死人帖(しびと・ちょう) ― the Last 'R'ule ― #201



(コンコン)



ドアをノックする音がした。

外道と雪がドアを見た。

外道は寝たまま首だけを回して。

雪は慌(あわ)てて涙を拭って。


「どぅぞ」


外道が言った。



(ガチャ、スルスルスル・・・、ガチャ)



「失礼します」


病室の引き戸式のドアを開け、上崎、亀谷それに大河内が入って来た。

上崎は骨折した右腕を三角巾に入れ、亀谷は石膏で骨折している左足を固めているため車イスに乗り、それを大河内が押して。

上崎、大河内、車椅子に乗った亀谷、そして雪が外道のベッドを取り囲む形になった。

仰向(あおむ)けの外道の左脇腹付近に椅子に座った雪、その横に大河内が立っている。

右側脇腹付近に三角巾の上崎が立ち、その隣に車イスの亀谷だ。

ベッドの上で仰向けになったままの外道に上から一礼して、上崎が実に嬉しそうに言った。


「破瑠魔さん、お気が付かれたのですネ」


「あぁ。 たった今な」


大河内も嬉しそうに言った。


「いゃぁ、雪様がこちらだと伺って、何かあっては大変と様子見に参ったのですが。 破瑠魔様がお目覚めとは。 いゃぁ、良かった良かった。 お元気そうで何よりです。 いゃぁ、良かった良かった、ホントに良かった」


「いゃいゃ、大河内さん。 雪が色々お世話になったそぅで」


「いゃぁ、そのような。 破瑠魔様からお預かり致しました大切な雪様がお倒れになった時には、まぁ、もぅ、どぅして良いやら。 危うく心臓が止まる所でした。 はい。 このお二方がいらしてくれなかったらと思うと、今でも肝(きも)が・・・。 はい」


「そぅか。 上崎、亀谷、礼を言うぞ」


「いゃぁ、礼を言うのはコッチの方っスょ。 ネ、左京さん」


「はい。 破瑠魔さん、本当に有難うございました」


「死神はどぅした? 首尾良くいったのか?」


「はい。 お陰様をもちまして、死神も、死人帖も消滅致しました。 それに R も無事です」


「そぅか、それは良かった」


「はい」


ここで外道が亀谷と大河内に言った。


「悪いが亀谷、それに大河内さん。 チョッと外してくれ」


「エッ!? じ、自分、邪魔っスか?」


「あぁ、邪魔だ」


「わ、わたくしめもでございますか?」


「悪いがそぅだ」


「は、はい。 ならばわたくしめはこれで」


「じゃ、じゃぁ。 自分も」


大河内が亀谷の車イスを押し、そそくさと病室を出ようとした。

それを制止するように、


「否、勘違いするな。 別に失(う)せろと言ってる訳じゃない、コイツにチョッと用があるだけだ」


そう言って外道は上崎を顎で指し示した。


「アッ!? そぅっスか、そぅいう事なら外で。 ネ!? 大河内さん」


「はい。 外で・・・。 おぉ、そぅだそぅだ!? ならば私共(わたくしども)はもう一度不良様のご様子など・・・」


「ウンウンウンウンウン・・・」


無言で亀谷が頷いた。

大河内に同意したのだ。

その二人に外道が言った。


「あぁ、そぅしてくれ」


大河内が病室のドアを開け、



(ガチャ、スルスルスル・・・)



外道、雪、上崎が見守る中、亀谷の乗る車椅子を押して部屋の外に出た。



(ガチャ)



病室のドアが外から閉められた。

それを見て、


「雪も邪魔?」


雪が外道に聞いた。


「いいゃ、雪は邪魔なんかじゃないさ。 ココにいてくれ」


「ウン」


チョッピリ嬉しい雪であった。


「オィ、上崎」


「はい」


R とかいうヤツに伝えろ。 『二度と目の前の命を諦めるな。 もぅ少しだけこの世界で生きてみたいと思え』 とな」


「ハ、ハィ!! た、確かに!!


上崎が襟を正して答えた。

だが、思わぬ外道の言葉に意表を突かれ、一瞬、動揺していた。

上崎のその姿を見てホントはそれ以上言うつもりはなかったのだが、外道の気持ちがチョッと変わった。

そして口調を改めて上崎に聞いた。


「ところで上崎?」


「ハィ?」


「亀谷は知っているのか?」


「ハィ? 何をでしょうか?」


「お前の事だ」


「エッ!?


上崎は絶句した。

その上崎のリアクションを見て外道は察する物があった。


「どぅやらヤツは知らないようだな」


上崎は冷や汗を掻いた。

吃(ども)り吃り、白々しく聞き返した。


「ぁ、あの〜。 な、何を仰(おっしゃ)って・・・ぉ、おられるのか・・・?」


「お前の正体だ」


「エッ!?


