#71#75




『神撃のタイタン』 #71




羽・・・


羽だった。

孔雀の羽だった。

それは孔雀の羽だった、ポセイドンのトライデントの切先に刺さっていた物は。

勿論、ヘラの放った。

孔雀はヘラの寵愛厚き鳥である。

ヘラはこの孔雀の羽を投げ付け、ポセイドンのトライデントの軌道を若干逸(そ)らせたのだ。

不良の命を救うために。

もっとも、トライデントの威力が余りにも凄まじかったため、残念ながら軌道を逸らせ切れずに不良は左腕を失ってしまったのだが。

それでも一命は取り止めた。

そしてこの羽はヘラの御神鳥の孔雀の羽ゆえ、ヘラ以外の者には扱えないのだ。

例えポセイドンといえどもだ。

その孔雀の羽が、



(クィッ!!



ヘラが右手人差し指で引っ張る仕種をした事により、



(フヮッ)



ヘラの手に戻って来たのだった。

その羽を右手親指と人差し指でつまみ、もう一度、帰り行くポセイドンの後ろ姿に向かって、


「ご苦労じゃったな、ポセイドン」


ヘラが声を掛けた。

嫌味た〜〜〜っぷりに。

それに対し、ポセイドンが振り向く事なく、


「フン」


小バカにするように鼻で笑った。

気まずさを隠すためにだった。

そして、



(スゥ〜)



その場から消え去った。

アイオロスと共に。


その時・・・



(ガクッ!!



不良の膝が折れた。

最早、不良は過度の緊張と疲労、そして出血多量で限界だったのだ。

そして意識が遠退(とおの)き、体勢を立て直す事も出来ず、そのまま海上に落下し掛かった。

透かさず、



(スッ!!



ヘラが不良に近寄り、

素早く、



(ガシッ!!



抱き止めた。


「人間!! シッカリせょ!! シッカリするのじゃ!!


不良に声を掛けた。

瞑(つぶ)り掛けていた眼(まなこ)を僅(わず)かに明け、


「・・・」


不良が何かを言おぅとした。

だが、声にならなかった。


「良ぅやった!! 見事じゃったぞ、不良孔雀!!


「ん!? どうして俺の名を?」


殆んど聞き取れない程小さな声で不良が聞いた。

しかし、その答えを聞く前にそのまま気を失った。

それでも、その薄れ行く意識の中で不良は見ていた。

否、

見たような気がした。

目の前にいる女神ヘラの姿が一瞬、年老いた老婆の姿に変わったのを。

あの時・・初めてこの地にジャンプしてきた時・・アナウロス川で出会った。











あの老婆の姿に。







つづく







『神撃のタイタン』 #72




外道は考えていた。


『お嬢・・・。 お嬢・・・かぁ。 お嬢・・・な。 雪をヘカテが・・・。 あのヘカテが雪を “お嬢” と・・・。 ウ〜ム』


雪の話を聞き、外道は不良の心配は余所(よそ)に、話のその部分に引っ掛かっていたのだ。

その雪はといえば疲労のためベッドで眠っていた。

暗燈篭 芽枝(あんどうろう・めいだ)の寝ている隣りのベッドで。

不良救出の行き帰りでエネルギーを使い果たしていたのだ。


ここは不良の診察室である。


『ウ〜ム』


相変わらず外道が考え込んでいる。


その時、



(ブルッ!!



一瞬、雪の体が震えた。

そして、


『ハッ!?


雪が目を覚ました。

同時に、


「おじちゃん! 死んでない!!


叫んだ。

その言葉に反応し、



(クルッ!!



外道が振り返って雪を見た。


「ん!? どうした?」


「不良のおじちゃん、死んでないょ。 誰かが助けた」


「本当か!?


