#76#80




『神撃のタイタン』 #76




「人間!? 気が付いたか?」


女の声がした。


それは年若い娘の声だった。

その声は美しく澄んでいて、小声でも良く通る声だった。

それも、あの神々の女王ヘラの声に負けず劣らずの上品さ、清らかさで。


それと同時に、


その男の目の前に人の顔が浮かび上がった。

その顔は上から覗(のぞ)き込んでいた。

それは女の顔だった・・・年若い娘の。

しかも、


『ハッ!?


と、思わず息を呑む程に美しい。

やはり、ヘラに負けず劣らず・・・


男は反射的に起き上がろうとした。

だが、



(ズキッ!!



全身に痛みが走った。

そのため、全く体を動かす事が出来なかった。


「ウッ!?


ただ呻く事だけしか。

その時、


「ならぬ!! まだムリをしては・・・」


再び同じ娘の声がした。

その娘の声と体の痛みが却って幸いし、男の意識が完全に戻った。

しかし、まだ頭の中は混乱していた。

男は何とか起き上がろうと全身に力を込め、身悶えながら、


「ん!? こ、ここはどこだ!? お、俺は、俺はここで一体何を? き、君は、君は何者・・・?」


酷(ひど)く取り乱して、畳み掛けるように男が娘に聞いた。


「落ち着くのじゃ、人間!! そう案ずるな。 怪しい者ではない。 それに、まだムリをしてはならぬ」


抜けるように真っ白な手で軽く肩を抑えられ、透き通るような美しい声で娘に諭(さと)され、男は少し落ち着きを取り戻した。

体の力を抜き、男は目の前にいる娘の顔を見ようと意識した。


そして見た!!


否、見つめた!!


と言った方が正しかった。

その瞬間、


『ハッ!?


再び男は驚いた。

否、

息を呑んだ。

男はこう思ったのだ。


『ナ、ナント美しい!?


と。


「まだ、ムリはいかん」


男が落ち着きを取り戻したのを見定めて、娘が言った。

その顔は少しはにかむように微笑(ほほえ)んでいた。

その笑顔が魅力的だった。


「スゥーーー。 フゥーーー」


なるべく痛みを感じないように注意しながら男は一度、大きく息を吸い、そして吐いた。

それから娘に聞いた。


「ここはどこだ? 一体・・俺は・・ここで・・何を?」


にっこり笑って娘が応えた。


「ここは神殿。 神界の女王ヘラの神殿。 ソナタは酷い傷を負(お)ぅて倒れたのじゃ。 ポセイドンのトライデントでのぅ。 それを女王ヘラがここまで運んだのじゃ。 ここはそのヘラの寝室。 男は大神ゼウス以外、決して入る事の許されぬヘラの寝室。 じゃが、初めてじゃ、ヘラがゼウス以外の男をここに引き入れたのは。 ましてそれが人間のソナタとは・・・のぅ。 それにソナタは今日まで7日間も意識がなかったのじゃ。 きっとその腕が馴染むまで、その位の日数が必要だったのであろう」


娘は男の左腕を指差してそう言った。

その男の左腕には、厳重に包帯が巻かれていた。


『ハッ!?


男がそれに気付いた。

右手で左腕を触ってみた。

だが、

指が・・全身の感覚が・・麻痺していて全く分からなかった。


「まだ、動くな」


男をそうたしなめながら、娘は男にこう話し掛けていた。


「ソナタの怪我は大変なもの。 良くぞ死ななんだ・・・」


「・・・」


男はそれを黙ってジッと聞いていた。

というより言葉が出せなかった。

聞きながら何があったのかを必死に思い出そうとしていたのだ。

だが、

それは無理だった。

まだここ数日間の記憶がハッキリしないのだ。

しかし、男は既に落ち着きは取り戻していた。


きっと、その娘がそうしてくれていたのであろう、額(ひたい)の上に解熱のための手ぬぐいが置かれている事に気付いた。

そして、その置かれた手ぬぐいを替えてくれる娘の仕種を男は見つめていた。

決して身分卑しからぬと思われる高価そうな純白の内衣キトンとその上に着る外衣ヒマティオンに身を包み、小首を傾(かし)げ、無駄のない動きで、枕もとに置かれた手桶(ておけ)の水で手ぬぐいを洗うその娘の仕種がなんとも言えず優雅だった。


娘は、年の頃なら18才位だろうか。

まだあどけなさが残ってはいるが、上品で美しく真のシッカリした顔立ちだった。

体は細身で、長身。

手足が長い。


その上・・更に・・加えて・・えぇチチじゃ〜〜〜!!

