#31#35




『神逆(しんげき)のタイタン』 #31




「卑怯なり、ペルセウス。 女を盾にするとは・・・。 見下げ果てたヤツ」


ティアマトがあの超重低音の、辺りを震撼させる大声で吼えた。


「・・・」


ペルセウスは黙ったままそんなティアマトを見つめていた。



(モヮモヮモヮモヮモヮ・・・)



見る見るティアマトの顔が怒りで紅潮して来た。



(クヮッ!!



両目を見開いた。

そして、


「例え、我が秘術 『トナネモ・サンレピダ(風の刃)』 は使えずとも、コッチなら・・・。 食らえ!! デネブ・カイトス(クジラの尾)!!


重低音のウーハーのような大声でそう叫んで、ティアマトが尾を海水の中に突っ込んだ。

それを勢い良く振り上げる事によって、大量の海水をペルセウスに浴びせ掛けるつもりだ。


その時・・・


ペルセウスが手の平を広げた右手を、



(サッ!!



鋭く前に突き出してティアマトを制した。


「待て! ティアマト!! 死に急ぐな!!


ティアマトの動きが一瞬止まった。

海中から尾を引き上げた。

そして聞いた。


「なーに〜? 死に急ぐなだと〜?」


「そうだ!! 死に急ぐな」


「ふざけた事を抜かすなー!! そのような事、女を盾にするようなヤツに言われる覚えはない」


「否。 俺はふざけてもいなければ、女を盾にもしてはおらん」


「何を抜かすかぁ! そこにおるのが全ての証左(しょうさ)!! 真の勇者ならそのような所で戦おうとはせぬゎ。 この卑怯者め!!


「分らんヤツだな。 お前を殺したくないという俺の気持ちが分らんのか?」


「あぁ、分らん!! 分かる気もない」


「なら仕方がない。 好きにしろ」


「あぁ、好きにしてやる」


一瞬、



(ギン!!



ティアマトがペルセウスを睨み付け、


「食らえ!! デネブ・カイトス!!


そう叫んだが早いか先程同様、



(ザッ、パーーーン!!



その巨大な尾を海中に突っ込んだ。

だが正にその瞬間、


『ハッ!?


ティアマトの顔色が変わった。


その時初めてペルセウスの真の狙いが分ったからだ。

ペルセウスが手にしている籠を見て。

その中には、世にも恐ろしい物が納められているあの籠を見て。


そぅ。


その中に、世にも恐ろしい物が納められているあの魔法の籠・・・











キビシスを見て。







つづく







『神逆(しんげき)のタイタン』 #32




ティアマトは知っていた。


オリンポス十二神のような高級な神ならメドゥーサ・ルック 【注 : これはコマルの造語でオジャル。 『メドゥーサの一瞥』 つー意味ね。 うん】 に耐えられるが、低級な神の場合はそれに耐えられず、人間同様メドゥーサの一瞥の前に石と化すという事を。

そしてティアマトは低級神。

例え神とはいえ、ティアマトは低級神。

それはティアマトではメドゥーサ・ルックに耐えられないという事を意味する。


しかし、知っていたのはそれだけではなかった。

他にもう一つ。

そぅ、他にもう一つあった、ティアマトが知っている事が。

ティアマトはペルセウスがメドゥーサの首を魔法の籠・キビシスに入れて運んでいる事も知っていたのだ。

ポセイドン軍の情報網はそれを正確に掴んでいた。

その報告も既に受けていた。

だから、ペルセウスが手にしている籠を見て、ティアマトは即座にその中に何が収められているかを察知した。


だが、時既に遅し。



(サッ!!



もうペルセウスはその籠の中に・・魔法の籠・キビシスの中に・・右手を突っ込み、今にもメドゥーサの首をつかみ出そうとしていた。


しかし、ティアマトは攻撃を止(や)めようとはしなかった。

既に、攻撃態勢に入っていた上に勝負は一瞬の差という事を直観していてからだ。

加えて、ここで退く事は出来なかった。

ポセイドン軍最強の闘士としてのプライドが、その闘争本能が、それを許さなかったのだ。

勿論、目を瞑る事など考えも及ばなかった。

興奮状態にある今のティアマトには。


ティアマトが叫んだ。


「食らえ!! デネブ・カイトス!!


そのまま一気に、



(バッ、シャーーーン!!



凄まじい勢いで海中にその巨大な尾を突っ込み、ペルセウスに向け、海水を撥ね上げようとした。


だが、


一瞬早かった。

それよりも一瞬早かった。


ペルセウスが、



(サッ!!



