#56#60




『神逆(しんげき)のタイタン』 #56




「何をしておる、アイオロス。 間に合わぬぞ」


という声がした。

重々しく威厳があり、格調高い声が。

それを聞き、


『ハッ!?


瞬時にしてアイオロスが冷静さを取り戻した。

流石は神。

切り替えが早い。

即座に、



(スゥー)



反転急降下して不良をかわそうとした。


『ヌッ!?


一瞬、不良は驚いた。

アイオロスの予想外のこの行動に。

しかし、切り替えの早さでは不良も負けてはいない。

反射的に、


「行かせん!!


そう叫んで、後を追おうと反転した。


だが、


そこへ、



(グォーーー!!



凄まじい風切り音を上げ、背後から不良目掛け、何かが物凄いスピードで飛んで来た。


『ハッ!?


それに気付き、


「キエィ!!


気合一閃、不良が上に大きく飛び上がってこれをかわした。

しかし紙一重だった。

紙一重でかわすのがやっとだった・・・それを。


そして、不良の体をとらえ損(そこ)なったそれは、



(ブヮーン!!



辺りに凄まじい轟音(ごうおん)を轟(とどろ)かせ、



(ザッ、パァーーーン!!



海の中に突っ込んで行った。

その後を目で追いながら、


『な、何だったんだ、今のは一体?』


不良は思った。

それの飛ぶ、その余りの速さに流石の不良もその正体を見極める事が出来なかった。

ヒヤリとさえしなかった。

恐怖を感じている暇がなかったのだ。

余りにそれが速過ぎて。


不良は暫し、それが突っ込んで行った辺りの海面を見つめていた。

アイオロスの存在を忘れて。

否、

覚えてはいたが、それどころではなかった。

何時(いつ)何時(なんどき)、再び、それが飛び出して来るか分からないからだ。


つまり、

今の不良孔雀に精神的余裕なし!!

全くなし!!











すると・・・







つづく







『神逆(しんげき)のタイタン』 #57




『ハッ!?


不良は驚いた。



(グィーーーン!!



自分が見つめていた辺りの海面から何かが飛び出したかと思うと、凄まじい勢いでそれが自分目掛けて飛んで来たからだった。

恐らく先程と同じ物と思える何かが。


「クッ!?


身をよじってこれをかわした。

今度も又、紙一重だった。

紙一重だったのだ、それをかわすのに。


だが、


今回はハッキリとその正体を見極める事が出来た。

それが正面から飛んで来たからだ。

そしてその正体は・・・戟(ほこ)だった。

それも三叉(みつまた)の。


!?


三叉の戟?


そうだ! 三叉の戟だ!!


と、いう事は・・・


その戟は・・その戟こそは・・三叉(さんさ)の戟?

つまり、トライデント・・・か?


そうだ! トライデントだ!!


大海神ポセイドンが持つと言われているあのトライデントだ。


と、すれば・・・


この攻撃はポセイドン・・・あの大海神ポセイドンによる物という事になる。


そして我々は知っている。

グライアイ達の予言を。

あの恐るべき予言を。


『お前は死ぬょ』


『お前は死ぬんだ』


『ポセイドンの投げたトライデントでのぅ』


という・・・











あの恐るべき予言を。







つづく







『神逆(しんげき)のタイタン』 #58




「な、何と・・・!? い、今のはトライデント・・・か!?


