死人帖(しびと・ちょう) ― the Last 'R'ule ― #41



「岩清水霊寺が調査していた人物が分かったって?」


翌朝、日神が他5人を従えて宇崎の宿泊先で捜査本部として使っているマンションに駆け込んで来た。

ワタセから連絡を受けたのだった。


「はい」


いつものように椅子にウンコ座りの甘い物で、宇崎が答えた。


「だ、誰なんだ、一体?」


デブリンが畳み掛けるように聞いた。


無言で宇崎がテーブルの上に置いてあった数十枚の写真を取り、日神に手渡した。

日神がその写真を一枚一枚ユックリと見始めた。

5人が背後から覗き込んだ。



(ピタッ!!



日神の手が止まった。

ある一枚の写真に見入っている。


!?


!?


!?


!?


!?


!?


6人共絶句している。

その写真に写っていたのは、


ナ、ナント!?


日神尊一郎その人だったのだ。

再び日神の手が動いた。


次の写真には日神の妻、幸子(こうこ)が。

その次には娘の雅裕が。

更に次の一枚には息子のレイが。

それ以外は名無死(ななし)次長及びその家族並びに日神、名無死両家の関係者達の写真だった。

夫々(それぞれ)一枚に一人ずつ写っていた。


愕然とした形相で日神が宇崎に聞いた。


「こ、これは?」


「はい。 岩清水霊寺の撮った写真です。 自分が調査している人物を」


「ど、どこでこれを?」


「美空スズメです。 彼女は岩清水霊寺のフィアンセでした。 岩清水調査官の遺品の中にあったそうです。 先程ワタセが直接美空スズメから受け取って来ました」


「と、言う事は・・・。 岩清水霊寺は・・・。 わたしや名無死次長を調査していたという訳か」


「はい。 恐らくはそぅいう事に」


「・・・」


「・・・」


「・・・」


「・・・」


「・・・」


「・・・」


6人共一言も言葉が出なかった。

ややあって、日神が気を取り直して宇崎に聞いた。


「で、これからどうするつもりだ?」


宇崎が表情を全く変えずに答えた。


「名無死次長、並びに日神局長宅。 先ずこの二軒に盗聴器と監視カメラを取り付けます。 何も出で来なかったら、次はその関係者宅に」


それを聞き、アンチャン松山が思わず身を乗り出した。


「バ、バカな!! ここは日本だ!! そんな事は許されない!!


小刑事相河も釣られて言った。


「い、いくらなんでもそれはムリだ!!



つー、まー、りー、・・・



『無理ーーー!! 無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理ーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!



!!


当然デブリン宇田生も。


「も、もしばれたら我々全員の首が飛ぶ!!


それに対し宇崎が教え諭すように言った。


「我々が懸けていたのは首ではなく命だったはずですょ」


これを聞き、


「ウッ!?


「ウッ!?


「ウッ!?


「ウッ!?


「ウッ!?


「ウッ!?


再び皆黙った。

暫らく沈黙が続いた。

その沈黙を破ったのは顔を曇らせた日神だった。


「宇崎。 わたしの家族と名無死次長の家族の中にラーがいると断定できるのか?」


「いいぇ。 断定は出来ません。 しかし可能性は充分有ります」


「どの位の割合で?」


「ウ〜ン。 そぅですネェ。 50%、60%、否70%。 ウ〜ン。 その位でしょうか」


「・・・」


日神が考え込んだ。

表情が暗い。

否、

顔が真っ青だ。


他の5人もだんまりを決め込んだ。

心配そうに日神の様子をジッと見つめている。


だが宇崎だけは違っていた。

もう盗聴器と監視カメラを取り付けるのは当たり前だという顔だ。

それを目で日神に促しながら見つめている。



(シーン)



しばしその場は静まり返った。

宇崎以外、皆どうしていいか分からないといった風だった。


その時、


「いいだろう、取り付けてもらおう!! ただし、取り付ける以上、徹底的にだ!! バスルームからトイレまで家中隈なく見落としのないようにだ!!