再び上崎は絶句した。


「惚(とぼ)けてもムダだ。 俺には分かっている。 お前が」


ここまで言って不意に外道は言葉を切った。

そして何か納得したようにこう続けた。


「まぁ、いい。 俺には関係ない事だ。 お前が誰であろうとな。 だがな上崎。 不良が一命取り留めた暁にはヤツにだけはチャーンと言っておけょ。 おま・・・。 否、その必要もないか。 あの不良の事だ疾(と)っくにお前の事は・・・」


「・・・」


上崎は黙っていた。

冷や汗だろう、額がビッショリ濡れている。

一瞬にしてだ。

その様子をジッと見つめて外道がキッパリと言い切った。


「もらった命は大事にする!! R もお前もな!!


反射的に上崎の口から言葉が突いて出た。


「ハィ!! 破瑠魔先生!!


上崎が始めて外道を先生と呼んだ瞬間だった。

背筋をピッと伸ばし、直立不動の姿勢を取って。


その上崎にそれまでとは全く違う口調で、ユッタリとした調子で、外道が言った。


「言いたかった事はそれだけだ。 もぅいい行け。 行ってお前も不良の様子を見て来てくれ」


「ハィ!!


顔を強(こわ)ばらせ、姿勢を正し、外道に深々と一礼し、軽く雪に会釈して上崎が病室を出て行った。



(ガチャ、スルスルスル・・・、ガチャ)



ドアが閉まると直ぐに雪が外道に聞いた。


R ってあの人でしょ?」


「ン!? 雪、気付いてたのか」


「ウン」


「何時(いつ)からだ?」


「あの人がラーと R の事、話し始めて直ぐ」


「そぅかぁ」


外道が感慨深げに一言そう言った。

だが、同時にこう思っていた。


『コイツは俺より先に気付いたのか。 大したヤツだ』


と。


そして雪に聞いた。


「でも、どぅして分かった?」


それに対し、雪がアッサリとこう答えた。


「だって顔に書いてたもん。 わたしが R ですって」



そぅ。


日本警察庁随一の頭脳を持つ警視庁特命班・上崎 左京こそが誰あろう、あの世界一の名探偵で謎の男 R ・・・ R. Ruleit その人だったのである。


否、


実は、今回のこの R 延命作戦のため佐伯警察庁長官が急遽警視庁特命班という部署を作り、 R. Ruleit が上崎 左京としてこれに加わったのだった。


この事実を知る事が出来たのは、 R と共にラーを追った仲間達。

即ち、ラー・日神太陽(ひがみ・れい)の実父で警察庁刑事局長の日神尊一郎(ひがみ・そんいちろう)、デブリン刑事こと宇田生数広(うたき・かずひろ)、小刑事こと相河周知(あいかわ・しゅうち)、アンチャン刑事こと松山桃太(まつやま・ももた)、加えて紅一点の佐波(すけ・なみ)刑事、最後に警察庁長官・佐伯(すけ・のり)。

以上、6名のみである。

残念ながら、第二のラーの手に掛かって命を失った大柄ムッツリ刑事の模木完造(ぼき・かんづくり)はこれを知る事は出来なかった。


又、


突然、特命班に配置転換され上崎とコンビを組んだ亀谷 魔薫(かめや・まかおる)もこの事実は知らされてはいなかった。

知らなかったのだ、亀谷は。

上崎の正体を。


そして・・・・・・・・・・決して知る事はない。











その時・・・







つづく





死人帖(しびと・ちょう) ― the Last 'R'ule ― #202



(コンコン!! ガチャ!! スルスルスルスルスル・・・)



息せき切って大河内が病室に飛び込んで来た。

許可も得ず、チャンとドアも閉めずにだ。


「ハァハァハァハァハァ・・・」


激しい息遣いだ。


きっと、



(ダァーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!



って、ポチみたいにダッシュで来たのだろう息が上がっている。


「どぅしました、大河内さん?」


「た、た、た、た、た、た、た、大変でございます。 ぶ、ぶ、ぶ、ぶ、ぶ、ぶ、ぶ、不良様がー!! 不良様がー!! ハァハァハァハァハァ・・・」


「ヌッ!? 不良がどぅした? 死んだのか?」


「い、い、い、い、い、い、いえ。 そ、そ、そ、そ、そ、そ、そ、その逆でございます。 ハァハァハァハァハァ・・・」


「ン!?


「い、い、い、い、い、い、い、息を吹き返されましたーーー!! ハァハァハァハァハァ・・・」


「そぅか。 何時だ?」


「た、た、た、た、たった今でございます。 ハァハァハァハァハァ・・・」


「ワザワザそれを?」


「ハ、ハ、ハ、ハィ。 ハァハァハァハァハァ・・・」


「それは済まない」


「い、い、い、否。 ど、ど、ど、どぅ致しまして。 はい。 ハァハァハァハァハァ・・・」


外道がベッドの上で上体を起こそうとした。


だが、


『クッ!? ち、力が、力が入らん!?


