死人帖(しびと・ちょう) ― the Last 'R'ule ― #31



R また遺書のような物が・・・」


ワタセの声だ。

勿論、いつものようにマックからだった。

ここは R の隠れ家である。


「画像を送ってくれ」


「分かりました」


直ぐにワタセから画像が送られて来た。

その画像の文字は、


 リクエストは

 ントー

 ゴルゴサーティーン

 のなかで

 うらみをはらすところがいい

 んだんだ

 ちはみたくないが

 をっとーとおどろくような

 すんごいばめんまたはそれに

 るいするものがみたい


だった。


そしてこの一文字目を縦読みするとこうなる。











『リンゴのうんちをする』







つづく







死人帖(しびと・ちょう) ― the Last 'R'ule ― #32



「ごめん。 スズメ。 緊急招集が掛かった」


ここは岩清水霊寺とそのフィアンセ、美空スズメの滞在しているホテル。

時は昼過ぎ。

例のおざ・・・汚邪悪一郎(おじゃわ・いちろう)によるバスジャック事件の起こった日から一週間後の事だった。


この時、


岩清水霊寺は不審の念を捨てきれぬまま既に日神太陽の尾行は止めていた。

当然だ。

あんな事があったのだから。


岩清水霊寺はこの件を上司に報告してはいなかった。

これ又当然だ。

FBI 捜査官ともあろう者が、一般人の日神太陽にいとも簡単に尾行を見破られたのだから。


つまり岩清水がレイの尾行を止めたのは、レイの疑いが晴れたからではなく、とりあえず日神太陽に関しては保留にしただけだった。


そして今日、


岩清水霊寺は、美空スズメと二人揃って式を挙げる教会の神父に挨拶に行く事になっていた。

そのキャンセルのために岩清水はワザワザそこに戻ったのだ。

こういう事は電話で済ますわけには行かない。

セレモニーを重んじる女相手に、いい加減に済ます事は許されないのだ。

直接スズメと会って訳を話さなければ、後々面倒になるのは必定(ひつじょう)だったからである。


だが、


岩清水霊寺がそこに戻った理由はそれだけではなかった。

FBI 本部との連絡用に使用している、持ち運び可能な12インチノートパソコンを取りに帰らねばならなかったのだ。

ある理由のため。


「エッ!? じゃぁ、式の打ち合わせと神父様への挨拶はどうするの? わざわざ神父様がお時間を・・・」


美空スズメがぶーたれて言った。


「済まない。 君一人で行って上手く取り繕(つくろ)って欲しい」


「・・・」


「君にはホントに済まないと思ってる。 だが、上からの指令じゃ従わない訳には行かないんだ。 分かって欲しい」


「分かったゎ、霊寺。 わたしが上手くやっとくゎ」


「済まない。 本当に済まない」


「仕方ないゎ。 それがアナタの仕事なんだから。 帰りは何時?」


「あぁ。 なるべく早く帰るようにする。 本当にごめん。 スズメ」


「なるべく早く帰ってネ」


「あぁ。 そうする」


そう言って岩清水霊寺は美空スズメを抱きしめて “行って参ります” の口吸い(キスの事)をした。

そして急ぎホテルを出た。


スズメは怪しんだ。

岩清水の様子がおかしいと。


真っ青な顔色と過度の緊張感がその顔から読み取れていたのだ。

普通の女にはこんな事を読み取るのはムリだ。


つー、まー、りー、・・・


『無理ーーー!! 無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理ーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!