「有難うございます。 当然そぅするつもりです」


「きょ、局長!! な、何を言ってるんですか!?


と、アンチャンが。


「そぅですょ!! 自分の言っている意味がお分かりになってるんですか!? 局長には奥さんやお嬢さんがいらっしゃるんですょ」


と、初めて紅一点の佐波(すけ・なみ)が声を上げた。

残り3人も身を乗り出して何かほざこうとした。


だがそれを、


「わ、分かって言っている、そんな事位!! だが家族が疑われていて他に方法がないならやらざるを得ない。 家族の疑いを晴らすためにも」


日神が半ば自棄(やけ)っぱち気味に制した。

その迫力に押され5人が黙った。


少し間を取り、皆が落ち着いた所で宇崎が静かにこう言った。


「では、せもてもの配慮として日神家の監視は、わたしと日神さんのみで行います。 他は一人が警察庁との連絡役。 残り4人の内二人が山手線関連の HDD に名無死家、日神家、両家の関係者が写ってないか再チェック。 あとの二人は名無死家の監視。 という手筈で捜査を進めます。 そして盗聴器及び監視カメラの設置は一週間とします。 こぅいう事はダラダラ長く続けても時間のムダですから。



つー、まー、りー、・・・



『無駄ーーー!! 無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!



ですから。  又、その後コッソリ監視するような真似は一切しません。 一週間。 全ては一週間です」


「あぁ、分かった、宇崎。 一週間徹底的にやってくれ」


「勿論そのつもりです」


そう言ってから宇崎がワタセに聞いた。


「ワタセ」


「はい」


「準備にどれ位時間が掛かる?」


「明日以降なら、両家の不在時間が分かればいつでも・・・」


今度は日神の方に向き直った。


「日神さん」


「何だ?」


「何か理由を作って、日神さんのご家族と名無死次長のご家族に家を開けさせるよう取り計らって頂けませんか?」


「いいだろう。 やってみよう」


宇崎が全員の顔を見た。


「では、どこか別のもっと広くて部屋数のある適当な賃貸マンションに移り、モニタールームを二つ作り、本部をそちらに移す事にしましょう」


宇崎がそう言った時、既にその場にワタセの姿は・・・











見えなくなっていた。







つづく






死人帖(しびと・ちょう) ― the Last 'R'ule ― #42



それから数日後。

ここは日神家である。

宇崎の仕込んだモニターにレイの姿が映し出されている。



 ★ ★ ★ (リビングのモニター映像開始)



 (ガチャ!!



 玄関のドアを開けてレイが家の中に入って来た。


 「ただいまー」


 そのままリビングルームへ。

 そこにはレイの妹・雅裕と母・幸子がいた。


 「お兄ちゃんお帰りー」


 「ただいま、雅裕」


 「お帰り、レイ。 今日は早かったのネ」


 「あぁ、母さん、ただいま。 ウン、今日はゼミが休講になってネ。 だから」



 ★ ★ ★ (リビングのモニター映像終了)



「日神太陽君。 報告によれば彼は留守中部屋に誰か入ってないかチェックしています。 それ以外では部屋には特に不審な物はないそうです。 ・・・。 部屋に入りますネ。 カメラを部屋の内部に切り替えましょう」


設置されたモニターを見ながら宇崎が日神に言った。


「ウム」


日神が頷いた。



 ★ ★ ★ (レイの部屋のモニター映像開始)



 「レイ」


 「・・・」


 「なぁ、レイ」


 「・・・」


 「リンゴくれょ」


 「・・・」


 「なぁ、レイ。 リンゴくれょ」


 「・・・」


 「なぁ、無視すんなょ、レイ。 リンゴだょ、リンゴ」


 「・・・」


 「俺はリンゴが食いてぇの」


 「・・・」


 「聞いてんのかょ、レイ」


 「・・・」


 「どぅしたってんだょ。 なぁ。 無視すんなょ、無視」


 「・・・」


 「なぁ、レイってばょ。 どぅしちまったんだょ。 ったく」


 「・・・」


 ナゼかレイは、モニターには映らない、当然盗聴器も声を拾えない死神・苦竜を無視している。

 そして部屋から出た。



 ★ ★ ★ (レイの部屋のモニター映像終了)