何度か体を起そうとした。


が、


ムダだった。

全身に全く力が入らない。

異次元空間における極度の疲労と衰弱のためだ。

それに何度か危機をギリギリの所でかわして来た精神的疲労も加わっていた。

その外道の苦悩を即座に雪は理解した。


「先生。 力、入んないの?」


「あぁ、情けない事にな」


「雪が起してあげるネ」


そう言って雪が外道の掛け布団と毛布を捲(めく)った。



(バッ!!



って。。。


瞬間、


『ハッ!?


雪は絶句した。


ナゼか?


そ、 れ、 は、


外道の股間に、それはそれは見苦しい実に嫌〜な物を見てしまったからだった。

それは外道のフィアンセである 異常 以上、いずれは見なきゃならない物なのだが、否、それどころか全身全霊を込めて可愛がんなきゃいけない物なのだが、・・・ペットのように。


しかーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーし、


今はまだ 全然 全く見たくない代物(しろもの)だったのだ。

15歳、パンツの見えそうな位短〜いスカートが制服の女子高生の今の雪にしてみれば。

そしてその見苦しい実に嫌〜な物は外道の患者着からはみ出ていた。



(ピロ〜ン!!



って。。。


外道はトカゲとの戦いであの気持ち悪り〜ィ、オヨダを全身に浴びていたのだ。

当然それは下着までビッチョリだった。

そのため看護士に全部脱がされ、代わりに紙オムツを着けられていた。


と、ところが・・・


ナ、ナント・・・


その紙オムツのアノ部分を外道の逞(たくま)しいアレが力強く、



(ピシッ!!



って、しちゃったのだった。



つー事は、


“アレ”


!?


モロにコンヌツワ・・・


つー事。。。


しかーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーも、


その見苦しい物は何を思ったのか?

天井に向け、凛々(りり)しく熱(いき)り立っていたのである。


「パォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーン!!


って。


他の部分には全く力が入んないクセに・・・


と言ふのも、


実は先程から外道は、俯(うつむ)くたびに患者着の胸元からチラチラっと見へる雪の豊で形の良〜いノーブラはみチチを目の当たりにしていたからだった。

こう思ひながら・・・


『も、もぅチョィ!! も、もぅチョィで先っぽ!!











って。。。







つづく






死人帖(しびと・ちょう) ― the Last 'R'ule ― #203



(バチッ!!



強烈な雪のビンタが飛んだ。

それは見事に外道の顔面にヒットした。


「外道のスケベ、変態!!


という罵声と共に・・・



だったら良かった。


しかーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーし、


雪は普通の女子高生とは違う。

一味違うのだ、雪は。(「何の “アジ” だ?」 ナ〜ンて聞いちゃダメょン : 作者)



(ジーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!



外道のモッコリを見つめている。

目を切ろうとする気配はない・・・全く。

雪はそのモッコリをただひたすら見つめ続けた。

そして一言こう言った。


「気持ち悪〜〜〜ィ!!


って。



(ガーーーン!!



コ、コレは効いたゾー!!


トカゲの攻撃よっか効いたゾー!!


あの気持ち悪〜ぃトカゲのおヨダよっかズーっときいてっゾー!?


果して外道はこの衝撃に耐えられるのかーーーーーーーーーー!?


「こ、こら、雪!! み、見るな!! 見るんじゃんネェ!!


うろたえた外道が喚(わめ)いている。

しかしそんな程度で雪に通じる訳がない。



(ジーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!



雪は見つめ続けたままだ。

それを。

しかも息を殺して。

目を切る気配は全くない。

そしてそれを、



(ピッ!!



って鋭く指差して涼し〜いお顔でこう言った。


「先生。 コレ気持ち悪いネ」


って。


とっても爽(さわ)やかに。


「こ、こら、雪ー!! そ、そぅいう台詞、そんなに落ち着き払って言うんじゃネェー!!


「だってホントの事だょ。 コレ気持ち悪〜〜〜ぃ」


「コ、コラー!! 雪ー!! そんなにジーっと見るんじゃネェー!!


雪が外道のモッコリをジーっと見つめながら言った。

それも真顔で。

指差したままで。


「雪がまだ幼稚園の頃、パパとお風呂入った時パパの見た事有るけど、こんなに気持ち悪くなかったと思うょ」


「クッ!?