「うん。 今、アタシ、それ感じた」


「そうかぁ、それは良かった」


「うん」


「でも、誰が助けた?」


「分んない」


「そうかぁ」


「ヶど、女の人だょ。 おじちゃん助けたの」


「え!? 女の人?」


「うん。 とっても奇麗な人」


「ホゥ〜。 ・・・」


外道はこの不良を助けたという女に興味を持った。

勿論、スケベな外道の事ゆえ興味を持ったのは、当然、雪の言った・・『とっても奇麗な人』・・この部分であるのは言うまでもない。


「とっても奇麗な人だょ、おじちゃん助けたの」


「そんなに奇麗か?」


「うん」


「お前と比べてどうだ?」


「うん。 全然奇麗だょ。 雪よっか、ズッと・・・。 人間じゃないみたいに」


「フ〜ン。 そうかぁ・・・。 雪より綺麗・・・。 そんなに奇麗かぁ・・・」


ちょびっと不良が羨ましい外道であった。


(コイツ・・ホントに・・外道だ!! : コマル)


ここで雪がベッドから起き上がろうとした。

しかし、力が入らなかった。


「まだムリをするな。


つー、まー、りー、・・・


『無理ーーー!! 無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理ーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!


をするな。 もう少し寝ていろ」


「うん」


外道が雪のベッドに近付いた。

雪の肩に掛け布団を掛け直しながら雪の眼(め)を見つめ、外道が聞いた。


「もう一度聞く、ヘカテはどんなヤツだった?」


「お婆ちゃんだったょ。 眼(め)にスッゴク力のある」


「そうかぁ」


「でね。 雪の事知ってたょ、ヘカテ」


「・・・」


「雪の事、お嬢だってさ。 そう呼んだょ」


「お前は? お前は知ってたのか、ヘカテを?」


「うぅん、全然。 全然知ってないょ」


「なのにヘカテは知っていた」


「うん」


「そうかぁ。 ま、いっか。 お前はもう少し眠れ。 今は不良を待つしかない。 だからもう少し眠っておけ。 この先何が起こるか分らんしな」


「うん」


雪は目を瞑った。

そのまま、



(スゥー)



再び、深い眠りについた。

まだまだ体力は回復してはいないのだ。

その余りに早い眠りに少し外道は驚いた。

そして、



(ジィー)



雪の寝顔を見つめていた。

こんな事を呟きながら。


「ヘカテか・・・。 少し調べてみる必要があるな」


と。











その時・・・







つづく






『神撃のタイタン』 #73




「ゥ、ゥ〜ン」


軽〜い呻き声がした。

女の声だった。


『ん!?


外道がそれに気付き、声のした方を見た。

ここは不良の診察室。

そこでは雪が眠っている。

その声は、雪の眠っている隣りのベッドから聞こえた。

つまり暗燈篭 芽枝(あんどうろう・めえだ)のベッドからだ。

という事は、意識が戻ったのだ、暗燈篭 芽枝の。

外道が芽枝の枕元に近付いた。

芽枝は目を明けていた。

外道の姿が目に入った。


瞬間、


『ハッ!?


芽枝は驚いた。

顔が引き攣った。

無理もない。

自分が今どういう状況なのか全く分らない上に、突然、見た事もないむさ苦しい中年のオスが目の前に現れたのだから。

しかも自分はベッドに寝ている。

相手は上から見下ろしている。

逃げるに逃げられない。

だから当然、パニックだ。

体もガタガタ震えている。


その恐怖感丸出しで自分を見つめている芽枝に、


「目が覚めたか?」


外道が優しく声を掛けた・・・つもりだった。


!?


芽枝にしてみれば恐ろしいだけだった。



gkbr gkbr gkbr gkbr gkbr ・・・)



恐怖で顔を引き攣らせ、怯えて震えてチョビッとチビッている・・かも知れない・・芽枝に再び外道が声を掛けた。


「そ、そんなに怖がるんじゃねぇ!!


って。


でも〜

その結果は〜

益々怖がらせた〜

だけだった。


『ヤ、ヤベッ!?


焦る外道。

愚かにも、更に追い討ちを掛けちゃった。


「だ、だ〜からぁ。 そ、そんなに怖がるんじゃねぇってばょー」


言えば言う程、より一層怯える芽枝。

状況は悪化する一方だ。

外道が何を言おぅと今の芽枝にしてみれば、一度味わった恐怖を増長するだけだった。


だが、


ここで外道が思わぬ行動に出た。



(パシン!!



手を打ったのだ。

寝ている芽枝の鼻先三寸で。


『ハッ!?