「部屋から出ますネ。 モニターを切り替えましょう。 ドアに紙を挟んでますネ。 開けられたかどぅかのチェック用でしょうか」


宇崎が日神に言った。

ここからは日神と宇崎の会話である。


モニターを見つめたまま日神が、半分宇崎に半分独り言のようにボソッと呟(つぶや)いた。


「あれ程気にする所を見ると、何か見られたくない物でもあるのか?」


「それ程気にする必要はないと思いますょ。 きっと映画かテレビのスパイ物の真似事でしょう。 わたしもやった記憶があります。 遊び心ですょ」


「そぅか。 それならいいんだが・・・」


「あぁ、レイ君。 家を出ますネ。 それではモニターを奥さんとお嬢さんに切り替えましょう」


 ・・・


レイが家の外に出た。

無言のままいつものお気に入りの道を歩き始めた。

苦竜がレイに話し掛けた。


「なぁ、どぅしたんだょ、レイ? なぁ?」


「苦竜」


「オッ!? やっと喋る気になったのか、何だ?」


「部屋に誰か入っている」


「ン!? どぅいう事だ?」


「間違いなく僕の留守中誰かがあの部屋に入っている。 ひょっとすると部屋にカメラか盗聴器か、あるいは両方が仕掛けられているかも知れない」


「ヘッ!? それで黙ってたのか」


「あぁ」


「あれっ!? でもドアの紙切れそのまんまだったじゃネェか」


「あの紙はフェイクさ」


「フェイク?」


「あぁ、そぅさ。 フェイクさ。 本当はドアノブ」


「ドアノブ?」


「そぅ。 僕の部屋のあのレバー式のドアノブはチョッと緩くなっててネ、アソビがあるんだ。 だから部屋を出る時はいつも、一番上にあげてから少しだけ下に下げて出る事にしてるんだ。 でも、さっきドアノブは少しも下がってはいなかった。 上がりっぱなしのままだった。 つまり誰かが入ったんだ。 でも、それだけでは断定出来ない。 しかし、シャーペンの芯も折れていた」


「シャーペンの芯?」


「あぁ、そぅだょ、苦竜。 シャーペンの芯だ。 僕はネ、苦竜。 あの日・・・死人帖の力を知ったあの日以来、出掛ける前はいつもドアの蝶番(ちょうつがい)にシャーペンの芯を挟んで出掛けるんだ。 ドアを開けようとしてドアノブを手前に引いたら折れるようにしてネ。 さっきそれも折れていた。 つまり間違いなく誰かがあのドアを開けたという事さ、部屋に入るためにネ」


「フ〜ン。 そぅいや、お前、出掛ける時いつもゴソゴソ何かやってたけど。 ありゃ、シャーペンの芯だったのか」


「ドアノブに芯。 間違いない。 誰かが部屋に入っている」


「家族じゃネェのか?」


「否、それは違う。 家族なら紙切れを元には戻さない。 そこまで気が回らない。 戻してあるから反って怪しいんだ」


「ウ〜ム。 言われてみれば、なるほどあのお袋さんや妹が紙切れを戻すとは思えんな」


「あぁ。 それに泥棒が入った形跡もない。 だから監視カメラや盗聴器の可能性が高い」


「なら、どぅするつもりだ?」


「別に、いつもと同じさ。 それより大変なのは苦竜だ」


「エッ!? 何で俺が?」


「監視カメラに苦竜は映らない」


「ウムウム。 その通りー!!


「でも、リンゴは映る」


「ウムウム。 その通りー!! ・・・。 アッ!?


「フッ。 分かったようだネ、苦竜」


「クッ!?


