#26#30




『神撃のタイタン』 #26




(ブーン、ブーン、ブーン、ブーン、ブーン、・・・)



ペルセウスがハンマー投げのハンマーのように曲刀・ハルペーを振り回している。


だが、



(ズルッ!!



手が滑った。

傷口から滴っている血と、手に掛かっていた海水と、激しく流していた汗で手が滑ったのだ。


「クッ!?


ペルセウスが、ハルペーの柄をつかみ直そうとした。

しかし、時既に遅し。



(ブヮーーーン)



ハルペーが飛ぶ、アサっての方向に。

目標のティアマトとは全く掛け離れた方向に。

それを見て、


「ワハハハハハハ。 な〜んだそれは・・・。 なんのマネだ? ワハハハハハハ」


ティアマトが大笑いこいた。


だが、


次の瞬間、


『ヌッ!?


ティアマトは驚いた、ペルセウスの姿を見て。

そして聞いた。


「何だそれは? 何のマネだ?」


と、もう一度。


そぅ。


ペルセウスが仁王立ちして胸の前で両腕を組み、


「ハァハァハァハァハァ・・・」


ただ何も言わず荒い息遣いをしているだけで、黙って目を瞑(つむ)っていたからだ。


「何のマネかと聞いておる!?


ティアマトが怒鳴った。


「スゥー。 ハァー。 スゥー。 ハァー。 スゥー。 ハァー。  ・・・」


大きく何度か深呼吸をして呼吸を整え、



(ニヤッ)



不適にもペルセウスが笑った。

そのペルセウスを解せぬという表情で、


「負けが恐ろしうて、気でも違ったか? ん?」


ティアマトが若干苛立(じゃっかん・いら)って声を荒げた。

それを聞き、ユックリとペルセウスが目を明けた。

そして巨大な相手を見下すため顎を大きく上げ、下目使いでティアマトを見下ろし、


「否、気は確かだ」


漸(ようや)くペルセウスが口を開いた。

深呼吸が功を奏したのだろう、呼吸の乱れも幾分減っている。

平常の状態に近くなっているという事だ。

ペルセウスの回復力も半端じゃない。

流石、大神ゼウスの血をひく勇者だ。


「なら、何だ?」


「知りたいか?」


「・・・」


次に何を言うか、興味津々といった表情でティアマトがペルセウスを見つめている。


「いいだろう、教えてやろう。 いいかティアマト、良〜く聞け。 人間の世界ではなぁ。 こうやって腕を組み、下目使いに見下ろすという事はだなぁ・・・」


ここまで言ってから、ペルセウスがユックリと腕組みを解いた。

そして力強くこう付け加えた。


「勝者が敗者に対する態度なんだよ」


「勝者が敗者に・・・? 勝者が敗者にだと〜?」


「あぁ、そうだ」


「誰が勝者だ?」


「勿論、俺だ」


「フン。 愚かな。 この状況でどうしてウヌが勝者だ。 ふざけた事を抜かすな!!


「いいゃ。 俺は至って真面目だ。 大真面目だ」


「下らん。 もう良い! ペルセウス!! 時間のムダだ。


つー、まー、りー、・・・


『無駄ーーー!! 無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!


だ。 今こそウヌに引導を渡してくれようぞ!!


怒り狂ってティアマトが右鰭(みぎ・ひれ)を上げた。

エアーカッターの攻撃態勢に入った。



(ブヮーーーン!!



激しい勢いで鰭を振るった。

否、

振るい掛けた。











だが・・・







つづく







『神撃のタイタン』 #27




それは・・・


一瞬だった。

一瞬の差だった。

ホンの一瞬の差だった。


ティアマトがエアーカッターを放つのと、



(ドコッ!!



その右鰭に何にかが激しく突き刺さったのとの差は。


そぅ。


ティアマトがエアーカッターを放つ直前、何かが激しく突き刺さったのだ、ティアマトの右鰭に。


な、何だ!?

何が突き刺さったんだ?

一体何が?


しかし、そんな事にはお構いなし。

ティアマトの勢いは止まらない。

止まるはずがない。

何かが突き刺さった事など全く気付きさえせず、



(ブヮーーーン!!



ティアマトが右鰭(みぎひれ)をそのまま一気に振り切った。



(ビヒューン!!



エアーカッターが飛んで行く。

超巨大なエアーカッターが。

これまでの攻撃でティアマトが始めて見せた、超巨大なエアーカッターが。

ペルセウスに向け。


これがティアマトの決め手か!?


しかし、ペルセウスにはもうこれに対抗する武器はない。

ゼウスの曲刀・ハルペーはアサっての方向に。

女神アテナの盾・アイギスは今いる場所からは若干離れた所に。


そのアイギスに、



(チラッ!!



再度、ペルセウスが一瞥をくれた。


そこへ、



(グォーーー!!