不良が呟(つぶや)いた。

流石の不良もこの攻撃には胆を冷やしていた。

その余りの速さと威力にだ。

その攻撃を受けた時にではなく一瞬、間(ま)があった後に。

その凄まじい威力を実感してから。

しかし、不良が肝を冷やした理由(わけ)はそれだけではなかった。

もしそれが本当にトライデントならば、この攻撃の主が自ずから決まってしまうからでもあった。


『ポセイドン・・・。 ポセイドンか? だが、ナゼ、ポセイドンが今、ここに?』


不良は思った。

思いも掛けなかったポセイドンの出現。

そして、その見えない攻撃。

空中に止まったまま、不良は慎重、且、真剣に海面を見つめていた。

何時(いつ)何時(なんどき)、どこからトライデントが飛び出して来るか分らないからだ。

ナゼならポセイドンは海の神。

海中を自在に移動出来る。

それも神速で。

不良は焦った。



(ゴクリ)



喉を鳴らして唾(つばき)を飲み込んだ。


その時、



(ジャバ、ジャバ、ジャバ、ジャバ、ジャバ、・・・)



大きく海水を撥ねながら水面を跳ね回る無数のイルカの群れが不良の目に入った。

それはキチンと統率が取れ、まるで動く幾何学模様を成(な)していて美しかった。

その大群が、空中に止まっている不良の遥か下の足元付近を目指して遠くからやって来ていた。

だが、やって来ていたのはそれだけではなかった。


そのイルカの大群の後から巨大な輝く黄金のチャリオット(古代の二輪戦車)が音もなく静かに迫って来ていたのだ。

そのチャリオットは一見してそうと分る程高価で美しかった。

それを真鍮(しんちゅう)の蹄(ひづめ)と黄金の鬣(たてがみ)を持つ巨大な4頭の海馬が・・普通の馬の倍以上は軽くありそうな程巨大な4頭の海馬が・・それを牽いていた。

しかも全く音を立てずにだ。

だからそのチャリオットを取り巻く海面は・・それを取り巻く海面だけは・・他と違って嘘のように静まり返っている。

細波(さざなみ)一つ立っていない。

こんな事は常識では考えられない。

しかし、現実にそれは起こっていた。


そしてその上を、



(スゥー)



全く音を立てずに迫り来る、光り輝く黄金の巨大なチャリオット。

その姿は壮観その物だった。


「ハッ!?


と、息を呑む程に。


だが、


それ以上に不良に壮観と思わせる物があった。

動く芸術とさえ思わせる程美しい物が・・・そう言っても決して過言ではないと思わせる物が。











それは・・・







つづく







『神逆(しんげき)のタイタン』 #59




御者だった。

チャリオットを巧みに操る御者だった。

その光り輝く黄金の巨大なチャリオットを巧みに操る御者だったのだ、不良に動く芸術とさえ思わせる程美しかった物は。

その御者は豊な紺黒(こんこく)の髪を持ち、素晴らしく立派な口髭(くちひげ)と見事な顎鬚(あごひげ)を蓄え、壮麗な衣を身に纏(まと)い、身の丈3m超級の大きくガッシリとした体躯(たいく)で、海の上を跳ね回るイルカの大群をその先導とし、威風堂々チャリオットを操っていた。


その姿に、


「ハッ!?


不良は息を呑んだ。


『ポ、ポセイドン・・・か!?


そう思いながら。


その時・・・


突然、



(グォー!!



チャリオットが飛んだ。



(ピタッ!!



不良と同じ高さで止まった。

その距離、約5メートル。

当然、空中浮遊だ。



(ギロッ!!



御者が睨(にら)んだ。



(ゾクッ!!



その恐ろしいまでの迫力に不良の背筋に悪寒が走った。

その不良を見下し見下(みお)ろして御者が言った。


「人間!!


威厳に満ち、超重低音の迫力のある声で。


「・・・」


不良は言葉が出なかった。

その余りの恐ろしさのために。

流石の不良も恐怖しているのだ。

その御者の圧倒的迫力に。

かつてこれ程までの相手に出会った事がなかったからだ。

不良程の達人になれば対峙している相手の力量は、わずかに眼(め)を見ただけで分かる。

そして分かった。

全く歯が立たないという事が。

今対峙している相手と自分とでは、大人と子供。

否、

大人と赤ん坊。

否、

赤ん坊と横綱以上の格の違いがある。

その御者の眼(め)を見た瞬間、それが分かった。

スケール、格、迫力、・・・、そういった物全てが別次元なのだ。



(ガタガタガタガタガタ・・・)



