死人帖(しびと・ちょう) ― the Last 'R'ule ― #206



「先程、ソチはこぅ申したな。 手助けした男女の名を、破瑠魔外道と妖乃 雪と」


「確かに」


「ソチは知らぬのであろう。 如何(いか)に筆頭元老とはいえソチはまだ若い故」


「何をでございましょうか?」


「実を申せば、かつて我等死神を殺した人間がこの不良孔雀とやらの他にもぅ一人おったのじゃ」


「エッ!? そ、それは誠でございますか?」


「あぁ。 誠じゃ」


「だ、誰でございます、その者は?」


「その者の名は・・・」


死神大王はここで言葉を切った。

そして一呼吸置い続けた。


「妖 玄丞(あやし・げんじょう)じゃ」


「妖 玄丞? 初耳でございます」


「そうじゃろう。 この名はワシが封印したのじゃからな」


「ナゼでございます?」


「筆頭元老・安母尼亜 邪主天。 ソチには語らねばなるまい。 封印した全てを。 あの忌わしい出来事、その全てを。 筆頭元老・安母尼亜 邪主天ょ、良〜く聞くのじゃ。 これは今より500年前の出来事じゃ。 その頃、人間界における日本は戦国時代じゃった。 その群雄割拠する中、人目を避けヒッソリと暮らす山里が有った。 世捨て人の集落じゃ。 その集落は、その名を妖一族と言ぅた。 ナゼ人目を避けておったのか、それは彼奴等(きゃつら)は追われておったからじゃ、因縁浅からぬ別の集落の住民達に。 その更に一千年前の出来事故に」


「その更に一千年前の出来事故・・・!? で、ございますか?」


「あぁ」


「して、その出来事とは?」


死神大王は語った、あの破瑠魔人道と妖の女・蛮娘の物語を・・・



(この物語は 『妖女 #135〜』 を!? ご参照下さい : 作者) http://comarude.ojaru.jp/ayasime2/5.html



そしてこう付け加えた。


「その昔ある死神がおった。 その名を屍童(しどう)という。 ある時、其奴(そやつ)は自らの死人帖にある男の名を書いた。 そしてその男の死ぬのを待った。 当然、その男はそこでそのまま死ぬるはずじゃった。 心臓麻痺でじゃ。 ところがじゃ、ところがこの男はいよいよ死ぬるという正にその瞬間、雷に打たれたのじゃ。 普通ならそれでお陀仏(だぶつ)じゃ、心臓麻痺ではのぅて。 じゃが。 じゃが、不思議な事にその男は死ななんだ。 落雷の直撃にも耐え、心臓麻痺にもならず、その男は生きておったのじゃ、何か分からぬ我等の理解を超えた力が働いて・・・。 そぅ。 我等の理解を超えた摩訶不可思議(まかふかしぎ)な死人帖すら打ち消す力が働いてのぅ。 代わりにこの死神・屍童が死んだ、死人帖の規則により。 同時に屍童の死人帖も消滅した。 やはり死人帖の規則によってじゃ。 そしてその男は、その名を・・・」


「妖 玄丞でございますか」


「そぅじゃ、妖 玄丞じゃ。 しかもこれ以後、此奴(こやつ)の予定没年月日時はのぅのぅた。 そぅ。 消えたのじゃ、此奴の予定没年月日時が。 しかしこの事件はその時点では誰にも全く気付かれなんだ。 つまり死神・屍童の死因は謎に包まれたままだったのじゃ。 そしてそのまま百数十年の歳月が流れた。 そんなある日。 この屍童の跡を継いだ死神・主水(もんど)が屍童の遺品の中から偶然一冊のノートを見つけたのじゃ」


「一冊のノート!? 死人帖でございますか?」


「いいゃ、違う。 日記帳じゃ」


「日記帳?」


「そぅじゃ。 日記帳じゃ」


「ククククク・・・」


「何を笑う?」


「これが笑わずにおられましょうゃ? ククククク・・・」


「ン!? ナゼじゃ?」


「死神が日記帳でございますか? 死人帖でもなく、閻魔帳でもなく。 日記帳。 ククククク・・・」


「死神が日記をつけるのが、そんなにおかしいか?」


「初めて聞きました故。 ククククク・・・」


「死神界元老院・筆頭元老・安母尼亜 邪主天ょ、予(よ)の前でそのように笑うではない」


「アッ!? こ、こ、こ、これは大変失礼致しました。 で、で、出過ぎた真似、平にご容赦を・・・」


「まぁ、良い。 ソチが笑うのも無理はない。 今のこの怠惰な死神界で育ったソチがそのように笑うのも無理からぬ事じゃ。 じゃがのぅ、安母尼亜 邪主天ょ。 昔はおったのじゃそのようなマメな死神も、少しはな、この死神界にも・・・。 そして屍童はそのマメな死神だったのじゃ。 対して、その跡取りの主水は全くその真逆。 横の物を縦にもしようとはせぬ程の物臭(ものぐさ)じゃった。 何せ目の前にあった屍童の日記帳を百年以上も放置しっ放しだったのじゃからな」