着物の上からチラッと見ただけでも、コメカミに思いっきり力を込めてハッキリそうだと断言出来る程じゃーーー!!

牛チチじゃーーー!!


肌の色は、着ている純白の外衣ヒマティオンよりも更に白く、まるで抜けるように真っ白。

それが腰まで届く程長く艶やかで豊かな黒髪に、より一層引き立てられている。


娘が洗ったばかりの手ぬぐいを男の額に乗せようとした時、二人の目が合った。

全くそんなつもりはなかったのだが、思わずボソッと男の口から言葉が漏れた。


こう・・・


「ナント、美しい!?


と。


娘はポッと顔を赤らめ、一瞬手を止め、そして言った。


「そのように見つめられると恥ずかしいではないか」


「あ!? あ、いや!? こ、こ、これは済まん」


男はチョッと慌てた。

そのまま黙って娘が額の上に手ぬぐいを置いてくれるのを見ていた。

それから続けた。


「美しき人よ。 君の名は? 君の名は何という?」


娘は、


「マァ!?


と一言、そう言ってチョッと間(ま)を取り、少しはにかみながら続けた。


「ソナタは聞いてばかりじゃ。 自分の事は何も・・・」


その言葉を聞いて再び男は慌てた。


「そ、そうだった、そうだった。 も、物には順序があったな」


こう自分に言い聞かせるように言ってから続けた。


「先ず、助けてもらい、礼を言う。 このような親切、心よりあり難く思う。 俺の名は不良・・・不良孔雀」


「・・・」


娘は不良の瞳をジッと見つめたまま黙って聞いていた。

不良が続けた。


「予想外の出来事で、このような親切を受ける事になった。 残念ながらまだ体の自由が利かない。 ・・・ 」


不良はここで一旦言葉を切った。

呼吸を整え、それからこう言い加えた。


「で。 君の名は? 君の名は何と? 何という? 教えて欲しい?」


その問い掛けに娘は改めてその大きく円(つぶ)らな瞳で、期待と興奮と不安の入り混じったような複雑な思いを素直に表した目で自分を見つめている不良の眼(め)をジッと見つめ、こう名乗った。


「セレーネじゃ」











と。







つづく







『神撃のタイタン』 #77




「馴染むまで・・・その腕が馴染むまで。 確か、さっき君はそう言ったな?」


不良がセレーネに聞いた。


ここはヘラの寝室。


「あぁ、言(ゆ)ぅた」


「どういう意味だ?」


「それはいずれ分る」


「否!? 今知りたい」


不良がキッパリと言い切った。


「・・・」


セレーネが黙った。

何も言わずジッと不良の眼(め)を見つめた。


「・・・」


不良も黙っていた。

ただ、眼でその答えを催促していた。

セレーネがそれを理解した。

そして、一度、


「フゥ〜」


大きく溜め息を付いてから言った。


「仕様(しよう)のないヤツじゃ。 仕方ない。 良く聞くのじゃ、不良孔雀」


「・・・」


「ソナタの左腕は既にない。 ポセイドンのトライデントにもぎ取られてしもぅたのじゃ。 それは承知しておるな?」


「あぁ」


この時点で、ある程度不良の記憶は戻っていた。

時系列で物を考えられるようになったという意味でだ。


「ならば良い。 だからヘラがソナタに新たな左腕を与えたのじゃ」


!?


「ヘパイストスに頼んで、作らせたのじゃ。 ソナタの新たな左腕を。 ヘラがヘパイストスに頼み込んで、作らせたのじゃ、ソナタの左腕を、オリハルコンで、新たにな。 そしてそれをソナタの治療を行(おこの)ぅたアスクレピウスがその腕に縫い付けたのじゃ」


【ヘパイストスは “火と鍛冶の神” であり、オリンポス十二神の内の一神である。 又、アスクレピウスはオリンポス十二神の内の一神にして太陽神であるアポロンの子で “医療の神” である : 作者注】


「・・・」


「だから馴染むまでと申したのじゃ」


「そうかぁ」


納得したようにそう言って、不良がもう一度右手で左腕に触れてみた。

確かにそこに何かがあるのは分った。

だが、相変わらず感覚が麻痺していてそれが普通の腕なのか、あるいは単なる金属の棒なのか、そういった区別は全くつかなかった。

そんな不良をセレーネが、


「案ずるでない。 いずれ元のように成る。 それまでの辛抱じゃ」


励ました。


「あぁ」


「必ずや、前のよりもズッと役に立つはずじゃ。 何せあのヘパイストスが丹精込めて作り上げた傑作じゃからな、ソナタのその左腕は。 三日三晩も掛けたのじゃ、ヘパイストスがそれを作り上げるのに。 トロイ戦争の時のアキレウスのあの鎧ですら、たったの一晩で打ち上げたあのヘパイストスが、三日三晩も掛けたのじゃ。 ソナタのその左腕を作り上げるのに」


そうセレーネが、



(クィッ!!



