#51#55




『神逆(しんげき)のタイタン』 #51




(ドサッ!!



不良が倒れこんだ。

老婆を背負ったまま。

しかし、

川の中にではなかった。

目的の川岸にだった。


!? 目的の川岸に? 川の中にではなく?


そうだ!! 川の中にではなく、目的の川岸にだ!!


でも、ナゼそんな事が?

その鍵は不良の持っていたあの棒にあった。

不良は倒れこむ寸前、あの棒を伸ばしていたのだ。



(ビューーーン!!



棒は伸び、その先を



(クルッ!!



対岸の林の中の一本の木の幹に引っ掛け、



(キュィーーーン!!



再び縮み、



(グィーーーン!!



その棒のもう片方の端も伸ばし、それを確(しっか)りと握っている右手の手首から腕にかけてまで巻き付けた不良を、老婆を背負ったまま引っ張り、



(ドサッ!!



目的の川岸まで運んだのだった。

不良孔雀、起死回生の一発。

正に 『災い転じて福と為す』 である。

こんな事がなければ中々思い付かない方法だ。


そしてその棒をコンパクトに・・手のひらサイズに・・縮め、それをつかんだまま、


「フゥ〜。 約束は果たしたぞ、婆さん」


立ち上がりながらそう言った。


「全く。 ワシはもうダメかと思ったぞ」


老婆は既に立ち上がっていた。


「な〜にが、 『ワシはもうダメかと』 だ。 ワザと抱き付いて来たくせに、良く言うぞ」


「フォフォフォフォフォ。 まぁ、そう言うでない。 じゃが、何じゃその棒は? 奇妙な事をやりおる」


「俺にも分からん。 だが、出来る」


「フォフォフォフォフォ。 まぁ、何にしてもえぇ。 良ぅやった。 服はこの通りビショ濡れじゃがな。 ま、これはお前の所為(せい)とは言えんからのぅ」


「当たり前だ」


ここで不良が改めて老婆と正対した。


「ところで婆さん」


「何じゃ?」


「アレは・・・あの話は本当か?」


「何の話じゃ?」


不良が今渡って来たアナウロス川を指差した。


「この川の水を一滴でも口にするとスティクス川に変わるという話だ」


「あぁ、あの話か?」


「あぁ、あの話だ」


「嘘じゃ」


「へ!?


「アレは嘘じゃ。 チト、ワレをからこうて見ただけじゃ」


「か、からこうて・・・って」


不良が絶句した。


歯が立たない!?

不良が全く歯が立たない!?

その老婆に。

傲慢さじゃ誰にも負けた事のない、あの不良がだ。

不良孔雀、全く形無しである。


『な、なんてババアだ!?


不良が呆れ果てた。


『これ以上コイツと付き合うと、又何やらとんでもない事を言い出すかも知れん』


そうも思った。

だから、そうならない内に、


「じゃぁ、な、婆さん」


半ばほうほうの態(てい)で・・・と言う程でもないが、素早く不良がその場を立ち去ろうとした。


が、


「待て。 お若いの。 名前ぐらい名乗って行かんか」


背後から老婆が不良の名前を聞いた。


反射的に、



(クルッ!!



不良が振り返った。


「フッ」


ほくそ笑んだ。

やはり不良にしてみればその老婆は憎めないヤツであり、可愛かったのだ。

勿論、憎たらしさはタップリあったが。


そして、


「不良だ、不良孔雀。 それが俺の名だ」


正直に名乗った。


「ホゥ〜。 不良孔雀か」


「あぁ、そうだ」


「ウム。 良い名じゃ」


感心したように老婆が頷いた。


「ウム」


特に意味はなかったが、不良も頷いていた。

成り行き上のリアクションでだ。

そしてその延長線上から、


「婆さんは?」


不良も又、その老婆の名前を聞いていた。


「ワシの名などどうでもえぇ」


老婆は相変わらずだった。


「フッ」


再び、不良がほくそ笑んだ。


『最後までいけ好かないヤツ・・・』


そう思いながら。

それからその場で屈(かが)み込み、ずぶ濡れのズボンの裾を直した。

直し終えるとすぐに立ち上がり、


「じゃぁ、な」


もう一度、老婆に別れを告げた。

そして靴は履いたままで、



(クルッ!!