だ。

いかに女の直感が鋭くてもだ。

なにしろ相手は単なる平凡なオッサンではなく FBI 捜査官なのだから。

だが、スズメは違っていた。

ホンの数週間前まで現役バリバリの FBI 捜査官だった美空スズメは。

それも優秀な捜査官だったスズメにしてみれば、岩清水の様子がどことなくおかしい位の事を読み取るのは当たり前に出来た。


岩清水がホテルを出て、チョッと間(ま)を取ってからスズメが後を追った。

岩清水に気付かれないための行動だ。


岩清水はタクシーに乗る所だった。

すぐにスズメもタクシーを止めその後を追った。


岩清水のタクシーは JR 山手線高田馬場駅近くで止まった。

タクシーを降りるとすぐ岩清水はポケットからイヤホンを取り出した。


だが、


そのイヤホンは岩清水の物ではなかった。

つい先程この美空スズメの待つホテルに戻る途中、不意に見知らぬ男から手渡された物だった。

その男は背後から岩清水に近付き、今岩清水が手にしているイヤホンを差し出してこう話し掛けた。


「これとアナタが普段捜査に使用しているパソコンをデータカードと一緒に持って、なるべく早く JR 高田馬場駅早稲田口(たかたのばばえき・わせだぐち) JR 線改札口前時計下まで来て下さい。 そこでこれを耳にはめて下さい。 これはラーの命令です。 従えない時はこうなります」


岩清水が意味も分からぬままイヤホンを受け取った次の瞬間、



(ダァーーー!!



その男は突然走り出し30メートル程先で立ち止まったかと思うと、その場でバタリと倒れ込み、苦しみ始め、しばし七転八倒した後、動かなくなった。

この間わずか数十秒の出来事だった。

その姿を岩清水は恐怖と驚愕の入り混じった表情で見つめていた。

そしてすぐにその場を離れた。

後に悲鳴とどよめきを残して。

勿論、事件に巻き込まれないためにだったのは言うまでもない。


そのイヤホンを岩清水が右耳にはめた。

声が聞こえた。

どこか聞き覚えのある声だった。

だが、今の岩清水にはそれが誰だか考える精神的余裕は全くなかった。


ナゼか?


それはイヤホン越しに岩清水に話し掛けた声の主の言葉を見れば明らかである。

その声はこう岩清水に命じていたのだ。


「言われた通り来てくれましたネ。 よろしい。 わたしがラーです」


この言葉を聞き岩清水が回りを見回した。

すると、


「キョロキョロしないように。 ズーっと正面を向いたままわたしの言う通りにして下さい。 先ずわたしがラーである証拠をお見せしましょう。 今いる位置から一旦、2、3歩さがって西武新宿線券売機付近を良〜く見ていて下さい。 何が起こっても振り返ったり左右を見回したりしないように。 いいですネ」


一瞬、岩清水の表情が険しくなった。


その時、不意に岩清水の背後から、



(パパパパ、パーーーン!!



クラッカーの鳴る音が聞こえた。

突然の事に岩清水は、



(ビクッ!!



驚いた。

それと同時に数人の子供達が笑いながら早稲田通りを早稲田とは反対方向に走って逃げた。

恐らくその子供達の悪戯だったのだろう。


岩清水は振り返ってそっちを見たかった。

しかし我慢し、ジッと西武新宿線券売機付近を見つめていた。

ラーの言い付けを守ったのだ。


だがその直後、岩清水の顔が畏怖と恐怖で引き攣(つ)った。

顔色が真っ青だ。

しかし、クラッカーの音位でそんな風になるのであろうか?


いいゃ、違う!!


岩清水はクラッカーの音に驚いてそうなったのではない。


ならナゼか?


「ゥゥゥゥゥ・・・」


券売機コーナーで待ち合わせでもしていたのだろうか、そこに立っていた男が急に苦しみだして倒れたからだ。


「ゥゥゥゥゥ・・・」


七転八倒して苦しがっている。

両手を左胸、心臓の位置に当てて。


ラーの声が続いた。


「あの男は連続婦女暴行殺人事件の容疑者で手配中の男です。 そしてその事件はあの男の犯行に間違いありません」


男は相変わらず顔を苦痛で歪め、その場で転げ回っている。

それが5〜6秒続いた後、



(ピタッ!!



