深大寺 少年の事件簿 File No.1 『オペラ座の怪人・殺人事件』 #11


 【登場人物】

 深大寺 少年(じんだいじ・すくね) : 16歳 女子高生(1年) チェック柄のスッゲー短〜いスカート パンツは白

 金田一 一(きんだいち・イチ) : 17歳 私立御不動山学園高等部進学科2年生 知る人ぞ知るあの大天災・迷探偵・金田一 上野介(きんだいち・こうずけのすけ)の孫 IQ180の大天災 否 大天才

 深大寺 公園(じんだいじ・まさぞの) : 深大寺 少年の叔父 民宿『オペラ座館』のオーナー

 深大寺 卒婆(じんだいじ・そば) : 深大寺 公園の妻

 深大寺 霊園(じんだいじ・よしぞの) : 深大寺 公園の長男

 深大寺 深沙(じんだいじ・みさ) : 深大寺 霊園の妻

 死喪田 歌月(しもだ・かげつ) : オペラ座館の客

 名無 美雪(ななし・みゆき) : 17歳 私立御不動山学園高等部進学科2年生 金田一 一の幼馴染で花組演劇部員

 桐生 冬美(きりゅう・ふゆみ) : 17歳 私立御不動山学園高等部花組2年生 花組演劇部員

 御布施 光彦(おふせみ・みつひこ) : 18歳 私立御不動山高校花組3年生 花組演劇部部長 怪人・エリック役

 有森 裕二郎(ありもり・ゆうじろう) :  17歳 私立御不動山学園高等部花組2年生 花組演劇部員

 日高 五里絵(ひだか・ごりえ) : 17歳 私立御不動山学園高等部花組2年生 花組演劇部員

 銭湯 浴衣(せんとう・ゆかた) : 17歳 私立御不動山学園高等部花組2年生 花組演劇部員

 緒方 拳代(おがた・けんよ) : 女教師 花組演劇部顧問 牛チチ

 亀谷 修一郎(かめや・しゅういちろう) : 17歳 私立御不動山学園高等部花組2年生 花組演劇部員

 早乙女 京子(さおとめ・きょうこ) : 18歳 私立御不動山学園高等部花組3年生 花組演劇部副部長 ヒロイン(クリスティーヌ・ダーエ)役





「これは何ぞ?」

イチが、舞台の上にある椅子の上に無造作に置かれてあった何かを手に取った。

ここは、オペラ座館の離れに位置する劇場の舞台の上。
一行が到着した日の夕方。
芝居の稽古中。
それまで根(こん)を詰めて来ていたので、5分間休憩する事になったその合間の出来事だ。
そしてその稽古内容は、勿論、今回の演目『オペラ座の怪人』であるのは言うまでもない。

「ダメょ、イッチャン!? それに触っちゃ」

慌てて美雪が、その何かをイチの手から素早く奪い取った。

「これは、このお芝居になくてはならない大切な小道具なんだから」

「その妙チクリンなお面がか?」

イチがたった今、美雪に奪い取られた何かを指差して聞いた。

「これは・・・か、め、ん。 仮面ょ、仮面。 お面じゃなくって・・・か、め、ん」

「なんに使うんだ?」

何に使うか本当は知っていたのだが、イチが惚(とぼ)けて聞いた。

「ほらっ!? やっぱイッチャン、チャンと台本読んでない!?」

「・・・」

「もぅ〜。 ホ〜ンとしょうがないんだからー、イッチャンはー・・・」

「・・・」

「これはね、今度のお芝居の小道具で主人公のオペラ座の怪人エリックが、その醜い素顔を隠すためにいつも着けている仮面なの。 だからぞんざいに扱っちゃダメなの。 有森君の苦心の作なんだから」

「その通りー!? 俺が苦労して作った力作なんだぜ。 大切に扱ってくれなきゃな」

横から有森が嘴を入れた。
それはファントムの仮面だった。
有森が重くて堅く、耐久性に富む黒檀の平板をノミで削り、ヤスリで仕上げ、白ペンキで塗装し、その上にニスを塗り、最後にそれにワックスを掛けてピッカピカに磨いて作った物だ。
生来、手先の器用な有森は俳優として演技するのみではなく、舞台美術も担当していた。
そして本人自身も又、俳優で身を立てるよりも将来は美大に進み、舞台美術で食って行く腹ずもりだった。
それは、単に舞台や美術が好きなだけではなく、まだ高校生の身でありながら、既に自らの俳優としての限界を感じ取っていたからでもあった。

「チョッと貸してみ」

イチが、素早く美雪の手から仮面を奪い返した。

「!?」

美雪が狐に摘ままれたとでも言いたそうなお顔をしている。
又してもイチのその素早い手の動きに、目が全く付いて行かなかったのだ。
特急列車の中での花札の時のようなイチの素早い手の動きに・・・

構わず、その奪い返した仮面を繁々と眺めながらイチが独り言をほざいた。

「ふ〜ん。 怪人エリックの仮面ねぇ。 ふ〜ん」

って。
そしてそのまま、

「ふ〜ん」

って、しながらイチはまだ見つめている。

だが・・・

突然、


(スゥー)


イチの背後から手が伸びて来た。


(サッ!!)