「ま、心配はいらないょ、苦竜。 死神は死なない。 だからリンゴがなくっても生きて行ける。 つまり当分リンゴはお預けって事で問題なし・・・っと」


「チョ、チョ、チョ、チョッと待ってくれ、レイ。 お、お、お、俺様に取ってのリンゴってのは人間でいゃタバコみたいなもんでさ、ズッとないと禁断症状ってヤツが・・・」



(キッ!!



レイが苦竜の目を見据えた。


「なら苦竜取引だ!! 監視カメラを苦竜が探す。 その死角を突いて僕がリンゴを苦竜に渡す。 どぅだい、苦竜? 乗るかい」


「・・・。 前にも言った。 レイ、俺はお前の味方でもなけりゃ、 R の味方でもない。 が!? そんな事よっかあの部屋でリンゴが食えないのが一番つらい」


「じゃ取引成立かい?」


「って事んなるかな、やっぱ」


「良し!! ならこれから行動開始だ。 だが、その前に寄って行きたいトコがある。 付き合ってくれるかい、苦竜?」


「付き合うも何も、俺達は当分の間、一蓮托生(いちれんたくしょう)だ」


「確かに。 アハハハハ・・・。 じゃ行くょ、苦竜」


「ヨッシァー!!


レイと苦竜が共同戦線を張った。











R を欺くための・・・







つづく






死人帖(しびと・ちょう) ― the Last 'R'ule ― #43



その日の夜。

ここは日神家レイの部屋。

やはりまだモニターに映し出され監視されている。



 ★ ★ ★ (モニター映像開始)



 (トントン。 ガチャ。 ギィー)



 「お兄ちゃんご飯だょ」


 雅裕がレイの部屋のドアを勝手に開け、中を覗き込んだ。



 (ゴソゴソゴソ・・・)



 突然、雅裕が部屋のドアを開けたのでレイが慌ててそれまで見ていた H な写真集を隠した。


 「あれ〜。 お兄ちゃん今の何?」


 雅裕が部屋の中に入って来た。


 「べ、別に」


 「嘘ー!! な〜んか隠した。 怪しい〜」


 「な、何でもないょ。 サッ!! それよっかご飯だろ。 ご飯ご飯」


 そう言いながらレイが無理やり雅裕を部屋の外に連れ出した。



 ★ ★ ★ (モニター映像終了)



そのシーンをモニター越しに見ていた日神尊一郎が言った。


「あ、あんな物を・・・。 そ、それで部屋のドアに紙切れを・・・」


すると椅子にウンコ座りの甘い物の宇崎が、


「日神さんにはそぅ見えますか。 でも、わたしにはドアに細工したのは、これこれこぅいう物があるからですってワザとアピールしているように見えるんですがネ」


「う、宇崎。 そ、そこまでうちの息子を・・・」


「疑ってますょ。 何のために監視しているとお思いですか?」


「クッ!?



 ★ ★ ★ (リビングのモニター映像開始)



 「ご馳走様」


 レイが立ち上がった。


 「エッ!? お兄ちゃん。 もぅ部屋戻んの」


 「あぁ。 ゼミのレポート書かなきゃなんなくて」


 そう言ってレイは食器棚の下段引き戸の戸を引き、中に仕舞ってあったコーンフレークの袋を取り出した。

 それは今日の昼レイが買って来ていた物だった。


 「ギャッ!! お兄ちゃん。 今、ご飯食べたバッカなのにもぅコーンフレーク食べんの? それもチョコ味」


 「夜食だょ」


 「じゃ、牛乳は?」


 「いらない。 チョッとっつ、摘(つま)むのにいいんだょ。 これは」


 「変なお兄ちゃん」


 「アハハハハ・・・。 好みの問題さ。 雅裕とは違うの・・・僕は」



 (トントントン・・・)



 レイが階段を駆け上がった。



 (ガチャ。 ギー。 バタン)



 ドアを開け部屋の中に入った。



 ★ ★ ★ (レイの部屋のモニター映像開始)

 


 「サッ!! レポートレポート。 今夜は遅くまで掛かりそうだ」


 椅子に腰掛け、大きく背伸びをしながらそんな独り言を言っているレイの耳には、こんな言葉が聞こえていた。


 「エアコンの中に2個、2ヶ所あるカーテンレール夫々(それぞれ)の端に1個ずつ合計4個、ベッドのヘッド部分に2個、それからそれから・・・、以上。 全部で64個だ、盗聴器と監視カメラは・・・。 フゥ〜、くたびった」


 それを聞きレイが気合を入れた。


 「ヨッシャー!! 頑張るゾー!!