「『パパには有るのにナンで雪にはないの?』 って聞いたら、パパがネ。 『ウン。 そのうち雪にも生えて来るょ』 って。 でも、生えて来なかったヶどネ。 ヶど良かったな、生えて来なくって。 こんな気持ち悪いんじゃ」


相変わらず雪は外道のモッコリを指差している。

それも涼しいお顔で。


「あ、あのなぁ、雪」


「なぁに?」


「さっきから気持ち悪い気持ち悪いって言ってヶどなぁ」


「ウン。 気持ち悪い」


「クッ!? ・・・。 で、でもだなぁ、ゆ、雪。 いずれコレをだなぁ、そのなんだぁ。 こぅ、な!? こぅ〜・・・。 何てユゥか、こぅ、な!? こぅ〜・・・」


「雪のココに入れるんでしょ」


そう言いながら雪は右手の掌で、患者着の上から自分のオマタを軽〜くパンてした。


「コ、コ、コ、コラー!! 雪ー!! そ、そ、そ、そぅ言う事を!! そぅ言う事を女の子が言うんじゃネェー!! そんなにサラ〜っと言うんじゃネェー!!


「ウン。 いいょ、入れても。 コレ気持ち悪いヶど、雪、我慢してあげるから」


「ヘッ!?


一瞬外道は、それはそれはイヤラシ〜〜〜イ妄想こいた。


ニマ〜、ニマ〜


って。。。


「でも、まだ入れちゃダメだょぉ。 雪が先生のお嫁さんになるまで入れちゃダメだょぉ」


「クッ!?


このやり取りを見るに耐え切れず、既に落ち着きを取り戻していた大河内が言った。


「コホンコホン。 ぁ、あの〜。 さしもの破瑠魔様も・・・。 いゃはゃいゃはゃ、何と言って良い物やら・・・。 いゃはゃいゃはゃ、雪様には歯が立ちませんなぁ。 全く〜、はい」


「い、い、いゃぁ、お恥ずかしい。 全くお恥ずかしい所を見られてしまった。 チョッと大河内さん手を貸してくれますか。 力が入らず立てんのです」


これを聞き、


「雪が立たせてあげる」


空(す)かさずそう言って、雪が外道のモッコリを指差すのを止め、立ち上がろうとした。


「い、否、いい、雪!! そ、それには及ばん。 雪にはもぅ立派に立たせてもらった」


「『立たせてもらった』 ってコレの事?」


再び雪が外道のモッコリを指差した。


「コ、コラー!! 雪ー!! そぅやって指差すんじゃネェー!! オ、オメー!! ホ、ホ、ホントに処女かー!!


「ウン。 処女だょ。 決まってるじゃん。 雪、固いんだょ。 先生のコレよっかズッと固いょ」


って、又々指差した。


「だ、だ、だ、だからー!! そぅやって一々指差すんじゃネェー!! っつてんだろーーー!!


うろたえる外道を尻目に雪が力を貸そうとして立ち上がり、外道に覆い被さった。


その瞬間、



(ドサッ!!



雪の体が外道の上に崩れ落ちた。

うつ伏せ状態でだ。

外道は驚いた。

そして反射的に、



(ガバッ!!



上体を起こした。

それまで全く力が入らなかったのに。

火事場のクソ力というヤツだ、雪の身を案ずる一心から出た。


「雪!?


外道が雪の体を起して呼びかけた。

雪の意識がない。

額に触れた。

凄い熱だ。

脈を見た。

正常だった。

しかし、少し弱いか?

呼吸に乱れはない。

だが、少し速いか?

やはりまだ起きるには早かったのだ。

当然だ。

普通の人間ならまだまだ絶対安静、否、それどころか生きているのが不思議な程酷い状態だったのだから。


『バカが無理しやがって』


外道は思った。

そしてベッドの上で雪の体を落ちないように横に除(の)け、


『クッ!!


痛みに耐えながら左枕下に設置されている点滴のレバーを上体をグゥーっと伸ばして右手でナントか止め、急いで左腕に注されている針を引き抜き、歯を食い縛った必死の形相でベッドから出て立ち上がった。

それから患者着の乱れを直し、雪を抱き上げた。

お姫様抱っこだ。


だが、



(プルプルプルプルプル・・・)