超巨大なエアーカッターが恐ろしい唸り音を上げて飛んで来た。

最早ペルセウス、これに抗(こう)する手立てなし。

あるのは惨死(ざんし) 否 斬死のみ。

誰しもがそう思った。

それまで戦況をジッと見つめていたアンドロメダが、



(クルッ!!



再び、顔を背けた。

見るに忍びなかったのだ。

ペルセウスの最後を。


だが次の瞬間、


「フン!!


気合を込め、一瞬早く、



(シュッ!!



ペルセウスが飛んだ。

大ジャンプだ。


そして、



(スタッ!!



エアーカッターに飛び乗った。

風の刃とはいえ、それはそれ、ティアマトによって一つのエネルギーの塊となった物。

ペルセウス程の達人ともなれば、これは決して出来ない芸当ではない。


『ヌッ!?


ティアマトは驚いた。

予想外のペルセウスのこの行動に。

否、違う!?

驚いたのは別の事だ!?


ティアマトが驚いたのは、放ったエアーカッターの威力が思った程出てはいなかった・・・そっちだった。

自分のイメージした物よりホンの・・・ホンの僅かではあったが、スピードが遅かったのだ。

だからペルセウスがそれに飛び乗る事が出来たのだ。

そのペルセウスが飛び乗ったエアーカッターの行く先も確かめず、ティアマトが、



(クルッ!!



首を回して自らの右鰭を良〜く見た。

そして、


『ん!?


そこに何かを見た。

良〜く見知っている何かを。

先程から何度も見て、良〜く見知っている何かを。


そして、そのティアマトの見た何か・・・












とは?







つづく







『神撃のタイタン』 #28




『フン。 味なマネを・・・』


ティアマトは思った。

右鰭に突き刺さっていたある物を見て。

そのある物、それは・・・ハルペーだった。

ペルセウスが先程放った、あのゼウスの曲刀・ハルペーだったのだ・・・それは。


だが、ナゼあのハルペーがティアマトの体に突き刺さっていたのか?


その訳は・・・


ペルセウスは計算していた。

チャンと計算していたのだ、ハルペーを放る方向を。

ワザとだったのだ、先程手が滑ったように見えたのは。

ペルセウスはそれをワザとアサっての方向に放っていたのだ、それにブーメランのような回転を与えて。

だから、ハルペーはまるでブーメランのように宙を舞い、ティアマト目掛けて戻って来ていたのだった。

こんな事は直刀では絶対に無理。

曲刀だったからこその技だ。

しかし、ペルセウスの計算はこれだけではなかった。

この間、ペルセウスは敢(あ)えて挑発的なポーズを取る事によりティアマトの注意をハルペーから完全に逸(そ)らすと同時に、時間を稼いでもいた。

気付かれずにハルペーが戻って来るまでの時間を。

それもティアマトがエアーカッターを放つ寸前、それが戻って来るよう計算して。

そしてペルセウスの計算通り、見事ハルペーはティアマトの鰭に突き刺さったのである。


デスノ風に言うなら・・・良し! 計画通り!!


と、いった所だ。

ペルセウス、一世一代の大芝居であった。


しかしナゼ、鰭を狙ったのか?


それは・・・エアーカッターを放つタイミングを狂わせるため。

タイミングを狂わせる事によって、その威力を弱めるため。

例えそれがホンの僅かだったとしてもだ。

当然、威力が弱まればそれに飛び乗り易くなる。

だから鰭を狙ったのだ・・ペルセウスは・・ティアマトの。


以上が、ペルセウスが仕掛けた最後の攻撃の全容である。

否、

まだだ!?

まだだった、まだだった。

ペルセウスが仕掛けた最後の攻撃はまだ終わってはいない。

まだだ!?

まだまだ・・・終わってはいない。


ティアマトが、


『フン。 味なマネを・・・』


そう思いながら自らの鰭に突き刺さっているハルペーを、


「フン!!


一言、唸って、



(ブン!!



鰭を振るい、振り落とした。



(ジャボン!!



音を立てて、ハルペーが海の中に落ちた。


一方・・・


この時ペルセウスは、



(グォーーー!!



激しい唸り音を上げて飛んで来たエアーカッターの上に、



(トン!!



飛び乗り、腰を落として踏ん張っていた、バランスを取るために。

そしてエアーカッターを巧みにコントロールし、それから落ちないように踏ん張り、それと共に、そのまま一気に飛んだ。


どうするつもりだペルセウス?

何を考えている?

一体何を?


エアーカッターは飛ぶ、その上にペルセウスを乗せたまま。


そして・・・











その行く手には・・・







つづく







『神撃のタイタン』 #29




アイギス!?


そぅ。


アテナの盾・アイギスがあった。


そうか!?

これが狙いかペルセウス!?


即ち・・・・・・・・・・反射攻撃!!