「目の前の日記帳を百年以上もでございますか」


「あぁ」


「中々の無精者のようでございますぁ、その主水とやらは」


「中々どころか、今のこの怠惰な死神界でも中々見付けられぬ程じゃ」


「そのようでございますなぁ。 ところで、そのマメな死神・屍童はその日記帳に何と?」


「それじゃ。 この屍童という死神は、稀(まれ)に見るマメさでのぅ。 自らが死人帖に記載した人間の情報を一々全部、それはそれは実に事細(こと・こま)かにそのノートに書き記しておったのじゃ。 己が目をつけた時点から死ぬる様子までを実に事細かくな。 そしてその一番最後に書かれて有ったのが・・・」


「妖 玄丞」


「その通り。 否、正確には 『妖 玄丞死せず。 死人帖敗れたり。 よってわが命ここに尽き果てたり・・・』 と、ここまでじゃ」


「それで事実が露見?」


「そぅじゃ。 しかし、このような事はかつて有り得ん事じゃった。 ために死神界は大騒ぎ、大パニックになった。 当然じゃ。 死人帖が通用せぬ人間がおったのじゃからのぅ。 しかも其奴(そやつ)はまだ生きておった、人間の分際で百数十年も。 それも予定没年月日時なしの名前のみでじゃ。 故にこの屍童の敵討ちとばかりに、次々と多くの死神達が先を争ぅてこの妖 玄丞の名を自らの死人帖に記載し始めたのじゃ。 どのように死の設定をすればこの妖 玄丞を殺せるかとのぅ。 じゃが、それらは全てダメじゃった。 全く効かなかったのじゃ、この妖 玄丞という男には・・・。 と、すれば妖 玄丞の名を自らの死人帖に書き込んだ者達はどぅなったと思う?」


「死!? で、ございますか?」


「その通り。 死じゃ。 全て死におった。 こぅなるとそれまで暇を持て余して来た死神達は益々エスカレートして行き、それはもぅまるでロシアンルーレットの様相を呈して来たのじゃ。 その勢いたるや凄まじく、それはもぅ、このまま行けば死神界は滅びるのではないかとさえ思える程じゃった。 恐らく死神界の死神の五分の一はあれで死んだであろう。 よってこれを何とかせねばならぬ。 故に我等は知恵を絞った。 死神界を滅びさせぬためにはどぅすれば良いかをな。 その時じゃ、その時・・・。 まぁ、大王のワシがこのような事を申すのもなんじゃが、あれこそ正に天の助け。 そこに1匹の死神が現れた。 そして其奴が見事この妖 玄丞なる人間を仕留めたのじゃ」


「誰でございます、その死神は?」


大王はここでチョッと間を取った。

それから徐(おもむろ)にこう言った。











「その死神の名、それは・・・」







つづく






死人帖(しびと・ちょう) ― the Last 'R'ule ― #207



「・・・苦竜じゃ」


「エッ!? 苦竜!?


「そうじゃ。 苦竜だったのじゃ、その死神は。 知っての通りヤツは遊び好きじゃ。 しょっ中、ワシ等の目を掻(か)い潜っては人間界に入(い)り浸(びた)っておった、昔も今も変わらずにのぅ。 よって、人間界の情勢に誰よりも精通しておったのじゃ、苦竜は。 それからヤツはこの妖一族を観察した。 来る日も来る日もな。 余程興味があったのじゃろぅ、ヤツは観察し続けたのじゃ、この妖一族を。 それはそれは辛抱強く数ヶ月に渡って。 そして終に発見したのじゃ。 この妖一族にはライバルがおる事を」


「ライバル?」


「そぅじゃ。 因縁浅からぬライバルじゃ。 そのライバルこそが何を隠そう・・・破瑠魔一族じゃ」


「ハルマ!?


「そぅじゃ破瑠魔じゃ」


「破瑠魔外道のハルマでございますか?」


「恐らくそぅじゃ、その破瑠魔じゃ」


「な、何という事!?