イチの手にしている仮面をその手が奪い取った。
そしてその手の主がこう言った。

「そう。 これはこの芝居になくてはならない小道具なの」

瞬間、

『ハッ!?』

っとして、今度はイチが慌てて振り返った。
背後に全く気配を感じなかったのだ。
人のいる気配を。
イチにとってこんな経験は初めてだった。
全く気配を感じる事なく誰かに後ろを取られる、という経験は。
そしてイチの後ろを取ったのは・・・緒方 拳代だった。
仮面を手にした拳代がユックリと舞台の上を歩きながら、静かに『オペラ座の怪人』のストーリーの粗筋を語り始めた、身振り手振りを交えながら・・・ユックリと。

こぅ・・・

「この『オペラ座の怪人』の主人公エリックはね、類稀(たぐい・まれ)なる能力とずば抜けた音楽の才能を持っていたの。 でもね、代わりに生まれつき顔形(かおかたち)が醜かった。 痩せ細り、腐臭漂う肉体に髑髏の顔・・まるで生きた死神・・それがエリックの姿。 だから、いくら付け鼻を付けて変装していても、彼が通ると、みんなに『あぁいうのを“死神も避けて通るような顔”って、言うんだぜ』と後ろ指を差される程、彼は醜かったのょ。 つまり、天は二物を与えずという訳ね」

ここで、


(ピタッ)


拳代が立ち止まった。
そして手にしているファントムの仮面を、


(スゥ〜)


徐(おもむろ)にかぶった。
それから再び、ユックリと歩き始めた。
話を続けながら。

「そのためエリックは、『ファントム』としてパリ・オペラ座の誰にも知られていない地下室で人知れず生きて来たの。 そんな彼がある時、駆け出しのとても美しいオペラ歌手だったクリスティーヌ・ダーエ・・・つまりこの芝居のヒロインね。 その彼女を見初め、恋をした。 そしてそれが全ての始まり・・・恐ろしい連続殺人事件の幕開けとなった。 この物語の中でオペラ座の怪人エリックは、何人もの人を殺すのょ、色々な道具を使ってね。 シャンデリアであったり、猫の腸で作ったパンジャブの投げ縄であったり、オペラ座の地下にある湖の水だったり・・・。 そしてこの物語にはね、色々な解釈があるの。 エリックを凶悪な殺人鬼として扱ったり、あるいはクリスティーヌの実の父親だったり、恋に破れた悲しい男の話だったり。 色々ね。 わたしは最後の恋に破れた悲しい男の話が好き。 だから、今回はそこを強調して演出するつもりょ。 みんなもそのつもりでいてね」

「・・・」

「・・・」

「・・・」

 ・・・

皆、押し黙って聞いている。
その中をユックリと拳代が御布施に近付き、

「はい、これ」

仮面を手渡した。
そして言った。

「いい事、御布施君。 この仮面はね、エリックのトレードマークなのょ。 あのシェイクスピアの名作『ベニスの商人』の主役・ユダヤの金貸しシャイロックのかぶるキッパ(ユダヤ帽)や、やはり『ベニスの商人』の中のあの有名な法廷、つまり『人肉裁判』のシーン、そこに出て来るナイフ以上に重要な小道具なのょ。 だからぞんざいに扱っちゃダメ。 大切にしなきゃね。 分かった?」

「はい、先生」

神妙なお顔をして繁々と、今、手渡されたばかりの仮面を見つめながら御布施が頷いた。
そのやり取りを見ながらイチがしみじみと独り言をほざいた。

「先生、役者やなぁ〜」

って、小さいお声で。。。

「当然ょ」

美雪が横から嘴を入れた。

「ん!?」

イチが美雪のいる方を向き、お顔を見た。
美雪が続けた。

「緒方先生・・・若い頃女優を目指していたらしいゎ。 噂だけどね」

「へぇ〜」

「でも、舞台の稽古中に怪我しちゃったんだって。 ほら、先生って。 少し右足引きずってるでしょ」

ここで、


(クィッ)


美雪が顎をしゃくって拳代の右足を指し示した。

「あれ、後遺症らしいゎょ、その時の」

「な〜る(程)。 俺も先生の右足、チョッと気になってたんだが・・・そういう事か」

「うん」

美雪が無言で頷いた。

「でもょ。 もったいねぇょなぁ、あの先生なら相当やれそうなのになぁ」

「うん。 あたしもそう思った。 でも、きっとそれが運命なのょ」

「運命かぁ・・・」

そう言ってイチは黙った。

再び、


(チラッ)


視線を拳代の・・・










右足に向けて。











つづく







深大寺 少年の事件簿 File No.1 『オペラ座の怪人・殺人事件』 #12


 【登場人物】

 深大寺 少年(じんだいじ・すくね) : 16歳 女子高生(1年) チェック柄のスッゲー短〜いスカート パンツは白

 金田一 一(きんだいち・イチ) : 17歳 私立御不動山学園高等部進学科2年生 知る人ぞ知るあの大天災・迷探偵・金田一 上野介(きんだいち・こうずけのすけ)の孫 IQ180の大天災 否 大天才