顎で不良の左腕を指し示しながら言った。


「・・・」


不良は黙って聞いていた。

そして、


「ナゼ?」


ボソッと聞いた。


「ん!? 『ナゼ』?」


セレーネが聞き返した。


「ナゼそこまでしてくれる」


「あぁ、そういう事か・・・。 それはのぅ。 ソナタはヘラの・・・。 否、今は止めて置こう。 これ以上は聞くな。 いずれ分る事じゃ。 一度に何もかも知ろうとするでない。 良いな、不良孔雀」


「あぁ。 分った」


「ならば、今少し休むが良い。 眠れ、眠るのじゃ、不良孔雀。 今は眠るのじゃ」


その言葉がまるで誘発剤にでもなったかのように、



(スゥー)



不良の意識が遠くなった。

そしてそのまま不良は深い眠りに落ちた。

月神セレーネに見つめられながら。











一瞬にして・・・







つづく







『神撃のタイタン』 #78




「人間の意識が戻ったのか? 声がしたようじゃが」


セレーネの背後から声がした。

セレーネが振り返った。

ヘラが立っていた。


「あぁ、戻った。 じゃが、すぐに眠った。 今は寝ておる」


そうセレーネが説明した、不良の今の容態(ようだい)を。


今・・・


ここにはヘラ、セレーネ、そして不良の3人、否、一人と二神しかいない。


「そうか」


そう言って、ヘラが不良の寝ている寝台に近付き、不良の寝顔を覗き込んだ。

その寝顔を繁々とヘラは見つめた。

慈眼(じげん)を以って。

こんな事を呟きながら。


「不良孔雀。 大したヤツじゃ。 アナウロス川でのワラワの試(ため)しにも全く挫(くじ)ける事なく見事こなした上、自らの運命まで変えおった。 死ぬるはずだった自らの運命まで・・・」


「何を申すか、ヘラょ。 あれはソナタが手を貸したからであろうに」


横からセレーネが声を掛けた。

ヘラが顔を上げ、セレーネを見た。


「あぁ、そうじゃ」


「ナゼ?」


「この者を死なせとうなかったからじゃ」


ヘラがもう一度、不良の寝顔に目を移しながらそう答えた。


「フ〜ン」


セレーネはその答えに対し納得が行かないようだった。

そのセレーネにヘラがキッパリと言い切った。


「見ょ! セレーネ!! この凛々しい寝顔を・・・。 なんと凛々しい。 しかも勇者じゃ。 ペルセウスにも決して引けを取らぬ勇者じゃ。 何せ、人間でありながらあのポセイドンに真っ向勝負(まっこう・しょうぶ)を挑み、自らの命と引き換えにアヤツを出し抜こうとしたのじゃからな。 しかもペルセウスに全く気付かれる事なくアイオロスの邪魔をした。 ペルセウスに全く気付かれる事なく・・・じゃ。 大したヤツじゃ、この者は。 そのような者を、そのような兵(つわもの)を、そう安々と死なせて良いはずがあろうか? 否、あろうはずがない。 だからじゃ。 だから手を貸したのじゃ、ワラワは。 そう安々と死なせとうはなかったのじゃ、この者を。 だからワラワは手を貸したのじゃ、この者に。 どうじゃ、セレーネ? ソチはそうは思わぬか?」


「あぁ。 ワラワも今、そう思ぅておった所じゃ」


「だから助けたのじゃ。 それにこの者の名は不良孔雀・・・。 そうじゃ、不良孔雀じゃ。 孔雀はワラワの眷属じゃからのぅ。 その孔雀の名を冠するこの者をいかが致せば放っておける。 ん? いかが致せば・・・」


「それだけか?」


「ん!? それだけ・・・。 それだけとはどういう意味じゃ?」


「他にもあるのではないのか? 分っておるぞ」


「フン。 詰まらぬ詮索は止めょ、セレーネ。 それ以上言う事は許さぬ」


「あぁ、そうじゃな。 詰まらぬ詮索じゃったな」


「そうじゃ、詰まらぬ詮索じゃ。 そんな事より、ナゼ、ソチがここにおる?」


「そ、それは・・・」


一瞬、セレーネが言葉に詰まり、



(ポッ!!