「じゃが、驚くにはまだ早い」


「と、申されますと?」


「ウム。 この苦竜が殺した妖 玄丞には一人娘がおった」


「はぁ?」


「気のない返事じゃな」


「はぁ。 唐突に娘と申されましても・・・」


「そぅじゃな。 そぅかも知れぬな、知らぬ者にとってはな」


「・・・」


「良かろう。 教えてやろう。 この妖 玄丞の一人娘の名を」


「・・・」


「妖 玄丞が一人娘。 その名は・・・雪じゃ」


「雪?」


「そぅじゃ」


「・・・」


「・・・」


一瞬の沈黙があった。


突然、


『ハッ!?


安母尼亜 邪主天が何かに気付いた。

そして言った。


「も、もしや。 もしや、その雪とは。 妖乃 雪と何か?」


「ウム。 ハッキリした事は言えんが、妖の女・雪とこの妖乃 雪には何か深〜い係(かか)わり合いが有るのではなかろうか」


「確証は有るのでございましょうか?」


「いいゃ、ない!! ワシの勘じゃ」


「ならもし、破瑠魔外道が破瑠魔大道の流れ。 加えてこの妖乃 雪と妖の女・雪との間に何らかの縁(えにし)が有るとするなら、苦竜はかつて自分が殺した人間縁(にんげん・ゆかり)の者達の手に掛かって死んだという事に」


「そぅいう事じゃ」


「・・・。 因縁でございましょうか?」


「あぁ。 認めとうはないがのぅ」


「しかし、苦竜は如何(いか)にしてその妖 玄丞とやらを?」


死神界元老院・筆頭元老・安母尼亜 邪主天のその問い掛けに死神大王が答えた。


「それはこぅじゃ。 苦竜はこぅやったのじゃ。 ・・・」











と。







つづく






死人帖(しびと・ちょう) ― the Last 'R'ule ― #208 最終回



「それはこぅじゃ。 苦竜はこぅやったのじゃ。 先ず、ライバルの破瑠魔一族を知るや否や苦竜はその一族を調べ上げた。 するとその中に一人、恐るべき秘術を使う者のおる事を知った。 恐るべき炎術を使う者がのぅ」


「炎術でございますか?」


「そぅじゃ、炎術じゃ。 この炎術を使う達人、それはその名を破瑠魔大道と言った」


「破瑠魔大道!? でございますか?」


「そぅじゃ」


「さすれば名前からして、やはり破瑠魔外道とは何やら有りそうでございますな」


「恐らくはな」


「して、苦竜はどのように?」


「ヤツは・・・苦竜は、この破瑠魔一族の守護本尊・魔王権現に成り済まし、この破瑠魔一族の長にその神託と称して妖一族の所在を告げ、これを討てと命じたのじゃ。 当然、破瑠魔一族はその追手に大道を加えた。 それも頭としてのぅ。 それを見て、次に苦竜は自らの死人帖にこぅ記したのじゃ。


 妖 玄丞。


 ある強力な炎術使いの手に掛かり、全身焼かれて死亡。


とな」


「して、首尾は?」


「全て苦竜の思惑通りじゃ。 妖 玄丞は破瑠魔大道に討たれ、その恐るべき炎術により灰燼(かいじん)と帰したのじゃ」


「そぅだったのでございますか」


「あぁ」


「だが、ナゼこれを封印なされたのでございますか?」


「簡単じゃ。 そのような死人帖の通じぬ人間が現れたという事になると死神界の存続が危うくなる。 その時ワシはそぅ判断した。 そして死神どもには以後二度とこの妖 玄丞の名を口にする事を禁じたのじゃ。 而(しか)して後500年、怠惰な死神界の風潮のお陰でいつの間にかこの妖 玄丞の件は忘れ去られてしもぅたのじゃ。 最早、これを知る者はワシを置いて他にはおるまい。 そこまでにのぅ」


「左様(さよう)でございますか、そのような事が・・・」


「あぁ、そぅじゃ」


「しかし、それでもやはりこの件はこのまま捨て置く訳には参らぬかと。 如何(いかが)でございましょう、大王様。 この不良孔雀は置いて置くとして、せめて破瑠魔外道と妖乃 雪の両名は裁いておくべきかと・・・」


「ならん!! 断じてならん!!


「し、しかし、大王様。 このような者達を生かして置いたと有っては、やはり配下の死神どもに示しが・・・」


「良いか、安母尼亜」


「ハッ!!