外道の全身は小刻みに震えている。

無理もない。

たったの今まで意識不明だったのだから。

それでも外道は雪のために踏ん張った。


一方、


大河内はと言えば、突然の雪の異変に動揺し、我を忘れている。

全く外道に手を貸す事なく、呆然とその場に立ちすくんでただ外道の行動を見つめているだけだった。

それは手伝うのが嫌でそうしなかったのではなく、突然の事に気が動転して動けなかったのだ。

大河内はただ呆然として立ちすくみ、外道を見ているだけしか出来なかった。

本来の大河内なら即座に外道に手を貸し、看護士を呼ぶなり、大病院なら間違いなく置いてある車イスを取りに行くといった行動に出たはずだ。

しかしそんな簡単な事さえ今の大河内には出来なかった。

上崎や亀谷に比べれば特に傷や怪我といった肉体的損傷のなかった大河内だったが、やはり精神的には相当参っていたのだ。

今回、不良の立てたこの死神殺し作戦。

大河内の受けたプレッシャーは大変な物だった。

先ず、外道と雪に嘘を吐く。

これ一つとっても、真人間の大河内には途轍(とてつ)もないプレッシャーだったのだ。

そしてやっと作戦成功と思ったのも束の間。

自らは腰が抜け。

上崎、亀谷は骨折。

外道、不良、雪に至っては3日間も意識不明。

だからこの3日間、大河内は気持ちの休まる時間はたったの1秒もなかった。

その結果がこれだった。


その大河内に外道が言った。


「済まん、大河内さん。 ドアをあけてくれ」


これを聞き、


『ハッ!?


大河内が我に帰った。


「ハ、ハ、ハ、ハィ!!



(スルスルスルスル・・・)



大河内が急いで先程自分がキチンと閉めず、僅(わず)かだが開(ひら)いていたドアを開(あ)けた。

予想外の出来事に、大河内の取り乱し方が酷い。

一人、右往左往している。

何を如何(どう)して良いか全く頭が回らないのだ。

ただ、落ち着きなく辺りをキョロキョロ見回すのみ。

そんな大河内に外道が聞いた。


「雪の病室は?」


「は、は、は、はい。 き、き、き、北の、北の666号室です。 ご、ご、ご、ご案内致します」


「あぁ、済まん。 頼む」


大河内の先導で雪をお姫様抱っこした外道が雪の病室を目指した。

雪の病室は北病棟だった。

それはその病院の集中治療室が北病棟に有ったからだ。

しかしナゼか外道の病室は南病棟だった。

恐らくはベッドの埋まり方の関係だったのだろう。

丁度反対側だ。

だから雪の病室まではかなりの距離を歩かねばならなかった。

幸い、外道の病室は6階666号個室、雪の病室も6階666号個室で同じ階。

従って、階段やエレベーター等を使う必要はなかった。

だが、それでもかなりの距離を、雪をお姫様抱っこした状態で行かねばならい事に変わりはないのだが。


外道は小走りでもいい、走りたかった。

しかし、残念ながらそれに体が付いて行かない。


雪の体は軽かった。

3日間飲まず食わず、ただ点滴のみだったからだ。


だが、


雪の体は重かった。

ホンのチョッと前まで昏睡状態だった今の外道にしてみれば。


外道の様子が徒(ただ)ならなかったのだろう。

すれ違う者達全てが驚いたように、



(サッ!!



と道を開け、立ち止まり、その後ろ姿を目で追った。

これには勿論、外道を先導している大河内の凄まじい形相も加わっての事だが。

外道が抱き上げた拍子に脱げた雪のスリッパを片方の手に一つずつ握り締め、外道を先導する大河内の目は血走っていた。

まだホンの僅(わず)かしか触れ合ってはいなかったにも拘(かかわ)らず、大河内は雪の持つ素直な性格、優しさ、健気(けなげ)さそういった物が大好きになっていた。

その雪が心配で心配で大河内の目付きは尋常ではなかったのだ。


外道は辛かった。

病身に雪の重さ。

確かにそれも有った。

だがそれ以上に、雪にこんな思いをさせてしまった事が。

本来、全く無関係の自分が巻き込まれ、そのため雪まで巻き添えを食らわせてしまった事が。

それに対し愚痴や恨み言を言って不思議のない雪が、自分の事を差し置いて外道の身をひたすら案じている。

それを思えば雪のお姫様抱っこ位、何て事はないはずなのにやはり今の外道には辛かった。

それが一番辛かった。


外道の思いはただ一つ。

一刻も早く、雪を元通り回復させる事。

ただそれだけだった。


不意に大河内が言った。


「つ、着きました。 こ、ここです」


そう言われて初めて、外道は雪の病室まで来ていた事を知った。

まだ意識が完全に戻っているとまでは言えなかった事に加え、無我夢中だったため666号室の表札に気付かなかったのだ。

大河内が病室のドアを開け、ベッドの掛け布団と毛布を捲(めく)った。

そこに外道がユックリと雪を寝かせた。


「た、担当の鶴見区先生を呼んで参ります」


そう言って大河内が病室を飛び出して行った。

何も直接呼びに行かなくてもベルを押せば済んだのだが、今の大河内にはそんな風に頭は回らなかった。

外道は雪の寝顔をジッと見つめた。

雪の顔色は青白かった。

自分の病室でベッドから見上げている時は分からなかったが、確かに顔色が悪い。

ベッドの横に置いて有った椅子に座り、雪の顔を見つめ、外道が優しく語り掛けた。


「許せ、雪。 済まなかった。 こんな事に巻き込んで」


それから右手でソッと雪の左頬に触れ、青ざめて苦しそうな雪の寝顔をジッと見つめて続けた。


「あの時・・・」


と。


そぅ。


外道は思い出していたのだ。

意識を失っている不良を抱え上げ、一か八か、決死の覚悟であの亀裂の中に飛び込んだ時の事を。


「あの時、確かに俺はお前の声を聞いた。 俺を呼ぶお前の声をな・・・。 だからだ。 だから俺は、否、俺達はこの世界に戻ってこれた。 ・・・。 雪。 お前のお陰だ・・・。 有難う」