男の動きが止まった。

その周りに人垣が出来た。

それまで少し離れてその異様な状況を見ていた野次馬達が、一斉にその倒れ込んだ男を取り囲んだのだ。


岩清水はその場を動かず、ジッとその様子を見ていた。

券売機前はパニックになっている。

女の悲鳴やら、駆けつけた警察官の吹く笛やら、野次馬のざわめきで大騒ぎだ。


その時、

岩清水の背後に男の人影が。

だが、岩清水は気付かない。

その男はサングラスを掛け、マスクをし、着ているロングコートに付いているフードを頭からスッポリと被っていた。

そのため顔は全く分からなかった。

分かったのはスリムで長身という事だけだった。


声が聞こえた。

イヤホンからか、後ろからか、あるいは同時だったかは、周りの騒音が煩(うるさ)くて分からなかった。


「振り向かずにこれを受け取って下さい。 決して振り向かないように。 振り向いたらアナタもああなります」


その声と同時に岩清水の背後から、 B4 サイズの書類が楽に収納出来る大きさのビニールカバー付きの事務用茶封筒が差し出された。

岩清水は振り向かずにその茶封筒を受け取った。


すぐさま男は岩清水から離れた。

すると又、イヤホンから声が聞こえた。


「東京駅までの切符を買って山手線のホームに入って下さい。 ただし、指示があるまでは電車に乗らないように。 ホームのエスカレーター脇にいてキョロキョロせずに西武新宿線側にある看板を見ていて下さい」


言われるままに岩清水がホームに入った。


岩清水は茶封筒を手渡した人間が誰か全く分からなかった。

否、それどころか男か女かさえも。

又、辺りは大騒ぎで岩清水達のこのやり取りを気に留める者も全くいなかった。


だが、


ただ一人これを目撃していた者がいた。


美空スズメである。

スズメは一人冷静にこの場面を見ていた。


フードを被ったスリムで長身の男が岩清水から離れた後、ホームに入った岩清水の後を追った。

階段を上がるとホーム内のエスカレーター脇から西武新宿線側の看板をジッと見つめている岩清水の姿があった。


スズメはエレベーター脇に立ち、気付かれないよう岩清水に背を向けた。

スズメは考えていた。


『さっきのあの男は一体・・・!?


と。











時々、チラッチラッっと岩清水の様子を窺(うかが)いながら。







つづく








死人帖(しびと・ちょう) ― the Last 'R'ule ― #33



「次の渋谷方面行きの電車に乗って下さい。 乗車するドアは、今アナタがいる場所に止まった車両の進行方向一番前のドア。 そして新宿駅に着くと多くの人が座席を離れます。 進行方向右でも左でもどちらでも構いません、なるべく一番端の座席のドア側に座って下さい。 ダメな時は空くまで待ちましょう。 あぁ、そうそう言い忘れていました。 アナタは見られているという事をお忘れなく。 この意味は勿論お分かりですネ」


と、イヤホンから声がした。

その直後電車がホームに入って来た。

その車両の進行方向一番前のドアから岩清水が乗り込んだ。


その車両の一番後ろのドアから美空スズメが乗り、ドア付近の岩清水の様子が見える位置で岩清水に背を向けて立った。


新宿駅に近付くとラーの言った通り、座席に座っていた人達が立ち上がり始めた。

運良く岩清水の前に座っていた人も立ち上がった。

岩清水はそこに座った。

そこはその車両の進行方向左側最前列の3人掛けシートのドア側だった。


「新宿ー!! 新宿ー!!


電車が新宿駅に着いた。

降りる客数より乗り込んで来る方が遥かに少ない。

当然車内の雑音も少なくなった。

電車が発車するとすぐ、イヤホンからラーの指示があった。


「封筒を開けて下さい」


言われた通り中を開けると、5枚の封筒と1本のせこいボールペンと安っちいトランシーバーが1個入っていた。


「そのトランシーバーでわたしと話が出来ます。 何か喋(しゃべ)ってみてください。 但し小声で。 お分かりですネ」


「あぁ、分かった」


「よろしい。 チャンと聞こえます」


「・・・」


「先ず、中に入っている5枚の封筒を出して下さい。 その封筒は封はしてはありますが所々穴が開いています。 その5枚の内、一番上の穴が一つだけの封筒の穴の部分に、今回のアナタ達の任務に関し直接指示を出している直属の上司の名前を間違えないように顔を良く思い浮かべて書き込んで下さい。 そしてアナタのパソコンを取り出しデータカードを挿入して起動して下さい。 間もなく上司からメールが届くはずです。 届いたらお知らせ下さい」