老婆に背中を向け、その場を立ち去ろうとした。

一歩、前に踏み出した。


だが・・・











その時・・・







つづく







『神逆(しんげき)のタイタン』 #52




「待て! 不良孔雀!! これを着て行くが良い。 その格好では目立ち過ぎじゃ。 濡れてもおるしのぅ」


と、老婆が言った。

不良の背後から。


それを聞き、



(クルッ!!



再び、不良が振り返った。


瞬間、


「え!?


不良は驚いた。

老婆がいないのだ。

たったの今までそこにいたはずなのに。

隠れる場所など全くないのに。

不良が辺りを見回した。

だが、どこにも姿が見えない。

代わりに、古代ギリシャの一般的な衣服である内衣のキトン( chiton )とその上に着る外衣のヒマティオン( himation )、それにサンダルが老婆のいた場所にキチンとたたまれて置かれてあった。


『ん!? どこからこんな物を? それに婆さんはどこに? 全く、何でもありだなここは・・・』


そんな事を思いながらキトンを手に取り、


「何なんだ、一体!? あの婆さんは」


呟(つぶや)いた。

同時に、グライアイ達の予言を思い出しもしていた。


『さる高貴なお方じゃ』


という・・・あの予言を。


「さる高貴なお方・・・か。 さる高貴なお方ね。 フン」


等とブツブツ言いながら、何も考えずに服を着替えた。

しかし、本来こんな事は冷静に考えたら起こり得ない。

それに、老婆は不良の着ていた服について聞こうともしなかった。

更に、本当なら真っ先に聞かれてもおかしくないこの時代にはないはずのメガネの事も全く聞かなかったのだ。

しかしこの時不良は、これらをおかしいなどとは微塵も思わなかった。

否、

思えなかったのだ、既に運命の魔方陣に足を踏み入れてしまった今の不良には。

それの影響を強力に受けて。

つまり今の不良は、運命の魔方陣に操られていると言っても過言ではないのだ。


そして不良は、外衣ヒマティオンのウェスト部分を締めているゾーネー( zone )という名前のベルトに付け替えた小袋に例の棒を納め、それまで着ていた服をその場に残し、


「必要になるまでこれも外しておくか」


そう言いながら、それまで掛けていたお気に入りの999.9(フォーナイン)のメガネを外し、キトンの腹の部分に納めた。

最後に川の水でずぶ濡れの靴を脱ぎ、サンダルに履き替えた。











その瞬間・・・







つづく







『神逆(しんげき)のタイタン』 #53




「ヌッ!? こ、これは・・・」


不良は驚いた。



(フヮ〜)



体が宙に浮いたのだ。

それも勝手に。

不良の意思とは関係なしに。


素早く、不良は足元を見た。

思わず、


「な、なんとこれはヘルメスのサンダル・・・か!?


この言葉が口を突いて出ていた。

というのも、何の変哲もないと思えたサンダルからいつの間にか翼が出ていたのだ。

まるで鳥のように両翼が。

それがたったの一羽ばたきで、細身とはいえ長身ゆえにそれなりに体重のある不良の体を軽々と持ち上げ、宙を舞ったのである。


『ウ〜ム。 やはりあの婆さんただ者じゃ・・・。 さる高貴なお方・・・か。 まんざら嘘でも。 確かにこれでヘリコン山まで行く必要はなくなった。 グライアイ達の言った通りか。 と、すれば・・・』