 深大寺 公園(じんだいじ・まさぞの) : 深大寺 少年の叔父 民宿『オペラ座館』のオーナー

 深大寺 卒婆(じんだいじ・そば) : 深大寺 公園の妻

 深大寺 霊園(じんだいじ・よしぞの) : 深大寺 公園の長男

 深大寺 深沙(じんだいじ・みさ) : 深大寺 霊園の妻

 死喪田 歌月(しもだ・かげつ) : オペラ座館の客

 名無 美雪(ななし・みゆき) : 17歳 私立御不動山学園高等部進学科2年生 金田一 一の幼馴染で花組演劇部員

 桐生 冬美(きりゅう・ふゆみ) : 17歳 私立御不動山学園高等部花組2年生 花組演劇部員

 御布施 光彦(おふせみ・みつひこ) : 18歳 私立御不動山高校花組3年生 花組演劇部部長 怪人・エリック役

 有森 裕二郎(ありもり・ゆうじろう) :  17歳 私立御不動山学園高等部花組2年生 花組演劇部員

 日高 五里絵(ひだか・ごりえ) : 17歳 私立御不動山学園高等部花組2年生 花組演劇部員

 銭湯 浴衣(せんとう・ゆかた) : 17歳 私立御不動山学園高等部花組2年生 花組演劇部員

 緒方 拳代(おがた・けんよ) : 女教師 花組演劇部顧問 牛チチ

 亀谷 修一郎(かめや・しゅういちろう) : 17歳 私立御不動山学園高等部花組2年生 花組演劇部員

 早乙女 京子(さおとめ・きょうこ) : 18歳 私立御不動山学園高等部花組3年生 花組演劇部副部長 ヒロイン(クリスティーヌ・ダーエ)役





「お!? ボーガン!?」

イチがほざいた。
不思議そうなお顔をして両手で弓矢の一種であるボーガンを持っている。

「何でこんなとこにボーガンなんか、あんだ?」

ここは、舞台の袖。
他の部員は稽古中。
因(ちな)みに、読み合わせの段階は疾(と)っくに終了し、既に立稽古に入っている。
公演までの残り期間一ヵ月半にして既に立稽古。
少々、ペースが早い気もしないではないが、演目に対する部員の数を考えると当然とも言える。
だから、用のないイチは邪魔にならないよう袖に引っ込んでいた。
そしてナゼかそこに置いてあったボーガンを目にし、拾い上げた所だ。

「ダメだ!? それに触るな!!」

有森が脱兎の如くイチに走りより、強引にボーガンを奪い取った。
有森も又、イチ同様、今稽古中のシーンに出番がないため、小道具の準備をしている所だった。
本来なら、出番がなくとも稽古場にいなければならないのだが、なにせ人手が足りない。
従って、こういう時間を上手に利用して効率良く事を運ぶ必要があったのだ、小道具の準備という。

イチが聞いた。

「そのボーガン、なんに使うんだ? そんな物が芝居に必要なのか?」

「否、これは俺の趣味だ。 これを手にするとウイリアム・テルになれるんだ。 気分だけなんだけどな。 昔・・まだ俺が中ボーの頃・・一度だけ主役を演じた事があったんだ。 もっとも、それは学園祭じゃなくって、研究発表会だったんだけどな、中等部演劇部の。 お前も知ってるだろ、俺らの学校の中等部には高等部と違って、まだ組み分けないから演劇部がイッコしかないの」

「あぁ」

「その時の役がウイリアム・テルだったのさ。 その時、小道具として使ったのがこれだ。 以来、これを手元に置いて置くとナゼか心が落ち着くんだ。 それに聞いた話じゃ、この島にはここ以外に人気はないらしいし。 だから安心してこれを撃てるだろ。 それで持って来たんだ。 自由時間、気分転換に外で撃とうと思ってな」

「ふ〜ん。 ボーガンが趣味ねぇ・・・。 ま、人それぞれだな」

イチが納得した。










稽古はまだまだ続いている。











つづく







深大寺 少年の事件簿 File No.1 『オペラ座の怪人・殺人事件』 #13


 【登場人物】

 深大寺 少年(じんだいじ・すくね) : 16歳 女子高生(1年) チェック柄のスッゲー短〜いスカート パンツは白

 金田一 一(きんだいち・イチ) : 17歳 私立御不動山学園高等部進学科2年生 知る人ぞ知るあの大天災・迷探偵・金田一 上野介(きんだいち・こうずけのすけ)の孫 IQ180の大天災 否 大天才

