死人帖(しびと・ちょう) ― the Last 'R'ule ― #16



「このノートを落とした訳は?」


レイが聞いた。



(ニヤッ!!



再び苦竜が笑った。

しかし今度の笑いは先程とは違っていた。

何か意味あり気(げ)だった。

そしてこう答えた。


「退屈だったからだ!!


と。


「・・・」


意味が分からずレイは黙っていた。

苦竜が続けた。


「退屈だったからだょ、死神界が」


「エッ!? 死神界?」


「そうだ、死神界だ。 俺達死神の住む世界だ」


「フ〜ン。 そんな世界があるんだ」


「あぁ、あるんだ」


「でもさぁ、苦竜」


「何だ?」


「退屈だったって・・・。 それだけかい、たったの?」


「あぁ。 それだけだ、たったの」


「そう・・・。 なら、退屈しのぎにいい物を見せて上げるょ、苦竜」


「何を見せてくれるんだ、レイ?」


「いい物さ・・・」


そう言ってレイは言葉を切った。

それから、



(ニヤッ!!



今度はレイが笑った。

これも意味ありげな笑いだった。

そして続けた。


「いい物さ、苦竜。 とってもいい物さ。 いいかい、苦竜。 僕はね、僕はこれを・・このノートを使って・・この世の中に新たな秩序・・新たな世界秩序を作るんだ。 そしてその新たな世界、新世界の・・・。 僕はその新世界の・・・」


ここでレイはチョッと間を取った。

それから実力を誇示するかのように胸を張り、徐(おもむろ)にこう付け加えた。


「“神” になる!!


それを聞き苦竜は、それでなくても大きく飛び出した真ん丸なギョロ目を更にひん剥(む)き、浅黒い顔を上気させ、大きく口を開け、ギザギザの牙のような歯を剥き出しにしてさも嬉し気(げ)な表情で、


(ニヤッ)


笑った。


そぅ。


その時、苦竜はこう思っていたのだ。


『やっぱ良かった!! コレ(死人帖)をココ(人間界)に落として。 人間って・・・











おもしれェ!!







つづく







死人帖(しびと・ちょう) ― the Last 'R'ule ― #17



「どうした、レイ? 退屈そうだな」


苦竜がどこで味を占めたのかは分からないが、



(ガブッ!!



大好物のリンゴを思いっきり頬張ってから聞いた。

勿論そのリンゴはレイから貰(もら)った物だった。


ここは日神家2階、レイの部屋。

時刻は夕方6時過ぎ。


「あぁ、苦竜。 あれから一週間、毎日毎日同じ事の繰り返しでチョッと疲れたんだょ」


「それにしてもお前が毎日アレだけの数を書き込んでいるにも関わらず、よくまぁ、これだけ次から次へと出て来るもんだなぁ。 全く、人間てヤツは・・・」


「いいゃ、苦竜。 そうでもないさ。 少しずつだけど確実に減っては来ているょ」


そう言ってレイが部屋にあるパソコンのスイッチを入れた。

しばらく起動画面が出てからメイン画面に変わった。

すぐにレイがネット画面に切り替えた。

そして検索画面を出し、その中に、


『ラー』


と入力して Enter キーを押した。

トップページが出た。

そこにあったのは、


『ラー・・・』


『ラー・・・』


『ラー・・・』


 ・・・


ラーに関するホームページ、ブログ、ニュース記事、・・・、のオンパレードだった。


「ほら、苦竜。 ラーに関するページがこんなに。 もう、こんなに出て来るんだ。 分かるかい苦竜、これが何を意味するか?」


「さぁな」


「み〜んな、既に感じてるんだょ。 報道じゃ 『凶悪犯の相次ぐ変死』 位だけど。 もう、み〜んな感じてるんだょ。 正義の裁きをする者の存在を・・・。 ヒーローの出現を・・・。 そしてそのヒーローを賞賛してるんだ。 賞賛してそのヒーローに 『ラー』 という称号を与えているんだ。 だからたったの一週間でこんなに沢山この手のページが出来てるんだ。 確実に世の中は変わって来始めているのさ、苦竜。 そう、確実に。 僕のこの手でね。 ラーである僕のこの手で、確実に」