言われるまま岩清水は上司の名前を書き込み、データカードを挿入したパソコンを起動し、メール BOX を開いた。

この間約1分。

メールはまだだった。

岩清水は一駅待った。

この間、更に5分。

もう一度メール BOX を開いた。

確かに上司からのメールが届いていた。

岩清水はトランシーバー越しに言った。


「確かに来た」


「開いて下さい」


メールを開いた途端、岩清水は驚いた。

そこには自分を含めた FBI 捜査官達の名前と顔写真入りのリストがあったからだった。

全部で12人。


「そこに何がありますか?」


「・・・」


「どうしましたか? 何がありますか?」


「な、名前、略歴それと写真だ。 FBI 捜査官の」


「何人分ですか?」


12人分だ」


「その中にアナタの分もありますか?」


「あぁ。 ある」


「では残り4枚の封筒の穴の部分に一つに一人ずつ、アナタ以外の11人の名前を間違えないように注意して書き込んで下さい。 但し、書き込む前に顔写真を良〜く確認してから書くように。 いいですネ」


「分かった」


『クソッ!! ラーめ。 一体これは何の真似(まね)だ!? 俺に何をさせるつもりだ・・・』


そう思いながら岩清水は11人の捜査官の名前を間違いなく書き込んだ。

するとイヤホン越しにラーが命じて来た。


「終わったようですネ。 念のためもう一度スペルに間違いがないか良〜く確認して下さい。 どうですか? 間違いありませんか?」


「あぁ、間違いない」


岩清水がたった今書き込んだ捜査官達の名前のスペルを確認して言った。


「では送られて来たメールをゴミ箱に入れて消去して下さい。 ・・・。 消去しましたか?」


「あぁ、消去した」


「よろしい。 ならこれが最後です。 アナタのパソコンそれにトランシーバーと5枚の封筒を茶封筒に入れて網棚の上に乗せて下さい。 そして前を向いたまま動かず、東京駅に着いたらそこで降りて下さい。 但し一番最後に。 それから5歩前に歩いて立ち止まり、降りた電車に背を向けたまましばらくジッとしていて下さい。 決して振り返らず。 あぁ、そうそう。 イヤホンも茶封筒に入れておくように。 それで全て終わりです。 ご苦労さまでした」


岩清水が言われた通りにして茶封筒を網棚の上に乗せた。

そして暫(しば)らくジッとしていた。

その電車はいくつかの駅を通過した。

そして、


「東京ー!! 東京ー!!


東京駅に着いた。

岩清水は言われた通り振り返らず、一番最後に電車から降りた。


『ラーは何のためにあんな事を? 一体、俺に何をさせたんだ? それにしてもあの声? どこかで・・・? 確かにどこかで・・・?』


そう思いながら。


だが、


降りて数秒後、急に心臓がキリキリと痛み始めた。



(ドックン!! ドックン!! ドックン!! ・・・)



即座に激痛へと変わった。


「ゥゥゥゥゥ・・・」


胸を抑えながら岩清水がその場に倒れ込んだ。

激しい痛みの中、薄れ行く意識の下、岩清水がまだ閉じていない電車の中を見た。


『ハッ!? 日神太陽(ひがみ・レイ)!? ラ、ラーはお前か・・・!?


そぅ。


そこには・・自分の目の前の電車には・・岩清水を見下すように・・蔑(さげす)むように・・勝ち誇った冷たい微笑みを浮かべ、下目使いで見下ろすレイの姿があったのだ。


岩清水は左を下にした半身の状態だった。

自由になる右手をレイに向け伸ばそうとした。

それは今自分が追っているラーを見つけた岩清水が、無意識に取った行動だった。

有能な捜査官が、自分の追っている犯人を捕らえようとする無意識の行動だったのだ。



(プルプルプルプルプル・・・)



震えながら僅(わず)かに腕が伸びた。

そこへ驚き、不安、心配といった感情の入り雑(ま)じった複雑な表情をした美空スズメが駆け寄った。


「霊寺ー!!


と、叫びながら。

そして岩清水を背後から抱き起こした。

しかし岩清水霊寺はもう二度と、その美空スズメの顔を見る事は出来なかった。

既に心臓の鼓動が止まっていたからである。


その時、



(ガシャン!!