 深大寺 公園(じんだいじ・まさぞの) : 深大寺 少年の叔父 民宿『オペラ座館』のオーナー

 深大寺 卒婆(じんだいじ・そば) : 深大寺 公園の妻

 深大寺 霊園(じんだいじ・よしぞの) : 深大寺 公園の長男

 深大寺 深沙(じんだいじ・みさ) : 深大寺 霊園の妻

 死喪田 歌月(しもだ・かげつ) : オペラ座館の客

 名無 美雪(ななし・みゆき) : 17歳 私立御不動山学園高等部進学科2年生 金田一 一の幼馴染で花組演劇部員

 桐生 冬美(きりゅう・ふゆみ) : 17歳 私立御不動山学園高等部花組2年生 花組演劇部員

 御布施 光彦(おふせみ・みつひこ) : 18歳 私立御不動山高校花組3年生 花組演劇部部長 怪人・エリック役

 有森 裕二郎(ありもり・ゆうじろう) :  17歳 私立御不動山学園高等部花組2年生 花組演劇部員

 日高 五里絵(ひだか・ごりえ) : 17歳 私立御不動山学園高等部花組2年生 花組演劇部員

 銭湯 浴衣(せんとう・ゆかた) : 17歳 私立御不動山学園高等部花組2年生 花組演劇部員

 緒方 拳代(おがた・けんよ) : 女教師 花組演劇部顧問 牛チチ

 亀谷 修一郎(かめや・しゅういちろう) : 17歳 私立御不動山学園高等部花組2年生 花組演劇部員

 早乙女 京子(さおとめ・きょうこ) : 18歳 私立御不動山学園高等部花組3年生 花組演劇部副部長 ヒロイン(クリスティーヌ・ダーエ)役





「きゃっ!?」

日高 五里絵が、


(ゴロン!!)


床に転がった。

「もう、いいかげんにして!!」

そう叫んで、早乙女 京子が、


(ドン!!)


突き飛ばしたからだ。
稽古の最中に。

その光景を見て、

「!?」

「!?」

「!?」

 ・・・

全員が驚いた。

「五里絵、大丈夫!?」

慌てて美雪が五里絵に駆け寄った。

「日高!?」

イチも続いていた。

「さ、早乙女先輩!? チョッとやりすぎじゃ・・・」

早乙女には桐生 冬美が駆け寄っていた。

「この子ったら、とちってばっかり!! 学園祭にはマスコミ関係者が大勢見に来るのょ!! あたしの最後のチャンスなのょ!! この子には真剣さが足りないのょ!!」

興奮冷めやらぬ早乙女だった。
御布施が早乙女の側に寄って来て、諌めた。

「し、真剣さって!? 早乙女、それは言い過ぎだょ。 五里絵だって一生懸命やってるじゃないか」

「どこがょ!?」

早乙女が今度は御布施に食って掛かって、


(キッ!?)


睨み付けた。


(ビクッ!?)


御布施がたじろいだ。
そしてしょぼい声でポツリと言った。

「・・・と、思ふょ」

って。
それから無理して作り笑いなんかしちゃった。

「アハハハハ・・・」

って。
その御布施の女々しさに返って気分を害したのだろう、早乙女が、

「ぷぃっ」

ってして、


(タタタタタ・・・)


舞台から走り去って、どこかに行ってしまった。

これだけ見ると早乙女 京子と言う女は我侭勝手(わがまま・かって)なヤツと思われそうだが、事実、我侭勝手ではあるのだが、逆にそれだけ真剣に今回の芝居に打ち込んでいると言えなくもない。
なにせ早乙女は今、3年生。
今回が、その最後のチャンスなのだから。

「さ、早乙女先輩!?」

美雪が早乙女の後を追おうとした。

その時、

・・・声がした。

「待ちなさい!! 放って置けばいいゎ」

と。
拳代の声だった。
美雪が立ち止まり、振り返った。

「で、でも先生・・・」

「いいのょ、放っておけば。 下手に構うと付け上がるだけだから」

この状況に耐え切れず、早乙女の後ろ姿を目で追ってイチがほざいた。

「かっわいくねぇの、あのアマ!?」

って。
そしたら有森がイチに言い聞かせた。

「いつもの事さ。 あの人はいつもこうなんだ」

って。
そしたら今度は亀谷がヒステリー 否 亀谷はオスだから、オステリーなんか起こしちゃった。

「先生!? もう早乙女先輩使うの止めましょうょ。 みんなもうあの身勝手さにはウンザリしてるんですから」

視線を有森達に移して続けた。

「な、有森!? そうだろ!? な、みんな!? そうだょな!?」

って。
そしたら拳代が軽〜くいなしちゃった。

「それはムリね」

って。

「ナ、ナゼですか?」

亀谷が聞き返した。

「みんな、分ってるはずょ。 部員が足りないのを・・・。 現状で精一杯なのを・・・。 それとも誰か他に心当たりでもあるの? ヒロインをやれる人の」

「・・・」

「・・・」

「・・・」

 ・・・

みんな押し黙っちゃった。
その沈黙の中、ポツリと一言、亀谷がほざいた。

「月子があんな事にさぇならなきゃ・・・」

って。
その言葉に、一瞬、全員が・・・

「ギクッ!?」

ってした。

そして、

余程、早乙女の我侭勝手に我慢ならなかったのか?
あるいは、感情を抑え切れなかったのか?
それともその場に居辛かったのか?