 そしてもう一言呟(つぶや)いた。


 「やっぱこの部屋でリンゴは止めておこう。 夜食はコーンフレークだけにしよう」


 と。


 ★ ★ ★ (モニター映像終了)







つづく






死人帖(しびと・ちょう) ― the Last 'R'ule ― #44



「レイ君頑張りますネ」


宇崎がレイの部屋を映し出しているモニターを見ながら日神に話し掛けた。

今は棒付きキャンディを舐めている。

勿論、椅子にウンコ座りだ。


「・・・」


日神は黙っていた。

不愉快だったのだ。

無理もない愛する我が子が疑われ、プライバシーが侵害されているのだから。

しかも、その監視役に実の父である自分も加わらねばならないのだから尚更だ。


そんな日神の気持ちを全く無視して宇崎が聞いた。


「レイ君は勉強中いつもコーンフレークを食べるのですか?」


今レイの机の上には、


レイが書き込んでいる A4 サイズ50枚綴(つづ)りのレポート用紙1冊。

19インチ液晶デスクトップパソコン、及びそのキーボードにマウス。

恐らくレポートを書くための参考資料であろうと思われる書籍数典。

鉛筆、ボールペン、筆ペン、マジックといった物が10本前後立ててあるペンスタンド。

蛍光スタンドに置時計に電卓。

これらがキチンと整理されている。


そして10数枚のメモ用紙。

これらは無造作に机のアチコチに置かれている。


最後に、コーヒーの入ったマグカップと封の切られた Gerroggu (ゲロッグ)のコーンフレーク。

これらは机の左側に置かれている。


やっと話す気になったのだろう日神が言った。


「さぁ、この頃は殆(ほと)んど顔を会わせる機会がないので何とも・・・。 それがどぅかしたのか?」


「はい。 チョッと気になった物ですから」


モニターの映像には時折、レポートを書きながら左手でコーンフレークを摘(つま)むレイの姿があった。

そしてそれ以外でレイに不審な様子は全くなかった。

もっともコーンフレークを摘む姿にも不自然さは全くなく、他にない以上あえて疑うとするならという程度だった。

ただ、袋の中に左手を入れてからフレークを摘み出すまで少し時間が掛かるようではあった。

だが、それも右手で夢中になってレポート用紙にペンを走らせているため、左手はおろそかにいるなっていると言われれば納得できる程度だった。



 ★ ★ ★ (レイの部屋のモニター映像開始)



 レイが参考資料の一冊を手に取り、ページを繰(く)り、しばらくそのページを読み、机の上のメモ用紙を摘み、それまで読んでいたページに挟んで資料を閉じた。


 再び、レポート用紙に論文を書き込み始めた。



 ★ ★ ★ (レイの部屋のモニター映像終了)



その様子を宇崎と日神が黙って見つめている。


『ここまでは特に変わった様子はない』


日神は、一心不乱に論文を書き続けている我が子レイの姿を見てそう思った。

日神のみならず宇崎も又そう思っていた。


その時、部屋にワタセが入って来た。

そして宇崎に声を掛けた。


「宇崎」


「ン!? どぅしたワタセ?」


「たった今、二人の犯罪者が死亡しました。 死因は二人とも心臓麻痺。 この二人はそれまで一切報道されず今放送中の10時のニュースで初めて報道された者達です。 一人は横領容疑の銀行員で取調べ中に。 もぅ一人はひったくり犯でやはり取調べ中に」


それを聞き、


「ラーだ!!