ドアが閉まった。



(ゴトン!! ゴトン!! ゴトン!! ・・・)



電車が走り出した。

どうやら運転手も車掌もこれに気付かなかったようだ。

否、もしかすると気付いたが酔っ払いか何かと勘違いしたのかも知れない。


何事かと電車の中からそれに気付いた乗客達が窓からホームを見ている。

岩清水の乗っていた車両では殆(ほと)んどの乗客達がそれに気付き、窓からホームを見ていた。

当然レイも。

もっともレイはその騒ぎのドサクサに紛れて素早く網棚の上の茶封筒を手に取ってからだったが。


みんながみんな興味丸出しだ、一人を除いて。

そしてその一人は冷静だった。

チャーンと見ていた。

美空スズメが岩清水霊寺を抱き起こそうとして横に置いた、それまで手にしていた一枚の封筒を。


そぅ。


“一枚の封筒” を。


確(しっか)りと・・・見逃さず。


そしてレイの乗った電車が過ぎ去った後に残った物は、


「霊寺ー!! 霊寺ー!! 霊寺ー!! ・・・」


泣きながら岩清水霊寺の遺体にすがり付いている美空スズメの叫び声だけだった。


空しくホームに響き渡る美空スズメの悲鳴にも似た、涙混じりの・・・











悲しい叫び声だけだったのである。







つづく







死人帖(しびと・ちょう) ― the Last 'R'ule ― #34



「なぁ、レイ?」


苦竜がレイからもらった大好物のリンゴを、



(ガブリッ!!



美味そうにかぶりつきながら聞いた。

ここはレイの部屋、岩清水霊寺が死んだ日の夜の事である。


「何だい、苦竜?」


「一体、どうやって殺(や)ったんだ? アイツらを」


「アイツらって?」


「今日のヤツらだょ。 FBI の・・・」


「あぁ、あの事か。 ・・・。 知りたいかい?」


「あぁ、知りたい」


「簡単さ。 僕はネ、苦竜。 今日のために色々試してみたんだ、死人帖の使い方をネ。 そして分かった事があるんだ」


「何をだ?」


「最後に名前を書いても死人帖は機能する。 という事がさ」


「ン!? どういう事だ?」


「つまり死人帖はネ。 名前の部分には何も書かず、先に死因や死の状況を書いておいて最後に名前を書き込んでもその通りになるんだょ。 それを利用したのさ」


「ヘェ〜。 そんな使い方もあったのか」


「あぁ、あったんだ。 だから岩清水に一番初めに書かせた穴が一つしか空いていない封筒には 『●●●。 岩清水霊寺に岩清水同様、日本の警察関係者を極秘調査している捜査官全員の名前と顔写真を現在行なっている事を全て止め直ちにメールで送り、それに使用したパソコンの HDD を復元不可能なまでに破壊した直後、心臓麻痺にて死亡』 って、予め書き込んでおいたのさ。 そして●●●の部分に岩清水が名前を書いた。 当然メールが来る。 今度は 『■■■。 自らの FBI 本部との通信用パソコンを完全に破壊し、それを誰にも見つからないよう破棄した後、心臓麻痺にて死亡』 って、予め書き込んであった2枚目以降の■■■部分に岩清水が名前を書いた。 最後にその岩清水が電車を降りた直後に僕が岩清水の名前を死人帖の切れ端に書いたのさ。 その15秒後の時刻を死の時間に指定してネ」


「何で15秒後だったんだ?」


「それはネ。 大抵きちんとダイヤ通りに動く山手線はこの時間余程の事がない限り、メインステーションではどんなに少なくても30秒から1分間は確実に停車するからさ。 電車が停車して直ぐ死なれるのはマズイ。 電車が緊急停車しちゃうからネ。 かといって発車した後に死なれるのも良くない」


「何でだ?」


「岩清水を張ってる捜査官がいたかどうか確認出来ないからさ」


「ン!?