「フ〜ン。 そんなもんかネェ」


「あぁ、そうさ。 確実に世の中は・・・」


その時、


点けっ放しだったテレビから臨時中継のアナウンスが流れた。

それは以下のような内容だった。


「番組の途中ですが ICPO による全世界同時特別生中継を放送致します」


から始まり、ある一人の男の姿がアップになった。

ニュースキャスター用のテーブルに着いている。

そのテーブルの上にはネームプレートが置いてあった。

こう読めた。


Rondo R Tailor (ロンド・ R ・ テイラー)』


と。


そしてその男が静かに語り出した。

語っている言葉は全て英語。

それを同時通訳した日本語がテレビから流れて来た。

聴力障害者のための字幕も出ている。


「私はロンド・ R ・テイラー。 通称 『 R 』 だ。 ラー見ているか? もし見ているなら良〜く聞け。 ラーお前は、卑怯で気の小さい臆病者だ。 お前は英雄なんかじゃないただの犯罪者だ。 お前のやっている事は悪だ。・・・」


と、挑発的に。


ここで初めて、


『ン!?


『ン!?


レイと苦竜が話を止め、ユックリと振り返ってテレビ画面に見入った。

R と名乗った男はしばらくの間、テレビ越しにラーに対する侮辱、且つ、挑発的な言葉をならべ続けた。


更に、


「・・・いかに狙っているのが犯罪者、それも凶悪犯とはいえラー、お前がやっている事こそが最も凶悪な犯罪だ。 お前は自分が正義のつもりでそうしているのだろうがそれは間違いだ。 ラー、お前は決して正義なんかじゃない。 お前のやっている事は悪だ!! お前は悪だ!! お前こそが最悪の犯罪者だ!!











R がそこまで言ったその瞬間・・・







つづく







死人帖(しびと・ちょう) ― the Last 'R'ule ― #18



「ゥ、ゥ、ゥゥゥ・・・」


突然 『 R 』 が両手で左胸、心臓の位置を抑えて苦しみ始めた。

床に倒れこみ、身をよじらせ、断末魔の呻き声を上げている。

テレビ局の関係者、警備員達が慌てふためいて R を取り囲んだ。

そのシーンは切り替えられる事なく全て中継されている。


「フフフフフ・・・」


その R の断末魔の姿が映し出されている画面を見ながらレイがせせら笑った。


「ゥゥゥ・・・ ウッ」



(ガクッ!!



R が死んだ。

それを画面越しに確認してから、



(チラッ!!



レイが机の上に置いてある死人帖に目をくれた。

死人帖は広げてあった。

そのページには字が大きく書き込まれていた、英語で・・・


こう・・・


Rondo R Tailor


と、レイの字で。


その書き込まれた文字を繁々(しげしげ)と見つめながらレイが呟(つぶや)いた。

勝ち誇って。


「これが正義だ!!