ティアマトの面前にメドゥーサの首を突き出したのは。


瞬間、



(クヮッ!!



メドゥーサの目が見開いた。

勿論、両目が。



(ピタッ!!



目が合った。

メドゥーサとそれを見つめるティアマトの目が。


同時に、



(ピカッ!!



メドゥーサの両目が妖しく輝いた。

かつて誰一人として輝かせた事もない程、妖しく。

例え神でさえそこまで輝かせる事は出来ないであろう程、妖艶に。


一声、


「クッ!?


ティアマトが呻いた。


そして、



(ピキピキピキピキピキピキ・・・)



石化が始まった。


そぅ。


ティアマトが石に変わり始めたのだ。

メドゥーサの呪いで・・メドゥーサの一瞥で・・メドゥーサ・ルックで。


ここを以って終に・・・


大海獣ティアマト、否、ポセイドン軍最強の闘士ティアマト・・・


勇者ペルセウスの前に・・・











空しく敗れ去ったのである。







つづく







『神逆(しんげき)のタイタン』 #33




終に、



(ピキピキピキピキピキ・・・。 ピキン!!



ティアマトが完全に石化した。

その石化したティアマトを見て、


「ほっ」


ペルセウスが溜め息をついた。

そして一言、こう呟(つぶや)いた。


「ティアマト。 アンタはやっぱり・・・。 怪物くん・・・だった」


と。


その時・・・


「ゥオー!!


「ゥオー!!


「ゥオー!!


 ・・・


大歓声を上げながら、国王、王妃を筆頭にエチオピアの民衆が一斉に飛び出して来た。

この戦いの様子を、物陰から固唾(かたず)を呑んで窺(うかが)っていたのだ。

歓喜に沸く群集。


口々に・・・


「ペルセウス!!


「ペルセウス!!


「ペルセウス!!


 ・・・


繰り返し何度も拳(こぶし)を天に向け高々と突き上げ、勇者ペルセウスの名前を連呼し続けている。

その歓喜の渦の中、ペルセウスはアンドロメダの繋がれている岩の後ろに回り、いつの間にか自分の足元に置かれていたあのゼウスの曲刀・ハルペーで、



(ガキン!!



音を立てて鎖を断ち切った。

これは海のニンフ・ネレイス達が海底から拾い上げ、その場に置いていたのだった。

ネレイス達もこのペルセウス対ティアマトの戦いを見守っていたのだ。

そしてこの勇者対闘士の両者一歩も退かぬ命を懸けた五分(ごぶ)の戦いに、興奮と感動を覚えずにはいられなかった。

そのため、余計な邪魔立てをしたペルセウスに対して当初抱いていた敵意はいつしか消え去り、尊敬の念に変わっていたのだ。

だからその印としてハルペーを海底から拾い上げ、ペルセウスの足元へと持って来ていたのだった。

勿論、ネレイス達の姿は人間には見る事は出来ない。

それ故、誰一人としてネレイス達に気付いた者はいなかった。

彼女達を見ることの出来るデミゴット(半神半人)のペルセウス以外、誰一人としてネレイス達に気付いた者はいなかったのだ、その場には。


そして極度の疲労と過度の緊張から解放され、又、鎖という支えが取れたため、思わず脱力し、




(ドサッ!!



そのまま一気に岩場に崩れ落ちるアンドロメダ。

素早く岩の前に回り、アンドロメダを抱き起こすペルセウス。

強靭なペルセウスの腕に抱かれながらその青く美しく澄んだ瞳を覗き込むようにして、


「ペルセウス様」


と、一言、アンドロメダが言った。


「ウム」


ペルセウスが何も言わず、頷いた。

ペルセウスはすぐに分かったのだアンドロメダの自分に対する気持ちが、その一言で。


暫し二人は、


「・・・」


「・・・」


無言のまま見つめあった。

静かにアンドロメダが目を閉じた。

その目を閉じたアンドロメダの唇にペルセウスの唇が近付いて行く。


そして・・・











そのまま・・・







つづく







『神逆(しんげき)のタイタン』 #34




だが・・・


それは直前だった。

それは直前の出来事だった。

それは直前の出来事だった、ティアマトが石に変えられる。



(ピューーー!!



風が舞っていたのだ。

一陣の風が。

一瞬だったが、しかし強烈な風が、確かに。

その戦いの場に。

ティアマトに向かって。

まるでその目を射るかのようにティアマトに向かって・・・一陣の風が。


そぅ。


突然、一陣の風が舞ったのだ。

ペルセウスから見て左側、ティアマトの右斜め後方上部から。

一瞬だったが、強烈な風がティアマトに向かって。

その右斜め後方上部から、その右目を射るかのように強烈な風が。

ティアマトが石にされる正にその直前。


「ピューーー!!