一瞬、芽枝の思考が止まった。

勿論、驚きで。

その瞬間を外道がとらえた。


「俺の名は破瑠魔外道。 お前を守っていた」


!?


「お前は意識不明だったんだょ、今まで。 それを俺とコイツが守っていたんだ」


そう言って、



(クィッ!!



顎をしゃくって雪を指し示した。


「ん!?


外道のその顎の動きに釣られ、芽枝が首をひねって隣りのベッドに目をやった。

そこに、眠っている雪の姿を見た。

その場に他にも人がいる事を知り、その安心感からか芽枝の顔から恐怖と緊張感が取れ、ホッとした様子を見せた。

その瞬間、


『ハッ!?


我に返った。

そして、


「アタシアタシ・・・」


何かを喋ろうとした。

しかし、三日間も意識がなかったため殆(ほと)んど声が出ない上に、上手く考えをまとめる事が出来なかった。


「落ち着け! ムリをするな!!


つー、まー、りー、・・・


『無理ーーー!! 無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理ーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!


をするな!! 深呼吸してみろ。 落ち着いたら俺の方から事情を説明してやる」


外道が口早に、ピシャっと言い放った。

これで芽枝が落ち着いた。



(コクッ)



会釈でそれを外道に告げた。


「ウム」


外道が頷いた。

そして語った。

これまでの経緯(いきさつ)を。


当然・・・











必要最低限で。







つづく







『神撃のタイタン』 #74




「何と凛々(りり)しい!?


月神(げっしん)セレーネが呟いた。


ここは神界の女王ヘラの神殿。

そこに一人の人間の男が眠っている。

その男は深く傷付いていた。

左腕がだ。

そして、セレーネがその男の傍(かたわ)らに寄り添って看病している。

セレーネとは、月の女神であると同時にオリンポスの十二神・・即ち、オリンポスの最高神・・の内の一神にその名を連ねるアルテミスの別名であり、又、この月の女神アルテミスは闇の魔神(ましん)、あの魔女ヘカテと表裏の関係にある。

つまり月の女神アルテミスは、時に月神セレーネに、時に闇の魔神ヘカテにと、三通りにその姿を変えるのである。

勿論、この三神の本体はアルテミスであるのは言うまでもない。

又、月の女神アルテミスは、神々の中で最も美しいと言われているやはりオリンポス十二神の内の一神で太陽神である、あのアポロンの双子の妹でもある。

因(ちな)みにこの太陽神アポロンは、 『フォエボス・アポロン(光り輝くアポロン)』 と賞賛される程美しい・・・らすい。。。(ミーはアポロンに会った事ないんで、真偽の程は知らん : コマル)

そのアルテミスでありセレーネである月の女神が、その男の寝顔を慈愛のこもった眼差(まなざ)しで繁々と見つめている。

若干、顔を紅潮させながら。

どうやらその男が気に入っているようだ。

思わずセレーネの口から詩が溢れ出した。


こんな詩が・・・



 傷つき倒れた不良孔雀が


 その身を捨て 命を懸け 大海神に挑んだ時


 聖女アルテミスが


 その雄姿 気高さを見て 恋をした


 月神セレーネにその姿を変え オリンポスの神座より 大地に降り立ち


 女王ヘラの神殿に至り 彼(か)の者の横にその身を置く


 口づけを受けた勇者は 微動だにせず 寝返る事もなく


 そのまま永久(とわ)にまどろまん


 傷つき倒れた不良孔雀は・・・



と。


そぅ。


その深く傷付き、神界の女王ヘラの神殿で寝ていた男、それは・・・


不良孔雀であった。











その時・・・







つづく







『神撃のタイタン』 #75




「ゥ、ゥ〜ン!?