「スパイというものはネ、苦竜。 それを見張るスパイもいるんだょ。 チャンと仕事をしているかどうか、二重スパイをしていないかどうか、そういった事をチェックするスパイがネ。 そしてそいつもまた見張られている。 そのため、もしかしたら岩清水を見張っている捜査官がいるかどうかチェックしなければならない。 だから岩清水が死に、且、見張っている者の存在確認、そして電車が緊急停車しないための時間稼ぎ。 つまり岩清水の死とその電車の因果関係が成立しないための時間差。 それを僕は15秒と踏んだのさ。 そして電車は無事出発。 加えて、やはり岩清水を見張っている者がいた。 全て僕の計算通りだ」


「あの女か?」


「あぁ」


「どうするつもりだ、あの女?」


「さぁネ。 それはまだ考えてない。 少し様子を見てからだ」


「フ〜ン。 様子をネェ・・・。 ところでレイ」


「ン?」


「あの券売機んトコで死んだ奴。 当然アレもお前だろ、殺(や)ったのは」


「あぁ」


「どうやったんだ?」


「・・・」


レイは無言で机の上にあった死人帖のあるページを開いた。

それを苦竜の目の前に突き出した。

そして言った。


「こうやったのさ」


そのページにはこう書かれてあった。


 螻蛄克也(おけら・かつや)

 ■月■日■時■分。

 高田馬場駅早稲田口に来る。

 駅のキヨスクで一番最初に目に止まった新聞を買い、西武新宿線券売機付近に移動。

 そこで通行人の邪魔にならないよう気を付けながら、ズッと立ったまま新聞に隅から隅まで漏れなく目を通していると突然クラッカーの音がする。

 その音に驚き、心臓麻痺を起こし、そのままそこで死亡。


と。


「あのクラッカー。 どうしたかは、勿論知ってるネ」


「あぁ。 子供達に小遣い渡してたもんな。 クラッカーと一緒に」


「一人に千円渡したら、みんな、目、輝かせてたょ」


「ホンに悪いヤっちゃなぁ、レイ。 お前はってヤツは・・・。 子供まで利用するなんて」


「仕方ないさ。 何人いるのか分からない、名前も顔も知らない FBI 捜査官全員を始末するためなんだからネ」


「でも、自分で殺(や)ろうと思えば殺れたんじゃネェのか?」


「あぁ、そのつもりだったさ、始めはネ」


「しかし殺らなかった。 ナゼだ?」


「作者さ」


「エッ!?


「何から何まで全部パクるのに気が引けて、チョッと違うの入れてみようかなって・・・。 だょな、作者?」


(こ、こらっ、レイ!! キャ、キャラクターが作者に話し掛けんじゃネェょ、話し掛けんじゃ。 その通りだヶど・・・)


「フ〜ン。 人様の作品平気でパックってる割にゃ、お茶目な事するじゃネェか。 ン!? 作者」


(平気じゃなぃやぃ、ドキドキだぃ!! クレームくんじゃないかって・・・)


「まぁ、好きにやってろ」


 ・・・


「なら、レイ。 アレはどうしてだ? 何のためだ?」


「アレって?」


「ほらっ!! 岩清水とかいうヤツに封筒を渡した後、一旦ヤツから離れて裏道をウロウロしただろ。 それにコートも引っくり返してたし、サングラスにマスク。 アレは何のためだ?」


「あぁ、あの事か。 実はアレが今回一番気を使った事だったんだ。 というのも例え顔を見られなかったとはいえ、僕は始めてラーとして人前に姿を現した。 そして FBI 捜査官と接触した。 もしあの状況で岩清水を監視している者が複数人いて、その内の一人が僕の後を付けないとも限らない。 だから人通りの少ない裏道をウロウロしながら付けている者がいないかどうかチェックしたのさ。 幸いいなかった。 でも僕の姿を見た者がいたかもしれない。 だからコートを裏返した。 そのためにリバーシブルのコートを着込んで行ったんだからネ。 そしてフードの替わりに帽子を被った。 サングラスも別のに変えたし、マスクもタイプの違う物に替えた。 加えてそれまでしていなかった襟巻きもした。 つまり用心の上にも用心をって訳さ。 分かったかい、苦竜」