その言葉を捨て台詞に、亀谷も又、


(タタタタタ・・・)


その場から走って、立ち去ってしまった。
その走り去る亀谷に、

「ま、まてょ、亀谷!!」

銭湯 浴衣が声を掛けた。
しかし、それを無視して亀谷はそのままどこかへ行ってしまった。

その場が重い空気に包まれた。
その重い空気の中、イチが有森に聞いた。

「おい、有森。 “月子”って、あの冬島 月子の事か? 自殺した・・・」

「ぁ、あぁ」

ここで一旦、口を閉ざした後、再び有森が続けた。

「早乙女先輩は、月子の代わりなんだ・・・」

「そうかぁ・・・。 な〜る(程)、そういう事だったのかぁ」

イチが納得気(なっとく・げ)だ。
このやり取りの最中(これは『さ・な・か』って、読んじゃいます。『さいちゅう』ではありませヌ。当然、『も・な・か』でも・・・:作者)、倒れこんだままジッと床を見つめながら五里絵が、


(プルプルプルプルプル・・・)


震えていた。
それに気付いた美雪が五里絵に近付き、優しく声を掛けた。

「五里絵、大丈夫? 顔が真っ青だょ」

「・・・」

五里絵は黙っていた。
美雪が続けた。

「どっか打ったの?」

「・・・」

相変わらず、五里絵は震えながら黙ったままだ。
そのやり取りにイチが気付いた。

「ん!? どうした美雪?」

「五里絵、どっか具合悪いみたいなの」

イチが五里絵に聞いた。

「どうした、五里絵? 便秘か?」

等と、素っ頓狂(すっとんきょう)な事を。。。

「チョ、チョッとイッチャン!? へ、変な事言わないの!?」

「そんな事言ったってょう、美雪。 五里絵のこの顔、どっからどう見たって便秘顔だぜ。 なぁ、そうだろ五里絵? な?」

「もう、イッチャンのバカ!?」

この長閑(のどか)な会話の最中(さなか)、それまでジッと押し黙って床の一点を見つめていた五里絵が、


(ガバッ!!)


顔を上げて、イチと美雪を見た。
そして少し声を荒げて言った。

「イッチャン、美雪!? あ、あたし、あたし・・・」

だが、言ったのはここまでだった。
そしてそのまま口を閉ざしてしまった。
しかし、その時の五里絵の瞳は酷く怯え切っていた。
まるで何か途轍もなく恐ろしい物でも見たかのように。

そぅ・・・

あの全身水浸しで井戸から這い出て来る『貞子さん』のような途轍もなく恐ろしい物でも・・・










三鷹 否 見たかのように・・・











つづく







深大寺 少年の事件簿 File No.1 『オペラ座の怪人・殺人事件』 #14


 【登場人物】

 深大寺 少年(じんだいじ・すくね) : 16歳 女子高生(1年) チェック柄のスッゲー短〜いスカート パンツは白

 金田一 一(きんだいち・イチ) : 17歳 私立御不動山学園高等部進学科2年生 知る人ぞ知るあの大天災・迷探偵・金田一 上野介(きんだいち・こうずけのすけ)の孫 IQ180の大天災 否 大天才

 深大寺 公園(じんだいじ・まさぞの) : 深大寺 少年の叔父 民宿『オペラ座館』のオーナー

 深大寺 卒婆(じんだいじ・そば) : 深大寺 公園の妻

 深大寺 霊園(じんだいじ・よしぞの) : 深大寺 公園の長男

 深大寺 深沙(じんだいじ・みさ) : 深大寺 霊園の妻

 死喪田 歌月(しもだ・かげつ) : オペラ座館の客

 名無 美雪(ななし・みゆき) : 17歳 私立御不動山学園高等部進学科2年生 金田一 一の幼馴染で花組演劇部員

 桐生 冬美(きりゅう・ふゆみ) : 17歳 私立御不動山学園高等部花組2年生 花組演劇部員

 御布施 光彦(おふせみ・みつひこ) : 18歳 私立御不動山高校花組3年生 花組演劇部部長 怪人・エリック役

 有森 裕二郎(ありもり・ゆうじろう) :  17歳 私立御不動山学園高等部花組2年生 花組演劇部員

 日高 五里絵(ひだか・ごりえ) : 17歳 私立御不動山学園高等部花組2年生 花組演劇部員

 銭湯 浴衣(せんとう・ゆかた) : 17歳 私立御不動山学園高等部花組2年生 花組演劇部員

 緒方 拳代(おがた・けんよ) : 女教師 花組演劇部顧問 牛チチ

 亀谷 修一郎(かめや・しゅういちろう) : 17歳 私立御不動山学園高等部花組2年生 花組演劇部員

 早乙女 京子(さおとめ・きょうこ) : 18歳 私立御不動山学園高等部花組3年生 花組演劇部副部長 ヒロイン(クリスティーヌ・ダーエ)役





「さ、いつまでもそんな辛気臭い顔していないで、お稽古始めましょ。 さ、早く!!」

見るに見かねて、


(パン、パン、パン、パン、パン)


手を叩きながら拳代が言った。

「でも、先生。 早乙女先輩がいなきゃ。 ヒロイン役、誰がやるんですか?」

美雪が聞いた。

「仕方がないから、今日の所は私が代わりにやるゎ、クリスティーヌ役をね」

そう言ったが早いか、


(トン!!)