その時、


「フッ」


一瞬、雪が微笑んだ。

表情は全く変わらなかったのだが、確かに雪は微笑んだ。

それは、外道の思いに応えた意識のない雪の言葉なき心の声だった。

仮に今、周りに誰か他の人間がいたとしても、彼等には全く分からない外道のみに告げた雪の言葉なき心の声だったのだ、その微笑みは。

愛する外道の役に立てたという満足感から来た・・・


外道にはそれが良く分かった。

そしてそんな雪の左頬に触れたままその寝顔をジッと見つめた。

心から愛おしさが込み上げて来た。

思わず言葉が口を突いて出た。


「雪」


と一言。

万感の思いのこもった言葉が。


その瞬間・・・











時は止まった。







つづく






死人帖(しびと・ちょう) ― the Last 'R'ule ― #204



(スッ!!



外道が椅子から立ち上がった。

近付く人の気配を感じたのだ。

それは大河内の連絡を受け、急遽(きゅうきょ)駆け付けて来た雪の専任担当医、鶴見区 辰吾(つるみく・しんご)と女性看護士だった。

勿論、大河内も一緒だ。


女性看護士が言った。


「ハィハィハィハィハィ。 二人とも出て下さい。 ハィハィハィハィハィ」


外道と大河内が病室から締め出された。

大河内が外道に話し掛けた。


「心配でございますなぁ、雪様。 命に別状がなければ・・・」


「大丈夫ですょ、大河内さん。 雪は死にません」


「エッ!?


「雪に死相は出てはいない。 確かに顔色は尋常ではない。 しかしあれは死相ではない。 だから大丈夫です」


「そ、そぅでございますか。 そ、それを伺いまして、些(いささ)かですが安心致しました」


「大河内さん。 不良の病室へ案内して下さい。 ここでこぅしているのもなんですから」


「で、でも、雪様の手当てが済みましたら、雪様きっと又破瑠魔様にお会いしようとなさって・・・」


「その心配は無用です。 手当てが済んでも雪は当分目覚めません。 わたしには分かります」


「そ、そぅでございますかぁ。 まっ!? 破瑠魔様がそぅ仰(おっしゃ)るのなら・・・。 では、ご案内致します。 不良様の病室は北の616号室。 ここの建物の一番端になります。 こちらございまです」


不良の病室は北病棟の一番端、集中治療室だった。

廊下に上崎と亀谷の姿が有った。

病室前のベンチに上崎が越し掛け、その横に亀谷の乗った車イスが有る。

二人が外道達に気が付いた。

上崎が立ち上がった。

そして聞いた。


「破瑠魔先生。 もぅ、起き上がっても大丈夫なのですか?」


「あぁ」


亀谷は目を真ん丸くして驚いている。


「タ、タ、タフっスネ」


「まぁ、な。 そんな事よりどぅだ、不良は? 入れないのか?」


「はい。 先程又、意識がなくな・・・」


そこまで上崎が答えた時、不良の病室のドアが開いた。

中から、不良の専任担当医・北千住 浩一(きたせんじゅ・こういち)が出て来た。


外道が聞いた。


「どぅですか? 不良の具合は?」


「はい。 何とか峠は越えたようなのですが、一進一退です。 予断はまだ許されません」


その時、病室から女性看護士が顔を出した。


「先生。 不良先生の意識が戻りました。 破瑠魔さんという方に会いたいと・・・」


外道が聞いた。


「ン!? ナゼ俺がいるのが分かった?」


看護士が聞き返した。


「破瑠魔さん・・・ですかぁ?」


「あぁ、そぅだ」


「はい。 『破瑠魔がいるはずだ。 気配(けはい)を感じる』 と」


『気配・・・か。 それが分かるなら案ずる事はない・・・か?』


外道は思った。

そして北千住に聞いた。


「不良と話がしたい。 いいかな?」


「チョッと待って下さい。 様子を見て来ますから」


そう言って北千住が再び不良の病室に戻った。

当然、ドアは閉められた。

だが、

直ぐにそのドアが開いた。

北千住と看護士が出て来た。


「中へどうぞ。 ただし5分、5分間だけです」


そう言い残して北千住と看護士はナースセンターに向かった。


外道が上崎達に言った。


「失礼する」


亀谷がチョッと驚いた様子で聞いた。


「エッ!? 自分達は?」


「後にしてくれ。 二人だけで話がしたい」


「あ、そぅ。 そうっスか、二人だけネ、二人だけ。 はい」


外道一人が病室に入った。


不良は仰向けのまま両目を瞑(つむ)っていた。

しかし眠っている訳ではなかった。

外道にはそれが分かった。

外道が不良の寝ているベッドに近寄った。



(スゥ〜)