「あぁ、分かった。 でもょ、顔ならその前に晒してたじゃネェか。 あの岩清水にイヤホン手渡したヤツに。 もっとも晒したとは言ってもフードにサングラス、それにマスクはしてあったがな」


「あの男なら例え素顔を見られても全く心配いらなかったんだょ。 すでに死んでたヤツだったんだからネ。 死人帖に名前を書かれて」


「アレもお前が操ってたのか」


「当然さ」


「全く油断も隙もネェヤツだなぁ、お前ってヤツは、そこまで慎重だと・・・。 しかし、もし岩清水の連絡方法がパソコンじゃなかったら、あるいはもっとデカイヤツだったらどうするつもりだったんだ」


「その心配は無用さ。 今時パソコン無しの捜査なんてあり得ないからネ。 それに彼は FBI だ。 拠点はアメリカのはず。 今回、このためだけに日本に来ているに違いない。 だとすれば、デスクトップや大型ノートは考えられない。 資料のやり取りはハンディタイプのパソコンでしているはずだからさ。 そしてその通り12インチだった」


「な〜る(成る程)。 でもょ、メールとやらは別に消去させなくっても良かったんじゃネェのか? 岩清水がホントに全員の名前書いたかどうか確認出来ネェじゃネェか、あれがないと」


「あれは用心のためさ。 もしハプニングが起こって僕以外の誰かが岩清水のパソコンを持つような事になった時のネ。 あのメールの存在が知られるのはマズイ。 世の中何が起こるか分かんないからネ。 だから岩清水には最後に下りるように指示したんだ。 誰かに 『網棚に荷物置き忘れてますょ』 ナ〜ンて事言われないようにするために。 それにネ、苦竜。 ゴミ箱で消去した程度じゃ消去した事にはならないんだょ。 事実、あの後チャーンと復元ソフトで復元して父のパソコンに入力された死んだ12人の FBI 捜査官とその上司の名前と顔の照合も出来たしネ」


「レイ。 大したヤツだなぁお前は。 良くまぁ思いつくもんだ。 そんな事を」


「フッ」


レイは笑った。


そして一言こう付け加えた。


「まぁネ」


と・・・











勝ち誇って。







つづく







死人帖(しびと・ちょう) ― the Last 'R'ule ― #35



「みんな聞いてくれ」


日神総一老が捜査員全員に呼び掛けた。

ここはラー事件対策特別捜査本部内。


日神が続けた。


「知っての通り、昨日(さくじつ)。 アメリカの FBI 捜査官12人が死亡した。 全員心臓麻痺だ。 しかも時刻に多少のバラツキがあるとはいえ、半日だ。 半日で全員死んだ。 死んだ場所は約半数の5人が東京及びその近郊。 残りは関西2人、九州、四国、北陸、東北、北海道にそれぞれ1人ずつだ。 FBI に問い合わせた所、彼らはラー事件解決のための極秘任務を受けていたとの報告があった。 従って、これはラーによる殺人と断定できる。 又、今回日本に入った者は全部で12人。 よって、その全てが死んだ事になる。 つまりラーは、自らを捕らえようとする者は容赦なく殺すという事だ、犯罪者であろうがなかろうが。 即ち、ラーを追う以上我々がラーに殺されないという保障はない。 全くない」


と、ここまで言った時、



(ザヮザヮザヮザヮザヮ・・・)



対策本部内がザヮついた。

その本部内をザッと見回し、チョッと間(ま)を取ってから日神が続けた。


「この捜査から外れたい者は外れてくれ。 勿論、外れたからといって降格や今後の昇進に影響するような事は絶対にない。 それに関しては名無死(ななし)次長に頼んである。 自分の人生、家庭、家族の事を良く考えて欲しい。 その上でここに残ろうという者。 全てを犠牲にしてでもラーと戦おうという信念のある者だけ、わたしが上との会議が終わって帰って来る本日午後5時。 ここに残っていてくれ。 ・・・。 最後に」


ここで日神は一旦、間を取り、全体を見回した。

そして、


「これまで一緒に戦ってくれた事に感謝する。 以上」


そう言い残して日神は素早く身を翻(ひるがえ)し、対策本部を後にした。

上層部の会議に赴(おもむ)いたのだ。


その日の午後5時。

約束通り日神が対策本部に戻って来た。



(ガチャ!!