拳代が舞台に飛び乗った。
まるで体操の選手が床運動でダイナミックにジャンプした時のように、軽やかに。
僅(わず)かとは言えビッコを引くあの拳代がだ。
しかも既に顔はヒロインの顔になり切っている。
そして、朗々(ろうろう)と台詞を言い始めた。
勿論、ヒロイン、クリスティーヌ・ダーエの台詞だ。


 覚えているわ
 霧が掛かっていた――
 渦を巻いて立ちこめる霧が、湖の上に
 広い硝子のような湖――
 あたり一面に蝋燭が灯されていたわ
 湖の上には小舟が
 小舟の中に、男の人が乗っていた――


 誰かしら
 暗がりの中にいた人は
 仮面に隠された
 その顔は――


これは・・・クリスティーヌが怪人エリックのマスクをその顔から剥ぎ取る直前の台詞。

そしてそのあまりの緊迫感に、まるで目の前にいるのが本物のクリスティーヌ・ダーエその人ではないかとさえ思われた。

瞬間、

イチ達の顔が引きつった。

拳代の芸の力に・・・










圧倒されて。











つづく




 


深大寺 少年の事件簿 File No.1 『オペラ座の怪人・殺人事件』 #15


 【登場人物】

 深大寺 少年(じんだいじ・すくね) : 16歳 女子高生(1年) チェック柄のスッゲー短〜いスカート パンツは白

 金田一 一(きんだいち・イチ) : 17歳 私立御不動山学園高等部進学科2年生 知る人ぞ知るあの大天災・迷探偵・金田一 上野介(きんだいち・こうずけのすけ)の孫 IQ180の大天災 否 大天才

 深大寺 公園(じんだいじ・まさぞの) : 深大寺 少年の叔父 民宿『オペラ座館』のオーナー

 深大寺 卒婆(じんだいじ・そば) : 深大寺 公園の妻

 深大寺 霊園(じんだいじ・よしぞの) : 深大寺 公園の長男

 深大寺 深沙(じんだいじ・みさ) : 深大寺 霊園の妻

 死喪田 歌月(しもだ・かげつ) : オペラ座館の客

 名無 美雪(ななし・みゆき) : 17歳 私立御不動山学園高等部進学科2年生 金田一 一の幼馴染で花組演劇部員

 桐生 冬美(きりゅう・ふゆみ) : 17歳 私立御不動山学園高等部花組2年生 花組演劇部員

 御布施 光彦(おふせみ・みつひこ) : 18歳 私立御不動山高校花組3年生 花組演劇部部長 怪人・エリック役

 有森 裕二郎(ありもり・ゆうじろう) :  17歳 私立御不動山学園高等部花組2年生 花組演劇部員

 日高 五里絵(ひだか・ごりえ) : 17歳 私立御不動山学園高等部花組2年生 花組演劇部員

 銭湯 浴衣(せんとう・ゆかた) : 17歳 私立御不動山学園高等部花組2年生 花組演劇部員

 緒方 拳代(おがた・けんよ) : 女教師 花組演劇部顧問 牛チチ

 亀谷 修一郎(かめや・しゅういちろう) : 17歳 私立御不動山学園高等部花組2年生 花組演劇部員

 早乙女 京子(さおとめ・きょうこ) : 18歳 私立御不動山学園高等部花組3年生 花組演劇部副部長 ヒロイン(クリスティーヌ・ダーエ)役





(カチャ、カチャ、カチャ、・・・)


有森が舞台の袖で道具箱の整理をしている。
舞台の上では相変わらず、立稽古が続いていた。
ヒロイン役はまだ、拳代のままで。
背後からイチが有森に近付いた。

「あのさぁ、有森」

「ん!? 何だ?」

「死んだ冬島 月子って、どんなヤツだったんだ?」

この問い掛けに一瞬、


(ピクッ!!)


有森の体の動きが止まった。
それに気付いてイチが続けた。

「美雪のヤツ、聞いても、な〜んも教えてくんないんだ。 『そんな事、イッチャンは知らなくてもいいの』とかなんとかほざきやがってさ。 全く話したがんないんだょ、ソイツの事。 だから、な!? 有森。 いいだろ? な!? 教えてくれょ。 な!? 冬島 月子の事」