という鋭い音を立てて、間違いなく。


しかし、その場にはペルセウスを含めて誰一人として、それに気付いた者はいなかった。

ただの一人もそれに気付いた者は、その場にはいなかった。


否、違う!?


一人いた。

それを見ていた者が一人いた。

たったの一人だけだったが、間違いなくいた。

そのたったの一人・・・それはアンドロメダだった。

アンドロメダは、極度の緊張状態にあったにも拘(かかわ)らず、冷静さを失ってはいなかった。

そして確かに見ていた。

例え一瞬の出来事だったとはいえ、強風を起こし、その場から立ち去って行く風の神アイオロスを。

その行った事、その全てを。


アイオロスはメドゥーサ・ルックとほぼ同時に、しかしホンの一瞬早く強風をティアマトに、ティアマトの右目に向け、放(はな)っていたのだ。


しかし何のためにそんな事を?


その訳は・・・


ティアマトに目を瞑(つぶ)らせメドゥーサ・ルックを邪魔するため。

つまりティアマトを石に変えないためにだった。


なら、なぜ右目だけを狙ったのか?


余裕がなかったのだ、ティアマトの両目に向けて風を放つ角度を取っている。

と言うのも、アイオロスはペルセウス、ティアマト、その両者に気付かれないようにその戦いの場に接近する必要があった。

特にペルセウスには絶対に気付かれてはならなかった。

そのため命(めい)を受け、アイオロスが両者に気付かれないようにその場に到着した時には、既にペルセウスはキビシスに右手を突っ込み、その中からメドゥーサの首をつかみ出そうとしているジャストその瞬間だった。

だから右目に向け放つのが精一杯だったのだ。


成る程成る程、そういう訳だったのか。


!?


しかし、命を受け? 命を受けだと!?


そうだ! 命を受けだ!!


実は、風の神アイオロスはある者の命を受け、その場に駆け付けていたのだった。

ある者の命を受けて、その場に。


そして、アイオロスにその命を発したある者が一体誰かは・・・











いずれ明らかになる。







つづく







『神逆(しんげき)のタイタン』 #35




「俺から話そう。 俺が見た事を付け加えてな」 (#11〜)



 ★   ★   ★



「俺は倒れたその女の名前を聞き、全てを悟った」


ジッと外道の目を見つめ、不良孔雀(ぶら・くじゃく)が言った。


その娘の持つ遠〜い古(いにしえ)の記憶を追い、そして当の本人ですら知りえない、否、気付く事すら全くない、その娘の太古の記憶と共にそれに付随するその時不良が霊視した事実共々、それら全てを外道に語り終えた直後に。


ここは秀吉の屋敷の天守閣。

即ち応接間。

そこで今、不良孔雀、破瑠魔外道(はるま・げどう)、羽柴 精巣 秀吉(はしば・せいそう・ひできち)、大河内順三郎(おおこうち・じゅんざぶろう)、そして妖乃 雪(あやしの・ゆき)、の総勢5人が今回の事件についての話し合いを持っていた。


「ん? 何をだ?」


外道が聞いた。

不良の悟った内容を。

それを受け、不良がドアの傍に立ってこのやり取りを見ている大河内の顔を見た。


「コイツらにあの娘(むすめ)の名前を教えてやれ」


顎で大河内に促した。

これを聞き、承知したとばかりにニッコリ笑って、



(コクッ!!



大河内が頷いた。

そして、


「はい。 暗燈籠 芽枝(あんどうろう・めえだ)様と申されます」


外道にその名を伝えた。


「え!? あんどうろう・めえだ?」


外道が聞き返した。


「はい。 暗燈籠 芽枝様と・・・」


大河内が答えた。


「あんどうろう・めえだ。 ・・・。 あんどうろう・めえだ・・・か。 成る程」


外道が納得した様子を見せた。


「分ったか?」


不良が聞いた。


「あぁ。 大体な」


外道が頷いた。

そしてそのまま続けた。


「その女とアンドロメダとやらには何かしらの縁がある。 名前からして。 そういう事か?」


「恐らくはな」


不良が答えた。

更に付け加えた。


「だがな、破瑠魔。 話はこれだけでは終わらんのだ」


「ん?」


「実は、ここからが本題なのだ」


「と言うと?」


「あぁ」


ここまで言って、不良が一息入れた。

続きを話すために。

触手を使う前に不良が見た。

妖しく不気味に輝き、不良を見つめたあの “目” の事を・・・











話すために。







つづく