「この破瑠魔外道が、あの妖 玄丞を破った破瑠魔大道の流れであるとすれば、此奴が如何(いか)なる能力を隠し持っておるか計り知れぬ。 又、この妖乃 雪がもしあの妖の女・雪と深い関わりが有ったならば、それこそ一大事じゃ。 恐らくこの3人の中で一番恐ろしきはこの妖乃 雪じゃ」


「妖乃 雪がでございますか? あんな小娘が・・・」


「そぅじゃ、妖乃 雪がじゃ。 あの妖の女・雪を知っておる者なら皆そう思うはずじゃ」


「お言葉ではございますが大王様。 いくらなんでもあの年端(としは)も行かぬ小娘如(ごと)きが・・・」


大王が遮って言った。


「いいゃ。 その年端も行かぬ小娘如きが一番恐ろしいのじゃ。 聞くのじゃ、安母尼亜 邪主天ょ。 もしこの妖乃 雪があの妖の女・雪の流れであったなら、俄(にわ)かには信じ難(がた)いかも知れぬが・・・」


ここで大王はチョッと間を取った。

一呼吸置いた。

そして感慨深げにこう続けた。


「我等死神総掛かりでも恐らくは敵うまい」


これを聞き、安母尼亜 邪主天は驚いた。


「こ、小娘一人にでございますか!? 高が小娘一人如(ごと)きにでございますか!?


「あぁ、そぅじゃ。 高が小娘一人如きにじゃ。 もし下手を打つような真似をしたら。 この小娘一人如きに我等死神は皆殺しにされるじゃろう」


「・・・」


安母尼亜は黙っていた。

動揺していた。

というのも、まだ女子高生の雪が、隠そうとせずに駅の階段を上って行くのを下から見上げたら間違いなくパンツ丸見えの雪が、外道、不良を遥かに凌ぐと言われても、それを素直に受け入れられなかったのだ。

況(まし)してや、死神界総出で掛かっても妖乃 雪、たった一人に敵わないなど到底信じられる話ではなかった。


だが、


その安母尼亜 邪主天に死神大王が厳しく言い聞かせた。


「よってこの3人に手を出す事は相成らん。 見る事もじゃ」


「み、見る事も? で、ございますか?」


「そぅじゃ。 我等がもし此奴等(こやつら)を死神界(ここ)から見たとする。 さすれば彼奴等(きゃつら)は必ず、見られている事を感じ取り、誰が何処(どこ)で見ておるかを知ろうとするはずじゃ。 そうなれば大変じゃ。 彼奴等は必ず死神界(ここ)を突き止める。 その時もし我等が彼奴等を見るのを止めねば、それを止めさせようとして彼奴等が死神界(ここ)へやって来るのは必定だからじゃ」


「お、お言葉ではございますが、大王様」


「何じゃ?」


「いくら彼奴等が恐るべき能力(ちから)を持つ者達とはいえ、いくらなんでも死神界(ここ)へ参る事は・・・無理かと」


「ウム。 ソチの言う通りかも知れぬ。 じゃがな、安母尼亜 邪主天ょ。 ソチはこれまであのようなやり方で死人帖を破る事を考えた事が有ったか?」


「いいぇ、大王様。 思いもよらぬ事でございました」


「ならば今、ソチが思いもよらぬ死神界(ここ)へ彼奴等がやって来る可能性をどぅ否定する」


「そ、それは・・・」


安母尼亜がチョッと口ごもった。

それを見て大王がキッパリと命じた。


「これは余(よ)の命令じゃ!! この3人、即ち、不良孔雀、破瑠魔外道、それに妖乃 雪には今後一切関わってはならぬ!! 見る事もじゃ!! 良いな、左様に触(ふ)れを出すのじゃ!!


「ハハァー!!


大王の命令を渋々聞き入れ、そそくさと立ち去る死神界元老院・筆頭元老・安母尼亜 邪主天の後ろ姿を見送りながら、死神大王は思っていた。


『不良孔雀、破瑠魔外道、そして・・・妖乃 雪・・・か。 何と恐ろしき者達じゃ・・・曲りなりにも神である死神を殺すとは・・・』


と。


そして又、こうも思っていた。


『如何(いか)に死神界のためとはいえ。 苦竜よ、許せ!! 許すのじゃ!! ソチの敵を討とうとせぬ、この父を。 わが息子・苦竜よ・・・』


とも。


そぅ。


死神・苦竜は、死神界の王、即ち、死神大王の隠し子だった。

よっていずれは死神大王となったかも知れない身分だったのである。


悪戯が過ぎなければ・・・











時に、平成2151日からゴールデンウィーク終了までの10日間・・・

春まだ若干肌寒さの残る、しかし季節外れの台風に見舞われた日本のある地域での出来事であった。







死人帖(しびと・ちょう) ― the Last 'R'ule ― お・す・ま・ひ


パチパチパチパチパチーーー!!!