震えている。

不良が震えている。

あの超高ビーな不良が震えている。

顔面蒼白で。


その圧倒的迫力に押され、今の不良はヘビに睨まれたカエル状態。

まるで土佐の闘犬の横綱がライオンと相対峙した時、瞬時にして尻尾を巻いて逃げ出したようにただ怯(おび)え震える以外、身動き一つ出来ない。(この土佐の闘犬対ライオンの対決はTV番組 『シルシルミシル』 で実際にあったそうです)


「人間!!


もう一度、御者が言った。

より一層迫力のある声で。


「・・・」


やはり不良は口が利けない。

怯え震えているだけだ。

不良の唇はこんな短時間で既に乾いてカサカサ。

それだけでも今、不良の感じている恐怖の一端が垣間(かいま)見える。

その不良に向かって、


「人間!!


更にもう一度。

ますます迫力のある声で御者が言った。


だが、


「・・・」


相変わらず不良は言葉が出ない。

そんな不良にはお構いなし。


「待っておったぞ、人間。 ソチの名は何と申す?」


御者が不良の名前を聞いた。

高圧的に見下ろし見下して。



(ゴクリ)



不良が生唾を飲み込んだ。

そして、


「ぶ・・ら・・く・・じゃ・・く」


漸(ようや)く口を利いた。

弱々し〜〜〜くだ。

若干・・というより・・ほんのチッとだけ余裕が出たのだ。

時間が与えた余裕だ。

もっとも、蚊の鳴くような声ではあったが。


これが平時なら、


「人に名前を尋ねる時は、自分から先に名乗れ」


不良ならこう言い返すはずだ。

しかし、今の不良は相手の迫力に恐怖し、まるで借りて来た猫のようにおとなしい。

だから素直に名乗った。

否、

それしか出来なかった。

殆(ほとん)ど余裕のない今の不良には。

まして言い返す事など、全く及びもつかなかったのだ。



(ゴクリ)



再び、不良が生唾を呑み込んだ。

そして、


「ア、アナタは・・・」


弱々し〜〜〜く聞いた。

情けな〜〜〜い声で。


「既にソチは分っておるはずじゃ。 余(よ)が誰かは」


「ポ、ポセイドン・・・?」


「ウム」


御者が肯定するかのように頷いた。

それから手にしていたトライデントを、



(グィッ!!



これ見よがしに突き出して、


「それともう一つ分っておる事があるな」


そう言った。

当然、高圧的に。


「・・・」


不良は黙っていた。

だが、その言葉の意味は分っていた。

十分、否、十二分過ぎる程に。

そしてその言葉の意味とは、勿論、グライアイの予言だ。


そぅ。


ポセイドンのトライデントによって自分が殺されるというあの予言だ。



(ゴクリ)



もう一度、不良が生唾を飲み込んだ。











その時・・・







つづく







『神逆(しんげき)のタイタン』 #60




(ブヮーン!!



ポセイドンがトライデントを振り翳(かざ)した。

たったそれだけだった。

今、ポセイドンがやったのは。


だが、



(グォー!!



颶風(ぐふう : 秒速29メートル以上の風力を持つ、最上級の風)だ。

颶風が起こった。

その颶風の威力の余りの凄まじさに、



(グラッ)



不良がバランスを崩した。


「クッ!?


焦る不良。

空中で足を踏ん張り、サンダルに力を込め、不恰好ながらなんとか体勢を立て直した。


『ん!?