宙に止まったまま不良は思い出していた。

もう一度、先程のグライアイ達とのやり取りを。



(不良) 「こ、これは魔法陣・・・か?」


(ペプレードー) 「あぁ、そうじゃ。 魔方陣じゃ」


(エニューオー) 「だからお前は、運命を知らねばならぬ」


(デイノー) 「予言を聞かねばならぬ」


(3人揃って) 「ワシらの予言をのぅ」


(不良) 「なら、いいだろう。 聞いてやる。 言ってみろ」


ここで3人がそれぞれ同じ方向を指差して、口々にこう言った。


(ペ) 「ヘリコン山はあっちじゃ」


(エ) 「ヒッポクレーネの泉はあっちじゃ」


(デ) 「真っすぐあっちじゃ」


(不良) 「・・・」


不良は黙って聞いていた。


(ペ) 「じゃが、お前はヘリコン山には行かぬ」


(エ) 「そのズーっと手前のアナウロス川じゃ」


(デ) 「そこを渡った所までじゃ、お前が行くのは」


(不良) 「・・・」


(ペ) 「つまり、お前はムーサ達には会わぬ」


(エ) 「代わりに違う者に会う」


(デ) 「空を飛ぶために」


(不良) 「・・・」


(ペ) 「お前は会うんじゃからのぅ、あるお方と」


(エ) 「さるお方と」


(デ) 「さる高貴なお方と」


(不良) 「さる高貴なお方?」


(ペ) 「あぁ、そうじゃ。 さる高貴なお方じゃ」


(エ) 「人間ごとき、遠く及ばぬ程高貴なお方じゃ」


(デ) 「人間など目通り適わぬ程高貴なお方じゃ」


(不良) 「・・・」


(ペ) 「そのお方にお前は試される」


(エ) 「試されるんだょ、お前は」


(デ) 「厳しくのぅ」


(不良) 「・・・」


(ペ) 「多分、お前は授かる」


(エ) 「きっと授かる」


(デ) 「間違いなく授かる」


(不良) 「何をだ?」


(ペ) 「ある物じゃ」


(エ) 「ある物じゃ」


(デ) 「ある物じゃ」


(不良) 「・・・」


(ペ) 「お前の希望を適(かな)えるため」


(エ) 「お前の目的を果すため」


(デ) 「必要な物じゃ」


(不良) 「・・・」


(ペ) 「じゃが、目的は果せぬ」


(エ) 「失敗するんじゃ」


(デ) 「お前は目的を果せず、失敗するんじゃ」


(不良) 「・・・」


(ペ) 「お前は死ぬょ」


(エ) 「お前は死ぬんだ」


(デ) 「ポセイドンの投げたトライデントでのぅ」



というこのやり取りを。

そして一言、こう呟(つぶや)いた。











「ポセイドンのトライデントか・・・」







つづく







『神逆(しんげき)のタイタン』 #54




「成る程な・・・。 これはこう扱うのか」


不良が独り言を言った。

何度かヘルメスのサンダルで宙を舞った後の事だった。

サンダルを扱う要領がつかめたのだ。

そしてもう一言。


「さて、エチオピアはどっちだ?」


その瞬間、



(フヮッ)



独りでにサンダルが舞い上がった。

今度も又、勝手に。

勿論、不良を乗せたまま。


そして、



(ピュー!!



飛び始めた。

まるで不良の一言に反応したかのごとく。


『ヌッ!? 何とした事!?


この予想外の出来事に不良は驚いた。

そのサンダルはまるでそれ自身が意思を持ち、不良の思いに反応したかのように飛んだのだ。


『良し!? コイツに任せてみるか』


不良は思った。

何となく感じ取っていたのだ。

それが正しい選択だと。

と言うのも、ここにジャンプして来て以来、余りにも自分の思い通りに事が運ばなかったからだ。

きっとこれには何か深い訳があるのだろうと不良は思っていた。

何せ今回の相手は・・神・・なのだから。

もっとも、前にも一度、神を相手にした経験はあるにはあったが。

しかし、今度の相手はそれとは比較にならない。

相手の格が違いすぎる。

死神とオリンポスの神々とでは。

だからきっと何らかの法(ほう)が働いて、思い通りの展開にならない。

不良はそう思っていた。

否、

そう感じていた。


そして今の不良に必要な情報。


それは・・・


先ず、時間だった。

間違いなくペルセウスがメドゥーサ・ルックをティアマトに食らわす年月日時前に、ジャンプして来ているのかどうかという。


次に、場所だった。

果たして自分は今、本当にエチオピアを目指して飛んでいるのだろうかという。


この二つに関し、不良は全く確信が持てなかった。

だか、そうと信じる他に道はなかった。


だから、



(グィーーーン!!



