死人帖(しびと・ちょう) ― the Last 'R'ule ― #196



(バリバリバリバリバリ・・・)



亀谷 魔薫(かめや・まかおる)は走った。

暴風雨の中、殆(ほと)んどフルスロットルで。

亀谷のバイクは、既に台風の目から暴風雨の中に突っ込んでいた。



(ビヒューーー!! ビヒューーー!! ビヒューーー!! ・・・)



激しい風雨に晒され、流石の CBR1000RR スペシャルエディションの超重量バイクもモロに受ける強い横風に流されそうになり不安定だった。

こんな時は、普通自動車でも余程車重のある物でない限り怖くて減速する物だ。

否、車重があっても減速する。


だが、


亀谷は臆する事なくアクセルを蒸(ふか)し続けた。

亀谷は知っていたのだ。

上崎には言わなかったが、急がなければ雪のみならず不良までも危ないという事を。

誰よりも良く。

それを・・・


ところが、



(ゥ〜!! ゥ〜!! ゥ〜!! ウーーー、・・・)



「前のオートバ〜イ・・・止まりなさ〜い!!


突然、背後からスピーカーを通した声がした。

覆面パトカーだ。

亀谷は無視した。


「前のオートバ〜イ・・・止まりなさ〜い!!


再び同じ声が聞こえた。

亀谷は止まらなかったが、左によりスピードを落とした。

覆面パトカーが追い付いて来た。

亀谷のバイクと並走する形になった。

覆面パトカーの助手席側のウインドーが下りた。


「止まりなさーい!!


中から私服刑事が顔を出し、暴風雨をモロに顔面に受けながらそう叫んだ。

亀谷がヘルメットのフェイスガードを上げ、自分も又、暴風雨をモロに顔面に受けながら大声で叫んだ。


「俺っちも警察だー!! 今、大事な任務遂行中なんだー!! 邪魔しネェでくれー!!


「ふざけるな!! そんな格好の警察官が何処にいる!!


「ホントに俺っち警察官なんだょー!! それも刑事ー!! 今、こんなトコでモタモタしてる時間ネェんだーょ!! 人の命が掛かってんだー!! 一刻も早くコレ届なきゃなんねんだー!!


そう言って亀谷はリアシートに縛り付けた血液ケースをアクセルレバーを握っている右手を一瞬離し、その手で指し示した。

バイクが左、パトカーが右だからだ。


だが、


その時・・・



(ガクン!!



バイクの前輪が道路に開いていた小さい穴に入ってしまった。

丁度亀谷が右手を離したその直後。

普通なら大して問題にならなかったはずだ。

しかし、今は暴風雨に晒されている。

しかも強い横風。

加えて運悪く亀谷は片手。

そのためバランスが崩れた。

路面は濡れている。



(キュキュキュキュキュキュキュキュキュキュ・・・)



後輪が滑った。



(バタン!! ガガガガガガガガガガ・・・)



バイクが横転した。

運良くパトカーに接触はしなかったが、そのまま激しい音を立てて道路の上を滑った。

もっとも今は凄まじい暴風雨の中。

その音は掻き消されていたのだが。



(ゴロンゴロンゴロンゴロンゴロン・・・)



バイクから亀谷が放り出された。

亀谷は止まるまで道路の上を何度も回転した。

止まった時はうつ伏せ状態だった。


死んだか!?



(ガサッ!!



動いた!?


生きてる!!


だが、


瞬間、亀谷の顔が引き攣った。

それは転倒による痛みの所為(せい)ではなかった。

否、確かにそれもあった。

だが、本当の理由は他にあった。


『ハッ!? け、血液!?


そぅ。


運搬中の血液を心配をしたのだ、亀谷はその時。

そして、


「クッ!?


暴風雨の中、上体を起こした。

急いで横転したバイクを見た。

血液ケースを見た。

回転せずに横滑りしたお陰だろうネットは外れてはいなかった。

無事のようだ。


『た、助かったー!! セーフだセーフ!!