日神が即(そく)反応した。

しかも、

思わず



(グッ!!



って、ガッツポーズなんかしちゃって。

警察官なのに。。。


「・・・」


宇崎は黙っていた。


ワタセが続けた。


「名無死家では奥さんと長女がそのニュースを見ていました」


宇崎が言った。


「日神さんのお宅は、その時間奥さんとお嬢さんはドラマを見ていたし、レイ君は何も見てはいない。 それらしき様子もなかった。 ウ〜ム。 ・・・」


「どぅだ宇崎!! これで満足したか?」


「えぇ、そぅですネ。 しかし」


「しかし?」


「どぅしたんでしょうネェ、今日のラーは?」


「どぅしたんでしょうネェ?」


「はい。 今日のラーは随分と又罪の軽い者達を殺しましたネェ」


「・・・」


「日神さん」


「何だ?」


「約束は一週間。 まだ監視は続けさせてもらいますょ」


「クッ!? ・・・。 あぁ、いいだろう、宇崎。 続けてもらおう」


日神が言葉を吐き捨てた。

半ば自棄(やけ)っぱち気味だ。

それまでチョッと嬉しかっただけに尚更だった。



 ★ ★ ★ (レイの部屋のモニター映像開始)



 「ファ〜。 疲れた」


 欠伸(あくび)をしながらレイが伸びをした。


 そしてもう一言。


 「良し!! 今日はここまで」


 と。


 それから机の上のレポート用紙、資料、筆記具等を片付けた。

 最後に食べ終えたコーンフレークの空の袋を丸めて、ゴミ箱に捨てた。



 ★ ★ ★ (レイの部屋のモニター映像終了)



宇崎が日神に言った。


「レイ君。 今日はもぅレポート終わりのようですネ」


日神が答えた。


「あぁ。 そぅらしいナ」


宇崎は思った。


『今日の所は特に変わった様子なし・・・か』



― その翌朝 ―



(トントン・・・)



誰かがレイの部屋のドアを軽く叩いた。

それに続いて声がした。


「レイ!! 起きてる?」


「あぁ、起きてるょ!! 母さん!!


「今日ゴミの日ょ!! あるんなら出してネ!!


「はいはい。 ゴミはゴミはっとー。 出すほどなくはー・・・ない。 あるかぁ」



(ガチャ。 ギィー)



レイが部屋のドアを開けた。


「はい、母さん。 ゴミ」


「アラ!? 結構重いわネ、コレ。 何が入ってるの」


「あぁ、要らなくなった辞書」


「どおりで。 でも、辞書なら資源ゴミょ」


「否、いいんだょ。 破って捨てたから。 色々書き込んであったからネ」


「そ。 なら、いいゎ。 コレで全部?」


「あぁ」


「じゃ。 捨てて来るゎネ」


「悪いネ、母さん」


ドアを閉め、今度はそのドアの反対側にある窓を開けた。


「オッ!? 今日もいい天気だ」


レイは朝の日差しを全身に受け背伸びをしてから下を見下ろした。

道路が見える。

ゴミ置き場がある。

そこに母・幸子が大きなゴミ袋を捨てに行く姿が見えた。

そこへタイミング良くごみ収集車が来た。

運搬員が今しがたレイ達が出したゴミを残さず収集車の中へ放り込んだ。

その状況をレイは2階の自分の窓からジッと見下ろしていた。

耳元で囁くこういう声を聞きながら。


「しっかし、随分とまぁー、気前のいいヤツだな、レイ。 アノ小型液晶テレビ安くないんだろ? いくら中古でも」


と言う苦竜の声を。


そぅ。


レイは昨日の帰り、コーンフレークと一緒に買って置いた中古の小型液晶テレビを監視カメラに映らない位置に仕込み、それを見て昨夜10時のニュースで初めて報道されたあの二人を殺したのだった。


でも、一体何処に・・・?