顔を赤らめた。

それを見て、即座にヘラは察した。

セレーネの不良に対する思いを。


「フ〜ン。 成る程な。 そういう事か・・・」


「な、何が 『フ〜ン』 じゃ、ヘラょ。 ワ、ワラワは・・・。 ワラワは別に・・・。 そ、そのような・・・。 た、ただ・・・」


「そう取り乱さずとも良い、セレーネ。 ソチの気持ちは良(よ)ぅ分った。 確かにこの人間にはその価値がある。 じゃがな、セレーネ。 この者は普通の人間とは違う。 エンディミオンのような訳には行(ゆ)かぬ。 それを良〜く承知して置くのじゃ。 良いな」


「あぁ、分っておる」


「ならば良い」


そう言って、



(クルッ!!



踵(きびす)を返して、



(スタスタスタスタスタ・・・)



ヘラが寝室を出て行った。

不良の傍に一人セレーネを残して。

そのヘラの後ろ姿を見送りながらセレーネが呟(つぶや)いた。


「エンディミオンのような訳には行かぬ・・・か」


ポツリと一言・・・そぅ。











【注 : エンディミオン・・・ご存じない読者は 『エンディミオンの眠り』 で!? グーグルせんせに聞いてみて下さい】







つづく







『神撃のタイタン』 #79




「ご報告申し上げます」


風の神アイオロスが言った。


「何事じゃ?」


大神ゼウスが聞いた。


ここはオリンポス山。

そこにあるオリンポス十二神の集う神殿。

その神殿に今、大神ゼウスの他、ヘラ、ポセイドン、ハデス(冥府の主で別名『プルトン』とも言う。 因みに今話題の“プルトニュウム”はこの『プルトン』のローマ読みの『プルート』が『冥王星』に当てられ、その『冥王星=プルート』から来ている)、ヘスチア(ゼウスの姉で、かまどの守り神)、それからゼウスの子供のアポロン、アレス、ヘパイストス、ヘルメス(以上、男神)、それにやはりゼウスの子供のアテナ、アフロディーテ(以上、女神)のオリンポス十二神がいる。

だが、これではトータル11の十一神。

十二神というからにはもう一神いるはずだ。

そしてその残る一神・・・それはアルテミス。

そぅ、アルテミス。

月神アルテミスだ。

セレーネと同じ神格の。

しかし今、そのアルテミスの姿はここにはない。

そしてその理由(わけ)はすぐに分かる。


アイオロスが先程の 『何事じゃ?』 というゼウスの問い掛けに、


「ハッ!! ただ今、ヘラ様の神殿より使者が参りまして、例の人間が目覚めたとの事」


そう答えた。


「ん!? 使者? 使者とは誰じゃ?」


今度はヘラが聞いた。


「イリスでございます」


アイオロスが答えた。 【イリスとはヘラの侍女で、虹の神である : 作者注】


「そうか。 なら、イリスをここへ通せ」


ヘラがアイオロスに命じた。


「ハッ!!


アイオロスがイリスを呼びに行った。

すぐにイリスを連れて引き返して来た。


「詳しく話すのじゃ、イリス」


ヘラが命じた。

ここからは、ヘラとイリスとのやり取りと成る。


「はい。 先程、わたくしとセレーネが見守る中、かの人間が目覚めました」


「起き上がれるのか?」


「はい。 支障なく」


「ならばここへ連れてこれるのか?」


「はい。 恐らくは大丈夫かと」


「ウム。 ならば連れて参れ」


「はい。 承知致しました」


イリスがそう返事をして、振り返る事なく、



(スゥー)