即座に、亀谷の顔が安堵の表情に変わった。

それに亀谷自身も又、運良く掠り傷程度の軽症のようだった。

覆面パトカーに呼び止められ減速していたのが幸いしたのだろう。

それに一瞬アクセルレバーから手を離したのも。

そのためエンジンブレーキが若干掛かったのだ。



(タタタタタタタタタタ・・・)



ずぶ濡れになりながら私服刑事二人が駆け寄って来た。

その内の一人が亀谷に声を掛けた。


「ォ、オィ、君ー!! 大丈夫か? 立てるか?」


「お、俺っちの事よっか、アレだアレ!!


うつ伏せのまま亀谷が右手でバイクを指差して叫んだ。


「バイク? そんな物は後だ、後!! 取り敢えず救急車呼ぶから、それまで車ん中入ってて」


「そ、そんな暇ネェんだょ!! アレだアレ、アレ待ってる人達がいるんだょ!!


「アレって、バイクをか?」


「ちげーょ!! アレだアレ!! 血液血液!!


「けつえき?」


「リアシートのネットん中だ!! 輸血用の血液だ!!


一人がもう一人に見て来るようにバイクを顎で指し示して命じた。


「オィ!!


言われた一人がバイクに歩み寄った。


「全く、この暴風雨ん中無茶しやがって・・・」


等とブツブツ言いながら・・・

舌打ちなんかしちゃって・・・


「チッ!!











って。。。







つづく





死人帖(しびと・ちょう) ― the Last 'R'ule ― #197



「あぁ、こちら○○県警捜査一課・十三 憲一(じゅうそう・けんいち)っていうモンだがネェ。 夜遅く悪いんだヶど、おたくの亀谷って若い衆(し)が事故起しましてネ。 で、この番号に電話しろってうるさくってネ。 そんで掛けてんだヶどさぁ・・・。 ところでおたく誰?」


バイクを道路脇に退け、無事だった血液ケースを持って来て、転倒のショックで歩けない全身ずぶ濡れの亀谷をパトカーの後部座席に二人掛りで座らせた後、刑事二人が運転席と助手席に着き、助手席側の十三が亀谷の言う番号に電話を掛けていた。


「・・・」


「エッ!? すけ? すけナニさん? すけ・・・のり・・・さん? すけのりさんネ。 で、何にやってる人?」


「・・・」


「エッ!? ナニナニ? け、い、さ、つ、ちょ、う、ちょ、う、か、ん? ・・・。 エッ!? 警察庁長官? ナ〜ニが警察庁長官だぁ。 アンタ警察オチョクってんの? ふざけた事言ってっと、逮捕しちゃうぞ」


「・・・」


「いい加減にしろょー、アンター!! アンタ一体誰だぁ? 正直に言え!!


「・・・」


「エッ!? ・・・。 ま、まさか・・・?」


「・・・」


「ハ、ハィ!! ・・・。 ハィ!! ・・・。 ハィ!! ・・・」


「・・・」


「す、す、す、佐伯長官殿でありますかー!? し、失礼致しましたー!!


「・・・」


「ハィ!! ・・・。 ハィ!! ・・・。 ハィ!! ・・・」


「・・・」


「しょ、しょ、しょ、承知致しましたー!! ・・・。 ハ、ハィ!! た、た、た、確かにー!! ・・・。 ハ、ハィ!! ・・・。 ハィ!! ・・・。 ハィ!! ・・・。 ハィ!! し、し、し、失礼致しまーす!!


それまで報告書らしき物を書くのに集中していてそのやり取りに注意を全く払っていなかった、運転席の同じく捜査一課・芹沢 憲二(せりざわ・けんじ)が十三に聞いた。


「どぅしました、血相変えて? 何スか、す、す、す、すけのりちょうかんどのって?」


「こ、この人の言う通りだった!!


「エッ!?


芹沢は驚いた。


『ま、まさか!?



(タラ〜)



芹沢の額に一筋冷たい物が滴(したた)り落ちた。

十三は既に全身汗ビッチョリだった。

十三も芹沢も、まんま暴走族の亀谷がまさかホントに刑事だなどとは思ってもみなかったからだ。

まして、今の電話の相手がまさか警察庁のトップだなどとは尚更・・・


「ウンウンウンウンウン・・・」


十三は何も言えず、動揺してただ頭を振って同意し続けている。


『その通りだ!! その通りだ!! その通りだ!! ・・・』


と。


「じゃ、じゃ、じゃ、じゃぁ。 す、す、す、すけのりちょうかんどのって!?


「佐伯警察庁長官殿だー!!