それを見て、ユックリとトライデントを下ろしながらポセイドンが小バカにして言った。


「フン。 他愛(たわい)もない。 詰まらんぞ、人間。 実に詰まらん。 その程度か? たったその程度で我ら神に立ち向かって来るなど、笑止(しょうし)」


しかし、これが幸いした。

不良が腹を決めたのだ。

つまり、死を覚悟したという事だ。

しかも、いざ死を覚悟してみると体の震えも止まり、恐怖心も消えた。

それから落ち着きを取り戻すため、


「フゥ〜」


一息吐き、



(クィッ)



メガネのズレを直してから、


「たしかアンタはさっき、 『待っていた』 と言ったな」


もう、いつもの不良に戻っていた。

そして、


「俺を待っていたという事か?」


ポセイドンにそう聞いた。


「そうじゃ」


「ナゼ、俺がここに来る事が分かった?」


「決まっておる。 余(よ)は神じゃ。 そんな事は、疾(と)ぅの昔に分っておったゎ」


「なら、俺がここへ来た理由(わけ)もか?」


「当然じゃ。 余がわざわざ出向いてきたのがその証(あかし)」


「成る程な。 それで分った。 これまで思い通りに事が運ばなかった理由(りゆう)が。 アンタが邪魔していた訳か」


「そうじゃ。 始めにグライアイ達に会わせたのも余じゃ。 ソチの運命を告げさせるためにのぅ」



(あの〜、分ってくれてるとは思ふヶど、本当なら運命の予言はグライアイではなく “運命の女神モイライ三姉妹 【 Moirai = アトロポス(Atropos)、ラケシス(Lakhesis)、クロートー(Klotho) 】” がするのですが、歯なしの都合上 否 話の都合上、グライアイに予言させとります。 ハリウッド映画『タイタンの戦い』でもそうなってたし・・・ : 作者)



「なら、あの婆(ばあ)さんもか? アナウロス川の・・・」


「いいゃ、アレは違う」


「ん!? アレは違う?」


「あぁ、アレは違う。 アレはアヤツの酔狂じゃ」


「アヤツ? アヤツとは?」


「知ってどうする?」


「ん?」


「どうでも良い事じゃ。 今、ここで死ぬる運命にあるソチにはな」


「死ぬる運命・・・か。 ・・・。 俺の・・・」


「そうじゃ、ソチの死ぬる運命じゃ。 グライアイ達の予言は何人(なんぴと)たりといえども覆(くつがえ)す事は出来ぬ。 例え、神である我らを以ってしてもじゃ。 例え、我らビッグ・スリー(ゼウス、ハデス、それにポセイドンの3神)を含むオリンポスの十二神を以ってもしても決して覆す事は出来ぬのじゃ、アヤツらの予言は」


「と、いう事は・・・。 俺はここで死ぬのか? アンタの投げるトライデントで?」


「その通り」


「・・・」


不良は黙った。

その姿を見てポセイドンが言った。


「どうやら運命を受け入れる気になったようだな。 ならば参る!! 覚悟は良いな! 人間!!


そう言ったが早いが、



(ブン)



トライデントを振り上げた。



(グォー)



又しても、起こる颶風。


しかし、


「フン!!


気合を入れ不良が飛んだ、颶風を利用して。

その颶風に乗ったのだ。


「ヌッ!? 逃(のが)さん!!


ポセイドンが後を追った。



(グォーーー!!



凄まじい勢いで不良を追うポセイドン。

ヘルメスのサンダルを必死にコントロールし、そのポセイドンから逃げる不良。


だが・・・速い!?


ポセイドンのチャリオットの速さは半端じゃない。

その余りの速さに、


「あ!?


と言う間(ま)に不良は追い付かれた。

流石、ポセイドン自慢の海馬4頭の牽くゴールデン・チャリオット。

神速だ。


すぐ背後にポセイドンの気配を感じ、



(シュッ。 シュッ。 シュッ。 ・・・)



右に左に不良が大きくジャンプした。

狙いを付けさせないために。

そのため、なかなか狙いが定まらず、


「クッ!? チョコマカとー!!


ポセイドンが苛立った。











その時・・・







つづく