一言軽く唸って、静かに男が目を明けた。


男は・・・


目が霞(かす)んで前がハッキリとは見えずボンヤリとしている。

目の焦点も合わせられない。

頭の中がボーっとしている。


部屋は左程(さほど)明るくはなかった。

しかし暗くもなかった。

まだ、意識がハッキリしない。

再び目を閉じた。

別に眠るためにではなかった。

目を開けているのが辛かっただけだ。

そのまま何も考えずにボーっとしていた。

夢と現実を行ったり来たりしている、そんな感じだった。

暫(しばら)くそのままでいると、音がしている事に気が付いた。

その音に注意を払った。



(ケォーン、ケォーン、ケォーン、ケォーン、ケォーン、・・・)



何かの鳴き声のようだった。 (これは孔雀の鳴き声である : コマル)


『鳥か?』


男は思った。

そして、



(ケォーン、ケォーン、ケォーン、ケォーン、ケォーン、・・・)



何も考えずにその音を聞いていた。

相変わらず頭の中がボーっとしていて、何も考えられないのだ。

全身の感覚が麻痺しているようだった。

まるで雲の上にでも寝ているような、そしてそのまま虚空を漂(ただよ)ってでもいるかのような、全くの無感覚。

ただ、

鳥の鳴き声のような音だけが耳の奥で反響しているだけだった。

男は暫(しばら)くジッとその音に耳を傾けていた。

すると、



(ポッ!!



突然、体の中で何かが弾(はじ)けた。

それに同期し、



(ビクッ!!



体が痙攣(けいれん)した。

それは、それまで遠〜くに置いてあった自分の意識が瞬時に戻って来て、いきなり体の中に飛び込んだ。

そんな感覚だった。



(ゾヮゾヮゾヮゾヮゾヮ・・・)



全身の血が、一気に逆流するのを覚えた。

それと共に体温の急上昇も・・・


再び男は目を明けた。

意識は完全に、とは言わないまでもある程度戻っていた。

とは言っても、思考能力は依然として停止したままだったのだが。


目の前は先程同様ボンヤリしていてハッキリとは見えない。

明かりが感じられたのでどうやら辺りは暗くはないらしい。

瞬(まばた)きは何度かしたが、目は閉じなかった。

しかし、

徐々に目の焦点を合わせられるようになって来た。

それは丁度、一眼レフカメラの望遠レンズの焦点がユ〜〜〜ックリと合う感覚に似ていた。

終に、焦点が合った。


瞬間・・・


それまで思考が停止していたのが嘘のように一気に記憶が甦(よみがえ)って来た。

まるで真夏の夕立。

いきなり降り出す雷雨のように。


『ハッ!?


男は反射的に起き上がろうとした。

だが、



(ズキッ!!



全身に激痛が走った。


「ウッ!?


あまりの痛さに起き上がるどころか動く事さえ出来なかった。


『クッ!? な、何がどうなっているんだ? ・・・。 こ、ここは? ここは一体?』


男は部屋の中を見回すため頭を動かそうとした。

だが、

又しても、



(ズキッ!!



痛みが走って、


「ウッ!?


僅かにしか動かせない。

仕方がないので見える範囲でチェックした。


自分は今、どうやらベッドに寝ているようだ。

しかしその大きさは半端じゃない。

寝ている自分が、まるでガリバーのベッドに寝ている小人のようだ。

否、

これは少々、大げさか?

『ガリバーのベッドに寝ている中人のようだ』

と言い換えよう。


更に、動かせる範囲で顔と目を動かしてみた。


建物は全て石造りのようだった。

種類は良く分からないが、恐らく大理石であろう。

天井はどこまでも高く真っ白で、豪華な絵画が描かれている。

画題は、女神とそれを取り巻くニンフ達といった感じだ。

壁も天上同様、どこまでも広く真っ白だった。

当然、そこにも同じような壁画が描かれている。

ゴシック様式の巨大な石柱が何本か見えた。

やはり純白色の。

だが、この状態では床の色までは分からなかった。


他に見えた物と言えば、

ベッドを仕切る淡いピンクの、豪華だが同時に清楚でもあるカーテン。

素材は絹か?

実に上品だ。

それにどこからか分らないが差し込んで来る日差し。

その日差しはかなり強そうに思えた。

それをその豪華で清楚な感じの絹製と思われるピンクのカーテンが適度に和らげている。

部屋の広さは一体どの位あるのか?

目視(もくし)だけではとてもではないが、ハッキリした広さまでは分からなかった。


『ここは一体・・・・・・?』


男は再びそう思った。











その時・・・







つづく