「ェ、エェー!?



(クルッ!!



十三が振り返って後部座席に座っている亀谷に詫びを入れた。


「ぃ、いゃ〜。 か、亀谷さん。 大変失礼致しました」


「分かってもらえたっスか?」


「は、はい」


十三が芹沢に命じた。


「急いで○○病院、行けー!!


「現場検証しなくていいんですか?」


「バ、バカヤロー!! そんなモンはしなくていいんだー!! とにかく今は○○病院だーーー!! 行けーーー!!


「ハ、ハィ!! ○○病院!! 承知しましたー!!



(ゥ〜、ゥ〜、ゥ〜、ウーーー、・・・)



パトカーは雪、不良の待つ病院へと向かった。

こんな会話をしながら・・・


「しっかし亀谷さんも人が悪い。 てっきり暴走族かなんかと・・・そのカッコじゃぁ」


十三が照れくさそうに言った。

亀谷が答えた。


「アッ!? コレッ!? コレネ、コレ!? コレ、ダチ公から借りたんっスヶど、着替える時警察手帳そのまんま置いて来ちゃってネ」


って。。。


そして、


無事だった輸血用の血液と歩けない亀谷を乗せ、パトカーは突っ走った。

暴風雨の中を。


そぅ。


この時亀谷は、バイク転倒のショックで多少の擦り傷と共に・・・











左足を骨折していたのである。







つづく





死人帖(しびと・ちょう) ― the Last 'R'ule ― #198



(タタタタタタタタタタ・・・)



「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ。 け、血液が、血液が届きましたぁ!! これですこれですこれです!! ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ・・・」


女性看護士が、手にしているジュラルミンケースを突き出して叫んだ。

彼女はたった今、十三 憲一(じゅうそう・けんいち)が届けた血液を病院の玄関先で受け取り、不良のいる病室まで走って持って来た所だった。

その病室は6階の北の外れだった。

大回りすればエレベーターが有ったのだが、階段を使った方が遥かに早かった。

よって、その女性看護士は階段を一気に駆け上がって来た。

それで呼吸が乱れていたのだ。


「良し!! 大至急輸血準備!!


血液を受け取った今回不良の専任担当医となった、雪の専任担当医・鶴見区 辰吾の同僚の北千住 浩一(きたせんじゅ・こういち)がスタッフ達に命じた。

北千住とそのスタッフ達も又、鶴見区同様、佐伯長官の手配だった。

不良から外道の念力技の話を聞き、こんな事もあろうかと判断した上崎の要請を受け、佐が事前に警察病院の一応専門は外科だが内科も OK の敏腕医師それぞれ一名ずつ並びに経験豊富なスタッフ達を A B 二班(ふたはん)に分け、充分な設備を供えた重磐外裏から一番近いその病院に送り込んでいたのだった。


A 班が鶴見区のチーム。

B 班が北千住のチームだ。


だが、その病院には常勤の医師やナース達もいる。

よって手配はどちらか1チームで事足りるはず。


なのにナゼ2チームか?


何か予期せぬハプニングが起こるかも知れない。

よって念には念を入れたのである・・・佐は。

事はそれ程、重大、且、慎重に。

そして、秘密裏に処理しなければならなかったのだ。

結果を見れば明らかなように、佐のこの手配は無駄ではなかった。

もっとも、1チームでも充分事足りた事は足りたのだが。


又、


上崎の捜索に所轄の県警ではなく本来警視庁所属の第7機動隊を出動させたのも同じ理由からだった。

今回のこの国家第一級機密のラー事件関連に、如何(いか)に管轄県警とはいえ何も知らない余計な部署を巻き込む事により、事件が明るみに出る危険を冒(おか)したくなかったからである。


「良し!! 大至急輸血準備!!


という北千住の指令が飛ぶや否や、直ちに不良の輸血準備が開始された。

流石に一流のスタッフを揃えただけの事はあった。


アッ!?


という間に輸血が開始された。

雪は既に不良の血液を充分輸血され、その必要はなく別の病室に移されていた。

と言っても、まだ意識不明の危篤状態に変わりはなかったのだが。


不良も又、酷い衰弱に加え大量の血液を雪に提供したため生死の境を彷徨(さまよ)っていた。

当然意識はない。


一方、


亀谷は亀谷で左足骨折だ。

整形外科の治療室に十三と芹沢に運ばれ、当直の医師の手により骨折の緊急治療を受けている。

幸いその病院は救急病院でもあり、又、佐伯警察庁長官の直の要請もあって、その日は小児科と産婦人科を除く全科の医師達が待機していた。



(ガラッ!!