不良が目を明けた。

天井を向いたそのままの状態で不良が聞いた。


「破瑠魔か?」


「そぅだ」


「あの娘(むせめ)はどぅしている?」


「心配は要らん。 今、眠っている」


「そぅか」


「お前のお陰だ」


「・・・」


「・・・」


二人の会話は暫(しば)し途切れた。

先に口を開いたのは不良だった。


「上崎は?」


「無事だ。 外にいる。 ・・・。 分かっていたのか?」


「あぁ」


「・・・」


「・・・」


再び会話が途切れた。

今度も不良が先に口を開いた。


「破瑠魔。 悪かったな、お前達を巻き込んで」


「オッ!? どぅした不良!? お前らしくもない。 随分と又しおらしいじゃないか、え?」


「ン!?


「いつものお前ならこぅじゃないのか? 『滅多に味わえない経験をさせてやったんだ、有り難く思え』 とかなんとかな」


「フッ」


不良は笑った。

そしてボソッと呟(つぶや)いた。


「滅多に味わえない経験・・・か。 そぅかもな」


「あぁ、そぅだ」


「・・・」


「・・・」


三度(みたび)、二人は黙った。

今度は外道だった。


「俺はこれで失礼する。 上崎達も会いたがっているからな。 替わりに入って来るゾ、あの3人。 いいか?」


「あぁ、構わん」


「じゃぁ、な」


「・・・」


不良は黙っていた。



(クルッ!!



外道が不良に背を向けた。

ドアに近付いた。

そのままドアを開けようとした。


だが、


思い止まった。

そして振り返った。

不良は両目を瞑っていた。

今度は本当に眠っているようだった。

その姿を見て外道は思った。


『やはり医者の言った通り、まだまだ予断は許されない一進一退状態のようだ』


そして耳に届かないと分かってはいたが、その不良に外道が声を掛けた。


「不良・・・」


と一言。


そしてもう一言。


「良くやった」


その時、


「フッ」


気のせいかも知れないが、一瞬、不良が笑ったように見えた。


『ン!? 気のせいか・・・』


そう思いながら外道は病室を出た。


外道が出て来ると亀谷が真っ先に口を開いた。


「ど、どんなっスか、不良先生?」


「あぁ、眠っている。 悪いがまだお前たちに会うのは無理だ。 会うのはもぅチョッと後にしろ」


「そ、そぅっすか・・・」


「そぅだ」


そう言い残して、雪の病室に向かって外道が歩き始めた。


「アッ!? は、破瑠魔様、わたくしめもお供致します」


慌てて大河内が外道の後を追った。

雪の病状が心配で心配で居ても立っても居られない大河内であった。


その二人の後ろ姿を見送った後、チョッと経って亀谷は、


『ハッ!?


っとした。


「お、俺っちの車イス、だ、誰が・・・」


それを聞き、上崎が言った。


「看護士さんにお願いしましょう。 後で呼んで来ます」


「す、すんません。 お願いしまっス。 ・・・。 ところで左京さん」


「ハィ?」


「これから俺等どぅしたら?」


「暫らくここにいて不良先生の回復をお待ちしましょう。 やはりお会いして一言お礼を・・・」


「そ、そっスネ。 お礼言わなくっちゃっスネ。 何つったって、今回の立役者だったっスからネ、不良先生」


「はい。 その通りです。 今回の立役者は不良先生です」


 ・・・


今、その立役者の不良はピクリとも動かず静かに眠っている。

外道達のやり取り等、全く知る事なく。。。




そうだドクター不良孔雀。

今は静かに眠れ、

次はもう・・・











始まっている。。。







つづく





死人帖(しびと・ちょう) ― the Last 'R'ule ― #205



「大王様。 誠に残念なご報告を致さねばなりません」


「ン!? どぅした?」


「ハッ!! 死神・苦竜が殺されましてございます」


「ヌッ!? ナ、ナント? 苦竜が殺されたじゃと?」


「左様で」


「ど、どぅいう事じゃ?」


「苦竜が人間どもの手に掛かり消滅致したのでございます」


「いつじゃ?」


「つい、先程」


ここは死神界。

死神大王の宮殿である。

今、正に、苦竜の死が死神界元老院・筆頭元老・安母尼亜 邪主天(あんもにあ・じゃすてん)によって死神大王に報告されていた。(死神大王、安母尼亜 邪主天、及び、死神界等々は適当にご想像下さい。 だってェーーー!! 一々書くの〜・・・めんどちぃんだょ〜〜〜〜〜ん!! ま!? デスノでも参照してチョ : 作者)


「詳しく申してみょ」


「ハッ!!