ドアを開け、その場で立ち止まった。



(ガサッ!! ガサッ!! ガサッ!! ガサッ!! ガサッ!!



本部内にいた者全員が振り返った。

総勢5人+ワンだった。


先程のデブリン刑事(宇田生数広 : うたき・かずひろ)、小刑事(相河周知 : あいかわ・しゅうち)、アンチャン刑事(松山桃太 : まつやま・ももた)、それに大柄ムッツリの模木完造(ぼき・かんづくり)刑事。 加えて紅一点の佐波(すけ・なみ)刑事。


の5人に+ワタセだった。


日神は驚いた・・・あまりの少なさに。


『エッ!? た、たったこれだけか!? たったの5人しか・・・』


その時、松山が言った。


「お帰りなさい、局長」


日神がムリして言った。

ムリムリの顔で。


つー、まー、りー、・・・


『無理ーーー!! 無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理ーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!


の顔で。


「みんな良く残ってくれた。 感謝する。 だが、わたしを入れて6人か・・・」


再び松山が言った。


「否、局長。 R を入れれば7人。 ワタセも入れて8人です」


その時、ワタセが手にしていた MacBook Pro からスピーカーを通して声が聞こえた。

勿論 R の声だ。


「わたしは皆さんのその強い正義感に敬意を払います。 そしてアナタ方を信じます。 ・・・」


R が続けようとした時、

横槍が入った。


「我々は R を信用してないゾ!!


デブリン宇田生(うたき)刑事がほざいたのだ。

それも結構デッカイ声で。

そして続けた。


「我々はラー逮捕のため顔も名前も晒(さら)して捜査している。 だがアンタは、顔も見せず安全な場所にいて我々に指図するだけだ。 そんなアンタをどうすれば信用出来る。 それに噂によれば死んだ12人の FBI 捜査官はアンタの命令でラーじゃなく我々を極秘の内に調べていたそうじゃないか。 もしその噂が本当なら、そんなアンタを・・・」


今度は小刑事・相河(あいかわ)が言った。


「そうだ!! アンタが顔を見せて我々と行動を共にするというのなら信用するし、協力もする。 だが、今のこの状況じゃ・・・」


最後に日神がこう付け加えた。


R !! もし我々と力をあわせてラーを捕まえる気持ちがあるのならアナタもここへ、この捜査本部へ来て欲しい」


それを最後に、



(シーーーン)



その場が静まり返った。


しばらくしてスピーカー越しに R の声が聞こえた。


「分かりました。 わたしは先程 『アナタ方を信じます』 と言いました。 いいでしょう。 皆さんとお会いしましょう。 しかし、それには条件があります」


「条件?」


日神が聞き返した。


「はい。 わたしがそちらへ行くのではなく皆さんにこちらに来て頂く。 それが条件です」


「我々がそちらへ・・・?」


「そうです」


日神がみんなの顔を見回した。


『みんなどうする? わたしはそれで構わんが』


という表情を思いっきり浮かべて。

その表情をチャーンと読み取ってデブリンが、



(コクッ!!



頷(うなづ)いた。

小刑事も、



(コクッ!!



頷(うなづ)いた。

松山も模木(ぼき)も紅一点(こういってん)の佐波(すけ・なみ)も。


これを受け、日神が振り返ってパソコンの画面に、



(ギン!!



一発、眼(がん)を飛ばしてから、


「いいだろう、 R 。 我々がそちらへ行こう」


と、斜(はす)に構えて言った。

別にパソコンに R が写っている訳ではなかったが、成り行き上チョッとポーズを取ってしまったのだった。

(実写ではこの役は鹿賀丈史さんが演じております。あの御尊顔を思い浮かべて頂くとこの辺の情景は想像しやすいかと・・・ ギン!! つって。。。 : 作者)


R が応じた。


「では、ご案内しましょう」


そしてワタセに指示した。


「ワタセ」


と一言。


「はい」


ワタセが頷いた。


R ” とだけしか表示されていない・・・











パソコンの画面に向かって。







つづく