亀谷の病室の扉が開いた。

中から当直医の二怪童 公彦(にかいどう・きみひこ)が出て来た。

廊下のベンチに座っていた十三と芹沢がそれに気付き立ち上がった。


十三が聞いた。


「亀谷さん。 具合どぅですか?」


二怪童が手振りを交えて答えた。


「あぁ、心配いりません。 と言っても骨折ですから・・・。 しかし、彼は運がいい。 ヒビは全く入ってはいない。 見事にポッキリです。 こぅポッキリ。 直ぐに元通りになるでしょう」


「そぅですかぁ。 有難うございます。 で、亀谷さんは今?」


「ユックリお休みです。 麻酔が効いてますから。 もっとも疲労のほうが激しいですかネ、あの様子じゃ。 ま、今は静かに眠らせて置いて上げましょう」


「そぅですネ。 じゃ、我々はこれで」


「あぁ、どぅもご苦労さまでした」


十三達が帰りかけた。


そこへ、


今度は、亀谷の連絡を受け、救助に向かったパトカーで病院に運び込まれた上崎が一人でやって来た。

勿論、右腕骨折の治療を受けにである。


上崎も十三達も、共に同じ匂いを感じたのだろう。

見ず知らずでは有ったがすれ違いざま軽く会釈を交わした。

そしてまだその場にいた二怪童に上崎が聞いた。


「整形外科はこちらでしょうか?」


「アナタは?」


上崎は左手でスーツの内ポケットから警察手帳を取り出し、二怪童に見せた。


「こぅいう者ですが、こちらの病院へ血液運搬中に事故に遭いまして、診て頂きたいのですが」


「あぁ、例の。 あの AB Rh- の」


「ご存知でしたか」


「はい。 何せ警察のトップからの直の指示ですから大騒ぎでした。 病院中大慌てで・・・」


「それはどぅも・・・。 ご迷惑をお掛け致しました」


「いゃいゃ、人の命を救うのが我等の務め。 それに慣れっこですょ、これ位の事は・・・。 所で、どこをどぅされましたか?」


「はい。 恐らく骨折かと、右腕です」


「そぅですか。 では、こちらへ。 診てみましょう」


「はい」


上崎は二怪童に従って病室に入った。

そこは亀谷が眠っている部屋の隣だった。

そこで骨折治療を受けた。

幸い、亀谷同様複雑骨折ではなかった。

それでも全治一ヶ月と診断された。

それで安心したのだろう、上崎は打たれた麻酔と過度の疲労によりそのままその隣の病室で亀谷と並んで熟睡した。


 ・・・


ここまでの状況を纏(まと)めて置こう。



 死人帖・・・消滅。


 死神・苦竜・・・消滅。



 亀谷 魔薫(かめや・まかおる)・・・多少の擦り傷。 但し、左足骨折。 爆睡中。


 上崎 左京(うえざき・さきょう)・・・右腕骨折のみ。 熟睡中。


 大河内 順三郎(おおこうち・じゅんざぶろう)・・・回復。 日常生活に問題なし。


 雪(ゆき)・・・意識不明。 危篤。


 不良孔雀(ぶら・くじゃく)・・・極度の衰弱。 危篤。


 破瑠魔外道(はるま・げどう)・・・極度の衰弱。 昏睡状態。



 そして、



 R ・・・生存。



異常 以上







つづく






死人帖(しびと・ちょう) ― the Last 'R'ule ― #199



― それから3日後 ―



「チ、チ、チ、チ、チュン。 チ、チ、チ、チ、チュン。 チュンチュンチュンチュンチュン。 チ、チ、チ、チ、チュン。 チ、チ、チ、チ、チュン。 チュンチュンチュンチュンチュン。 ・・・」