それは、今レイがゴミとして出したコーンフレークの袋の中に隠して有ったのだ。

レイは昨日買った Gerrogu のコーンフレークチョコ味の封を切り、その中に一緒に買った中古小型液晶テレビを忍ばせ、同時に袋の内側に死人帖の切れ端を動かないようにテープで止め、小さく削った鉛筆を入れ再び封をした物を用意していたのだった。

幸いコーンフレークは油分が少ないため袋の内側に死人帖の切れ端をテープで止めやすかった上、日神家ではレイ以外コーンフレークチョコ味を食べる者は誰もいなかった。

そしてその小型液晶テレビを見ながら、レイはメモ用紙大に切った死人帖の切れ端に左手でそうと分からないように名前を書き込んでいたのだ。

それも本来、利き腕ではない左手で、しかし器用に。

だから、袋からコーンフレークを摘み出すのに時間が掛かったのである。


そしてレイは、その小型液晶テレビの入ったコーンフレークの空箱をそのままゴミとして出したのだ。

宇崎の目を晦ますために。


中古とはいえ、決して安くはない小型液晶テレビの入ったゴミ袋を・・・











惜しげもなく。







つづく






死人帖(しびと・ちょう) ― the Last 'R'ule ― #45



次の日。

日神家、名無死家両家とも特に変わった様子はなかった。

ただ、レイ達が夕食を取りながらニュース番組を見た。

その中で報道された凶悪犯が一人殺された。

しかしモニターで見る限り、レイ達の内誰かがその殺人を犯したようには到底思えなかった。

それ以外でも相変わらずラーの裁きは続いていた。

当然、それらもレイ達がやったようには見えなかった。


次の日も、その次の日も、又その次の日も、・・・。

レイ達がニュースを見た日も、見なかった日も、相変わらずラーの手によるものと思われる殺人事件は続いた。

だが、レイ達に特に怪しい様子は全く見られなかった。


そして日神家、名無死家両家の監視が始まって丁度7日目、終に宇崎にレイ達の監視を諦めさせるのに充分な内容の事件が起きた。


今、例によってレイ達の監視を宇崎と日神が行なっている。


ここは東京都内にある高級高層賃貸マンションの一室。

宇崎達がラー事件解決のための秘密本部として使っている5LDK の超豪華賃貸マンションだ。

家賃が月200万円の。


時間は夜9時過ぎ。

丁度、本日(ほんにち)テレビ、夜9時のニュースが放送されていた。


アナウンサーの頭突 崇死(ずつき・たかし)がニュース原稿を読み上げている所だ。



― テレビのモニター画面開始 ―



本番中。

アナウンサーの頭突 崇死の横から手が出て原稿用紙を差出した。

それを受け取り頭突が画面に向き直り、今受け取った原稿を読み上げ始めた。


「ぇー。 ただ今入りました。 ぇー。 情報によりますと。 ぇー。 都内○○区にあります、ぇー、 『オーゾン○○店』 に強盗が侵入し、ぇー、ただ今人質を取り立てこもっているとの、ぇー、情報が入りました。 それでは現場にカメラを切り替えることに致します。 現場の惨胃(むごい)記者と連絡が繋がっております。 惨胃さん」


「はい。 こちら現場の惨胃です。 現在、オーゾン○○店出入り口付近から生中継でお送り致しております。 警察の発表によれば、事件は今夜9時、刃物を持った小柄で貧相不細工なジイさんが突然強盗目的で店に押し入り、中にいた店員 A さんに持っていた刃物をちらつかせ売上金を出せと脅しているのを、たまたまその店に入ろうとしていた客の B さんが目撃し近くの交番に通報。 直ちに警察官が現場に駆けつけた所、犯人は店員の A さんを人質に取りそのまま立てこもり現在に至っております。 尚、犯人は強盗殺人前科三犯、阿呆江田五月(あほえだ・さつき)容疑者67才と判明致しました」