不良は飛んだ。

ヘルメスのサンダルと共に。

エチオピアを目指して。


否・・・











目指していると信じて。







つづく







『神逆(しんげき)のタイタン』 #55




風の神アイオロスは急いでいた。

ポセイドンによって下された火急(かきゅう)の命を果すために。


そぅ。


ポセイドンから厳命が下っていたのだ。


「アイオロスよ。 ティアマトが危ない。 ペルセウスにメドゥーサの首を使わせるでない。 急ぎ行くのじゃ。 行って、メドゥーサ・ルックを防ぐのじゃ」


という。


アイオロスは全速力で飛んでいだ。

目指すはエチオピア。

ペルセウスとティアマトの戦っている海岸。

ティアマト救援のために。

アイオロスに一刻の猶予なし。

そして目的の場所は、既に目前。

目と鼻の先。


だが、


突然、アイオロスの目の前に、



(フヮッ)



何者かが姿を現し、その行く手を阻んだ。

ナゼかその何者かはメガネを掛けていた。

この時代にはないはずのメガネを。


「ヌッ!? な、何ヤツ?」


一旦、空中で止まり、アイオロスが聞いた。

それに答える事なく、逆に正体不明の何者かが聞き返して来た。


「風の神アイオロスだな?」


「そうだと言ったらどうする?」


「暫しこの場に止まってもらう」


「な〜にー?」


「ティアマトの所へは行かせん、という事だ」


「フン。 ふざけた事を・・・。 だが、ナゼ知っている? ワレがそこへ行こうとしておる事を」


「見た者がいるからだ。 それを」


「ホゥ〜。 誰がだ?」


「誰だと思う?」


「クッ!? 分らぬから聞いておる」


アイオロスがチョッと焦(じ)れた。


「フッ」


正体不明の敵が不敵に笑った。

それから言った。


「なら、教えてやろう、アイオロス。 アンドロメダだ」


「ん!? アンドロメダ? アンドロメダだとぉ・・・」


「あぁ、そうだ」


このやり取りから分った。

メガネを掛けた正体不明の何者かは不良だ。

間違いなく不良だ。

即ち、不良孔雀。

つまり、ジャンプして来た年月日時もヘルメスのサンダルによって導かれた場所も不良は間違ってはいなかたのだ。

そして間に合ったのだ。

アイオロスの足止めに。


アイオロスが不良の足元を見た。


「ヌッ!? そ、それはヘルメスのサンダル!? ナゼお前がヘルメスのサンダルを履いている? 見た所お前は人間のようだが」


「あぁ、俺は人間だ。 そしてこのサンダルは貰(もら)い物だ」


「貰い物?」


「そうだ」


「誰にだ?」


「分らん」


「分らん? 分らんだとー?」


「あぁ、分らん」


「フン。 人間。 それはお前ごときが持つ物ではない。 それをヘルメスに返せ。 そしてそこをどけ。 今なら見逃してやる」


「いいゃ、どかん」


「な〜にー? どかん? 『どかん』 だとー!?


「あぁ、どかん」


「口答えするとは生意気なぁ、人間の分際で」


「まぁ、そう、カッカするな。 別に取って食おうなどとは思ってはおらん。 ただ、チョッと足止めするだけだ。 それで全ては片が付く」


「ふざけた事を抜(ぬ)かすなー!!


そう叫んでアイオロスが不良に向け強風を起そうと構えた。


その構えは・・・


ブルース・リーの特集などで良く見る、両足を広げて腰を落とし、広げた両手を胸の辺りまで挙げ、一度右手親指で鼻先を “ピッ!!” ってチョメして、斜め半身に構え、腰をクネクネってして相手に対峙するあのポーズだ。











その時・・・







つづく