そして勝ち誇ったまま、


「フフフフフ・・・」


含み笑いを始めようとした。


だがその時、


突然テレビ画面が切り替わった。


R


の一文字に。

書体はカリグラフィーの極太文字で画面一杯に大きく。


次に、画面はそのままで機械で加工された声だけが流れ始めた。


「もしやと思って試して見たが、やはり・・・!? ラー、どうやらお前は直接手を下さず人を殺せるようだな。 ラー良く聞け。 今お前が殺した男は、今日、この時間に死刑が確定していた男だ。 全く報道されていなかった死刑囚だ。 司法取引でその場にいたのだ、 R としてな。 だが、本物の R は他にいる。 そしてその R は間違いなくお前を捕らえ死刑台に送る。 そうだ!! R は間違いなくお前を捕らえ死刑台に送るのだ。 そしてわたし・・・このわたしが R だ、本当のな。 さぁ、ラー。 捕らえられるのが嫌ならわたしを殺してみろ!! ・・・。 ン!? どうしたラー。 早くやってみろ!! さぁ、早く殺してみろ!! どうした? 出来ないのか? ・・・。 フ〜ン。 どうやらわたしは殺せない・・・殺せないようだな、ラー。 つまり、殺せない人間もいる!! そういう事のようだな。 いいヒントだ。 いいヒントをもらった。 なら、お返しだ。 いい事を教えてやろう。 この放送はローカルだ。 全世界同時生中継と銘を打ってはいたが、実は日本の関東地区だけにしか放送されていない関東ローカルだ。 時間差で各地域に流す予定だったが、その必要はなくなった。 ラー、お前は今、日本の関東地区にいる。 お前は間違いなく日本の関東地区にいる。 そうだ!! 間違いなくお前は今、日本の関東地区にいるんだ!! それともう一つ教えてやろう。 わたしがナゼ一番最初に日本に・・・日本の関東地区にこの放送を流したかを。 それは今回の一連の事件の発端(ほったん)が日本の東京は新宿の立てこもり事件だったからだ。 三岡智弘とかいう犯罪者のな。 ・・・。 ラー、お前の殺人方法には興味がある。 直接手を下さず殺すというお前のその殺人方法には・・・な。 いいか、ラー。 いずれわたしはお前を捕まえる。 そしてそれを・・・その殺人方法を白日の元に晒(さら)してやる。 お前を死刑台に送ってそれを晒してやる。 わたしは必ずお前を探し出す。 探し出して裁きを受けさせる。 それが・・・それこそが正義だ!! 悪を裁く正義だ!! 悪を裁く真の正義だ!!


と。











挑戦的に・・・







つづく







死人帖(しびと・ちょう) ― the Last 'R'ule ― #19



『やっぱ、人間て・・・おもしれェ!!


苦竜が先程と全く同じ表情をして、再びそう思った。

そしてレイの目を繁々(しげしげ)と見つめながら聞いた。


「互いに顔も名前も分からない相手を探し出す。 殺すために探し出す。 ってかぁ。 レイ」


R の挑発に一時は逆上したレイではあったが、今はそれを収め、既に冷静さを取り戻し R の挑戦に逆に期待感すら感じながら余裕でこう答えた。


「あぁ、そうだょ。 苦竜。 殺すために探しあうんだ。 そして僕が勝つんだ。 ラーのこの僕がネ。 勝って R の本当の名前をこれに・・・この死人帖に書き込むんだょ、苦竜。 一文字一文字正確に、ユックリユックリ確実に、絶対に間違える事なくチャーンとチャーンとネ。 この死人帖に書き込んでやるのさ。 正義はどっちかを教えるために」


「ククククク。 おもしれー、おもしれーゼ、レイ。 ククククク。 この勝負、見届けさせてもらうゼ。 この俺がな、この死神・苦竜様がな。 ククククク。 おもしれー、おもしれーゼ、レイ。 ククククク・・・」


「そんなに楽しいかい、苦竜?」


「あぁ、楽しいゼ」


「なら、もっと楽しませあげるょ。 このノートを使って」


「あぁ、そいつぁ嬉しいゼ。 ・・・。 ところでレイ」


「なんだい、苦竜?」


「俺は今ハッキリこう思った」


「ン!?


「その死人帖」


と、ここまで言って、



(スゥー)



苦竜がユックリと右手を上げ、人差し指を伸ばし、その伸ばした人差し指でレイの顔の正中線にある鼻を、その鼻から5センチ離して指差した。



(ギラッ!!



その異様な形をした鋭い爪が不気味に光った。

そしてこう続けた。


「お前が拾ってくれて良かったとな」


それを聞き、



(ニヤッ!!