そのまま姿を消した。

不良孔雀を呼びに行ったのだ。


当然・・・











セレーネ(アルテミス)も一緒に。







つづく







『神撃のタイタン』 #80




「雪」


「な〜に?」


「不良の安否はどうだ? まだつかめんのか?」


「うん」


ここは不良の診察室。

不良がジャンプしてから既に一週間が過ぎている。


理由は分からないが、暗燈篭 芽枝(あんどうろう・めえだ)は時々目を覚ましては又、深い眠りに落ちるという事を繰り返していた。

そして意識が戻ってもボンヤリとしてまるで夢遊病者。

起き上がる事もままにならない有様。

又、一度(ひとたび)眠りに落ちると、今度は起しても起きない程その眠りは深かい・・昏睡状態と言っても良い程に・・という状態だった。

だから食事や排便は自力ではまだ無理なため、又、ここには看護士もいないため、それが違法と分ってはいたが不良の用意してあった点滴を専(もっぱ)ら雪が取り替えていた。

勿論、下(しも)の始末もだ。

これは女性の暗燈篭 芽枝の下の世話を、オスの外道がするのを雪が嫌った事もあってだった。

しかし、その点滴の在庫もそろそろ底を突き始めていた。

まさか不良の戻りがこんなに遅くなるとは誰も思っていなかったからだ。


今・・・


暗燈篭 芽枝の横で外道と雪が話し合っている。

雪はもう回復していた。

あれから一週間も経っていたからだ。

という事は、雪は一週間も家を留守にした事になる。

幸い雪の両親は仕事で今日本にいない。

だから、あえて外泊の許可を取る必要はなかった。

又、学校はと言えば、雪は私立高校に通っているため7月第3週目から既に試験休み(事実上の夏休み)に入っている。

だからそちらの心配もする必要はなかった。


外道が続けた。


「おかしい!? お前にも分らんとは・・・。 おかしい・・・。 不良のヤツ一体何を・・・」


「うん。 スッゴイ力が邪魔してる。 バリヤー張ってるみたいな感じだょ」


「今回は相手が相手だからな」


「うん」


「・・・」


外道が黙った。

不良の安否を本気で心配しているのだ。

その不安感丸出しの外道の目を、ジッと雪が見つめている。

雪は雪で、そんな外道が心配なのだ。

そして雪が何かを思ったようだった。


「センセ」


外道に声を掛けた。


「ん!? 何だ?」


「も、一回。 雪、行ってみょっか。 おじちゃんトコ」


「ダ、ダメだ!? ぜ、絶対行っちゃダメだ!?


「何で?」


「今回は相手が悪すぎる。 何が出て来るか分らん。 もしポセイドンやその眷属達でも出て来ようものなら大事(おおごと)だ。 ヘカテ一人に敵(かな)わなかったお前が、どうすればポセイドン達に敵う。 だからダメだ、絶対にダメだ」


「うん」


「ックョー!! 俺に、俺にジャンプの力があれば・・・。 俺に、お前達のようなジャンプの力がありさえすれば・・・。 ックショー!!


「ジャンプの力かぁ・・・。 今度、センセもジャンプの練習した方がいいね」


雪が軽〜く言った。


「ジャンプの練習って、あのなぁ〜、雪。 そんなに軽〜く言うんじゃねぇょ」


「でも、簡単だょ」


「『でも、簡単だょ』 って、お前なぁ・・・」


「簡単なんだヶどなぁ」


この 『簡単簡単』 と無頓着(むとんちゃく)に言ってのける雪に、


「そういうのは才能が必要なの、練習したからってホイホイ出来るモンじゃないの」


チョッとイラッと来た外道であった。


「出来るかも知れないじゃん。 センセだって」


更に追い討ちを掛けるようなこの 『センセだって』 という言葉に、



(カチン!!



外道のプライドが傷付いた。

ムッとして、


「俺は人間なの。 お前みたいなバケモンとは違うの。 だから練習したって出来ないの」


外道が雪をバケモノ扱いした。


「雪、人間だょ。 バケモンなんかじゃないょ」


「今はな。 でも、元々はバケモンだったの。 女切刀呪禁道(めぎと・じゅごんどう)最強と謳(うた)われた俺の親父も、お袋も敵わなかった程の・・・」


興奮して、思わず余計な事を・・雪にはまだ言ってはいけない事を・・外道は口走ってしまった。

雪はまだ 『雪女 vs 破瑠魔内道、死頭火の戦い』 の事は聞かされてはいなかったのだ。

薄々感付いてはいたが。

この外道のつれない言葉を聞き、



(ポロッ、 ポロッ、 ポロッ、 ・・・)



雪の目から大粒の涙がこぼれ出した。


「バケモンなんかじゃないもん、バケモンなんかじゃないもん。 雪、バケモンなんかじゃないもん。 ェッ、ェッ、ェッ、・・・」


雪が泣き始めた。

雪は、あの闇の魔神(ましん)、魔女ヘカテに全く問題にされずに敗れたその気持ちの整理が付かない内に、大好きな外道にバケモノ扱いされたのが悲しかったのだ。


「す、済まん、雪。 こ、言葉が過ぎた」


外道が慌てて謝った。

外道は苛立っていたのだ。

不良の安否が分らない事に。

又、自らの力不足に対して。

だから、つい、雪に当たってしまったのだった。


「ェッ、ェッ、ェッ、・・・」


雪は泣き止まない。

その上、不良の消息はつかめない。

更に、暗燈篭 芽枝の点滴の在庫は底を突き掛けている。

加えて、自らの力の限界を思い知り、歯痒(はがゆ)いばかりの・・・











外道であった。







つづく