「・・・」

有森が小声で何かを言った。

「え!?」

イチが聞き返した。
有森が何を言ったのか、良く聞き取れなかったのだ。
再び、有森が語り始めた・・静かに・・そして・・ユックリと。

「無理もないさ、美雪は女の子だもんな。 例え、直接“アレ”を見ていなくったって・・・」

「アレ!? アレって?」

「・・・」

有森が黙った。
何かを思い出しているかのようだった。
それも感慨深げに。

「なぁ、アレって何だょ。 なぁ、ハッキリ言えょ」

イチのしつこい催促に、有森が答えた。

「自殺だょ、自殺!! 飛び降り自殺だょ!! 病院の屋上からの」

「や、やっぱ・・・」

反射的にそれだけ言って、イチは黙った。
一瞬、どう話を続けていいか分からなかったのだ。
確かに、イチも冬島 月子の飛び降り自殺の件は知っていた。
しかしそれは、単に噂話を聞き知っていた程度だった。
だが今、有森の口から出た『直接“アレ”を見て・・・』という言葉の中の“見て・・・”の部分に引っ掛かったのだ。
つまり、今この瞬間、イチにとってその事件が単なる噂話を聞き知っているというレベルから、極めて現実的で身近なレベルに変わったのだ。

有森が続けた。

「俺の知っている、冬島 月子と言う女の子は、屈託なく笑うとても気立てのいい子だったょ」

「・・・」

イチは黙って聞いている。

「華のある子でさ。 良く通る奇麗な声をしていた。 クリスティーヌ・ダーエ役に、彼女はピッタリだったんだ。 でも・・・」

有森が黙った。

「・・・」

イチも黙ったままだった。

有森が再び語り出した。
静かに・・そして・・ユックリと。

「でも、2ヶ月前の放課後。 月子は理科準備室で誤って転んだ拍子に戸棚のガラスを割ってしまい、その割れたガラスで顔を切ってしまったんだ。 頬の部分をな。 女の子がさ、女の子がな。 ザックリと。 まるでヤクザみたいに。 ・・・。 月子は女の子なんだ。 その女の子が、顔にヤクザ然(ぜん)だぜ、ヤクザ然。 二目と見られないぐらい醜くな」

「・・・」

「その傷はあまりに深く、大きく、7針も縫ったんだ。 ホントに大怪我さ」

「噂じゃ。 それで自殺したって」

「あぁ、その通りだ。 でも、噂じゃそこまでだろうな。 緘口令が敷かれているからな、全校生徒に」

「え!?」

「あのな、金田一。 あの事件にはな。 他にもう一つ、部員以外誰も知らない出来事があったんだ。 部外者には絶対言っちゃいけない、部員以外誰も知らない・・学校に強く口止めされてる・・出来事がな」

「部員以外誰も知らない・・学校に強く口止めされてる・・出来事?」

「そうだ!? 学校に強く口止めされてて、誰にも絶対漏らしちゃいけない出来事が、他にもう一つ・・・」

ここで有森が再び口を閉ざした。
慌てて、イチが聞いた。

「勿論、教えてくれるんだろ? な、有森? な?」

有森がイチの目を見据えた。
言おうか言うまいか考えているようだった。

「なぁ、教えてくれるんだろ? な、そこまで言ったんなら。 な、な?」

もう一度、イチが催促した。
そのイチのシツッコさに負けたのか?
それともそのシツコサをイチの熱意と見たのか?
有森がジッとイチの目を覗き込んだ、瞬(まばた)き一つせずに。
そして意を決したかのごとく、強い口調でイチに問い質(ただ)した。

「絶対、誰にも言わないと誓うか?」

「ぁ、あぁ。 誓う!!」

イチがキッパリと言い切った。

「俺から聞いたって、絶対に言わないと誓うか?」

「ぁ、あぁ。 誓う!! 絶対に言わない!!」

「美雪ともこの話はしないと誓うか?」

「え!? 美雪とも?」

「勿論だ!!」

「という事は・・・。 つまり、美雪も知らない話なのか?」

「いいゃ、知っている。 俺が教えた」

「なら、いいじゃねぇか?」

「ダメだ!!」

「どうして?」

「言ったろ、強く緘口令が敷かれてるって。 だからダメだ、絶対に!!」

「・・・」

一瞬、イチは返答に迷った。
流石に、美雪ともその話が出来ないのは辛いと感じたからだ。
イチのこの態度に有森が苛(いら)立った。

「どうなんだ、金田一? 誓えないのか?」

仕方なしに、イチが首を縦に振った。

「ぁ、あぁ。 誓う!! 美雪ともこの話はしない! 絶対にしない!!」

「うむ。 いいだろう。 なら、教えてやる」

ここで一旦、有森が言葉を切った。
一呼吸置いた。
そして続けた。

「実は、あの晩・・月子が自殺した晩・・俺達、部員の何人かが月子の自殺する瞬間に立ち会っていたんだ」

「え!?」

有森の言った『自殺の瞬間に立ち会っていた』と言う言葉にイチが驚いた。
それに構わず有森が続けた。

「つまり、俺達、部員の何人かの目の前で月子は病院の屋上から飛び降りたんだ。 だから俺達は月子の自殺の目撃者なんだ。 生々しい自殺の瞬間のな。 そんな事がもしマスコミの耳にでも入ってみろ、大騒ぎになるだろ。 それで緘口令が敷かれたって訳さ、学校から。 絶対に言うなってな。 どうだ、分ったか?」