レイが笑った。


「なら僕とおんなじだ」


「ン!?


「これを拾ってホントに良かった。 僕も今、心底そう思っているょ、苦竜。 フフフフフ・・・」


苦竜の目をジッと見つめ、嬉しそうに含み笑いを浮かべながらレイがそう言った。

それから机の上に置いてあった死人帖を手に取ると両手で強く胸に抱き締めた。

それはレイが無意識に取った、


『これを、この死人帖を、決して放さないゾ!!


という死人帖に対する強い思い入れ・・・











その表れだった。







つづく







死人帖(しびと・ちょう) ― the Last 'R'ule ― #20



「お母さん、おかわり」


「まぁまぁ、左右(さゆう)。 今日は良く食べるのネェ」


「ウン。 今日は部活で大変だったからもうお腹ペコペコ」


「あのな〜、左右。 いい事教えてやろうか?」


「ン!? な〜にお兄ちゃん?」


「あぁ、それはな〜」


「うん」


「あんまり一杯食べ過ぎるとおデブになっちゃうゾー」


「ヤダッ!! もう、お兄ちゃんの意地悪」


ここは日神家ダイニング・ルーム。

R の挑戦のあった日の夜7時過ぎ。

レイ、左右、そして幸子の3人が食卓に着いている所だった。



(ガチャ!! キー!! バタン!!



玄関ドアの開閉する音がした。


「ただいまー!!


玄関から男の声が聞こえた。

その声に、即座に左右が反応して顔を上げた。


「アッ!? お父さんだ!!


そして、



(ガタッ!!



食べかけの箸と茶碗をテーブルに置き、素早く椅子から立ち上がり、玄関に急いだ。

左右は、帰宅がいつも深夜のためこの頃殆んど顔を会わす事のない父親が珍しく早く帰って来たので、嬉しさの余り食事を中断して迎えに出たのだ。


「お父さん!! お帰りー!!


「あぁ、左右。 ただいま」


遅れてレイ、幸子も食事を止めて迎えに出た。

二人も又、左右と同じ気持ちだった。


「父さん、お帰り」


「あぁ、レイ」


「アナタ、お帰りなさい」


「あぁ、ただいま」


靴を脱ぎ終え、廊下に上がった父親に向かって左右が聞いた。


「珍しく今日は早かったんだネ、お父さん。 お仕事終わったの?」


「あぁ、だといんだがな。 これから益々忙しくなるから今日は早く切り上げて来た」


ダイニングに向かいながら4人の会話は続いた。


「なら又、帰宅が深夜になる事が増えるのネ? アナタ」


「あぁ」


「大変だネ、父さん」


「あぁ」


「ヤダ、お父さん。 『あぁ』 ばっかり」


「あぁ」


「ほら、又」


立ち止まり、ジッと左右の目を見つめ、頭をなでながら、


「仕方ないんだ左右。 今忙しくて、天手古舞(てんてこまい)なんだ」


そう父親が言った。


「大変ネ、アナタ。 警察も」


と、立ち止まったまま幸子が。


やはり立ち止まったままレイが左右に諭すように言った。


「仕方ないさ、左右。 きっと父さんは今、ラー事件を担当してるのさ。 それも司令塔として」


一瞬左右の表情が険しくなり、レイに向かって聞き返した。


「エッ!? ラー事件?」


それから心配そうに父親の顔を見た。


そして会話はこう続いた。


「ン!? レイ、どうしてそう思う? わたしがラー事件を担当してると・・・」


「それは簡単さ。 父さんの帰宅が急に遅くなったのはラー事件が起こった直後からだからネ。 それに父さんの立場を考えればラー事件解決の司令塔。 そう思うのが自然だからさ」


そぅ。


ここはあのラー事件解決特別チームのトップ、警察庁刑事局局長・日神総一老(ひがみ・そういちろう)の自宅だったのだ。


そして日神太陽(ひがみ・レイ)は・・・











その長男だったのである。







つづく