筆頭元老・安母尼亜 邪主天が苦竜消滅の経緯(いきさつ)を掻(か)い摘(つま)んで死神大王に語った。

全てを聞き終えて大王が言った。


「ふぅ〜。 そぅか。 そのような事が有ったのか」


「ハッ!!


「で、その3人の名は分かっておるのか?」


「既に判明致しております」


「申してみょ」


「先ず、苦竜を消滅せしめました張本人はその名を不良孔雀。 男でございます。 次にこれを手伝った者達男女2名、男の名は破瑠魔外道。 おんな・・・」


!?


破瑠魔外道という名前を聞き、大王は驚いた。

そして安母尼亜の言葉を遮った。


「ハルマ!? 今、破瑠魔と申したか?」


「御意(ぎょい)。 破瑠魔外道と」


「・・・」


大王は言葉に詰まっていた。

顔が引き攣っている。

体もかすかに震えているようだ。

そのまま暫(しば)らくギコチナイ間(ま)が続いた後、大王が厳しい口調で安母尼亜に聞いた。

否、

問い質(ただ)した。


「さ、最後の一人は、最後の一人は何と申すか?」


「女でございますか? その女、その名は・・・妖乃 雪(あやしの・ゆき)」


『ガーーーン!?


雪の本名を聞き、大王は今度は衝撃を受けた。


「あやしの!? 妖乃 雪!? い、今そぅ申したか? 間違いのぅ、妖乃 雪と申したか?」


「御意」


「な、何という事じゃ!!


「如何(いかが)なさいましたか、大王様? お顔の色が優れませぬが・・・」


「ま、まさか・・・。 そ、そのような事が・・・」


大王はうろたえていた。

安母尼亜が再び聞いた。


「この3人、如何(いかが)致しましょう?」


「・・・」


大王は無言のまま微(かす)かに震えている。

安母尼亜が続けた。


「このまま捨て置く訳にも参りませぬ。 何せ人間ごときに死神が殺されたとあっては示しが付きませぬ故・・・。 配下の死神どもも今、苦竜の敵討(かたきう)ちだと浮き足立っております」


ここでやっと大王が口を開いた。


「な、ならぬ!! この3人に手出ししてはならぬ!!


「ナゼでございます?」


「考えてもみよ。 一度死人帖を破った以上、この不良孔雀には二度と我等の死人帖は効かぬと思わねばならぬ。 既に死人帖で此奴(こやつ)を倒す事は出来なくなっておるはずじゃ。 されば、最早、此奴は我等の手には負えぬ」


「しかし此奴を倒す手立てが他にない訳ではございません」


「ン!? 何か有るのか?」


「ハッ!! 如何(いか)に此奴とはいえ、我等の死人帖に触れさせねば此奴に我等の姿は見えませぬ。 とすれば、此奴を倒すのは造作(ぞうさ)もないかと・・・」


「見えたらどぅする?」


「はぁ?」


「死人帖に触れずして、此奴が我等の姿を見たらどぅするのじゃ、と聞いておる」


「そ、そのような事が・・・」


「有ったらどぅするのじゃ?」


「そ、それは・・・」


「先程、此奴は未知の空間に入(い)る事によって、苦竜の死人帖を破ったと申したな?」


「その通りでございます」


「では聞く。 我等の住める所は何処(どこ)じゃ?」


「死神界と人間界でございます」


「それ以外は?」


「有りませぬ」


「ならもし、此奴が我等の姿を見る事が出来、我等を未知の空間に引きずり込んだら、一体我等は何とする?」


「死。 有るのみかと」


「そぅじゃ」


「し、しかし、まだ我等の姿を見る事が適(かな)うかどぅかは・・・」


「適(かの)ぅた時の事を考えよ。 此奴等(こやつら)は普通の人間とは違う。 同じ物差しで考えるととんでもない事になる」


「は、はぁ」


死神大王のこの命に対し、安母尼亜 邪主天は気のない返事で一応相槌だけは打った。

だが、

大王はそれに構わず、追い討ちをかけるようにこう続けた。


「それにじゃ。 それにもぅ一つ訳が有るのじゃ」


「は? どのような訳でございましょう?」


死神大王は一旦ここで黙った。

一呼吸置いた。

そして言った。


「それはのぅ・・・」


から初めて・・・











こぅ。。。







つづく