アナウンサーの頭突が惨胃に聞いた。


「今、惨胃さんがいるのは出入り口付近との事ですが、そこから中の状況は分かりますか?」


「いいぇ。 残念ながらここからは死角になっていて中の様子は全く分かりません」


ここでなるべくカメラに姿が映らないようにしゃがんだアシスタント・ディレクターから、メモ用紙が差し出された。

それを受け取り惨胃が読み始めた。


「あぁっと!? 今、新しい情報が入って来ました。 えぇっと。 アッ!? 犯人死亡です!! 犯人の阿呆江田容疑者が死亡した模様です!! 新しい情報によりますと、たった今犯人の阿呆江田容疑者が心臓麻痺で突然死亡した模様です。 ぇー。 ここから現場に待機していた救急車から先程運び出されたタンカーに人が乗せられて運び込まれる様子が見えます。 毛布に包(くる)まれているのでハッキリした事は申し上げられませんが、どぅやら阿呆江田容疑者の遺体と思われます。 ・・・」



(ゥ〜、ゥ〜、ウゥゥゥゥーーー!!



救急車が急ぎその場を離れた。


アナウンサーの頭突 崇死が言った。


「さぁ、大変な事になった模様です。 コレもやはりラーの仕業なのでしょうか? では、ここで一旦コマーシャルをお送り致します。 その後天気とスポーツニュースを・・・。 このニュースは続報が入り次第お知らせ致します」



― テレビのモニター画面終了 ―



「ラーか!? レイ君は、レイ君はどぅしている!?


そう言って宇崎が急いでレイの監視モニターに目をやった。



 ★ ★ ★ (レイの部屋のモニター映像開始)



 レイは自分の部屋で勉強中だった。

 真剣に法律書を読んでいる。

 時々ノートにメモしたり、六法全書を開いたりしていた。

 当然、そのニュースも見てはいなかった。

 レイが特に何かした様子は全く見られなかった。


 ただ、


 時折、


 いつものように机の左側に置かれた Gerrogu のコーンフレークの袋の中に手を入れ、フレークを摘む以外は。



 ★ ★ ★ (レイの部屋のモニター映像終了)



その事件を見るためその場に集まっていたアンチャン松山達が口々に言った。


「宇崎これでレイ君の無実は証明されたろ」


「そぅだそぅだ、もぅこれ以上やっても意味はない。 レイ君はラーなんかじゃない」


「あの状態でどうやったらレイ君に人が殺せるんだ」


 ・・・


最後に日神が聞いた。


「どぅだ宇崎。 これでもまだレイを疑うつもりか?」


日神達全員に宇崎が言った。


「この一週間、盗聴器と監視カメラで監視してみました。 その結果・・・」


「ゴクッ!?


「ゴクッ!?


「ゴクッ!?


「ゴクッ!?


「ゴクッ!?


「ゴクッ!?


一瞬日神達に緊張が走った。

宇崎が続けた。


「日神家、名無死家、両家にラーと思しき人物は・・・いません!!


「フゥ〜」


「フゥ〜」


「フゥ〜」


「フゥ〜」


「フゥ〜」


「フゥ〜」


日神達6人全員の緊張感が一気に緩んだ。

宇崎が続けている。


「これ以上続けても結果は同じと思われます。 よって、日神家、名無死家、両家に取り付けた盗聴器、監視カメラは即刻撤去します。 着きましては日神さん。 お願いが・・・」


宇崎がここまで言った時、日神がそれを遮(さえぎ)った。


「あぁ、分かった。 又、両家を留守にさせればいいんだろ」


「その通りです」


「任せておけ」


「よろしくお願いします」


「ウム」


「では引き続き、日神家及び名無死家の関係者で岩清水霊寺が撮った写真に写っていた人物宅に監視カメラ並びに盗聴器を仕掛ける事にします。 日神さん・・・」


「あぁ、分かった。 留守にさせればいいんだナ」


「はい」


「ウム」


「今度の監視は皆さんにお願いします」


「宇崎は?」


アンチャンが聞いた。


「わたしはもぅ一度、模木さんが集めた HDD のチェックをするつもりです」


宇崎が答えた。


そして、


それから数日、監視は続いたが結局何も成果は上がらなかった。











そんなある日。







つづく