小鳥の鳴き声だ。


「ゥ、ゥ〜ン」


一声唸って、男は静かに目を明けた。

小鳥の囀(さえず)りで目が覚めたのだ。


部屋の照明は点いてはいなかった。

カーテン越しに窓から入って来る日差しだけで充分明るかった。

少し眩しい位だ。

意識がボンヤリしている。

再び目を閉じた。

別に眠るためではなかった。

目を開けているのが辛かったからだ。

そのまま何も考えずにボーっとしていた。


その時、


「先生」


女の声がした。

良く知っている声だった。

その声は優しく自分に呼び掛けているような気がした。

しかし、その時感じていた極度の倦怠感から声に反応する気にはならなかった。

男はもう少しボーっとしていたかったのだ。

それに気付いたのだろう。

女もそれ以上話し掛けようとはしなかった。

男はそのまま暫(しば)らくウトウトした。

再び眠りに落ちた。

しかしその眠りは浅かった。

どの位経ってからだろう。



(ビクン!!



一瞬、体に緊張が走った。

同時に目が覚めた。


その瞬間、



(ゾヮゾヮゾヮゾヮゾヮ・・・)



全身の血液が逆流するのを感じた。

一気に体温が上昇した。


『ハッ!?


意識が戻った。


その流れの中で、



(スゥ〜)



目が明いた。

今度は目を閉じようとはしなかった。

そのままジッと天井を見つめていた。


その時。


「先生。 目ー覚めた?」


先程の女の声だった。

その声は自分の左脇腹辺りから聞こえた。

男はその声のした所を見た。

反射的に男はこう言った。


「・・・!?


否、そう言おうとした。

だが、声は風になった。

声にならなかったのだ。

当然だ、三日三晩一言も発しなかったのだから。

しかし唇は動いた。


こぅ。


「ゆ」、 「き」


と。


そぅ。


そこには患者着姿のまま椅子に座り、ジッと自分を見つめている雪の姿があったのだ。

雪はその驚異的回復力で既に自力で起き上がれるまでに回復していた。

もっとも専任担当医の鶴見区に言わせればまだまだ絶対安静が必要なのだが、それを振り切り、先程からその男に付き添っていた。

その男の容態が心配で心配で片時も離れたくなかったからだ。

雪のそのあまりの熱意に鶴見区もタジタジ。

よってその男も又、鶴見区が専任担当していた事もあり、時々看護士が様子を見に来るという条件付で渋々ながら許可を与えていたのだった。


そして、


雪が先生と呼んだ以上、その男は勿論・・・











外道である。







つづく






死人帖(しびと・ちょう) ― the Last 'R'ule ― #200



「どぅして俺はココにいる?」


外道が声を絞り出し、掠(かす)れ声で雪に聞いた。

外道は極度の衰弱のためまだ意識がハッキリせず、現状が全く理解出来ていなかった。


「知らない。 雪もさっき教えてもらったの。 先生ココいるって」


ここで外道は雪が患者着を着ている事に気が付いた。


「ン!? 雪、どぅした、そのカッコ?」


「知らな〜い。 気が付いたらこのカッコで寝てたんだょ、雪。 3日前からだって」


「3日前?」


「ウン。 先生があのオジちゃん助けに行った日からだって」


「あのオジちゃん?」


「ウン。 あの背の高いオジちゃん。 ホラッ!? 雪の事、攫(さら)った」


『ハッ!?


瞬間、外道は我に返った。

全ての記憶が一気に戻った。

そして掠れ声ではなく、喋(しゃべ)っているうちにやっと本調子に戻った声で聞いた。


「ぶ、不良!? 不良はどぅしている?」


「寝てるょ。 集中治療室で」


「集中治療室!?


「ウン。 絶対安静なんだって」


「絶対安静!?


「ウン」


「なら、生きてるんだな!?


「ウン。 でも、まだ峠は越えてないらしいょ。 お医者の先生そぅ言ってた。 自分も衰弱してたのに雪に一杯 “血” くれて、だからだって」


「雪に血?」


「ウン。 雪ネ、大出血しちゃったんだって。 死んじゃうトコだったらしいょ。 雪、全然覚えてないんだヶど。 でネ、雪の血液型って滅多にないヤツな〜んだ。 だから緊急輸血が必要だったヶど、取り寄せなきゃなんなかったらしくって。 でも、たまたまあのオジちゃんのが一緒で。 それでだって」