「ぁ、あぁ」

イチは一言頷いただけだった。
言葉が出なかったのだ、予想外の・・・否、予想以上の話に。
そんなイチの様子を伺いながら有森が聞いた。

「もっと詳しく聞きたいか? それとも、この辺で止めて置くか?」

「つ、続けてくれ」

気を取り直して、イチが言った。
驚き共に、興味もあったのだ、驚き以上の。

「あぁ、いいだろう。 続けてやろう。 こうだ!!」

有森がそう言った時、

「ゴクリ」

無意識にイチが生唾を飲み込んだ。
展開が全く読めなかったからだ、次に有森が何を言うか。

この間、既に有森は続けている。

「あの晩、俺達数人で病院に月子の見舞いに行ったんだ。 そして病院の門を抜け、玄関前のロータリーに差し掛かった丁度その時、俺達が来たのを知ってか知らずか、あるいは俺らが偶然その場に出くわしたのか、今となっては全く分からないが・・・。 突然、月子が屋上に現れたんだ。 朗々と例の怪人エリックの台詞を言いながら。 俺達は直ぐにそれに気付き、ハッとして屋上を見上げたんだ。 すると俺らの見てる前で、その4階建ての病院の屋上でユックリと月子は包帯を解き始めたんだ。 あの台詞と共に・・・。 あの台詞を言いながら・・・。 あの台詞に合わせるかのように・・・


 呪われろ!
 詮索好きのパンドラ!
 この悪魔
 お前が見たかったのはこの顔か・・・

 呪われろ!
 裏切り者のデリラ!
 恩を仇で返す奴め!
 二度と自由になどさせるものか!
 何て奴だ――呪われろ――

 想像を遙かに超える醜さだろう
 その目で見ることはおろか
 思い浮かべることすら堪え難い顔だろう
 地獄の火に焼かれた
 この忌まわしい怪物は
 それでも密かに、天に焦がれるのだ
 人知れず――人知れず――

 だが、クリスティーヌ――
 恐怖は、愛にも変わりうる
 お前にもやがて、見える時が来る

 怪物の外見の内に隠された
 一人の男の姿が
 目を背けたくなる 骸の如きこの姿
 獣のような男は
 それでも密かに、美を夢見るのだ
 人知れず――人知れず――


という、例の怪人エリックのあの台詞に合わせるかのように・・・な。 その時はまだ、月子が何をするつもりなのか俺らには全く分からなかった。 ・・・」

ここで有森が言葉に詰まった。

「・・・」

イチは押し黙ったまま聞いている。
暫(しば)しの沈黙があった。
その沈黙で少し気分が落ち着いたのだろう、有森がそれまでとは若干違う角度から話を始めた。
とても感慨深げにだ。

「今でも耳に残っている・・・。 あの時の月子のあの声は、どんな舞台よりもハッキリと澄んで・・・通っていたんだ。 あんな高さのある4階建ての病院の屋上からでもハッキリとな、聞こえて来たんだょ、俺の耳に・・・俺達の耳に。 そして・・・」

ここで再び、有森が言葉に詰まった。
タイミング良くイチが合いの手を入れた。

「飛び降りたのか?」

「あぁ・・・。 そうだ!? 俺の・・・俺達の目の前のコンクリートの上に。 ・・・」

「そうかぁ・・・」

イチは、一言そう言っただけでそれ以上は、何も言えなかった。

「・・・」

それは有森も同じだった。
暫(しば)し、二人は黙っていた。

「・・・」

「・・・」

なんとも言えない気まずい沈黙が続いた。
そして、その沈黙を破ったのは有森だった。

「金田一。 俺はなぁ、俺達はなぁ・・・。 その時、それをただ黙って見ている事だけしか出来なかったんだ。 ただ黙って見ている事だけしか・・・」

有森の目は悲しみの涙で潤んでいた。

「あの時、月子が言った、あのエリックの台詞はなぁ、金田一。 あの怪人エリックの台詞はなぁ・・・。 それまで仮面でひた隠しにしていた醜い素顔を初めてヒロインに見られた時、エリックが悲しみを込めて言う台詞なんだ。 それを月子が言ったんだ。 クリスティーヌ役の月子がな、クリスティーヌのじゃなくってエリックの台詞を・・・だ。 怪人エリックのあの台詞をだ。 あの時、月子がどんな気持ちであの台詞を言ったのか・・・。 俺達には想像もつかない。 でも・・・でも、あの時の月子のあの姿、声、飛び降りる瞬間、そして・・・」

ここで有森はチョッと間を取った。
目からは大粒の涙が溢れ出している。
なんとか心を落ち着けているようだ。
それから息を呑んで言葉を搾り出すようにして言った。

「そして、血塗れになって地面に横たわっていたあの姿・・・」

ここまで言って終に、有森はもうそれ以上喋れなくなった。
涙が止まらないのだ。

「・・・」

イチも又、何も言えなかった。
こう思う以外、

『それでか、美雪が何も話そうとしないのは・・・』

と。

そして二人は、

「・・・」

「・・・」

完全に沈黙した。

だが、

そんな気まずい沈黙が続く中、稽古はまだだ・・・










まだ終わらない。











つづく