先程来(さきほど・らい)、ペルセウスはただ逃げ回っていた訳ではなかった。

チャ〜ンと計算した上で執拗なティアマトの攻撃をかわしていたのだ。

角度を読み、タイミングを測り、チャンスを伺(うかが)い。

勿論、それは反射のため。

神の創りしこの世で最も硬い金属・・・その名も 『オリハルコン』。

そのオリハルコンで造られ、ピッカピカに磨き上げられたアテナの盾・アイギス。

そのピッカピカさ故、掛かっていた海水は既に全部垂れ落ちている。

そのアイギスにティアマトのエアーカッターを反射させるため、ペルセウスはこんな手の込んだ大芝居を打っていたのだった。


つまりペルセウスは・・・


先ず、逃げ惑うと見せ掛け、自らの位置とアイギス、ティアマト、その両方との位置関係を見定めた。

次に、曲刀・ハルペーをまるで手が滑ったかのような振りをしてアサっての方向へと放った。

ブーメランのように旋回して戻って来るような回転を与えてだ。

ナゼそんなマネをしたのか?

それはティアマトのエアーカッターの威力を弱め、その上に飛び乗るのを可能とするためにだった。

そして、ペルセウスの思惑通りブーメランのようにそれは飛び、狙い通りティアマトの鰭に突き刺さった。

勿論、そんな物がティアマトにダメージを与えるはずはない。

否、

攻撃に精神が集中していたためにティアマトはその痛みすら感じなかった。

それでもそれで充分だった。

ハルペーが突き刺さった事により、ホンの一瞬だがティアマトの鰭の動きが鈍ったのだから。

それはティアマト本人も気付かぬ程僅かにだったのだが。

しかしそれで充分だったのだ。

エアーカッターの威力がペルセウスの読み通り弱まったのだから。


だが更に言うなら、


ペルセウスの真の狙いは反射攻撃・・・


ではなかった!?


実は、もう一つ。

別に、もう一つ。


実は、ペルセウスにはもう一つ別の狙いがあったのだ。

必勝のための別のもう一つの狙いが・・・


勇者であり策士であるペルセウスは飛ぶ、エアーカッターと共に、その上に乗って・・・


最後の攻撃を・・・











完遂(かんすい)するために。







つづく







『神撃のタイタン』 #30




(ガキーン!!



ペルセウスの乗ったエアーカッターがオリハルコンで出来たアイギスに直撃し、反射した。

当然、方向が変わったのは言うまでもない。

なら、それが向かった先はどこか?


ティアマトか?


否、違う!? 岩場だ!? アンドロメダの繋がれている岩場だ!?

それが向かった先は!!



(ビヒューン!! ズサッ!!



ペルセウスがアンドロメダの繋がれている岩場の上に着地した。

同時に、ティアマトが顔を戻して前を見た。

ペルセウスがいるはずの岩礁を。

そこにはアイギスがあった。

アイギスだけがあった。

しかし、ペルセウスの姿はどこにもなかった。


『ん!?


一瞬、ティアマトはうろたえた。

ペルセウスが見当たらなかったからだ。

ティアマトがキョロキョロと辺りを見回している。

その時、声がした。


「オィ!! どこを見ている!! コッチだ!!


ペルセウスの声だった。



(クルッ!!



ティアマトが振り返った。

声のした方に。

そしてそこにペルセウスを見た。

同時に思った。


『い、いつの間に・・・』


と。


ティアマトはペルセウスが反射したのを知らなかったのだ。

安易に目を切り、鰭(ひれ)に突き刺さっていたハルペーに気を取られ、ペルセウスの動きに全く注意していなかったため、ペルセウスの反射を知らなかったのだ。

それは自らの勝利を確信した余り、その過信から生じた油断から来ていた。

しかし、流石はポセイドンの信任厚き闘士ティアマト。

即座に気持ちを切り替えた。

瞬時に理解した。

ペルセウスがアイギスに反射した事を。

ペルセウスの元いた場所と現在地、それに今見たアイギスとの位置関係を見比べてだ。


そしてティアマトが、


「ホゥ〜。 大したしたもんだ、わが秘術をこのような方法でかわすとは・・・。 だが、褒められんな、女を盾にするとは」


軽蔑するような調子でそう言った。


だが、今ティアマトの言った 『女を盾に』 とはどういう意味か?


それは、アンドロメダが繋がれているそのすぐ脇にペルセウスがいたからだ。

ペルセウスが故意にその場所まで飛んだと思ったのだ、ティアマトは。

だから愚直なティアマトから見た時、傍(かたわ)らにアンドロメダがいるという事は、


“安易にエアーカッターは使えない”


という事を意味していた。

つまり、ペルセウスの狙いがそれだと思ったのである。


『ワレにトナネモ・サンレピダ(風の刃)を使わせない気だな』


ティアマトはそう思ったのだ、ペルセウスのいる場所を見て。


だが、


それは違っていた。

仮にもペルセウスは勇者。

女を盾にするような卑怯なマネはしない。

これはティアマトの大きな勘違いだった。


そぅ。


大きな大きな・・・


とても大きな大きな・・・


とてもとても大きな大きな・・・勘違いだった。


ティアマトの命に関わる程の・・・


とてもとてもとても大きな大きな大きな・・・











勘違いだった。







つづく