「そぅかぁ。 なら、不良は雪の命の恩人って事になるな」


「ウン。 そぅなっちゃうネ。 ・・・。 でもネ、先生」


「ン!? 何だ?」


「雪、夢見たんだょ」


「夢? どんな?」


「先生とあのオジちゃん助ける夢、トカゲから」


外道はドキっとした。

そして黙った。

雪の話が聞きたかったのだ。

即座にそれを雪は感じ取った。

だから続けた。

身振り手振りを交えて。


「そのトカゲってネ。 こ〜〜〜んなに大きかったんだょ。 先生たちよっかズーっとズーっと。 こ〜〜〜んなに。 それも、い〜〜〜っぱいいたんだょ。 それがネ、先生達に飛び掛ろうとしてたんだ。 食べちゃうつもりだったのかなぁ。 それをネ、雪、やっつけちゃったんだ、空から 『エィ!!』 って。 雪ネ、空飛んじゃったんだょ。 空中浮遊だってしちゃったんだからぁ。 それでネ。 そこからやっつけちゃったんだ、先生達守るため。 もし雪いなかったら、先生達あのトカゲに食べられちゃってたかもネ」


外道が一言入れた。


「で、どぅしたんだ?」


「ウン。 落っこっちゃった」


「エッ!?


「雪ネ。 急に目ー眩んで、そのまま落っこっちゃった。 地面に」


「で?」


「そのまんまだょ。 で、気が付いたのがさっき。 2時間位前。 そしたら先生ココ寝てるって。 それ聞いて直ぐ、雪ココ来て。 それからズーっとだょ」


「そぅかぁ。 なら、雪が俺達の命の恩人かもな・・・」


「ウン!!


雪が元気良く頷いた。

そして照れ笑いを浮かべて続けた。


「エヘッ。 でも、コレ夢だから」


「夢!?


外道は一瞬、戸惑った。

そして思った。


『そぅか、コイツはまだ完全に覚醒した訳じゃなかったんだ。 だからか』


それから言った。


「あぁ、そぅだな。 夢だなきっと・・・。 ところで雪?」


「な〜に?」


「親はどぅした? チャンと連絡してあるのか?」


「ウゥン。 してないょ。 雪のパパとママ、今、お仕事でヨーロッパ行ってるから」


「なら、雪、今一人か?」


「ウン」


「そぅか。 あ、でも、良かったのかな、その方が・・・。 親に要らぬ心配掛けずに済んで」


「ウン。 ガッコも丁度ゴールデンウィークでお休みだし、いい事だらけだネ」


「ぃ、いゃ、良くない良くない。 雪、死ぬトコだったんだろ? 良くない良くない。 ・・・。 アッ!? そぅだ。 さっき、雪、確か。 大出血がどぅとか言ったな」


「ウン。 あの亀裂のトコで雪、大出血しちゃったらしいょ、気絶して。 そしたらあのオジちゃん達がヘリで運んでくれたんだって、ココ」


外道はチョッと驚いた。


「気絶!? 雪がか?」


「ウン」


からかうように言った。


「雪が気絶なぁ。 フ〜ン。 雪がなぁ〜」


それを聞き、雪の表情が曇った。


「悲しかったからだょ」


「エッ!?


急に雪の目が潤んだ。


「ゥッ!?



(ポロッ!!



一滴、涙がこぼれた。


「・・・」


その姿を見て外道は言葉に詰まった。



(ポロポロポロ・・・)



雪の目から涙が溢れ出した。


「雪、悲しかったんだょ。 あの時、先生に 『邪魔』 だの 『足手まとい』 だのって言われて。 雪、ホントに悲しかったんだょ。 ・・・」


徐々に雪の感情が高ぶり始めた。


「一緒に行きたかったのにー、先生と一緒に行きたかったのにー、一人で行っちゃってー・・・。 そしたらこんなんなって帰って来てぇー。 ・・・」


終に雪が泣き始めた。


「ゥッ!! ゥッ!! ゥッ!! 外道のバカー!! バカバカバカー!! 外道なんか死んじゃぇー!! 外道のバカー!! ェッ!! ェッ!! ェッ!! ・・・」


雪は泣いた。

拳を握り締め、声を殺して。


外道は黙った。

ジッと天井を見つめたまま、何も出来ずに。


そして時間が止まった。











すると・・・







つづく