば、そこは国道だ!!


上崎は思った。


国道へはそれまで下りだった坂道を若干登らねばならなかった。

200300メートル位だろうか?


「ハァハァハァハァハァ・・・」


上崎は一気にその坂を駆け上がった。


そして、


『出た!!


終に上崎、国道に出た。

急いで懐中電灯と血液ケースを地面に置き、胸ポケットに左手を入れた。

現在地を知らせるために携帯を取り出そうとしたのだ。


だが、


『ハッ!? な、無い!! 確かにココに入れたはずだ。 落としたのか・・・』


ズボンのポケットも探って見た。

しかし無かった。



(ガーーーン!!



上崎は後頭部を思いっきり強打されたような感覚に襲われた。

顔面蒼白。

一気に全身の力が、



(スゥ〜)



っと・・・


加えて、



(ズキズキズキズキズキ・・・)



腕の痛みがその激しさを倍加したような気さえする。

目眩(めまい)もして来た。

それ程、受けたショックはでかかったのだ。











だが、・・・







つづく





死人帖(しびと・ちょう) ― the Last 'R'ule ― #194



「左京さん!!


背後から声が聞こえた。

しかも自分に呼び掛ける声が。

それも聞き覚えのある声で。



(クルッ!!



反射的に上崎が振り返った。


「待ってましたっスょ、左京さん」


『エッ!?


上崎は驚いた。

同時に言葉が口を突いて出た。


「か、亀谷君!?


そぅ。


声の主は亀谷だった。

亀谷が3メートル程離れた所にバイクを止め、それに跨(またが)っていた。

車種はホンダの受注期間限定モデル CBR1000RR スペシャルエディション。

そして月明かりの中、ナゼか亀谷はエナメルの質感のある白いツナギ服姿。

それは撥水加工してあるようだった。

だからエナメルの質感があるように見えるのだろう。

その背中には黒で 『南無阿弥陀仏』 の 死臭 刺繍 がしてある。

だが、ナゼかそのツナギ服には激しく水を被(かぶ)った跡があった。

それを見て上崎は直感した。


『亀谷君は暴風雨の中を抜けて来たに違いない』


と。


その驚いて自分を見つめている上崎に向かって、



(ニヤッ!!



亀谷が笑った。


声を震わせながら上崎が聞いた。


「どぅしてここが?」


「さっき、長官から電話もらっちゃいましてネ。 そんで来る前、地図見てたらココっきゃないってネ。 ココで待ってりゃ左京さん間違いなく来るってネ。 俺っち勘いいの左京さん知ってましたっスょネ」


「何で又、君なんですか?」


「いいぇ、俺っち一人だけじゃないっス。 攻殻 第7機動隊も出でますょ。 うるさい位っスょ、一杯いて。 ただ、ココに目星つけたの俺っちだけだったみたいっスヶどネ」


「バイクの運転出来たのですか? それにその格好」


「アッ!? 言ってなかったっスかネ。 俺っち前、ブラック・プリンスの特攻隊長だったんっスょ、あの暴走族のブラック・プリンスの。 昔取った杵柄つー、トコっスかネ。 で、あの病院の直ぐ近くに昔のダチ公が住んでましてっスネ。 チョッと借りて来たって訳っスょ。 夜中に叩き起こして。 はい」


ここで亀谷はバイクに跨ったまま、両手を広げて着ているツナギ服をアピールした。


「どぅっス? 似合ってますっスか? ゥン?」


「・・・」


上崎は言葉が出なかった。


「ま、無駄話もココまでココまで」


そう言って亀谷は、上崎が携帯を探すために地面に置いたケースを指差した。


「それっスか、血液?」


「そぅです」


「なら、急ぎましょう。 後ろん乗って下さい。 メットの用意してないっスヶど、ダイジョブっスょネ。 非常事態っスから。 さ、早く早く。 乗って乗って」


「残念ながらわたしはダメです。 バイクには乗れません」


「何ででっスかぁ」


一瞬、不思議そうな表情を浮かべた亀谷に上崎は顎で力なく垂れ下がっている右腕を指し示した。


そぅ。


その時、上崎の痛めた右腕は・・・











骨折していたのである。







つづく






死人帖(しびと・ちょう) ― the Last 'R'ule ― #195



「頼みましたょ、亀谷君」


亀谷が携帯で佐伯(すけ・のり)長官に現在地並びに現状を報告した直後、その亀谷に血液ケースを手渡して上崎が言った。


「確かに」


上崎の目をジッと見つめて亀谷が答えた。

そして亀谷は手際良く、中央部がネット状になっている組紐で血液ケースをバイクのリヤシートに縛り付けた。


そして、



(ドサッ!!



シートに跨った。



(カチッ!!



エンジン・キーを捻った。



(チッ!!



スターターボタンを押した。



(シュルン!! シュルン!! シュルン!! シュルン!! シュルシュルシュルシュルシュルシュル〜〜〜!!



エンジンが掛かった。



(パシッ!!



前照灯を点けた。



(ゥォン!! ゥォン!! ゥォン!! ゥォン!! ゥォンゥォンゥォンゥォンゥォンゥォンゥォンゥォンゥォンゥォン、・・・)



勢い良くアクセルを吹かした。


そして上崎にこう言った。

一発、ウィンクなんか入れちゃって・・・


「もう直ぐ、七機(ななき)がココ来ると思うっス。 チャ〜ンと左京さんの事、長官に言っときましたっスから。 んじゃ、左京さん。 後で又」


亀谷がフルフェイスのヘルメットを被った。

左手を上げ上崎に向けて振った。


「お願いします」


上崎が返事をした。

しかしその時にはもう、



(ゥォン!! ゥォン!! ゥォン!! ゥォオォオォオォオ・・・)



亀谷のバイクは走り出していた。

骨折した上崎を後に残して。


その走り去る亀谷の後ろ姿を見送りながら、上崎がポツリと言った。











「亀谷君・・・頼みましたょ」







つづく